地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2010・10月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

脳とことばシリーズ「『音』からことばを探る」


● 2010年10月30日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス西校舎512教室
● 話題提供:益子幸江先生(東京外国語大学・音声学)


益子幸江先生  私は音声学を専門としています。今ここにいらっしゃる土田滋先生の研究室に30年前に伺ってIPAのトレーニングを受けたことを昨日のように思い 出します。私も毎年学生にIPAトレーニングをしておりまして、私が今日あるのは土田先生のおかげといっても過言ではありません。

 音声の面白さということについては、奇妙な音を出すことに関心を持つ学生もいますが、私は普通の人がどのように音を使っているのかというところに興味があります。それで、学部を出た後に当時あった東京大学医学部付属音声言語医学研究施設というところに行きました。学際的な施設で、医学部付属でお医者さんがいるのですが、そのほかに工学の先生もいて、東大本郷の言語学の学生も勉強しに来るというところでした。外部から言語聴覚士や医師も来たりしていろいろなひとの集まってくるところでした。毎週一回開かれるコロキウムでは関連分野の研究者の方が現在進行形のホットな研究の話題を提供してくださるので、耳学問でいろんなことを勉強しました。その中で失語症というものがどういうものかということも聴きました。言葉は表出の一つの形として必ず音声がありますので、音声の面で失語症はどういうことがあるのか、と言う点で非常に面白いことがありました。

 で、今回お話をいただいたときに、金子先生が益子さんは脳のことを知っているからとおっしゃったようですが、実はそれほど深くは知りません。失語症のことも、音声学の授業の中で取り上げる程度ですので、専門家がいらっしゃると、そこは・・、と笑われそうなことがあるかもしれませんがそれはお許しいただきたい。

音声学とリハビリテーション医学の関係

 言語聴覚士という厚生労働省の国家資格専門職があります。リハビリテーション医学という分野がありまして、理学療法士はみなさんご存じだと思いますが、それと並ぶものとして10数年前にできまして、その資格を取るのに必要な科目の中に音声学、言語学が入っています。

 残念なことに、音声学を生かして臨床にのぞんでいただけるといろいろ有用なことがあるはずなのですが、試験対策だけに終わっている感じもありまして、しかも国家試験の音声学の問題を見ると、この間も同僚と嘆いたのですが、これは全く間違いだ、というような出題がされていたりして・・。そういったことで、音声学もまだ誤解されているという点があり、まだ情報のやりとり、知識の共有が不十分だなと思われます。音声学の側からも、言語聴覚士つまり失語症の分野で使っていただける音声学として、ほかのひとにわからない形になっているのをもう少し噛み砕いて出さないといけないということもありますので、お互いの分野を知ること、私も歩み寄っていくことが必要かなと思います。

言語活動にかかわる脳の部分について

 失語症の話に先立って、まず脳の話から始めます。人間の大脳は、小脳や延髄などを取り囲むようにまた覆うように、外側にあります。大脳は右側と左側の半球が合わさったような形に見えますが、真ん中の割れ目のところが連絡通路でつながって、かなり密に連絡を取り合っています。それぞれの半球は、表面が大脳皮質(灰白質)に覆われ、また、いくつか溝が走っています。 大脳皮質上には様々な機能が局在しています。前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉、と大きく分けられますが、前頭葉と頭頂葉の間にあるローランド溝をはさんで運動野、体性感覚野があります。前頭葉は期待・計画・推理・想像・感情などを担っていますし、視覚・読書などが後頭葉、記憶は側頭葉に、と分かれています。

 ここで、言語野といわれている領域を紹介します。まず、右脳と左脳はほとんど同じ機能を持っているのですが、言語については異なります。言語機能は左脳にほぼ局在しています。そして、シルビウス溝をはさんでブローカ領野(前言語野)と、ウェルニッケ領野(後言語野)があります。この領域が損傷を受けると失語症が起こるのですが、その症状は異なります。ブローカ領野は運動野に近く、ウェルニッケ領野は体性感覚野に近いことが、症状の違いを生んでいるのではないかと考えられています。

 また、失語症には、純粋失読、純粋失書という、読み書きだけの症状もありますが、今日は音声学に関係する部分にしぼってお話をしたいので、話す聞くという側面の症状についてお話して行きます。

ブローカ型失語とウェルニッケ型失語

会場の様子 ブローカ型失語の特徴は、自発的に話せる言葉が極めて少なくなり、また、話せる場合も助詞などが脱落した電報文のようになったり、句の途中で止まりかけ、努力と探索の後にやっと言葉が出てくるような話し方になります。イントネーションはしばしば障害され、抑揚を失ったように聞こえます。しかし、理解は良好に保たれ、人の話は普通の速度で十分理解でき、また、読解も可能です。

 ウェルニッケ型失語の特徴は、話し言葉の理解が大きく障害されます。音は耳から聞こえているにもかかわらず、言葉の音として理解することができません。また、話す言葉は一見流暢で比較的豊富な発話量であるが、錯語が見られることが多く、程度によるが、発話がまったく意味を成さない場合もあります。復唱や音読にも障害が見られます。

 ブローカ型失語は、その領野が運動野と隣り合っているといいましたが、口が動かないわけではありません。食べるための口の動きは普通にできることが多く、運動機能の障害ではないのです。ウェルニッケ型失語も、耳は正常で、言葉以外の音に対する反応も正常です。どちらも、言葉の音を作り出すために器官を動かす、言葉の音として聞き取って理解する、というところが障害されていると考えられます。

 大脳皮質上で隣り合っている機能は何らかの関連が考えられますが、隣り合っていないからと言って関連がないとは言えません。大脳の中を見てみますと、神経線維が縦横に走っていて、しかもそれらはインプットやアウトプットに使われているかのように、いろいろな大脳皮質の部分から出ていったり、入って行ったりしています。神経線維が何本も同じ方向へ走っていて太い束のように見える部分もあります。これらはまだまだ十分に解明されていません。最近、「脳科学」と称していろいろなことが言われ、その中で大脳皮質の活性については検査方法も進んできていますが、大脳皮質が活性化しているということだけですぐに何か分かるわけではないと思います。

ブローカ型失語症の実際

 ここでビデオを見ていただきたいと思います。NHKの「今日の健康」から録ったものです。(ビデオ映像「知っていますか 失語症・治療はこうする」―ブローカ失語の患者の言語機能回復訓練の場面。温泉の絵を見せられ、これは何かと尋ねられ「おんせん」と答えられないが、「温泉」と漢字を書く。振り仮名を振って読む。=ものの名前を言う検査。頭の中に単語の意味と文字と音声に関する情報を持っている。絵を見てその意味は理解できる。しかし音声で出す、そこに障害を受けているが、漢字で書くことはできる。振り仮名をふると音声にできる。この意味と文字の残されている能力を手がかりにして機能を回復させる。音を聞いて発音して絵を指す訓練をすることで、絵を見て単語を発音できるようになる。個人差が大きいので全ての患者にこの方法が適用できる、あるいは症状から回復するとは言えない。そのほか、社会復帰のためのコミュニケーション能力―身振りなども含め―の訓練や心理的問題の支援などの必要性について)

 ビデオの訓練の場面で、ひとつの言葉について、「意味」「文字」「音声」と三つが示されていました。そして、「意味」と「文字」の経路、「文字」と「音声」の経路、「意味」と「音声」の経路がそれぞれ異なることが示唆されていました。「意味」と「音声」の経路が障害されているのでこれを回復させるために、まだ(完全ではないけれど)保たれていたほかの2つの経路を使い、そちらを強化しながら「意味」と「音声」の経路を復活させるという方法でした。また、文字としては漢字と平仮名が両方出てきました。あの患者さんは漢字がはじめから書けました。しかしそれに振り仮名を自分で振ることはできなかった。振られた仮名を見て、「おんせん」という音は出せました。漢字という意味のある文字と、音をあらわす平仮名、日本語の場合は両方ありますが、片方しかない言語もあります。たとえば英語の場合は表音文字だけですから、アルファベットだけで「文字」と「音声」の経路の強化ができるかというと、おそらく日本語のこの場合より難しいだろうと思われます。ですからこの方法は日本語だから有利だという面があると思います。言語によって違う側面があると思います。

脳内にある辞書

 非常に大雑把に、我々の使う辞書のようなものが頭の中のどこかにあると考えてよいと思います。「意味」と「形」の対応がある、形は文字と音との両方があるが、片方だけが阻害されるということからは、文字と音は違うところに蓄えられているとか、違う連絡通路を伝わっていくということが推測されます。

 また、「おんせん」とスムーズに繋がっている音(ひとつづきの音の連続)と、「お ん せ ん」とひとつずつ区切った音の並びと捉えるところと、おそらく両方あって、これもある意味で辞書、一覧表のようなものがあると考えてもいいのではないかと思います。というのは、一音ずつくぎって「お ん せ ん」と言った時の口の中の形と「おんせん」と連なったときの形は違ってきます。つながったときは、スピードや前後の関係で口の中の動きは連続して変化してゆきます。そして、調音器官のそれぞれの部分の動きというのは、単独ではなく、協調的に動いているわけで、お互いの動きを前提としてタイミングを合わせて動いていきます。これらの一連の動きは、それぞれの器官の動きが独立にフィードバックされてその次の動きが起こると考えることは、神経伝達速度から考えると不可能であり、一連の動きが何かの形でプログラムされていて格納されていて、それが発動してひとつ(ひとまとまり)の語の動きが形成されるのではないかと考えられます。

 「お ん せ ん」と言った後で「おんせん」と言っているのは、それが呼び起こされたのではないか、「意味」と「音声」の経路と言っている中に暗黙に含められている辞書のような蓄積とそれらとの対応関係付け、それも、複数の種類の辞書、複数の種類の対応関係付けが推測されます。そして、「温泉」という語も、複合語の一部となったときはまた、若干の修正が加えられて出力されると考えられます。たとえば温泉病院とか、○○温泉といったときには、音声出力のための調音器官のプログラミングは若干修正を受けて出力されるのだろうと考えられます。

意味のあるまとまりとして脳内に蓄えられている音声辞書

 辞書というと、文字で書かれた形を思い浮かべますが、音素で表示された辞書もあるでしょうし、それが音として出力された形の辞書もあると思います。そしてさらに、それらの音声を作り出すための調音器官の一連の動きのプログラミングもやはり辞書として格納されていると考えた方が妥当だと思います。そして、様々な辞書は互いに関係付けしあっていて、調音器官の一連の動きをそれぞれ、音声と、音素と、文字と、語と結び付けて捉えることができるようになっているのだと思います。このように考えると、例えば、調音器官の動きは音声とだけ結びつき、音声は音素だけと関連があり、という、層をなすものがその上下の層とだけ関係があるようなものを想定してはいけないのではないかと考えています。結局、生身の人間の体の動き(この場合は調音器官の動き)はひとつづき(ひとまとまり)のいろいろな動きを持ちえて、その感覚とともに脳内に蓄えられていて、それを使って言葉の音を作り出したり聞き取ったりしているのだろうと考えています。

以上

(文責:事務局)