地球ことば村
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小学校英語教育―是非の問いからその先へ(第二回)

「バイリンガル教育への批判―その根拠について考える」
  唐須教光(慶應義塾大学文学部教授―意味論・社会言語学・言語人類学)

【講演要旨】

●問題提起
1. 早期英語教育を望む「親」「一般人」が圧倒的に多い中で、それに反対する「専門家」が多いのはなぜか。
2. 早期英語教育を行う国が多い中で、日本ではその試みが多く議論の対象になるのはなぜか。
3. 野球でもサッカーでも「本場」に出かけるのに、なぜ研究者は日本にとどまるのか。

【早期英語教育反対論の主要点】
1. 母語を扱う能力の発達を阻害する(ひいては、子どもの学習能力一般を阻害する)

⇒世界ではかなり多くの人が複数の言語を幼少時から同時に学び始めているが、その人たちの母語の能力が劣っている証拠は全くない。
⇒幼少期に日本以外の国で生活していた子どもの中で、現地のことばを全く習得できなかった事例がよく採り上げられるが(例えば3歳11ヶ月から15歳まで11年半ドイツにいたのに1度もドイツ語を自由に使えたことがないなど)、それが複数の言語を学んでいることに起因するという因果関係は証明されておらず、むしろ別の原因があると考えるのが妥当だろうと思われる。

2. 日本人としてのアイデンティティの混乱

「まずは、安定した心を育み、物を考える力を付け、母語で豊かな表現力を身につけることが先決です。確固としたアイデンティティと言語力を小学校までに培っておけば…(中略)…いくら日常会話程度が流暢でも、自らの精神の拠り所があやふやであったり、発想が貧困だったりすれば、発言の内容が貧弱になり、人間としての魅力に欠けることになります」(大津・鳥飼 2002『小学校でなぜ英語?』岩波ブックレット:44-45)

⇒「日常会話が流暢なこと」と「精神の拠り所があやふやになること」「発想が貧困になること」「人間としての魅力に欠けていること」は因果関係なし。
⇒そもそもアイデンティティとは何か?
  ●「日本生まれの日本の女」(自らはどうすることもできないこと)
  ●「共産主義的カトリック教徒」(自ら選択したこと)
    →アイデンティティは自らの意志で見出すことは可能である

⇒二言語併用者はたくさんいるがその人たちがみな魅力に欠けているわけではない

3. 英語帝国主義論(英語的思考に取り込まれている、英語優越主義を植えつける等)

⇒これは中学からの英語教育にも基本的には同じことが言え、小学校英語教育への反対の根拠にはならない
⇒問題は、英語が現実的には世界のリンガフランカ(共通語)であるという事実を認め、それに容易に取り込まれないようにする意識を持つことであって、早期英語教育とは直接的な関係はない。

4. 早期英語教育は効果がないばかりか、害になることもある

「英語の達人」は例外なく人並みはずれた努力によって英語をものにした人々

⇒このようなとてつもない努力を言語獲得のためにさせないためにこそ早期教育が必要である。
⇒言語習得には「動機づけ」(移民ならば生きるために、宣教師なら布教のために)が重要であり、どんなに年齢が高くなっても習得することは可能であるが、それでも一般的には「臨界期」(母語並みに第二言語を習得する期限)が存在するのであり、早期英語教育は必要。

【早期英語教育の反対論者の心理的背景等】
1. 日本の特殊事情

● 日常的に隣国との人の接触が少ない
● 日本は難民を受け容れることに極めて消極的であり、政治亡命を認めることもほとんどない
● 寡黙を美徳とする日本人は「ぺらぺらしゃべる、流暢にしゃべる」ことへ反感がある(事実、早期英語教育反対論には頻繁に採り上げられている)

2. 英語コンプレックス(英米文化に対する愛憎)

● 日本人は英語教育に多大な時間とエネルギーを注ぎ、その結果の惨めさのために英語を憎むようになり「ぺらぺら」しゃべれない自分を正当化しようとする

3. 日本の教育・環境に対する失望と高い文化に対する自負

● どの国も一長一短があり、2,3のことで不当に一般化してはならない。

【結論】
・ 言語習得とは「程度の問題」である(唯一絶対の基準があるわけではない)。
・ 〈ことば〉を気にしないで〈ぺらぺら〉しゃべるためには幼少期からの大量のインプットが必要であり、『英語「を」学ぶ』のではなく『英語「で」学ぶ』ことが大切。
・ それには言語コミュニケーションの比重が少ない「音楽」「体育」などから始めるのも手である

【推奨文献】
● 唐須教光『バイリンガルの子どもたち』(丸善ライブラリー)
● 唐須教光『なぜ子どもに英語なのか―バイリンガルのすすめ』(NHKブックス)
● 唐須教光『英語と文化―英語学エッセイ』(特に第7章)(慶應義塾大学出版会)
                              
(文責:八木橋 宏勇)