地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2011・1月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「Sidaama 語(エチオピア中南部のクシ語族の言語)の社会文化的背景・使用状況と文法構造の特徴(他のアフリカの言語、日本語、英語の文法構造との比較)」


● 2011年1月22日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス大学院校舎325B教室
● 話題提供:河内一博先生(防衛大学校・言語学)
● 当日のハンドアウトは以下のURLから見ることができます(別ウィンドウが開きます)。
http://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxrYXp1aGlyb2thd2FjaGl8Z3g6MzY3YzFlNzVlNjIzZWU2Yw
http://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxrYXp1aGlyb2thd2FjaGl8Z3g6NjFkYzZlMTVjYWI1YTM1Mg


講演要旨
自己紹介

河内一博先生  私は、フィールドワークで集めたアフリカの言語―主にエチオピアのシダーマ語とウガンダのクプサビーニィ語のデータを使い、個々の言語がどういったパターンに分けられるかといった観点から文法を記述し、言語学の問題、意味論や形態・統合論に関する理論的な問題を研究し、言語が全体としてどう働くかについて考えています。言語学の対象としている言語が研究者の母語ではない場合は、まずその言語が話されているところに行ってデータにアクセスしなくてはなりません。そこで、フィールドワークに出かけてそこで集めたデータを使うという方法を使います。私の場合特にシダーマ語とクプサビーニィ語(全く系統の違う言語です)の研究をしています。
 なぜ、アフリカの言語なのか、というと、アフリカはパプア・ニューギニアやアマゾンの奥地と並んで多くの言語があるところで、深く研究されていない言語がたくさんあります。蒸し暑いところはダメなので、パプア・ニューギニアには行きたくない。アマゾンの言語をやるにはスペイン語が必要ですが、私はスペイン語ができない。そこでアフリカを選びましたが、特にアフリカでなければいけなかったわけでもなく、偶然でした。アフリカを研究しているひとに聞くと、若いころアフリカに魅せられたと言う方が多いのですが、私の場合特にアフリカに魅せられたというわけでもなくアフリカの言語を始めました。
 97年にサバティカルでニューヨーク州立バッファロー校に行きました。ものすごい雪の降る所ですが、途中で日本に帰って来られなくなってしまい、ここで10年間、30代のほとんどを大学院生としてすごしました。Len Talmy という有名な認知言語学者の指導のもとに博士論文を書きたいと思ったのです。しかし、そこではフィールド・メソッズ゙という授業があり、珍しい言語あるいは珍しくなくてもアメリカではあまり話させていない言語の話者が来て、1年間ヴァーチャル・フィールドワークを行い、データをとる訓練、データを分析する訓練をし、フィールドワークでの心構えを学びました。フィールドでのデータを中心に使った言語学の講座のあるアメリカの大学では大抵、このフィールド・メソッズの科目があります。日本ではほとんどないようですね。この科目に夢中になり、言語のデータを話者からとるという方法を使った言語学の研究を専門にしようと思うようになりました。

シダーマ語を研究テーマに

 3年度にわたってこの授業を取り、ハンガリー語、シェルパ語というネパールの言語、ティグリニアというエチオピアの言語、その3つをやりました。授業外の時間を使い、さらに講座が終わった後もハンガリーの話者からデータを取ったりして、論文につながらないかと思いましたが、話者も忙しかったりしてなかなかデータがとれず、まったく研究成果を生み出すことはできませんでした。シェルパ語は他の大学院生が博士論文の研究対象にしてしまいまして、私は途中から手を引かなければならなくなってしまいました。3回目にやったティグリニア語はずっとデータをとり続け、さらにその話者のもう一つの言語であるアムハラ語も同時にデータをとりましたが、突然彼がバッファローを去ることになってしまいました。実は、他にもいくつか言語を研究しようとしては失敗を繰り返していました。この頃、アムハラ語は他の話者からもデータをとっていて、そのひとりの、アババイヨという人、同じ建物の他の学部の博士課程の学生でしたが、彼は実はシダーマ語のネイティブスピーカーだったのです。アムハラ語は有名なUCJAのラルフ・レズローがすでに一万頁以上の文法書を書いていて、日本を含めて世界中に研究者がいて、この言語をやってもあまり大きな貢献はできないなと思い、博士論文はいくつかの言語を比較しようと思っていました。最初はそのような比較の対象の言語の一つとしてシダーマ語のデータを集めていました。
 ところが2005年の1月25日、突然指導教官が退任することになり、困って、これはアババイヨからシダーマ語のデータをもっと取ってこの言語について書くしかない、と。大学院の制度上博士論文を2007年の6月までに絶対終えなくてはならないという時間的制約もあり、彼から何が何でもデータを取るしかない。結局合計で1000時間以上、彼が付き合ってくれました。主に私の研究室で週3,4回、車の送り迎えをして、その車中でもデータをとりました。彼が飛行場で飛行機を待つ間、スーパーで買い物をしている時や病院の待合室でもデータを取りました。途中彼はジョージアに移りましたので、それ以降は電話でデータを取りましたが、2007年5月にやっと論文を書き終えました。2007年6月に帰国し、本当のフィールドワーカーとしてのデビューは2008年の3月でした。2007年6月から2008年の3月までは無職だったので、言語学への最後の投資としてフィールドワークに行くことにしました。(行こうとしていたときにたまたま非常勤の口がありましたが。)で、アババイヨにエチオピアにいるいとこを紹介してもらい、そこからコンサルタントを紹介してもらって。2009年に東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究員対象の資金でフィールドに行き、そのあと日本学術振興会の科学研究費で2010年にも行きました。各1か月、シダーマ語が話されている地域、ハワーサとバンサに滞在しました。今年の3月にも行きます。

Part1.シダーマ語の社会文化的背景と使用状況
1−1.シダーマ語の社会文化的背景

 エチオピアはソマリア、ジブーティ、エリトリア、スーダン、ケニアに囲まれた国で、面積は日本の3倍、人口は2009年の統計で約8300万人、首都はアジス・アベバです。日本からはエミレーツ航空でドバイまで10時間前後で行って、ドバイからアジス・アベバまで4時間半です。エチオピアは3000メートル級の山がかなりあります。68くらいの行政ゾーン、11の行政リージョンに分かれていて、86民族が住み、80以上の言語が話されています。公用語はアムハラ語、教育の言語は初等教育では民族の言語、高等教育ではアムハラ語と英語になっています。国家の言語アムハラ語は、7つの母音と子音の組み合わせでアムハラ文字で表記されます。
 シダーマはエチオピア南部のゾーン、アジス・アベバから車で約273キロメートルの地域です。シダモと呼ばれることもあるのですが、これは蔑称です。アジス・アベバからは、間にいくつかの町がありますが、広々して動物が転々と居るような風景が続きます。シダーマ・ゾーンの中心地であるハワーサ(アワーサ)までは道路は舗装されています。データを取る場合、私のやっているバンサ方言を話す人をハワーサに呼ぶか、あるいは私がバンサに出掛けて行きます。ハワーサからバンサの方に行くと道は舗装されていなくて、藁ぶき屋根の家が点在する高地になります。バンサの中心地はダーイエです。

シダーマゾーンについて

 シダーマは、エチオピア政府によって、文化的に全く異なる他の56の民族の12のゾーンとともにSouthern Nations, Nationalities, and Peoples (SNNP)という行政的地域に入れられており、その中心地もハワーサです。さまざまな民族がいて、様々な言語が飛び交っていますが公用語はアムハラ語です。シダーマゾーンは北緯5'45-6'45、東経38'-39'、面積は10,000平方キロメートル、海抜1,400−3,000メートル、天候は高度によって大きく異なりますが、乾季は10月―2月、雨季は3月―9月です。レイク・ハワーサのあたりは蚊が多くて、マラリアの危険があります。私は幸い今までマラリアにはなっていません。ホテルのベッドには蚊帳がありますが、蚊がいったん入ってしまうと出て行かなくて困るし、穴があいていることもしばしばあって、あまり役に立ちません。
 シダーマ民族(シダーマ・エスニック・グループ)は16世紀に、このシダーマ・ゾーンに移ってきたと言われています。イスラエルから来たと彼らは信じています。人口は290万人、少ない民族ではありません。多い方です。周辺にはオロモ族(クシ系)ゲデオ族(クシ系)、それから言語系統の全く違うウォライタ族(オモ系、若狭基道氏が研究)がいて、オロモ族とは牧草地をめぐって紛争が絶えません。

シダーマ・ゾーン SNNP

シダーマの社会組織と暮らし

 シダーマ族の家系的組織として、上位にゴサ(部族)があり、以下2,3のレベルで階層的に構成されています。各家系的組織は地域的に分散していますが、多く集まって暮らしている地域もあり、地域コミュニティーで強く結束しています。
 老人支配の社会で、子どもは老人に敬意を払うように教育を受け、社会的組織のレベルで問題が起こると老人の審議会が招集され、審議し、決定します。また、男性優位の社会です。男性、女性、子どもの労働の役割がはっきり決まっていて、動詞の接尾辞に「社会的責任を果たすために行う」という意味のものがあります。
 女性の仕事は炊事、乳搾り、水汲み、粉を挽くなど、男性の仕事は牛を使って耕す、作物を植える、収穫する、薪割りなど、子どもの仕事は客人の足を洗う、「洗う」を表す動詞は haišš-a ですが、「彼が洗った。」は haišš-ino 、社会的責任を果たすために彼が洗った場合は haišš-i'r-inoとなります。女性と女児の仕事は家の掃除、家畜の糞掃除、男児の仕事は、家畜の世話、薪割りなどです。
 ほとんどの男性は農業を営んでいます。高地ではバナナ科のウェーセや小麦、大麦、キャベツ、豆、リンゴ、パパイヤ、中地ではウェーセ、コーヒー、トウモロコシ、小麦、豆、アボカド、低地ではコーヒー、サトウキビ、サツマイモ、トマト、アボカド、オレンジ、レモン、バナナ、パイナップル、パパイヤ、マンゴーなど。
 ウェーセはシダーマと周辺の民族にとって最も重要な作物で、ほとんどの家の周りに植えられています。根は複雑なプロセスを経てワーサ(ヌカ状あるいはパンのタイプの酸っぱい食べ物)になり、繊維はロープや袋、食べ物の濾過などに使われ、葉は食材の包装、ワーサの皿、食べ物をつかむときの用具、マットレスや枕、敷物、牛の飼料などさまざまな用途を持っています。
 コーヒーは小さなカップに入れて飲みます。シダーマ・ゾーンはコーヒーが有名で、シダーマ・ゾーンまたはエチオピアのカファという別の地域がコーヒーの発祥の地と言われています。シダモ・コーヒーという名前は、商標なのかあるいは単なる産地名なのかをめぐってエチオピア政府と全日本コーヒー協会が裁判で争ったことがあり、2010年にエチオピア政府の訴えが認められ「シダモ・コーヒー」は「シダモ地方で生産されたコーヒー豆や、その豆を原料としたコーヒー」として商標登録されました。エチオピア政府はアメリカのスターバックス・コーヒーからもライセンス料を取っています。しかし、アメリカで1パウンド12ドルくらいですが、シダーマの人たちに入るお金はほんの数十セントではないでしょうか。ほとんどは政府が取ってしまっています。
 牧畜ですが、牛の数が経済力を表しています。ほとんどの場合、家の中に家畜の場所<ハディロ>があって一緒に暮らしています。伝統的な家は乾草で覆われた屋根の一階建てでそこに<ホルゲ>という寝室と貯蔵所、<ボーサーロ>という居間と台所のふたつの人間の場所と<ハディロ>があります。玄関の上に寝室があることもあります。

時間について

 時刻はアムハラ社会と同じです。我々の午前6時と午後6時がエチオピアの0時、我々の正午はエチオピアの6時、我々の午後9時はエチオピアの3時になります。
 月と年も、ほとんどの場合アムハラ社会と同じで、1年は13カ月(30日×12カ月+5~6日×1カ月)、新年は9月11日に始まり、年は西暦より7年遅れ(9月11日~12月31日)または8年遅れ(1月1日~9月10日)なので、現在はエチオピアでは2003年ということになります。週は多くの地域で7日間です。しかし、シダーマゾーンの多くの地域では、月が照る日と照らない日の区別に基づくカレンダーを使い、いくつかの地域では伝統的なシダーマの週のシステム(4日で1週間)を使っています。時間の感覚としては、例えば約束の時間を守るといった感覚はほとんどありません。アフリカで調査をするとき、非常に問題になる点です。勤め先で会議を開く、という場合でもそうです。待ち合わせで来ないと、今日はいいか、と思う人が多いようです。

マーケット・食生活

 マーケットはシダーマの伝統的週システムに従って、各地で4日に一回のサイクルで開かれます。エチオピア通貨ブルが使われ、物々交換はありません。
 食べているものは先ほどのワーサ、牛肉、鶏肉、羊肉、山羊肉(高地の村では結婚式や出産、新年などに牛、羊、山羊が屠殺されます)豆や青野菜、乳製品(特にバターは重要で、食べるほかに髪や肌の乾燥を防ぐ軟膏としても使われます)。ハワーサなどの町には、エチオピア料理だけでなくイタリア風料理を出すレストランがあります。味は毎回違っていてあまり信用できません。飲みものですが、水は多くの場所で泉からの水を使いますが、川、湖、井戸、雨水を使っているところもあります。ボトルの水も売っています。ほかに牛乳、コーヒー、ビール、蜂蜜の酒、ジンなどです。この写真にあるのは典型的なエチオピア料理です。ンジェラというクレープ状のものを敷いて、その上に肉などが載ったもの、エチオピアに調査に行ったら、食べなくてはいけないのですが、酸っぱいので私はあまり食べられません。

結婚について

 シダーマは父系社会です。家長は父親で、息子だけが財産を相続できます。結婚すると男性の両親の家のそばに住み、女性はひとりにつき平均8人以上の子どもを産みます。結婚形態は一夫多妻が村では普通で、町ではまれです。奥さんの数が男性の経済力の反映と考えられています。一夫多妻の場合、より最近妻になった女性の方がランクが高く、また、初めて結婚する女性の方が、以前結婚したことのある女性よりもランクが高いとみなされます。
 結婚するには5つの方法があります。より頻繁に行われるものから言いますと
1. 両者の合意(伝統的方法ではない)
2. 「アドゥールシャ」男性または男性の家族の一員が女性を説得
3. 「ディーラ」男性または男性側の誰かが女性を連れ去る
4. 「ラギーラ」夫に死なれた女性が夫の兄弟あるいは親戚と結婚する
5. 「アッダワナ」女性が男性の家の中に棒を投げ入れ、男性がそのプロポーズを受け入れる場合、男性の女の家族(母親か、姉妹)が女性を受け入れる。(伝統的だが、今はほとんど行われない)
 既婚女性と義父との関係ですが、決して顔を合わせることはできません。これはタブーに関することでよくあることですが、さらに女性は義父の名前の最初の音と同じあるいは似た単語を発することもできません。たとえば、父親の名前がダングラだとするとドゥービッチョ(ライオン)と言ってはならず、ヒーキッチョと言う、などと決まっています。

名前について

 他のエチオピアの文化と同じように、名のみを使い、姓は使いません。(外国で暮らす場合は、父親の名前をミドルネームに、祖父の名前をラストネームにしていることが多いようです。)しかしシダーマの場合、たいてい一人につき、本当の名前の他にいくつかのニックネームのような名前があり、場面によって使い分けています。例えば私のコンサルタントのレッゲセの場合、女性の前ではバッカーラ、教会の友人の前ではヨハネス、男性の友人の前ではアイアマという名前を使います。

宗教・道徳観

 大きな山、大きな木、川などを崇拝する伝統的宗教が保たれています。しかし、キリスト教が急速に広まっています。エチオピアの東部はイスラム教が多く、北部、中部、このシダーマ・ゾーンを含む南部はキリスト教が多いです。しかし、彼らによれば、宗教に関わりなく、シダーマの人々の道徳観はハラーレ(真実)に基づいているといいます。

服装

 伝統的な服を着ている人は少なくなっています。着ていても下は普通の服装をしていたりします。

教育システム

 初等教育は7歳から14歳で、1年生~4年生の前半と5年生~8年生の後半の二つにわけられます。5年~8年は中等教育と考えてもいいかと思います。高等教育が9年生~10年生。その後の教育は3つの選択肢があり、
1. 全国試験である程度以上の成績を収めた場合は大学準備校(11年生~12年生)に行って大学への準備をする。
2. 個別の試験を受け、3年生のカレッジに行く。(シダーマゾーンに20カレッジがある)
3. 職業学校に行く。
 学校に関するデータとして
幼稚園 0、初等教育(1~4年)250、中等教育(5~8年)?、高校(9~10年)21
大学準備校(11~12年)約4、カレッジ 約20、大学 1(ハワーサ大学)
 生徒数は初等教育で60~80人×2~3クラス、中等教育で80人以上×7クラス以上、高校で60~70人×6~7クラス、大学準備校や大学は個々のクラスの状況によりますがあまり少人数教育という印象はありません。

教育の言語

 1992年に政府が教育に地域語を使用することを許可したことを受け、公立校の初等教育の場合、教育での使用言語はそれ以前のアムハラ語から1992年以降シダーマ語に変更されました。中等教育、高校、大学準備校では英語です。中等教育以降、教科としてアムハラ語がありますが、クラスの外ではシダーマ語が話されています。カレッジでは英語ですが、実際には板書は英語、教師の説明はアムハラ語ということが多いです。大学では英語のみです。私立校では初等教育も英語とアムハラ語で行われています。

教育年度

 年度は9月に始まり、6月に終わります。二つの学期の間、1月に2週間の休み、7月8月は雨期の休みがあり、10月から12月は換金作物(特にコーヒーと c’at という合法麻薬)の収穫の時期で、低地の地域の小学生は学校に行きません。

ハワーサ大学

 学生数420名で、オロモ語のネイティブスピーカー10名を除いて全員がシダーマ語の話者で、クラスでは英語ですが、その外ではシダーマ語でコミュニケーションを取っています。教員は7名、全員がシダーマ語のネイティブスピーカーで、クラス外では時にシダーマ語でコミュニケーションを取ることがありますが、主に英語を使っています。大学にシダーマ語のクラスはありませんが、シダーマの文化や歴史の科目はあります。

その他

 携帯電話(プリペイド式)は電気の通っている町ではかなり普及しています。携帯電話中毒者がかなり多く、会話の最中でも使います。困ったことなのですが、データを取っていても途中で電話に出ます。テキストメッセージは英語が主で、たまにシダーマ語も使っています。
 インターネットに関してはハワーサの町にはインターネットカフェが3軒あります。
 町では中国人による建物の建設が進められています。中国人の数は少ないですが、建設地域に集団でいることがあります。建築の質が良くないので、日本人に建設してもらいたいと思っている人がたくさんいます。

1−2シダーマ語について(当日のハンドアウト(HO)をご参照ください。)

 これからが言語の話題です。シダーマ語はアフロ・アジア語族の中のクシ系の言語です。このアフリカ全体の地図をみていただくと、この黄色い部分がアフロ・アジア語族の地帯です。(HO81)
 アフロ・アジア語族だけを見ますと、紫の部分がクシ系の言語です。(HO82)エチオピアでは80を超える言語が話されています。(HO83)ハドソンによれば、75のエチオピアの言語のうち、19がクシ系ということです。(HO84)この表の、クシ系の言語のうち東クシ、その中のハイランド・イーストにシダーマ語があります。
 ハイランド・イーストのこれらの言語に関して、文法書はあまり出ていません。1940年代にイタリア語で書かれた200ページほどのシダーマ語の文法書があるのと、いくつかのセム系ではないエチオピアの言語の記述としてハイランド・イーストの言語が記述されているものがあります。アンバサ・テフェラはシダーマ語の文法で博士論文を書いたのですが、百何ページの薄っぺらいものです。イヴォンヌ・トレイスはカンバータ語の文法や論文を書いて出版もしています。
 2005年現在のデータでは、シダーマ語の母語話者は約290万人で、そのうち250万人がシダーマ語だけを話すモノリンガルです。(HO89)民族としてはエチオピアで6番目に多いのですが、シダーマ語は5番目に多く話されています。ですから少数民族・少数言語ではないです。しかし彼らはあまり権力を持っていません。1994年のデータによると、シダーマ語母語話者188万人、そのうちモノリンガルが163万人で、約23万人は第二言語(アムハラ語・オロモ語・ウォライタ語)を話します。中等教育から英語をやっているにもかかわらず、あまり英語はできません。(HO90)フィールドワークの助手にもまず英語を教えなくてはいけません。私がアムハラ語を話せればいいのですが。

シダーマ語の書き言葉の体系

 シダーマ語は基本的に話し言葉で、読み書きのできる人はほとんどいません。しかし政府のリタラシー・キャンペーンが行われ、1991年までに、全てのエチオピアの言語をセム系のゲエズ語を基にしたエチオピア文字を導入して表記することになりました。しかし、1992年に、セム系ではない言語に対しては独自の書き言葉体系を自由に作ることが認められ、シダーマ語はラテン系アルファベットを用いた書き言葉体系を作って、現在初等教育で使われています。しかしどうも一貫していない体系で、これはおかしいということがかなりありますし、初等教育で使われているのにもかかわらず、識字率が非常に低いです。(HO93)これはどうしてなのか。その理由について助手の主観的意見では、アムハラ語の読み書きにより興味を持っていること、高等教育ではシダーマ語の書き言葉が使われないこと、教育を受けた親は子どもを地元の学校に入れずに、最初から英語やアムハラ語を使う私立学校に入れる(地元の言語では教育させたくない。これはアフリカでよく見られるパターンです)などが考えられます。(HO92)

シダーマ語の方言

 グローヴァー・ハドソンによれば、シダーマ語は場所や部族の違いによって、独特の言い回しなどは見られるが、方言の違いはほとんどない、ということですが、実は細かい方言がたくさんあり、特に高地の方言群と低地の方言群との差が大きいのです。高地のほうがより伝統的なシダーマ語であり、ハワーサのような低地ではよりアムハラ語(もしかしたら英語にも)に影響された現代風のシダーマ語と言えます。(HO93)
 方言間の主な違いですが、ひとつは語彙です。語彙の選択の違いがあることがあります。また、高地では常に入破音 /ɗ/ (implosive―これは息を吸い込むようにして発音する音ですが)が使われるところを、しばしば低地では放出音の /t'/ で代用します。聞いて分かる非常に大きな違いです。また、母音の長さも違います。低地は高地よりも長く伸ばす傾向があります。(HO94)

シダーマ語の基本的な文法
語順

 基本的に日本語と同じように、主語―目的語―動詞(SOV)です。OSVも場合によっては可能です。

代名詞の省略

 動詞の接尾辞で主語の人称が分かりますので、代名詞を省略することが可能です。

対格の格表示

 自動詞の主語と他動詞の主語が同じマーキングを取ります。言語には主語は目的語と較べるとマークされない傾向があります。それにもかかわらず、これらの言語では主語のみがマークされるという記述が多いのですが、私の見る限りでは目的語のマーキングも見られます。高いピッチによるマーキングです。主語のみがマークされるという記述では、このマーキングが見落とされてきたようです。

シダーマ語の音素(HO96の表を参照)

 音韻体系は比較的単純で、それほど難しい発音はありませんし、母音も5つしかありません。

ピッチあるいはストレス(suprasebmentals)による文法的表示

 ピッチやトーンあるいはストレスによる文法的区別はアフリカの言語によくみられることです。接尾辞で文法的な標示をするのに加えて、音の高低で表すのです。具体的には、名詞・形容詞の最後の母音部分を高いピッチで発音することによって対格・斜格と属格を表示します。
 それからまだうまく聞き取れていないのですが、特定のものを表す場合、名詞にストレスを置いているようです。(HO97)

ピッチ

 引用形式では、名詞と形容詞の後ろから2番目の母音に高いピッチが置かれます。(HO98)主格の名詞・形容詞にも後ろから2番目の母音部分に高いピッチが現れます。対格・斜格と属格の修飾されていない名詞・形容詞にはその最後の母音に高いピッチが置かれます。(HO99)

接尾辞

 名詞や形容詞にも動詞にも、接尾辞を多く使います。(HO95)
 動詞の接尾辞のうち、派生的な接尾辞(derivational verb suffixes)としては、名詞を動詞化するもの、受動態にするもの、互いに何かをすることを表すもの、などです。動詞に付く屈折的な接尾辞(inflectional verb suffixes)としては、アスペクトを表すもの、主語あるいは目的語の人称、数、時には性を表すもの、それから、日本語の「○○して、○○して、・・・」というように動詞をつなげていくもの、命令に使うもの、従属節を作るもの、従属節のみに使われる否定を表すもの、などです。非常に接尾辞を多く使用します。(HO100)
 接尾辞の順序ですが、派生的な接尾辞の場合、まず動詞の語根があって、ミドル・ヴォイスあるいは受け身にするもの、さらに使役という順序です。屈折的な接尾辞は、動詞の語根があって、派生的な接尾辞が来て、その外側に、必ず主語を表す人称・数、それからアスペクトの接尾辞、人称によってこの順番が違うのですが。1人称・複数の場合は主語を表す人称・数の接尾辞でアスペクトの接尾辞を挟みます。(HO101)時制の接尾辞はありません。

動詞の種類

 動詞には動作動詞(action verb)と状態変化の動詞(state-change verb)の2種類があります。これははっきりと分かれています。
 動作動詞は、「歩く」「飛ぶ」などの「移動の様態」、「泣く」などさまざまな動作を表す動詞、一方状態変化の動詞は「姿勢の変化」「感情の変化」「体の状態の変化=倒れるとか、立ち上がるなど」「知る」「疲れる」など。(HO102)これらは意味的に違うだけでなく、文法的にも違います。「走る」(動作動詞)と「立ち上がる」(状態変化の動詞)を例にとると、現在進行形の場合、「走る」は「今、走っている」、「立ち上がる」は「立ち上がるプロセスにいる」というように意味の違いが現れます。また、動作動詞は継続的な様態を表すことが一切できません。それに対して状態変化の動詞は「これまでずっと立っている」ということが言えます。
 完了形では動作動詞「走る」は「走った」となり、状態変化の動詞「立ち上がる」の場合は「立ち上がった」とも、「今、立ち上がっている」とも解釈できます。状態変化の動詞の場合、完了形を使うことで、過去に起こった状態変化または現在の状態を表すわけです。(HO103)

Part Ⅱ アフリカという言語地域があったとしてシダーマ語はアフリカの言語の特性を持っているか?(シダーマ語の他のアフリカの言語との比較)

 HeineとLeyewは、アフリカ全体がひとつの言語地域(linguistic area)であるかどうか、またアフリカの言語に特有の言語的特徴があるかどうかという問題を扱っています。彼らの主張は、アフリカの言語には特有の言語的特徴がある、というものです。しかし北東アフリカの言語(エチオピア、エリトリア、ソマリア、ジブチのアフロ・エイジアティックの言語)は色々な面で他のアフリカの言語とは質的に違うということが知られています。
 この発表では、シダーマ語および他の高地東部クシ系言語(カンバータ語など)は「アフリカ言語地域の言語」とみなすことができるかどうかという問題を扱いたいと思います。(HO110)

発見した事柄の要約

 一つは、シダーマ語が他の言語と共通する特徴はあまり多くない(4つ)ということです。そのような特徴のうち、一つは質的に異なるし、二つはアフリカ特有とは言えない、ということです。それから、シダーマ語は、アフリカには無いが、他の地域(特にヨーロッパ)の言語に共通する特徴がある、ということです。(HO111)

以前の研究の主張

 HeineとLeyewの研究によれば、アフリカの言語には以下の11の特徴があるとされます。
(HO112~113のリストを参照)
1. 両唇―軟口蓋音(Labial-velar stops)がある。(gp/kpを同時に発音する)
2. 入破音(implosive stops)がある。(息が逆流する発音)
3. 語彙―文法的なトーン(Lexical and/or grammatical tones)がある。
4. 舌の緊張に基づいた母音調和(ATR-based vowel harmony)がある。
5. 動詞に付く派生接辞がある。
6. 名詞を修飾する語句が名詞の後に来る。
7. 「飲む」または「引く」を表す動詞が「たばこを吸う」に使われる。
8. 「聞く」「見る」を表す動詞が「理解する」に使われる。
9. 「動物」を表す語と「肉」を表す語が同一である。
10. 比較を表す「より○○である」(速い/大きい)という場合、例えば「彼女は彼を負かして速い」「それを超えて大きい」などと表現する。
11. 子どもを表す名詞が語尾について「小さい」「かわいらしい」という意味になる(指小辞)。
 これらの特徴を99の言語について見たものがHO113の表です。特に多いのが3.、6.、10.ですね。他の地域の言語と較べると、アフリカの言語にこの特徴があらわれる比率が6.8と高い。(HO114)
 しかし北アフリカの言語はどうか。彼らも気づいているはずなのですが、これについては一切言っていません。北アフリカは3.7です。(HO115)彼らの主張は、ナイジェリア北部で話されている3つの語族(アフロ・アジア、ナイロ・サハラン、ナイジャ・コンゴ)の特徴を説明するにはいいと思います。言語接触によってそれぞれが似てくる、ということです。(HO116)しかし、これらの11の特徴がアフリカの言語により高い頻度で見られるということが、アフリカ全体がひとつの言語地域である、という根拠になるのか。また、エチオピアはこの言語域に含まれるのか。(HO117)

シダーマ語を言語地域としてのアフリカの言語とみなすことができるか?

 シダーマ語にはこの11の特徴のうちどれが見られて、どれが見られないか。さらにシダーマ語に見られるアフリカ以外の言語の特徴をどう考えたらいいのか。
 まず、上に挙げられた11の特徴のうち、シダーマ語に見られるのは4つあります。2.、5.、7.、10.です。(HO119~120)
 シダーマ語の場合、「名詞を修飾する語は名詞の後に来る」という6.に関して言うと、修飾語は名詞の前に来ます。これは非常に違うところです。(HO121)
 私のアドヴァイザーだったDryerによれば、目的語が動詞の前に来るOV型言語では名詞修飾語句のうち、属格の名詞とOV、および関係節とOVはそれぞれ相関関係があって、大抵の場合、属格の名詞と関係節は名詞の前に来ます。で、シダーマ語はOV型なので、属格の名詞と関係節が名詞の前に来ると説明できるかもしれません。
 そのほかの点ではシダーマ語はどういう特徴を持っているのか。アフリカの他の言語とどう違うのか。OVの語順と無関係な修飾語句(形容詞、指示詞、数詞)と名詞との順番を見て見ると、名詞とこれらの修飾語句の順番が他のアフリカの言語と違っていて、他の地域、南西ヨーロッパ、中東、アジア諸地域の言語と似ています。(HO123)
 さらに形容詞、名詞、目的語、動詞の順を見て見ると、アフリカの他のOV型言語と違っていて、ユーラシアの言語と似ています。
 指示詞と名詞の順番ですが、やはり他のアフリカの言語とは違っていて、ヨーロッパとアジアの大部分との言語に似ています。
 数詞と名詞ですが、これもまた、アフリカの言語とは違っていて、ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸の大部分の言語と似ています。
 関係節と名詞、ここでもアフリカのOV型言語とは違っていて、アジアのOV型言語に似ています。(HO124~128)

シダーマ語に見られるアフリカの言語の特徴

 2.の入破音(implosive stops)がある。5.の動詞に付く派生接辞がある。7.の「飲む」を表す動詞が「たばこを吸う」に使われる。10.の比較を表す「より○○である」という場合、例えば「彼女は彼を負かして早い」「それを超えて大きい」などと表現する。の4つです。
 入破音ですが、普通、その言語に入破音がある場合両唇音なのですが、シダーマ語の場合、歯入破音の /ɗ/ です。それから動詞の派生接辞ですが、これはアフリカの言語に限ったことではなくて、世界的にかなりよくみられるものです。これが果たしてひとつの言語地域を表す適切な基準であるのかは疑問です。7.に関しては、日本でも昔は「たばこをのむ」と言っていましたし、ニューギニアのいくつかの言語でも言われます。これも果たしてアフリカに固有の言語的特徴といえるかどうか。10.はかなりアフリカ的と言えるかもしれません。しかしシダーマ語では「負かして」や「超えて」以外にも比較を表す言い方があります。(例示:HO133~136参照)

シダーマ語に見られるアフリカ以外の言語の特徴

 私は、他のアフリカの言語にはなくて、アフリカ以外の言語に共通するシダーマ語の特徴を4つ、発見しました。
(1) まず、誰々の何々といった所有を表す構文として、所有者を与格で表す構文(Dative external possessor constructions)があります。この構文はハスペルマスによると、ヨーロッパの言語にしか見られないというのですが。
(2) 名詞句の中で名詞が修飾されているかによって文法的な区別がなされるということ。これはおそらく、セム系の言語と印欧語の一部だけに見られることかもしれません。
(3) 接尾辞が、「自分のために○○する」という意味で使われます。これは印欧語だけにみられる特徴かもしれません。
(4) 目的語を表す接尾辞が感情的な影響を受けたということを表します。その出来ごとの中で一番感情的に影響を受けている人を表すという点で、ほかのアフリカの言語と違います。(HO138~159)

結論

 実はHeineとLeyewの挙げた11のアフリカの言語の特徴は、シダーマ語には4つありましたが、アムハラ語の場合は、ほとんどゼロです。若狭氏とアババイヨ氏によると、アムハラ語でも「飲む」を「たばこを吸う」の意味で使っていたのですが、これは古い表現です。若狭氏によると、ウォライタ語では、2つ(あるいは、7.を含めても3つ)、3.のトーン、5.の接辞、があるだけです。シダーマ語を持ち出すまでもなく、エチオピアの言語のいくつかは他のアフリカの言語と大きく異なり、ヨーロッパと西アジアの言語といくつかの特徴を共有していると考えます。
 私は論文の中で、HeineとLeyewの11の特徴をなぜ、選ばなくてはならないのかについても疑問を投げかけました。なにか客観的に関係があるとみなされるような特徴を持って、類型的に関係がある、というのなら説得力があるかもしれないですが、この11の特徴として、互いに関係のないものを持ってきて、それを数値化する方法論についてもおかしいのではないかと疑問を持っています。

以上

(文責:事務局)