地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2010・11月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「ブヌン語 ―「孤高」の南島語」


● 2010年11月14日(日)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス大学院校舎325-B教室
● 話題提供:野島本泰先生(神戸夙川学院大学)


野島本泰先生


講演要旨

1.系統

 ブヌン語はオーストロネシア語族に属する言語です。オーストロネシア語族のオーストロというのは南、ネシアというのは島という意味です。台湾ではオーストロネシア語族のことを南島語族という言い方をします。今日のハンドアウトの中でも、オーストロネシア語族というと長ったらしいので、南島語族とか南島諸語とかにしてあります。オーストロネシア語族は、インド洋と太平洋の全体を示した地図の線で囲われた地域の全域で話されている言語です。全域といっても、パプアニューギニアも入りますが、その全土で話されているわけではないのですが、この地域のほぼすべてで話されている言語です。見ていただくとわかりますが、北は台湾から南はニュージーランドまで。マオリ語とかですね。西はアフリカの東のマダガスカル島、マラガシ語という言語がオーストロネシア語なのですが、東のほうはイースター島、ラパヌイ語というのがやはりオーストロネシア語族です。
 世界で言語が6000とか8000とか言われていますが、そのうちオーストロネシア語族の言語が1000とか1200とか言われる数の多い語族です。中でも台湾の言語の分布、もう一枚の台湾の地図を見ていただきたいのですが、サツマイモのような形をした台湾の丁度真ん中のところに、ローマ字でBununと書いてあって、薄い緑色の部分で話されているのですが、そのほかにも東海岸のアミス語ですとか、北部のアタヤル語、南部のパイワン語ですとか。この中にはすでに話者がいなくなってしまって、わずかな記録しか残っていない言語名も含まれていますが、台湾と言う小さな島、九州とほぼ同じ大きさの島にこれだけの言語が話されていて、しかも多様な、非常に違いの大きい言語がたくさん話されている。オーストロネシア語族の言語はもともとどこに住んでいたのかという大問題があるのですが、台湾にこれだけ言語のタイプもさまざまで、なおかつ数も多い言語がこの狭い地域に密集しているとなると、かなり早い時期のオーストロネシア語の祖先は台湾かあるいはその近くに住んでいたのではないかと考えられています。
 で、ブヌン語なんですが、オーストロネシア語族に属しているということは分かっているのですね。ですが、オーストロネシア語族全体のどこに位置付けるかというのは、実は見解の一致が見られていません。ほとんど誰も確たることは述べていないというのが実情です。かつては台湾の原住民諸語という言い方をしていますが、アタヤル語群、ツォウ語群、パイワン語群という三つの大きなグループに分かれるとされていて、ブヌン語はそのうちパイワン語群というグループの言語に近いとみられていました。今でもそう考えている人もいると思いますが、最近ではハワイ大学のロバート・ブラストという先生が、オーストロネシア語族の系統論、歴史に関しては影響力の大きな人ですが、この人が1999年に書いた論文では、南島祖語、オーストロネシア祖語が、大本の祖先がまず、いきなり10個に分かれて、そのうちの9の下位グループは台湾の言語だ、としたのですね。で、9つの下位グループのひとつを、ブヌン語が単独でそのグループを成すと言うふうに述べているのですね。これについては反論もいろいろあって、しかしその反論も明示的な証拠をもって、そうじゃないというわけではないので、現段階ではこのブラストの分類ではこうなっているということを認識するのが、まぁ、できる最善のことではないかと思います。これからの課題だということですね。これが系統についてです。


2.方言

 それから、方言なんですが、3つ大きく、北部方言群、中部方言群、南部方言群にわかれるのですね。台湾のオーストロネシア言語に関しては小川まさよし先生、浅井えいりん先生という台北帝国大学の言語研究室の大先達が20世紀初頭に行った調査で、もうブヌン語は北部、中部、南部の3つの方言グループに分かれると指摘しています。で、さらにそれを1988年にLiという先生が大規模な調査を行いまして、証明した、確実なものにした。北部方言群はTakikudu, Takibukha’という二つの方言にさらに分かれ、中部方言群はTakbanuaz, Takivatanという二つの方言に分かれ、南部方言はひとつしか無くて、’Isbukunと呼ばれています。僕がブヌン語の研究を始めたのは1991年で来年は20周年を迎えるのですけど、ずっと研究していたのはこの’Isbukun方言ですね。文法的には面白いことがかなりあって、今日お話しする中心部分になるのですが、音韻的には北部方言が一番保守的で、古い状態を保存している、かつての区別を残している、ですからオーストロネシア祖語がどのような音韻体系がどうだったかということを考えるときに、ブヌン語の北部方言が非常に重要な証拠を持っているのですね。続いて中部方言。南部方言は最も音韻変化を起こしてしまって、もともと持っていた音の区別、対立を無くしてしまっている。歴史的な研究価値は北部方言、南部方言にくらべてそれほど無い。


3.分布

会場のようす  ここでまた地図をみていただくと、かなり広い地域でブヌン語は話されています。といってもそこにまんべんなく人が住んでいるというわけではなくて、台湾中南部というのは標高の高いところがあって、そこには人が住んでいない、川が流れているところに沿って転々と山村があって暮らしているということですね。南投縣仁愛郷・信義郷、花蓮縣卓渓郷・萬栄郷、台東縣延平郷・海端郷、高雄縣那瑪夏郷(旧名・三民郷)・桃源郷・茂林郷 の山地で話されています。話者数はおおざっぱに40000人、台湾の政府が戸籍調査をやっていまして、それにブヌン族ということで登録していた人が2002年の段階で38000人いた。全員ブヌン語をしゃべっているかというとそうではなくて、たとえば幼児から小学生などは普段は北京語をしゃべっていますし、ブヌン語でおじいちゃんが話しかけてもまったく返事をしないとかですね、そういう子も38000人の中にはいっているわけですね。それからブヌン族ではあっても住んでいるところは台北市であるとか大都市に住んでいて、普段は全然ブヌン語を使っていないという人も含まれています。ですから、ふだん、実際に流暢にブヌン語はしゃべっているひとがどのくらいいるのか、僕もどうやって計算したらいいのか非常に悩んでいるところなのですけど、まぁ、ざっと半分くらいじゃないかと思っています。2万人くらい、ということですね。その2万人の中でも、流暢にしゃべる人と、たどたどしいというか、しゃべっているうちにコードスィッチということが起きて中国語に切り替わってしまったりとか、台湾語(ビンナン語)に切り替わってしまったりする人もいますから、この、話者が何人いるかというのは非常に難しい話ですね。
 それから高雄縣にカナカナブ語、サアロア語という話者が限られている、もう消滅の危機にまさに瀕している言語を母語とする話者も、後からブヌン族がやってきたのでいっしょに住んでいますから第二言語としてブヌン語を話します。


4.自称

 ブヌン語は自称名を特に持たないですね。ブヌンとは何かというと、「人」を表す普通名詞です。特にブヌン族を指したいときにはbunun-tuと言います。tuというのは本当という意味で「本当の人」という言い方をする。


5.生業

 どんな仕事をして生計を立てているかというと、伝統的には農業。粟とか芋、それからトウモロコシとかいろいろありますが、そういうものを栽培していて、あと、狩猟ですね。ですから狩猟の方法ですとかの語彙が非常にたくさんあります。ワナの種類ですとか動物を解体した時の内臓の各部の名称とか、非常に細かく分かれていて、僕は見たことが無いのでいろいろ調べていたりします。


6.文化

 文化について話してほしいと言われたのですが、文化についてはあまり研究したことがなくて、少しですが、ブヌンといえば世界的に有名なポリフォニー(多声音楽)、合唱があります。これはインターネットで、HMVとか、アマゾンとかで、CDで「ブヌン」と検索すると日本で手に入るCDが何点か出ると思いますから、民族音楽で合唱に興味のある方はぜひ聴いてみてください。


7.宗教

 現在は、大部分がキリスト教徒、長老教会が多いですがカトリックもいます。

 さて、これまでがブヌン語を話す人たちがどんな人々かという話でしたが、次に音の話をしたいと思います。


8.音韻

 音韻というのはひとつの言語の音の体系がどうなっているのかということを考える部門です。後で聞いていただく音は中部方言を用意してきてしまったのですが、この配布資料でこれから見ていただくのは南部方言なので、音韻のところは南部方言が書いてありますが、とりあえず、ざっとどんな音韻体系になっているのか、南部方言で見てみると、子音は14個あります。台湾原住民諸語としては少ないです。
 子音はp, b, v, m, t, z[ð], d, n, s, l[ɬʲ], k, ng[ŋ], h[χ~h], '[ʔ] の14。このうち s, tはiの前で口蓋化し、それぞれ[ɕi], [ʨi]と発音されます。また、sは同じ音節の中で母音i の後ろに来た時も口蓋化して[iɕ]と発音されることがあります。子音y, wは外来語を含む少数の語にのみ現れます。lは日本人には発音しづらく、シャーというような音ですね。
 母音はa, i, u の3つ。アクセントは、2音節以上からなる語の場合、語の後ろから数えて2番目の母音を含む音節が高いピッチで発音されます。村によって多少違いがありますが。アクセントは非弁別的、つまり、日本語のように、語の意味を区別する(例:箸と橋)のにアクセントは使われません。ただし、 masa[masa]「(…した、…だった)とき」に対して、masaa[masaa]「強引に」、のような例は少数ながらあり、書き取りには注意を要します。
 音節は(子音)母音(子音) という構造を持っていますが母音の前後の子音が括弧に入っているのは、どちらも随意的(任意の要素)であることを示していて、つまり子音・母音、母音・子音、母音のみ のような形もあるということです。
(ここで用いる表記は、細部を除けば、キリスト教教会で用いられている正書法にほぼ準じています。)
 さきほど、北部方言が一番保守的で古い形を維持しているとお話ししましたが、それと関連して『巒蕃ブヌン語集』という語彙集を紹介します。この語彙集は、日本が台湾を植民地支配していた1932年(昭和7年)に作られた語彙集で、中部方言群のTakbanuaz方言の語彙を(ローマ字ではなく)カタカナで記録したものです。この語彙集のカタカナ表記に、ブヌン祖語(Proto-Bunun)の*sと*cの区別が見て取れるのです。この区別は、現在の中部方言では失われているのですが。次の例では、*sの音価を「シャ」「ショ」というカナ表記が表し、*cの音価を「サ」「ス」「ソ」というカナ表記が表しています。

[01] PB (= Proto-Bunun) *ʔasa 「アシヤ」(ほしい)『巒蕃ブヌン語集』157頁
[02] PB *sanavan 「シヤナバン」(晩)『巒蕃ブヌン語集』291頁
[03] PB *sapaʔ 「シヤツパ」(毛皮)『巒蕃ブヌン語集』290頁
[04] PB *sapil 「シヤツペル」(履物)『巒蕃ブヌン語集』290頁
[05] PB *saitaʔ 「シヤエタ」(汗)『巒蕃ブヌン語集』290頁
[06] PB *sandu 「シヤンロー」(命中する)『巒蕃ブヌン語集』293頁
[07] PB *sukliiv 「シヨクレーブ」(麻の皮を剥ぐ)『巒蕃ブヌン語集』284頁
[08] PB *sumbaŋ 「シヨンバン」(呼吸)『巒蕃ブヌン語集』285頁
[09] PB *suŋkat 「シヨンカツ」(川をわたる)『巒蕃ブヌン語集』285頁
[10] PB *cakut 「サツコツ」(羌)『巒蕃ブヌン語集』262頁
[11] PB *calu 「サロ」(ネギ)『巒蕃ブヌン語集』261頁
[12] PB *caðuʔcuʔ 「サルウソウ」(倭人)『巒蕃ブヌン語集』262頁
[13] PB *calaað 「サラーズ」(シコクビエ)『巒蕃ブヌン語集』263頁
[14] PB *caam 「サーム」(私ども)『巒蕃ブヌン語集』263頁
[15] PB *caaŋ 「サーン」(松明)『巒蕃ブヌン語集』263頁
[16] PB *cudu 「ソツロ」(垣)『巒蕃ブヌン語集』130頁
[17] PB *cuhaq 「ソハク」([月國]) 『巒蕃ブヌン語集』130頁
[18] PB *cucuʔ 「ソソ」(乳)『巒蕃ブヌン語集』131頁
[19] PB *cuʔað 「ソソワル」(ひな)『巒蕃ブヌン語集』131頁
[20] PB *cui 「スイ」(金)『巒蕃ブヌン語集』313頁
[21] PB *cumcum 「ソムソム」(きび)『巒蕃ブヌン語集』131頁

 このように、現代の北部方言群から推測されるブヌン祖語*s / *c の違いが、『巒蕃ブヌン語集』のカタカナ表記では、サ行とシャ行の違いでかなり表記しわけられています。このことから、『巒蕃ブヌン語集』が出版された1932年当時の中部方言群のTakbanuaz方言でも、s / cの対立が音声的に存在していたことがうかがわれます。このことはまだどこにも発表していませんが、大変興味深いことだと考えています。

 ここで中部方言の音を聞いていただきます。
・名前:[ponɪʔ / ponɪʔ soqloman]「プニ。プニ・ソコロマン。」
・母方の姓:[pɐlɐvɪʔ]「パラビ」
・年齢:[mɐpitoːn hɑn vɐoʔ] 「78(歳)。"民国十九年(生まれ)"」
・夫の名前:[ʔɪʔbɪ]「イビ」
・夫の姓: [ʔɪʔbɪ ʔiɕbɐʔbɐnɐɭ]「イビ・イシババナル」
・別の村に住んでいたことがありますか? :[ɕinɐpɐlɐn]「新郷(シナパラン)」
・生まれた場所:[hɑn ʔɐsɐŋ / hɑn ʔinɐːm ʔɐsɐŋ qɑʔbɐs]「村で。私どもの昔の村で。」

(1) /qalup/ [qɑlop]「桃」
(2) /quma/ [χomɐː]「畑」
(3) /qihqiun/ [qaɪ hqaɪ n]「わきが」
(4) /maqainan/ [mɐqɑɪ nɐn]「笑う」
(5) /mabaqis/ [mɐʔbɐqʌɪɕ]「熱い(水が)」
  /mabaqis danum/ 「熱い水」
  [mɐʔbɐqʌiɕ dɐnom](単語の真ん中にBやPが入ると、自動的にその前に声門閉鎖音(日本語の小さなツのような音)が伴われます)
(6) /siiq/ [ɕiɪq] 「ひょうたんで作ったひしゃくdipper, ladle」
  /taqul/ [tɐqoɭ]「ひょうたんbottle gourd」
(7) /butqul/ [botqoɭ]「喉仏」
(8) /'itqaal/ [ʔitqɑːɭ]「聞いてわかる」
(9) /maqaitqait/ [maqɑi tqɑi t]「硬い(石が)」
(10) /vaqvaq/ [vɐqvɐqχ]「あご」
(11) /maduqlas/ [mɐdoqolɐs]「白い」
(12) /'iqtiiz/ [ʔiqtiːð] 「シイタケ」(中国語:香菇)
(13) /lumaq/ [lomɐqχ]「家」
(14) /huzuq/ [hoðoqχ]「タケノコ」
(15) /muliqliq hulus/ [moli ɛqli ɛq holoːs]「"着物" (holo:s) が破れる」
(16) /'asik/ [ʔɐɕɪkj]「箒」
(17) /'ulat/ [ʔulɐt]「血管」
(18) /'ima/ [ʔimɐ]「手」
(19) /su'az/ [suʔɐð]「ひよこ」
(20) /madaing batu/ [mɐdaiŋ bɐto]「大きい石」
   /tu'un/ [toʔon]「岩」
   /maqaitqait tu'un/「硬い岩」
(21) /mapa'is/ [mɐpɐʔɪɕ]「苦い」
(22) /maz'av/ [mɐðʔav] 「恥ずかしい」
(23) /banhil/ [banhɪɭ] 「サンコウマ?」
   /nal'ung/ [nɐɭʔoŋ]「木、サンコウマ?」
(24) /masakbit/ 「痛い」
   /kispulaun/ [kɪɕpolaon]「調理をしているとき、熱いものがこぼれてやけどする」
   /mahanat pan'aian/ [mahɐnɐt pɐnʔɐian]「おかずを調理する、"たく"」
   /makal'ing/ [mɐkɐɭʔɪŋ]「油で炒める、"やき"」
(25) /va'va'/ [vɐʔvɐʔ]「枯れた木の硬い芯」(24の単語がなかなか出てこなかったのに、25の単語はすぐ出てきて、やはり山の民族だなぁと思いました)
(26) /'atikis bunun/ [ʔɐtikiɕ bonon]「小さい人」
   /sazu'su'/ [sɐðoʔsoʔ]「小人」(iの前ではsは必ず口蓋化してスィではなくシと発音されますが、aやuの前でもシャ、シュと発音されます。このことは、まだ誰も明示的に指摘していませんが。)
(27) /li'li'/ [liʔliʔ]「蕨」
   /kaunun 'amin/ [kɐonon ʔɐmin]「やっぱし(食べる)」
(28) /mata'/ [mɐtɐʔ]「眼」
(29) /susu'/ [susuʔ]「おっぱい」
(30) /duli'/ [dolɪʔ]「とげ」
(31) /mat'aq/ [mɐtʔɑqχ]「生の(肉が)」
(32) /qus'ul/ [χosʔoːɭ]「煙」
(33) /mapas'aq/ [mɐpɐsʔɑqχ]「洗濯する」
(34) /siqi'/ [ɕɪqɑɪʔ]「(樹の)枝」
(35) /mapus'aq/ [mɐpusʔɑqχ] 「サトウキビの滓を吐き出す」
(36) /mapiqa'/ [mɐpɪqɑʔ]「びっこcrippled, lame」
(37) /qasisa'/ [qɑɕisɐʔ]「イヌビエbarnyard millet (inedible)」
(38) /malungqu/ [mɐloŋqoː]「座る」
(39) /qua'/ [qoɐʔ]「痰」
(40) /'abuqan/ [ʔɐʔboqɑn]「お腹いっぱい」
(41) /hubuq/ [hoʔboq]「嬰児」
(42) /masakbit/ [mɐsɐkbit]「痛い」
野島:"miqumisang."(ありがとうございます。)
プニ:"まー、なー、大部分もうみんなできるだろ。"


9. 形態論(「単語のつくり」)

 簡単な単語をベースに、複雑な単語をどのようにつくるか、ブヌン語では接頭辞・接尾辞・接中辞を多用し、また、重複もさかんにおこないます。

(1) 接頭辞の例:davus「酒」→ tapu-davus「酒好き」
(2) 接尾辞の例:'ivut「蛇」→ 'ivut-az「虫」(接尾辞-az は指小辞:book-letのletは英語の指小辞の例)
(3) 接中辞の例:painuk「着る(語根)」→ painuk「服」(cf. painuk-un「着る」)
(4) 重複の例:tin-dimal「火花が散る」→ tin-dimal~dimal「火花がばちばち散る(複数回)」

 形態的には膠着語的(agglutinative)と言われます。つまり、語にはかなり多数の形態素(語のパーツ)が含まれることがあるが、形態素間の境い目は明瞭です。

具体例:
(5)(a) laupa 「刺す(語根)」(単独では出てくることがない、非自立的な要素)
  (b) kis-laupa 「刺す(語幹)」(接頭辞の付加)
  (c) kislaupa-an「刺す(場所ボイス)」(接尾辞の付加)
  (d) kislaupaan 「刺した(場所ボイス)」(接中辞の挿入)
  (e) kinis-la~laupaan 「何度も刺した(場所ボイス)」(語根第1 子音と第1 母音の重複)

 ブヌン語が単純な言語か複雑な言語か、はたとえば北米インディアンの言語の研究者から見れば単純だし、ベトナム語などの研究者から見れば複雑だということになるでしょう。


10. 文の主要構成素の順序(いわゆる「基本語順」)

 文は、述語および主格名詞句、その他からなります。基本語順では、述語が文の先頭に来ます。主格名詞句やその他の従属部は、基本語順では述語の後ろに現れます。次の例文(6)では、名詞mabananaz「男」が述語で、主格代名詞saia「あれ」がその直後に現れています。

(6) mabananaz saia.
  man NOM.that
  「あれは男だ。」

 次の例文(7)では、動詞mataz「死ぬ」が述語で、その後ろに続くa 'asu=a「その犬」が主格名詞句です。

(7) mataz a 'asu=a.
  AV.die NOM dog=NOM.that
  「その犬は死んだ。」

 次の例文(8)では、動詞ma-pataz「殺す」が述語で、その後ろに主格代名詞kaimin「私ども」、そして対格名詞句mas hanvang「鹿」が現れています(このように、基本語順では「動詞」+「主語」+「目的語」の順に並ぶ)。なお、聞き手を含む「私たち」と聞き手を含まない「私たち」を必ず区別します。この例文(8)では、聞き手を含まない「私たち」なので、「(あなたは殺していないが)私どもは鹿を殺した」という意味になります。

(8) ma-pataz kaimin mas hanvang
  AV-kill NOM.1PL.EXCL ACC dear
  「私どもは鹿を殺した」

 次の例文(9)では、動詞mauk-'ainunu-a「回りなさい」が述部で、場所格名詞句sia dalah=tanがその後ろに現れています。

(9) mauk-'ainunu-a sia dalah=tan.
  AV.LP(round)-round-IMP.AV LOC earth=OBL.this
  「この島を回りなさい。」

 このように、「述語が文の先頭に来て、主格名詞句など従属部がその後ろに現れる」という基本語順は、フィリピン諸語にも同様に見られる特徴です。また、「格助詞が名詞の前に現れる」という特徴も、フィリピン諸語に共通しています。


11. ボイス(焦点)交替

 ブヌン語の動詞には「フィリピン型(Philippine-type)」と呼ばれるボイス(態)の体系があります。どの動詞も、(a)動作主ボイス(Agent Voice, AV)か、(b)対象ボイス(Patient Voice, PV)か、(c)場所ボイス(Location Voice, LV)か、(d)移動物ボイス(Conveyance Voice, CV)のうちの必ずどれかです。
 動詞が、どのボイス範疇に属するのかは、動詞についている接辞などによってわかります。
 例えば、動詞ma-patazは接辞ma-という印がついているので動作主ボイスだとわかるし、 また、動詞pataz-unは接辞-unという印がついているので対象ボイスだとわかる、といった具合です。
 次に挙げる文の対では、例文(10)が動作主ボイス、例文(11)は対象ボイスです。

(10) ma-pataz kaimin mas hanvang
   AV-kill NOM.1PL.EXCL ACC dear
   「私どもは鹿を殺した」
(11) pataz-un dau=s 'isbabanal a maaz=a 'ivut.
   kill-PV hearsay=AGT 'Isbabanal NOM NOM snake
   「ババナル姓の人がその蛇を殺したそうだ。」

 例文(10)では、動作主ボイス(AV)の印である接頭辞ma- が述部動詞についていることで、 文の主格名詞句である「私ども」が「殺す」という行為の動作主(agent)=つまり「殺す側」だ、ということがわかります。それに対し、例文(11)では、対象ボイス(PV) の印である接尾辞-unが述部動詞についていることで、文の主格名詞句である「その蛇」が「殺す」という行為の対象(patient)=つまり「殺される側」だ、ということがわかります。このように、述部動詞のボイス範疇がどれなのかを見ることではじめて、主格名詞句の意味役割がどれなのかがわかるようになっているのです。
 日本語では「が」、とか「を」が名詞につくことで動作主か対象かが分かりますが、ブヌン語では動詞に印がつくわけです。
 さらに次の例文2つを見ることで、場所ボイス、移動物ボイスの概略を紹介します。

(12) na tahu-an=ku kamu mas 'is-lu~lus'an.
   FUT tell-LV=AGT.1SG NOM.2PL ACC CV-REP~do.ritual
   「私はあなたたちにお祭りのしかたを教えよう。」
(13) na 'is-tahu=ku=am mas 'inaak tu tama
   FUT CV-tell=AGT.1SG=NOM.2PL ACC GEN.1SG LG father
   「私はあなたたちのことを私のお父さんに伝えます(告げ口します)。」

 例文(12)では、場所ボイス(LV)の印である接尾辞-anが述部動詞についていることで、主格の「あなた達」が「伝える」という行為の場所=つまり「情報の受け取り手」だということがわかります。
 例文(13)では、移動物ボイス(CV)の印である接頭辞'is-が述部動詞についていることによって、主格の「あなた達」が「伝える」という行為の移動物=つまり「伝えられる情報」だということがわかります。
 このようなボイスの仕組は、「フィリピン型」と呼ばれ、フィリピンおよび大部分の台湾原住民諸語、そして一部のインドネシアの諸言語に見られます。このボイスの存在により、ブヌン語は言語類型的にフィリピン諸語に近いと普通は考えられているのです。


12. 後倚辞指示詞

 ところが、ブヌン語にもフィリピン諸語にはみられない特異な現象があって、後倚辞指示詞はその1つです。
 後倚辞指示詞は、名詞句の後ろなどに現れて、「名詞句の指示対象の距離」と「名詞句の格」を同時に標示する小詞です。たとえば、
例文(7)
mataz a 'asu=a.
AV.die NOM dog=NOM.that
「その犬は死んだ。」
の=a が後倚辞指示詞で、「犬」が遠いところにいることと、その「犬」が主格であることを表わしています。

 例文(9)では、
mauk-'ainunu-a sia dalah=tan.
AV.LP(round)-round-IMP.AV LOC earth=OBL.this
「この島を回りなさい。」
の=tan が後倚辞指示詞です。「島」が自分たちの立っているこの島、つまり近いところの島であることと、同時に主格ではないことを表わしています。
 後倚辞指示詞においては、指示対象の距離は「近称1」、「近称2」、「遠称」の3項からなる体系であり、また、格は主格と斜格(=非主格)が区別されます。後倚辞指示詞の体系を表に掲げます。

表1 後倚辞指示詞

  主格 斜格
近称1 =in =tin
近称2 =an =tan
遠称 =a =tia

 フィリピン型のボイス体系を持つほとんどの言語では、名詞句の格は名詞句の前に現れる標識によって標示されるのが一般的です。「名詞句の後ろに現れる小詞によって格が標示される」というこの現象は、ブヌン語に特異的な現象です。起源的にも不明です。


13. 語彙的接頭辞

 ブヌン語には、数多くの動詞派生接頭辞があり、そのうち語彙的な意味を表すものは 「語彙的接頭辞(lexical prefix)」と呼ばれている(Nojima 1996)。語彙的接頭辞は、さまざまな種類の語根形態素と生産的に結びつき、それに意味的な「ひねり」を加えます。語彙的接頭辞は、「死ぬ」「燃える」「現れる」などのできごとや、「走る」「切る」「与える」などの動作など、他のよく知られた言語なら自立語の動詞を用いて表すような具体的な意味を表す点で「語彙的」です。(ここで注意を向けたいのは、一般に「語彙的」な意味は、接辞ではなく語根が表す、という点です。)
 例えば、[pataz]-un「殺す」は語根に直に対象ボイスの接辞がついた形ですが [tai-pataz]-un「撃ち殺す」、[kali-pataz]-un「殴り殺す」などは、いずれも語根pataz に「どのような方法で殺すか」を表す語彙的接頭辞がまずついて語根の意味に「ひねり」が加えられ、そこにさらにボイス接辞がついた形です。
 次に、文中での語彙的接頭辞の働きを見ると、次の例文(14)、 (15)、 (16)では、後ろに現れる動詞manah「撃つ」、 mastabal「切る」、 ma-damu「捕まえる」の語彙的なタイプに応じた3つの異なる語彙的接頭辞tai-, pati-, lis-が、先行する「副詞的動詞」にそれぞれ現れています。

(14) tai-pasdu3-un naitia manah
   LP(shoot)-head.on-PV 3PL AV.shoot
   「彼らは(その太陽を)出会い頭に撃った」
(15) na pati-pasdu-an=ta mastabal
   FUT LP(cut)-head.on-LV=AGT.1PL.INCL AV.cut
   「私たちは(その熊を)出会い頭に切ろう」
(16) lis-pasdu-an=s tumaz a lizan-tumaz=a ma-damu
   LP(catch)-head.on-LV=AGT bear NOM Lizan-bear=that AV-catch
   「熊は、熊のリザンを出会い頭に捕まえた」

 語彙的接頭辞pati-と共起する自立動詞は、動詞mastabal「(刀などで)切る」の他に、動詞ma-ludah「(棒などで)叩く」などがあるといいます。また、語彙的接頭辞lis-と共起する自立動詞は、動詞ma-damu「捕まえる」の他に、動詞ma-halav「奪いとる」などがあるといいます。語彙的接頭辞と自立動詞との間のこうした対応関係は、日本語の助数詞と自立名詞の関係(1「冊」の「本」)に似ています。語彙的接頭辞が一般的・抽象的な意味を表し、具体的・個別的な意味を表す自立動詞を「類別」しているのだ、と見ることができるでしょう。

語彙的接頭辞 意味的に対応する自立動詞
pati- mastabal「(刀などで)切る」
ma-ludah「(棒などで)叩く」
lis- ma-damu「捕まえる」
ma-halav「奪いとる」
tai- manah (語根: panah)「撃つ」

 語根pasduは拘束形態素であり、「相手が攻撃してくる前に(前もって準備しておいて)相手と向かい合ったら先にしかける」といった意味を表しています。
 語彙的接頭辞が関わる現象として言語学者の関心をひいているのは、Nojima(1996)が初めて指摘し、Tsuchida(2000) が"prefix harmony"(接頭辞調和)と名づけたものです。これは、様態などの「副詞的な概念」を表す動詞と、動作などを表す動詞とが、その順序で並んで現れるとき、後続する動詞に含まれる語彙的接頭辞が、先行する「副詞的動詞」にあたかも「コピー」されてきたかのように現れるという、「呼応(concord)」にも似た現象であります。

(17) mis-pataz mis-busuk
   AV.LP(burn)-kill AV.LP(burn)-drunk
   「べろべろに酔っ払った」
(18) kis-sasu-an=s4 mabananaz=tia kis-laupa
   LP(stab)-immediately-LV=AGT man=that LP(stab)-stab
   「その男はすぐさま(その女を)刺した」

 ブヌン語の言語類型がフィリピン諸語に近いというのは、すでに述べたように間違いありません。しかし、語彙的接頭辞はフィリピンやインドネシア諸語、それに多くの台湾原住民諸語には見られない特徴です。
 では語彙的接頭辞がブヌン語だけに見られる現象かというとそうではなく、台湾では、ツォウ諸語(ツォウ語、カナカナブ語、サアロア語)やシラヤ語(台湾平地部の言語ですでに話者はいなくなった)にもあります。「ブヌン語とツォウ諸語とシラヤ語は系統的にはそれほど近い位置にはない」という見方が有力ですが、その言語間に見られる、「語彙項目は異なるが、ことばの表現様式は本質的に同じ」というこの性質を、言語接触によって生じた地域特徴(areal feature)という考え方で説明しようとする試みは将来可能だと思われます。


参考文献

  • Adelaar, K. Alexandar (2004) "The Coming and going of ‘lexical prefixes’ in Siraya." Language and Linguistics 5.2:333-361.
  • Blust, Robert (1999) "Subgrouping, circularity and extinction: Some issues in Austronesian comparative linguistics." In Zeitoun and Li (1999), pp.31-94.
  • Nojima, Motoyasu(野島本泰)(1996) "Lexical prefixes of Bunun verbs." Gengo Kenkyu [Journal of the Linguistics Society of Japan] 110:1-27.
  • Tsuchida, Shigeru (土田滋) (1990) "Classificatory prefixes of Tsou verbs." Tokyo University Linguistics Papers '89, pp.17-52.
  • Tsuchida, Shigeru (土田滋) (2000) "Lexical prefixes and prefix harmony in Siraya." In Videa P. de Guzman and Byron W. Bender (ed.) Grammatical Analysis: Morphology, Syntax and Semantics: Studies in Honor of Stanley Starosta, pp.109-128. Honolulu: University of Hawai‘i Press.
  • Zeitoun, Elizabeth and Paul Jen-kuei Li, eds. (1999) Selected Papers from the Eighth International Conference on Austronesian Linguistics. Symposium Series of the Institute of Linguistics (Preparatory Office), No.1. Taipei: Academia Sinica.

以上

(文責:事務局)