地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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市民フォーラム<シンポジウム&コンサート>
「日本語とその隣人たち-身近な危機言語と文化」

-全日本社会貢献団体機構助成事業「ことばの世界遺産-言語の多様性をどう守るか」プロジェクト-

 ● 日 時 2008年12月7日(土)午後2時-5時
 ● 会 場 慶應義塾大学三田キャンパス北ホール


プログラム

第1部 言語の専門家によるパネルディスカッション

第2部 アイヌと八重山の民族音楽コンサート ポスター(PDF)


事務局からの報告

 このシンポジウムの目的は、身近にありながら、よく知られていない日本とその隣人である先住民言語の歴史と現状を知り、その復興について語り合うこと。ユネスコ制定の「国際言語年」を記念し、全ての言語は人類の宝であるという視点から企画されました。

そのことばで生きている人の目線で考えよう

 ことば村のロゴが映し出されたステージに、司会の井上先生が登場。「ことばが危機的状況になるには、いくつかの要因があります。その要因を見ていくと、我々が加害者だったケースが多く認められます。しかし、その認識を持つ人がどのくらいいるか。また、危機言語というと、まるで希少動物を見るように鳥瞰的に見てしまいがちです。このシンポジウムでは、その見方を廃して、できるだけ、そのことばで生きているひとたちについて知り、その立場で考えていきたいと思います」

 今日取り上げるそれぞれの言語の専門家・当事者の先生方が紹介とともに登壇。台湾諸語の土田滋先生、琉球語の下地賀代子先生、アイヌ語の木原仁美先生、ニヴフ語の丹菊逸治先生、ウデヘ語の風間伸次郎先生です。

パネリストのお話の中から

 トップバッターはウデヘ語の風間先生。「今日は言語学的な話より、あ、こういう人たちが話していることばなんだ、と分かる話をします。」北海道のすぐそば(東京より近い)シベリアのアムール川流域の民族のひとつ、ウデヘ人の暮らしの映像が次々と映し出されました。黒テンを取るワナ、鹿笛、昔話をするお年寄り、彼らは与えられた自然を最大限に生かす暮らしを続けています。ウデヘ語話者は2002年の調査ではウデヘ人1531人のうち、140名。若者はみなロシア語あるいは中国語(居住地域による)しか分かりません。教科書が作られてはいますが、ハバロフスクの役所に山積みになっていて、必要な人にはいきわたっていないのが現状。きっとウデヘのことばには、自然の恵みを生かすさまざまな智恵が納められているでしょうに、もったいないことです。

 続いてニヴフ語の丹菊先生。樺太の北部と対岸の大陸部で話されているニヴフ語もロシア化の波の中、風前の灯の状態です。もともと小集落で自給自足の生活を送っていたニヴフの人たちですが、ロシア政府はより大きな集落へまとめ、さらに街へまとめていく政策をとり、それによって伝統的な生活が送れなくなっています。彼らが住んでいた地域の中には、油田開発のため立ち入り禁止になっているところもあります。そういう状況で、お年寄りの中には、文字をもたないニヴフ語を記録しようという動きもあります。子どもたちを教育しようというよりは、自分たちが違う民族だという証拠を残したいという動機からです。ことばが民族のアイデンティティーに深く関わることがわかります。

 3人目の木原先生は、アイヌ語を話す当事者としてお話されました。東京で生まれ育ったアイヌとして、日常的に日本語を使い、本来の母語が思うように話せない中、話せなくてもアイヌとして生きられるかと考えたこと、アイヌ語を学び始めたときにキジバトの鳴き声を習って、それ以来、東京のキジバトもそのように鳴いているとしか聞こえなくなったこと。3歳の息子にアイヌ語をどう伝えるか、いじめられないかと心配していたときにおばあちゃんから絵本を読み聞かせてもらった息子が、自然にアイヌのことばを口ずさむようになったこと。あるひ、自分を「ハポ(おかあさん)」と呼んでくれたこと。そういう体験を通じて、暮らしの中で自然に話せるようになればいいと肩の力が抜けた-参加者の心にしみじみと伝わるお話でした。

 続いて、琉球語の研究者であり、ご自身も首里方言で育った下地先生です。「琉球語とは琉球弧と呼ばれる地域で話されている言語の総称ですが、琉球弧は奄美から与那国島までの800kmに及ぶ地域で150万人の人口があります。各方言間では、全く通じないことが多く、そういう純粋の方言を話せる人も少なくなってきています。」琉球語の継承に関する取り組みは、近年、活発になってきているといいます。ご研究されている多良間島で、お祭りの中で琉球語が使われている様子を映像で紹介していただきました。ことばが土地に根付いていることが伝わってきます。

 最後のパネリストは、台湾諸語の土田先生。台湾の先住民言語は戦前の日本占領時代や大陸からの中国語話者の流入で話すことを禁止される時代が長く続きましたが、現在は政府が保護政策を採っています。例えば、民族語のテストのスコアが大学の入学試験に加算されるなど。「しかしそうやって下駄を履かせてもらっても、入学後についていくのは難しいことがあります。むしろ、エリートの子どもを教育する小学校などで原住民語を取り入れてほしい。それが言語の将来のためになると思うのですが。」また、民族ニュースなどでさまざまな先住民言語を聞くことができますが、カナカナブ語やタイヤル語など、20年以内に消滅してしまうかもしれない状況が続いています。「これはどの危機言語についても共通の悩みで、残したい、しかし経済的要素など、残らないほうの要素のほうが大きい。」

 各パネリストの発表の後、短い間でしたが討論の時間も持たれました。ウデヘの文様がアイヌにも共通していること、カマドが大陸部のオンドルの起源になっていることなど、興味深い事実が聞けました。

 なお、プログラムを兼ねた予稿集では、パネリストの各言語についての言語学的エッセイが掲載されています。PDFでお読みいただけますので、ぜひご覧下さい。(このページ下部よりダウンロードできます。)

第2部コンサート アイヌの呼び声・琉球の風

 アイヌの衣装をまとったアートプロジェクトのメンバー6名。静かな水のしずくのような音が、会場を次第に山の気配に包む。と突然ロック演奏が始まりました。まるで地響きのようです。トンコリ、口琴などの伝統楽器にエレキギターのサウンドがかぶり、熱のこもった数曲が続いて、会場では手拍子も。伝統音楽を現代に生かすパフォーマンスに圧倒されました。


 そして、続いては琉球国際大学の創作エイサーサークル「浦風」の演舞です。腰につけた太鼓を打ち鳴らしながら、通路まで使って会場一杯に踊る姿、勇壮な掛け声に、琉球の南風が吹き渡る思いでした。私たちにはこんなすばらしい文化がある、それを未来に伝えていけるよう、みんなで考え、楽しみたいものです。


以上 文責事務局

予稿集から-パネリストのエッセイ

 タイトルをクリックすると、PDFファイルをダウンロードできます。