地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロン

2009・10月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

―よりよい「ことば」の学びのために―
ヨーロッパにおける言語教育の歴史とその現状
―欧州評議会の活動と「ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」を中心に


● 2009年10月10日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス514教室
● 話題提供:山川智子(東京大学大学院博士課程)要旨①②③⑤
 佐野彩(慶應義塾大学研究員・地球ことば村)要旨④


講演要旨

1. よりよい「ことば」の学びのために ――小学校における英語教育をきっかけに

 今年度から始まった小学校英語教育を受けて、ことば村として、是非を超えて「ことばの教育」について発言をしていきたい。これまで、小学校英語教育について、賛成・反対・慎重な立場などさまざまな視点から、議論がなされてきたが、これからも複眼的な視点でよりよい言語教育について検討されるのが望ましいと考える。今日は、ヨーロッパにおける言語教育の取り組みを参考に「何のための言語教育か」を考え、また、その取り組みが欧州の地域語や少数話者言語の復興にどういう影響があるのかにも、触れていきたい。それによって、英語(6000もあるといわれる言語のひとつ)の相対化のきっかけになるのではないかと考える。

 日本の現状を見てみると、日本にいる外国人登録者数は、近年増え続けていて、その地域別内訳は中国・韓国・ブラジル・フィリピンなどが多い。従って在住外国人の母語が英語である確率はむしろ少ないのではないか。小学校で英語が必修になることで、ほかの言語に向けられる視線が少なくなるのではないか。また、異文化に向けられる関心や地域の言語への気づきも減ってしまう懸念がある。


2. 多言語社会ヨーロッパにおける言語教育

 ヨーロッパでは地域の事情や学校の理念に合わせた教育カリキュラムが作られている。例えば、ベルリン州立ヨーロッパ学校ではパートナー言語(戦後の被占領体験から、まず、英語、フランス語、ロシア語が導入され、その後は、移民の増加にあわせて言語種も増えている)が設定されている。また、EU機関に勤務する人々の子弟が主に通う学校では母語+2言語方式(転勤の多い状況にふさわしいように)が採用されている。こうした取組の背後には、ヨーロッパ市民の言語意識が影響していると思われる。たとえば、ユーロバロメーターの統計などから、我々はヨーロッパ市民の言語に対する考えかたを探ることができる。


3. 欧州評議会の言語政策

 欧州評議会は、経済・政治の統合を目指すEUとは異なる組織で、人権・文化・言語の価値観の共有を目指す国際組織である。ストラスブールに本部を置き、現時点で、EU加盟国(27カ国)を含む47カ国が加盟している。EU加盟を希望する国は、まず欧州評議会に加盟して人権問題や民主主義について学習する必要があるともいわれている。欧州評議会とEUがどんな連携をとっているのかは、今後も注目されるところである。

 ここの言語政策部門では、市民の言語学習についての意識改革をめざし、様々な活動を行っている。言語政策部門の基本理念はplurilingualism(複言語主義)、pluriculturalism(複文化主義)であり、ヨーロッパ大陸で再び戦争を起こさないという究極の理念に基づいて、異言語・異文化の人々同士が理解しあうための、個人レベルでの意識改革を狙っている。言語学習者を社会的存在とみなし、その個人の能力は多様であるとする。

 東欧諸国の加盟がふえ、東の拠点として、オーストリアのグラーツに94年、ヨーロッパ現代語センターが設立された。2001年には「欧州言語共通参照枠」(CEFR)が公開された。

 「欧州言語共通参照枠」の理念は「行動主義的言語習得」である。学習をはじめたばかりの言語であっても、その言語を駆使して、ふたつの言語の話者の架け橋になりうるのである。そのために、学習者と教授者が評価の基準を共有するということが目標としてあげられている。いくつかの条件を示すことで、入門レベルの言語能力をも肯定的に記述する工夫がなされている。このCEFRは、最近は地域語にどのように当てはめていくかに関しても検討されている。

※ 参考文献

  • 山川智子(2005)「多言語共生社会における言語教育 ――多様な言語への気づきをきっかけに」大津由紀雄(編著)『小学校での英語教育は必要ない!』慶應義塾大学出版会、161-181頁。


4. 地域語に関する取り組み

 ヨーロッパには国の公用語になっているような大言語の他に、限られた地域、数の話者によって話されている言語が数多くある。ここでは主としてフランスのサヴォワ地方の地域語を事例に、地域語の教育についてお話したい。

4-1 地域語に関するヨーロッパの取り組みの概要

 1982年に「欧州少数言語事務局」が創設された。背景には地域主義運動や移民などのマイノリティーの権利要求運動の高まりがあると言われる。この事務局は、地域・少数言語とその文化の地位改善を目的に、各地で起こっている言語復興運動の情報交換の活性化を行ってきた。メルカトール計画と呼ばれるプロジェクトを推進し、オンラインデータベースが作成されている。法的な整備も進められ、「地域・少数言語欧州憲章」が1992年に欧州評議会によって採択された(1998年発効、2009年10月現在24カ国が批准)。

 近年では、地域・少数言語の団体が連携し、地域・少数言語にCEFRを適用しようという動きがあらわれてきた。2007年には欧州評議会が地域・少数言語欧州憲章の調印国に対し、それぞれの国の地域語にCEFRを適用するよう勧告を出している。

 例えばフランス南部のコルシカ島では、特に観光や福祉などの分野での社会的実用性という側面から地域語教育が推進されているという。特に若年層の雇用機会の拡大や社会的疎外の解消を目的とする人材育成プログラムに地域語教育を組み込むこと、ヨーロッパと地中海世界に開かれた複言語主義、コルシカ語の能力評価へのCEFRの導入が図られている。

4-2 事例:フランス・サヴォワ地方における地域語の教育

 サヴォワ地方はフランス南東部、スイスとイタリアに国境を接する山がちな地域である。1860年にフランスに併合されるまで、サヴォイア家が治めていた土地であり、独自の歴史を持っている。人口は110万人、産業は牧畜、林業、果樹栽培、電気冶金、観光など。

 サヴォワ語は、サヴォワ地方で話されているフランコプロヴァンス語(フランス、スイス、イタリアにまたがる地域で話されているロマンス系言語)の諸方言の総称である。地元の人々は「パトワ」(土地のことば)と呼んでいる。(実例:話者による詩の朗読)

 16世紀からフランス語とサヴォワ語の2言語併用(司法、行政、教会などの公的な場面ではフランス語、日常生活ではサヴォワ語)が続いてきた。19世紀終わりごろから、学校ではサヴォワ語が禁止され、家庭でもフランス語の有用性から子どもに対してフランス語を話すようになった。第二次大戦後になると話者が激減して、2005年に現地調査を行った地域で話すひとは当時概ね80歳以上、聞いてわかるひとは60歳以上であった。

 1980年ごろから、民間レベルでサヴォワ語の復興運動(サヴォワ語の会話サークル・辞書の編纂・劇団活動など)が始まった。しかし、サヴォワ語はフランスの他の地域語のように、大学入学資格試験(バカロレア)の選択科目にはなっておらず、バイリンガル教育を行う学校もない。現状では小学校・中学校の課外授業で、有志の教員が生徒に教えている。

 2000年の世論調査では、「地域語学習は、外国語学習にくらべて副次的である」という考えに否定的な回答をしたひとが32%いた。決して少なくない数のひとが地域語学習に肯定的なことがうかがえる。講演者が2005年5月から6月に行ったある集落でのアンケート調査では、地域語が継承されるべきと応えたひとは78%にのぼった。しかし、学校での地域語の教育になると、57%が非現実的と反対している(学習しても使う機会がない、人材・資金の不足など)。また、共通語や統一された書きことばを定めることに対して否定的なひとが多く、それぞれの村や町のパトワに高い価値が置かれているので、どの「サヴォワ語」を教えるのか、という問題もある。ただ、サヴォワ語を学ぶことで、自らのルーツを知るだけでなく、知的刺激を受けて、ほかの言語を学ぶことへも好影響を及ぼすという期待もみられた。

 なお、最近の動きとして、バカロレアの選択科目にサヴォワ語を入れて欲しい、とサヴォワの高校生が要請したと伝えられている。結果は不採用だったが、高校生がこうした希望を出したということ自体が画期的だと思われる。

 サヴォワ地方をはじめとする多言語社会では、国語・公用語、地域語・方言、移住者の言語、外国語など複数のことばが用いられ、さまざまな文化的背景を持つ人々が暮らしている。多言語社会におけることばの教育はー①他者のことば・文化を学び、他者を理解すること、②自分のことば・文化を学び、自分を理解すること、③それを通して、自分自身や自文化が相対化され、複合的なアイデンティティーが形成され、他者との相互理解の実現に寄与するのではないかと考える。地域語の教育もこの全体的なことばの教育の中に位置づけられるのではないだろうか。

※ 参考文献

  • 寺尾智史(2009)「私のフィールドノートから《30》アラゴン話」『月刊言語』38-6、86〜91頁。
  • 原聖(1999)「ヨーロッパの少数言語と言語権」(言語権研究会編『ことばへの権利 言語権とはなにか』、三元社、22〜29頁)。
  • 長谷川秀樹(2009)「周縁ヨーロッパにおける複言語主義と地域語—フランス・コルシカ島の事例から」(リテラシーズ研究集会2009『複言語・複文化主義と言語教育』予稿集、46〜51頁)。
  • Tuaillon, Gaston (1988)《Le franco-provençal : Langue oubliée》, in Geneviève Vermes dir., Vingt-cinq communautés linguistiques de la France, t.1, Paris : L’Harmattan, pp.188-207.


5. ヨーロッパの言語政策を日本で議論する意味

 今日お話したヨーロッパの言語政策が、日本の言語教育にどのような意味を持つのだろうか。

 講演者は、さまざま背景や立場から言語教育について議論をすることがこれからの日本のよりよい言語教育に必要だと考えている。少数言語、地域語、英語、日本語それぞれの研究者が一堂に会して情報を交換し、活発に議論していくということである。ことば村の活動はまさにここに関係している。小学校英語教育についても、賛否で分けようとする態度があるが、その前にまず、ことばの教育は何を目指すのかということをじっくりと考えることが大切だと思う。英語・地域語・少数言語、などとわけるのではなく、全体的に「ことばの教育」という枠組みで考える必要がある。

 CEFRはことばの種類をわけるのではなく、ことばの教育・学習者全てに関わる参照枠である。何のための言語教育か、という問題意識をひとりひとりが持つことを教えてくれた。しかし、今、日本においてはCEFRの記述が一人歩きしている感があり、概念が生まれたその時点でなにが考えられたのか(即ち、何のための言語教育か)という点が忘れられているように感じる。

 日本でCEFRを活用していくには、アジアにおける教育という視点をもつことが必要だと考える。また、ヨーロッパの解釈の直輸入ではなく、日本で考えられたことをヨーロッパに提示していく、そういう双方向性が必要だと考えている。

以上

(文責:事務局)