地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロンA

2006・3月のことばのサロン
▼ことばのサロンA
「日本のことばとアイヌ語」
話題提供 村崎恭子(元横浜国立大学教授)

村崎恭子先生は樺太アイヌ語研究の第一人者。北海道大学、横浜国立大学を退職された今も、ご自宅で講座を開くなど、アイヌ語の振興に情熱を燃やしているかたです。
最初は東京外国語大学でモンゴル語を専攻されたあと、学士入学なさった東京大学で、たまたまアイヌ語辞典のプロジェクトが進行中。そこで、「あなたは樺太方言を調べなさい」と指導教官に勧められたというお話から始まり、常呂で出あったアイヌ語話者のおばあさん藤山ハルさんの話、そのかたから話者の輪が広がっていったこと、などなど、言語のフィールドワークの当時の様子が生き生きと語られました。

樺太アイヌは敗戦後樺太から引き上げてきた人達ですから、北海道に居たアイヌの人達とはことばも違うし、引揚者ということで二重に差別を受けることもあったそうです。
「藤山ハルさんが亡くなったあと、要になるひとがいないために、そのことばも死んでいくのですよね・・・」少し涙ぐみながらの村崎先生のことばに、目の前でひとつのことばの死に立ち会う無念さが偲ばれました。

もう話者はいないのかと諦めて数年後、ポーランドの民俗学者ピウスツキーの集めたアイヌ語の音源を分析するプロジェクトに参加、全道を回って話者を探したそうです。その時にまるで奇跡のように、全盲の浅井タケさんにめぐり合い、すらすらと流れ出るアイヌのことばに感動・・・。浅井タケさんも、村崎先生をアイヌの若い女だと思ったそうです。まさか和人がアイヌ語を話すなど、思いもよらなかったのでしょう。

サロンの後半は、アイヌ語の昔話や謡をビデオで聞きました。村崎先生によると、文字以前の日本のことばはアイヌ語がカギになるということです。地名などに多くのアイヌ語が残っています。和歌山の白浜は元々、シララハマと呼ばれていました。(白良浜)アイヌ語でシラルというのは岩礁のこと。今の白浜のすぐそばには岩礁だらけの浜がある。シララハマのもっと前にはシラルの浜と呼ばれていたのではないか・・・。そういう事例がかぞえきれないくらいあるそうです。

続きは来月22日のサロンへ。4月のサロンではCDの音源をききながら、直接なまのことばに触れる予定。たのしみです。