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ことば村・ことばのサロン

2013・3月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「もうひとつの中国~台湾の言語事情~」


● 2013年3月16日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス研究室棟第二会議室
● 話題提供:内山政春先生(法政大学国際文化学部准教授)


内山政春先生


講演概容

 大学にはサバティカルという制度がありまして、一定期間勤めると授業から解放されて自由に研究しなさいと、1年間の研究休暇が与えられます。2009年のサバティカルに私ははじめて、前々から関心のあった台湾に1年近く行ってまいりました。帰国した年、最近よく高校生向けに夏休みなどに行われている大学のオープンキャンパスの中で、模擬授業として台湾の話をしました。それが今日の話のもとになっております。そのため、高校生を対象とした分かり切った部分も出てくるかと思いますが、その点はご了承ください。
 また、私はもともと朝鮮が専門です。朝鮮と比較できるところは比較しながらお話をしたいと思います。


1. 東アジアの分断国家

 台湾と中国は東アジアの分断国家ですが、それより分かりやすい例として、まず朝鮮半島のお話をしたいと思います。誰もが知っているように、現在朝鮮半島は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国に分かれています。日常生活でこんな長い正式名称は使いづらいので、普通は大韓民国を韓国と呼んでいますね。朝鮮民主主義人民共和国はなんと呼ぶか。ここでまずひっかかります。例えばドイツ連邦共和国はドイツ、フランス共和国はフランス、ベトナム社会主義共和国はベトナムと呼びます。同じ理屈からいえば、朝鮮民主主義人民共和国は「朝鮮」と呼んでいいはずですね。そう言いたがる人もいます。が、それは日本語としてはまずい言い方になります。なぜか。韓国と北朝鮮をセットにして呼ぶ場合、我々は南北朝鮮と呼びます。ということは、韓国と北朝鮮を合わせて「朝鮮」なのですね。ですから北だけを「朝鮮」と言ってしまうと、では韓国は何だ、ということになります。韓国も朝鮮の一部ですから、朝鮮民主主義人民共和国は「北朝鮮」と呼んでいる。朝鮮は北だけを指すことばではないという例証として、「朝鮮戦争」「朝鮮半島」「朝鮮民族」ということばがあります。最近は韓国で話されていることばは「韓国語」、北朝鮮で話されていることばは「朝鮮語」と思っている人がいるようですが、実はそうではなくて「朝鮮語」は朝鮮半島全体で話されている言語です。

 それでは、そのようにふたつに分かれた半島をそれぞれの国がどのように見ているか。これは韓国の高校で用いている地図です〔図1〕。朝鮮半島全体を「大韓民国」と書いてあります。ここがソウルで、ここがピョンヤンですね。朝鮮民主主義人民共和国、なんてことは韓国の地図には書いてないのです。中国国境までの全部が大韓民国だと教えています。もちろん、韓国の高校生が知らないわけではありません。分かり切っているのですが、建前としてこういう地図を用いているということです。言ってみれば客観的な地図ではないわけですね。

図1
図1

 一方で北朝鮮はどうか。北朝鮮は全く逆のことをしていまして、全体が朝鮮民主主義人民共和国だ、と〔図2〕。大韓民国なんて、どこにも書いてない。

図2
図2

 で、これが日本の朝鮮半島地図です〔図3〕。韓国と北朝鮮は当事者であり、建前としての地図を出しているわけですが、日本は当事者ではないので客観的にふたつの国がありますよ、と出しているわけですね。ところが、日本の地図はいつも客観的なのかというと、そうではありません。竹島は、日本は自国領土だと主張していますが、どちらが正しいということではなく、現実にどちらの領土になっているかというと、実際には韓国が占有しているのですから日本人は上陸できない、つまり客観的ではない地図ですね。主張している地図であって、現実を反映しているわけではない。

図3
図3

 それからもうひとつ、日本が当事者である部分はここ、北方領土です。これも日本の主張は択捉島までは日本領だと言うものですが、現実にどうかということでいうと、これはロシアの地図です〔図4〕が、こちらのほうが現実なわけですね。ですから、日本の地図も日本が当事者になっている部分については客観的ではない場合がある。北方領土については、韓国は当事者ではありませんから客観的に図示できるわけです。このように、地図というものは当事者か、第三者か、ということで描き方が変わってきます。ここまでが導入です。

図4
図4


2. ふたつの「中国」

 では本題に入ります。中国の正式名称はご存じの通り、中華人民共和国ですね。台湾の正式名称はご存知ですか?台湾という国があるわけではないのです。中華民国ですね。中華という名前の付いた国がふたつあるわけです。中華人民共和国を略して中国と呼びますね。そうすると中華民国も中国と呼ぶと区別できないので、便宜上台湾と呼んでいるわけです。ふたつの国をセットで呼ぶ時には「中台」と呼んでいます。実は、なぜ台湾と呼ぶかということについては深い理由があるのですが、それは後ほど触れます。

 なぜ中国がふたつに分かれているかについては、ご存知の方が多いと思いますが、簡単におさらいをしておきます。中華民国が出来る前、清という国がありました。その時、台湾は清の領土だったかというと、そこは非常にあいまいでして、一応そうしておきますが、清自体が本当にそこを自分の領地だと思っていたかどうかは非常に怪しいのです。1885年にはじめて台湾省という独立した区画ができます。それまでは福建省の一部ということになっていました。つまり台湾を本気で統治していたとは思えないのです。その十年後日清戦争がおきて清が負け、台湾は日本領になります。これは余り知られていないと思いますが、その過程で「台湾民主国」という国が出来あがりました。これは台湾の教科書です。「台湾の割譲と武装抗日」の章で、「台湾民主国という国があった」と。ただこれは本当に急ごしらえの国で、数ヶ月でつぶれてしまいました。台湾民主国を国としてみとめた外国はひとつもありません。しかしこういう過程があったのですね。これは台湾民主国の国旗です〔図5〕。で、結局、台湾は日本の領土になりました。

図5
図5

 その後、大陸側に変化が起きます。清がほろびて中華民国という国ができます。1945年太平洋戦争終結までその状態が続きます。日本が負けて台湾は日本領ではなくなり、中国に返還、ということになる。しかし、返還というのもおかしな話で、中華民国は清の後継者であるとするなら、返還と言えなくもないのですが、台湾にしてみれば、中華という名前の付く国の領土に、ここではじめてなるわけですね。ですから台湾は1945年はじめて中国になった、とも言えるわけで、一種の併合と言えなくもありません。その後中国では国民党と共産党の内戦によって、ご存じのように共産党が勝つ。ですから中国は新しく中華人民共和国になり、負けた中華民国は台湾に逃げて来る。基本的にはこの状況が今でも続いているということになります。
 台湾省は凍結されました。この凍結とは何かと言いますと、中華人民共和国には色々な省があるのですが、中華民国側には省はひとつしかない。わざわざ台湾省というのは無駄なわけです。ですから台湾省議会はやめたのですね。しかし厳密に言うと、大陸側の金門島、馬祖島なども中華民国の領土なのです。ここは福建省なので、台湾省だけではないのですが。省という組織は凍結してしまっています。ここまでがこれまでの経緯です。

 で、これが中華人民共和国側の地図です〔図6〕。台湾が別の国ですよとはもちろん書いてありません。台湾を含めて中華人民共和国としてあります。

図6
図6

 一方、台湾側、中華民国の地図は〔図7〕、すごい地図ですよね、現実的には台湾だけが中華民国なのですが、建前として大陸側も全部中華民国ですよ、と書いてある。建前としては、今一時的に中国共産党という組織が、中華民国の大陸側を占拠している、いつかはそいつらを追い出すのだ、ということです。誰も信じてはいませんが。ですから、実際には北京が首都なわけですが、中華民国の時代には南京が首都だったのでそれをそのままこのように続けているわけです。

図7
図7

 これは今の台湾の紙幣です。上は孫文、下は蒋介石ですが、孫文は台湾には関係のない人物です。中華民国が大陸に出来た当時のことをそのまま引きずっているだけのことです。これは台湾の切手です。これは国旗、これは清の文化遺産、これは中国の古典から取った場面です。台湾の風物を描いた切手ではない。こういう時代が続きました。今はこういうものだけではありませんが。
 これは台湾の郵政省みたいなところです。台湾でも国営企業には中華という名称が使われています。これは電話番号簿ですが「中華電信」という企業です。ご存じの方も多いでしょうが「中華航空」という航空会社があります。「中華職棒」これはプロ野球ですね。それから、はっきり中国と名乗っているものもあります。「中国時報」は新聞ですが、台湾の新聞です。China Timesとありますが、ここで言っているChinaは中華民国のことです。かつては「自由中国」という名称も使われていました。中華人民共和国は共産党支配の自由のない国だ、我々こそが自由な中国だというアピールですね。このような地図は、さすがに政府は発行しなくなりました。民間が出しているものです。ここが北京ですが、北京とは書いてないですね、北平と書いてあります〔図8〕。中華民国時代の地名です。中国共産党が勝手に変えたので、我々はそれを認めないというわけです。

図8
図8

 これは台北の餃子屋さん〔図9〕ですが、ここに「北平」とありますね。普通、京劇と言いますが、台湾では平劇、北平の劇という意味ですが、と言うことがあります。

図9
図9


 このように、中華人民共和国と中華民国の地図は当事者ですから現実的ではない地図を出している。一方日本の地図はどうか。南北朝鮮の例から考えたら、当然中華人民共和国と中華民国という2つの国が書かれているはずですね。たしかにこの地図はそうなっていますが〔図10〕、じつはこれは1963年の地図です。この頃、中国と日本は国交がありません。逆に台湾と日本に国交があった時代です。では今の地図はどうかというと、中華民国とはどこにも書いてありません。もっとおかしいのは、香港とマカオは経済のしくみなどが違っていますが一応中華人民共和国の領土には違いないけれどもそれでも線が引いてあります。一方台湾はまったく別の国なのに、線が引かれていない。朝鮮の地図とくらべると扱いの違いがわかります。朝鮮の地図ではふたつの国を区別しているのに、中国の地図ではふたつを区別していない。

図10
図10

 なぜこのようなことがおこるのか。このことを正当化するつもりはありませんが、一応、理由と考えられることはあります。それぞれの国と国交のある国はいくつあるかというと、2012年現在次のとおりです。

 韓国と国交があるのは188カ国(日本を含む)、北朝鮮と国交があるのは160カ国

 中国と国交があるのは172カ国(日本を含む)、台湾と国交があるのは23カ国

 中国と台湾と国交がある国の数には格差がありますが、もっと重要なことは、南北朝鮮両方と国交を結んでいる国が157ヵ国あるのに対して、中台両方と国交がある国はゼロだということです。もともとは台湾と国交のある国の方が多かったのですが、だんだんと中国がそれを切り崩していったのです。切り崩す時に、俗な言い方で言えば、お前は台湾なんかと付き合うな、付き合っていたら我々は国交を結んでやらないぞ、と言うわけです。初期は台湾も、中国と付き合うなら絶交する、と言っていました。しかし今は中国と付き合っていてもいいですから、国交を結びましょう、と台湾側は言っています。でも中国はそれを許さないのですね。何日か前にバチカンの選挙がありましたね。その時も中国はバチカンに対して、台湾との国交を破棄しろ、と注文を付けたという記事が昨日かおとといの新聞に出ていました。

 で、日本は中国と国交のある172カ国のうちにいます。過去は台湾と国交がある側にいました。日本が中国と国交を結ぶ時に、こういう共同声明を出しています。

 「日本国政府は、中華人民共和国政府が唯一の合法政府であることを承認する」

 つまり中国を名乗る国は実際には世界にふたつあるわけですが、日本は中華人民共和国だけが本当の中国である、と承認をしてしまいました。問題は次です。

 「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を充分理解し、尊重し(以下略)」

 充分理解し、尊重し、というここが問題なのです。どういうことかというと、日本国政府は中華人民共和国政府のこの表明を認めたわけではない、日本は、台湾が中国の一部だという中国の主張を「知っていますよ」ということです、別に同意しているわけではありません。「尊重する」というのは、あなた方が台湾は自国の一部だと言うのはあなた方の勝手ですよ、ということです。言いたければ言いなさい、あなたがそう言うのは知っていますよ、ということです。しかし、やや曖昧といえば曖昧です。このあたりがひっかかってくるのですが、日本は台湾が中華人民共和国の一部だと認めたことはありません。

 日本の世界史教科書などにも1972年日本は中華民国政府と国交を断絶した、とあります。この教科書は台湾にカッコして中華民国と書いてあるので、非常に良心的な方だと思います。中華民国という名前すら地球上に存在しないかのように書いてある教科書もありますから。しかし同じ教科書の年表を見ますと、朝鮮はふたつに割れて、1948年それぞれの国に分かれたと書かれているわけですが、台湾と中国はどうかというと、1949年に中華人民共和国になったとだけあり、中華民国はまるで消えてなくなったかのような表記です。現実としておかしいですよね。中華民国は大陸からはなくなりましたが、台湾に逃げ延びて生きているわけですから、現実的ではない、と。日本の高校で使っている地図帖ですが、政府の認識はこういうものである、ある種の配慮が働いているとしか言いようがない、中国と台湾の間には国境線すらないのです。もっとひどいのは、この地図帳の「中国の行政区分」という項目を見ると、番号を振らないで別扱いにしているだけマシとも言えますが、台湾もその中に入っているかのように見えますし、「中国の農業」などの図を見ますと、完全に台湾は中国の一部になってしまっています。これは中国の地理の教科書と全く同じです。中国がやるのは分かります、当事者ですから。日本はそう主張していないのにやっている。

 一方、台湾の教科書はどうか。先ほどは大陸側も全部中華民国だという地図をお見せしましたが、現在の教育現場では、そういう地図使用はもうやめています。「中国の地理」という項目では、台湾と中国は別になっていますね。別の国であると表明しています。台湾の位置はどこか、ということで、「日本の西南」「中国の東南」「フィリピンの北東」と書いてある。こういう書き方をするのは、台湾は中国ではない、と言っているようなものです。大陸の端に中華民国政府の管轄の部分があって、それを示している〔図11〕ということは、それ以外は中華民国ではない、と言いきっているということですね。これは歴史編ですが、中華人民共和国が出来る前までは、中華民国が全体だったけれど、中華人民共和国が出来て、大陸はこうなった、台湾は中華民国である、とちゃんと区別して、いわば客観的な描き方をしています。

図11
図11

 ここまで、中華を名乗る国がふたつある、ということをお話しました。


3. ふたつの中国語

 ふたつの中国があるわけですから、ふたつの標準語があってもおかしくありません。台湾の中国語と中国の中国語はいくらか違います。そのあたりのお話をします。みなさん、東京近郊にお住まいのかたがたはどういうところで中国語を目にするかというと、駅の看板ですね。こういう看板などの中国語というと、漢字は漢字だけれど日本の漢字とは違う、独特の略字を使っているというイメージがおありかと思います。また、漢字ではあるけれど、日本の漢字とは使い方が違うこともご存じかと思います。
 これはある中国語の入門書ですが、中国大陸の中国人は自分たちのことばを、普通は中国語とは言いません。「漢語」が一般的な言い方です。また、独特の略字を使います。簡体字といいますが、これが正式の文字なのですね。簡体字になる前の字、これは繁体字と呼ばれ、日本の旧漢字に当たるものです。
 一方台湾ではいちばん一般的な言い方は「国語」です。教科としての国語というわけではなく、自分たちのことばを国語と呼んでいます。外国人向けには華語という言い方をします。外国人向けということもありますし、また、「国語」というと一番権威がある言語で、ほかのことばと格差がある感じがしますが、全てのことばは平等だと考えたい人たちが、あえて国語といわずに華語ということがあります。華語と台湾語と英語の対訳辞書などがありますが、こういう時は華語という言い方が好まれます。外国人向けには中文という言い方もしますね。中文・華語は、中国大陸でも外国人向けに使わないこともありません。

 漢字のことをまとめてみたいと思います〔図12〕。

図12
図12

 これは「語」ですが、こちらは日本の漢字ですね。これは中国の漢字。言偏はこう書くのが正式です。経済の「経」、糸編はこう書くのが正式です。しかし、これはあくまで、中華人民共和国では正式だ、ということです。中華民国側では違う文字、いわゆる旧漢字を使っています。ですから国語の「国」という字はこういう字を使います。日本の漢字とは違う。一方、中国では日本と同じ字を使っています。他の字、たとえば「語」と言う字をみると、台湾と日本とは同じ、中国は違う。「経」はみっつとも違う。
 台湾では繁体字という呼び方を嫌う人もいまして、台湾人からすると、我々はずっとこの文字を使っているのに、中国が勝手に略しただけだろう、と。なぜ我々の字が繫雑な字と言われなくてはならないのかという理屈も成り立つわけで、そういう人たちはこれを正体字、つまり正しい字と呼んでいます。でも繁体字の方がポピュラーな言い方なので、とりあえず、こちらに従っておきましょう。
 面白いのは、台湾では漢字をあまり「漢字」と言わないのです。中国文字というふうに言います。もしかしたら、台湾人にとって、中国は外国であって、その外国の文字を借りて使っているという認識を持たせたいのかもしれません。よくわかりませんが、不思議な現象です。一方でそれと矛盾するようではありますが、「国字」という言い方をするときがあります。つまり「国語」に使う文字だということです。一方で外国の文字、一方で自分たちの文字、という言い方をするのですが、いずれにしろ「漢字」という言い方はあまりしません。
 台湾と中国とで、漢字をどうやって学んでいくかをちょっと見ておきたいと思います。なにしろ日本の仮名にあたるものがないですからどうやって読んだらいいのか、読み方がわからないですよね。昔ならば寺子屋のようなところへ入れてスパルタ教育で教え込んだかもしれませんが、現代ではそういうことはできません。日本の仮名に当たるものがどうしても必要になります。今の中国ではご存じかもしれませんがローマ字を使っているのです。中国語を習ったことがある方は、こういうローマ字に接したことがあると思いますが、拼音(ピンイン)と呼んでいます。これは外国人が学ぶためだけにあるのではなく、中国人自身が小学校から中国語を学ぶためにこのローマ字を使っているわけです。今の中国では徹底していまして国語辞典の単語配列もABC順なのですね。ですから、日本人が最初に仮名を学んで、そのあと漢字を学ぶのと同じように、最初にローマ字を学んでそのあと漢字を学ぶというのが今の中国のシステムです。
 一方台湾ではどうかというと、ここに変な記号がついていますね。仮名でもハングルでもない。これを注音(チュウイン)符号と言います。B、P、M、Fの音の順番にならんでいます。さっきの中国の教科書をもう一度見てみましょう。中国の教科書は完璧にローマ字にしてしまいましたがA、B、CではなくてB、P、M、Fの順で習います。これは中国語の音の仕組みを反映した方法でして、経緯をいいますと、中華民国が大陸にあった時、この注音表記が作られました。これを作る時、日本の仮名を参考にしたという説もあります。つまり、清朝が滅びた後、ごく最近、といっても100年近く経ってはいますが、作られた表記なのですね。で、中国大陸ではずっとこれを使っていたのですが、中華民国が台湾に逃げたあと、新しい中国政府がこの注音符号をやめて、ローマ字に切り替えた、ただし、順番はそのまま踏襲している。この音の順番は非常に合理的なのです。子供が唇を閉じるだけで発音できる、一番出しやすい音です。先ほど、日本の仮名を参考にしたと言いましたが、実際にこういった文字は漢字の一部を取っているわけです。カタカナの原理と同じです。例えば伊の左だけ取って「イ」とする、ような。台湾の国語辞典の配列は漢和辞典方式で索引としてB、P、M、Fを使っています。最初から注音で配列すればいいのにと思います。まとめると、中華人民共和国では簡体字で書いて、その音はローマ字で表す。繁体字を使ってその音を注音符号で表しているのが台湾、ということになります。

 台湾の小学生はこの注音符号をまず先に覚え、それから4年生までは教科書に注音がルビのように振ってあって、それで漢字を覚えていきます。5年生になると基本的に注音が取れる。小学生の模範作文ですが〔図13〕漢字はぽつりぽつりとあって、ほとんどが注音で書かれています。日本の低学年のこどもの平仮名ばかりの作文と同じですね。また、先生が良くかけました、というコメントを書いていますが、それも子供が読めるように注音で書いてあるところがあります。

図13
図13

 小学生新聞や絵本はほとんど注音のルビ付きです。大人向けには、例えば高句麗の「句」の字など、普通とは違う読み方をする場合に注音のルビを付けています。韓国料理屋のハングルで書かれた屋号に注音のルビを振ってある例もありました。台湾で売られているパソコンのキーボードにも注音が書いてあります。漢字で書けない擬声語なども注音で表します。台湾で今話されている国語は土着のことばではありません。ですから、台湾の中には漢字のないことばがあります。そういう場合は注音で表記します。また、台湾に行くと、注音付きの字のフォントを売っています。
 もう一度まとめると、文字に関しては簡体字と繁体字、音に関しては拼音と注音ということになります。しかし、台湾でも簡体字が書かれている看板や注意書きもあります。それはなぜか。

 この簡体字という文字は中華人民共和国で作られたと普通我々は認識しているのですが、中華人民共和国になってからしばらくは旧漢字を使っていました。60年代に入ってから簡体字を採用したのです。さて、先ほどの例のように、なぜ台湾で簡体字が使われることがあるのか、という種明かしですが、実はこの簡体字は中華人民共和国が作ったものではないのですね。中華民国が大陸にあったときに始めたものです。資料の③に詳しく載っていますので、興味のある方はあとでお読みください。1935年、中華民国の時代に教育部という日本の文部科学省にあたる役所で簡体字表というのを出しています。中華人民共和国がまだ影も形も無いころ、すでに簡体字のプランが出ているのですね。今日本で使われている略字と同じものもあります。台湾で見たのですが自転車の「転」の字体など、繁体字でも中国の簡体字でもない、日本式の略字が表示されています〔図14〕。この字体は日本の影響なのかと考えたくなりますが・・・。

図14
図14

 推測ですが、手書きで書く時、正式な文字を略すのにはおそらくいろいろな字体があったのでしょう。中国でも日本でも、印刷の字体は決まっていて正式な旧字体を使っていた。1945年、台湾は中華民国の一部になり、大陸、台湾、日本の三地域とも正式な旧字体を使っていましたが、その翌年、日本では略字を制定します。色々な略字の中から1つを「正式」な文字として採用したわけですね。一方、中国では正式な文字として別の1つを取り入れた。違う略字を取り入れたから違う字のように見えるだけです。
 これは台湾の小学校の図工の教科書ですが〔図15〕、載っているこの作品は1930年、台湾が日本統治下にあった時代のもので、そこに「薬」の字が簡体字で出てきます。

図15
図15

 大陸の中華民国で簡体字表が出るのが1935年ですが、それ以前の1930年に、すでにこの文字が使われているのです。ということは、簡体字は学者が勝手に作ったというのではなく、民衆がすでに使っていたもの、それを単に整理しただけ、と言えますね。今は中華人民共和国で正式な文字とされていますが、それ以前に民衆のなかで広く使われていたのだ、ということです。ですから、今の台湾で簡体字を使うということは、中華人民共和国とはなんら関係ないことなのですね。そこを誤解する人がいるので、ひとこと申しあげました。

 さて、ここで、中国と台湾ではことばが違うという点をお話します。ご存じの方も多いかと思いますが、パンダを 中国では熊猫(ションマオ)と言いますが、台湾では猫熊(マオション)と言うのが普通です。日本で中国語を習う限りではションマオと習う。
 もうひとつの例ですが、台湾の餃子屋さんなどでテイクアウトのことを外帯(ワイタイ)と言います。このワイタイを日本の中国語辞典でいくら引いても出てこない(出ている辞書が1つだけありました)。結局、日本の中国語辞典は中国の国語辞典を翻訳しているだけで、台湾の国語辞典は無視している。台湾は存在しないかのようです。朝鮮を専門とする私から見ると考えられないことです。日本の朝鮮語辞典は、南を中心にしながらも、北ではこうだと二通りの言い方を出しています。それがあたりまえだと思いますね。日本で実施する「ハングル」検定試験では南北どちらの綴り方でもいいということになっています。韓国政府がやっている韓国語認定試験では北朝鮮のことばは認めませんが。民間の日本中国語検定協会が実施する中国語の試験の場合は、ウェブページによると、原則として簡体字を使用してくださいとあります。繁体字で教育を受け、日常的に繁体字を使用しているのがわかる人にだけ例外的措置として繁体字での答案を認めるということです。この協会にメールで問い合わせたところ「標準中国語としての簡体字での能力判定を原則としています(中略)簡体字での解答が望ましいのは言うまでもありません」と返信がありました。なぜ簡体字が望ましいか、わかりませんね、両方とも正しい中国語なのですから。それ以上のやりとりはしませんでしたが。こういう実情があるということです。


4. 台湾の言語史

 今、台湾ではみな中国語を話しますが、もともと台湾には中国語を話す人は住んでいませんでした。日本で言えば北海道のようなところで、原住民が住んでいました。台湾では「原住民」という言い方は、なんら見下すような意味はありません。その後、大陸の福建省辺りから人々が移住してきた、そういう歴史があります。
 台湾の原住民は中国とは全く関係が無く、言語的にはフィリピンとかインドネシアあるいはハワイまで含めて、ポリネシア系統の南洋諸島の言語でした。今でもそういう人たちが住んでいます。台湾原住民は大きくふたつに、台湾の真ん中の山脈を境に、大陸側にある西側の地域と、山脈の東側山地にある地域に分けられるのですが、大陸側の原住民は平埔族と呼ばれ早くに移住してきた人たちに同化してしまいます。言語的にも民族的にもほとんど痕跡がありません。しかし山側のほうの人々は、もともとは生番、日本統治時代には高砂族と呼ばれ、中華民国になってからは山地同胞とか原住民と呼ばれていますが、今でも民族的アイデンティティーを保持し、言語も残っています。
 原住民と呼ばれる人々は単一民族ではなくて、さまざまな民族がいます。これは台湾の中学校の社会科教科書〔図16〕の分布図ですが、山地の東側、台湾の半分くらいの地域に民族ごとに住んでいます。大陸側の地域は痕跡が無いのですが、もともとはこういう民族構成だったのだろう、と言われています。

図16
図16

 清朝が支配する以前、台湾はオランダやスペインに統治された歴史がありまして、その名残の遺跡があるのですが、言語的にもその名残がありまして、1624年~62年のオランダ統治時代に書かれた「オランダ語・シラヤ語対訳聖書」が残っています。シラヤ語とは主に台南、高雄、屏東あたりに住んでいたシラヤ族のことばで、それをローマ字表記したものが残っているわけです。
 それから、言語を研究する人たちにとっては有名な文書なのですが、「新港文書」というのがあります。漢文とシラヤ語の2言語の契約書で、当時、シラヤ語は生きて使われていたわけですね。現在はほとんど死語ですが、記録がこのように残っていますので復活させようという動きがあります。シラヤ語絵本が地元の役所から出ています。

 さて、次に移住民を見てみましょう。大陸からの移住民の多くは閩南(ビンナン)系の人々、一部が客家(ハッカ)系の人々です。広い意味の漢民族の人々で、その言語は閩南語、一部で客家語です。ですから、北京語を話す人は当時いなかったわけです。清の時代から日清戦争によって日本の領土になり、日本語が公用語になります。原住民、移住民共に日本語による教育をうけることになります。特に十数の民族に分かれている原住民同士の共通語としても日本語が使われました。
 この人は、張恵妹という台湾の歌手、原住民の中の卑南(プユマ)族出身の有名な歌手です。最近民族色を前面に出して、卑南族名のグリライ・アミトゥで、アルバムを出しています。(音源からインタビューを聞く)カツと言っていたのがわかりましたか?このひとは子供の時にカツと呼ばれていたのですね。日本語です。映像でなんて言っていたかというと、子供の頃とても負けず嫌いの勝気だったのでお父さんが自分を「かつ」と日本語で呼んでいた、と。周りの子供たちも自分をカツと呼ぶようになった。そう言っています。この人は今年40歳です。今から40年前の話ですからお父さんと言ってもそれほど年よりではない。戦後ずっと経ってからです。その頃でも日本語がそのように生きていたという例ですね。
 日本統治の末期には「国語常用」という政策がとられるようになりました。もともとは公共機関では日本語を話すことになっていたけれど、家庭では別に制限はありませんでしたが、日本統治の末期には家でも日本語だけを使いましょうというキャンペーンがあり、そういう家庭は模範家庭として表札のところにこういう印〔図17〕が付けられ、待遇が良くなったと言われています。

図17
図17

 これは何の店か分かりますか?畳屋さんです。当て字でタタミと書かれています。今でも畳の需要があるということですね。こういう日本の生活習慣も残っています。それから「一級棒」北京語でいうと「イーチーバン」ですね、「一番」という意味です。日本語からの外来語として定着したことばです。地名でも瑞穂や豊田とか、中国語読みになってはいますが、残っています。

 戦後になると今度は、台湾ははじめて中国(中華民国)という国になるわけです。ここで、はじめて台湾の国語として中国語が登場します。ですから、台湾人が中国語を話すようになった歴史は浅いのです。終戦当時、台湾人で中国語を話す人はほとんどいませんでした。
 1947年、二二八事件といわれる、中華民国政府が台湾人を弾圧し、原住民を虐殺した事件が起こりました。日本の支配からやっと解放された台湾に、そのあと大陸からやって来た中華民国の中国人は、日本人としてこういう言い方はしにくいのですが、植民地時代の日本人よりひどい人たちだったということです。この頃よく使われた言い方に「犬が去って豚が来た」という表現があります。「日本人は犬のようにキャンキャンとうるさいが、番犬として役にもたった。しかし犬が去った後来た中国人は豚のようにむさぼり食うだけで何の役にも立たない」という意味ですね。中華民国政府は、台湾人を弾圧・虐殺したのです。
 1949年から中華民国は台湾だけの国になりました。これを「遷台」と言いますが、この時点で大陸に居た中国人のうち、中華民国の支持者が多数移住してきます。彼らを外省人といいます。それ以前から台湾に住んでいた人々、原住民はのぞきますが、を本省人といいます。
 中華民国はこうして台湾に逃げ込みましたが、最初は、いっとき台湾に居るがそのうち大陸に帰り共産党を滅ぼすつもりだったため、国語は北京語としていました。そのうち、すぐに共産党を打倒することはできないと分かっても、我々こそが自由な中国だと、共産党と対峙しました。つまり我々こそが正当な中国なのだというわけです。ですから国語は北京語のままでした。
 ここで、台湾人からしてみると、台湾が日本統治下だった時、国語は日本語でした。自分たちの言語ではない。「国語」は学校で叩き込まれるものでした。中華民国になっても国語は自分たちの言語ではない、北京語です。自分たちは閩南語あるいは客家語を話していますから。しばらく前まで台湾の学校にはこういうスローガンが掲げられていました。「私は国語をしゃべります。方言はしゃべりません」、方言といっても別の言語という意味です。「国語」の内容は違っても、自分たちのことばを自由に話せないという社会は続いてきたということです。しかし台湾も経済発展を続け、民主主義を求める動きが高まってきました。

 意外に思われるかもしれませんが、台湾で野党が認められてから30年も経っていません。それまで一党独裁でした。韓国の場合、軍事独裁と言われていましたが、それでも野党はありました。で、今から20数年まえに民主進歩党という野党が台湾にはじめて現れて、その頃から言語も民主化していきました。つまり、国語だけが正しい言語でそれ以外は話してはいけない、のではなくて、どの言語も同じ価値を持っている、というわけです。それから、台湾土着のものに評価を与えるという考え方が、やっとこの頃から広がってきました。ある年齢以上の台湾人は、台湾について何も知らないのですね。つまり、地理や歴史で習う内容が台湾のことではなくて、中国大陸のことを習った。我々こそが中国だ、というわけですから。ある年代以上の台湾人は大陸史には詳しいが、台湾史には詳しくないという時代が続きました。これは、「台湾を知る」という意味の教科書ですが、はじめて台湾をちゃんと知ろうと言う動きが出てからまだ20年経っていません。1996年のことですから。それから台湾のことをまともに学校で教えるようになったのです。


5. 台湾の多言語状況

 今の台湾にはどんな言語があって、どう使われているか。これは〔図18〕ある小学校の1年生の時間割ですが、「国語」は北京語です。それ以外に週1時間「郷土語言」があります。これが閩南語とか客家語など、土着の言語です。閩南語は台湾語とも、台語とも言います。

図18
図18

 しかしこれはまだ始まったばかりで本当の母語教育とは言えません。本当の母語教育であれば、算数とか理科を母語で教えるということですから。そこまではまだいっていません。また、母語が北京語になっている世代もいます。台湾語が本当は母語のはずなのだけれど、学校で習わないと分からないという子供も、特に台湾北部では出てきています。また外省人にも台湾語が話せない人がいます。しかし今は台湾語ができないと損をする時代になりました。殆どの人が台湾語を話しているのですから、例えば外省人で政治家、北京語しか話せない、では困るわけです。民衆の心をつかむには台湾語を話せなくてはなりません。ですから外省人、本省人の区別は言語の面では曖昧になりました。
 台湾語のニュース番組や電車の車内放送もあります。(音源を聞く)それから「郷土語言」の時間に閩南語・客家語以外に、アミ語、パイワン語、プユマ語など、原住民言語を学ぶ場合もあります。台東など原住民の多い地域ですね。アミ族は十数万人いるのですが、アミ語教科書は5種類もあります。つまりこういう言語は標準語がないので、地域ごとに少しずつ違う、どれかを代表させることが出来ないのですね。それからこれは『原教界』(原住民教育の世界)という雑誌ですが、ここに「愛努/阿伊努」(アイヌ)とあります。つまりアイヌ民族とも交流しているのですね。これは原住民言語のニュース、アミ語のニュースです。(音源を聞く)「原住民族電視台(原視)」という原住民語のテレビ局もあります。アミ語のインタビューです(音源を聞く)が、「キカイ」と言っていますね。これは「機械」の意味で日本統治時代に日本語から入ったことばです。「キキチョウ」これは劇場ですね、「映画館」の意味ですから。子供向けのプログラムで、別の言語ですが、「ツクイ」と言っていますね、これは日本語の「机」から来ています。
 台湾にはほかにどんな言語があるか、ご紹介します。これは台湾のお役所ですが、チベット語とモンゴル語で看板が書いてあります。「モンゴル・チベット文化センター」です。中華民国が建前として大陸も含めて支配していることになっていますね。ですから、その中に居る少数民族も中華民国の地域にいるのだということにするためには、それを管轄する役所がないと困るわけです。誰もそれを信じてはいないのですが、名残として残っていて、今は平和的に文化交流などをしているのです。
 もうひとつ、満州語が古い遺跡などに行くと見られます。なぜかというと、清の公用語が満州語だったからです。中国語と満州語が並んで書いてある。
 また、今の台湾の多言語を象徴する例ですが、台北駅の注意書きです。プラットホームの隙間に注意してください、などと書いてあるのですが、最初は当然中国語、次に英語、あとの4言語は何かというと、タガログ語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語です。こういう表記を必要とする人がたくさん台湾に住んでいるということですね。こんな本も出ています。『印尼人學台語』。これはインドネシア人が学ぶ台湾語の本、対象はインドネシア人のメイドさん、看護師さん、肉体労働者、配偶者ですね。つまりよそいきの公式のことばは中国語ですが、実生活では台湾語なしではなかなか生きていけない、ということなのです。


6. われわれは「台湾人」

 先ほどお見せしましたが「中華郵政」という国営企業です。2007年から1年間だけ名前が変わったことがあります。その時だけ「台湾郵政」でした。台湾では中国国民党(国民党)と民主進歩党(民進党)というふたつの政党があって、2000年から2008年だけ政権交代して民進党が大統領を出しました。この政党は、我々は中国ではない、という考え方が非常に強い政党です。ですから、中華と名乗っていたものを台湾に変えたのですね。ただその後国民党がまた政権を奪い返して中華に戻ってしまいました。1年間の台湾郵政時代には、切手も「中華」から「台湾」に表示を変えました。こういうことをするたびに中国は文句を言ってきました。こちらがもともとの中華民国の切手〔図19〕、そのあと台湾の切手〔図20〕、その後の新しい中華民国の切手〔図21〕です。新しい方の中華民国は、中国語表記は古い方と同じですが、英語でTaiwanが併記されています。台湾という名前を出すようになっているのですね。

図19
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図20
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図21
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 今の台湾では、われわれは中国ではない、われわれは台湾だ、という考え方をするようになってきています。先ほど見た中学校の社会の教科書〔図11〕でも「台湾の行政区域」とあって、下には中華民国政府の管轄区域とありましたね。矛盾と言えば矛盾で、それなら中華民国政府ではなくて台湾政府にすればいいのに、ということも言えるわけです。
 これはパスポートで、古い方は右、新しい方は左です〔図22〕。古い方はRepublic of China、新しい方はやはりTaiwanを併記しています。これにも中国政府は抗議をしています。一足先に「台湾政府」にしてしまえ、と主張する人たちは「臺灣護照」Taiwan Passportと書かれたパスポートカバーを作りました。

図22
図22

 政府観光局のポスターですら、最近は正式名称のRepublic of ChinaよりもTaiwanを前面に出しています。税関でおすスタンプですが、ROC(Republic of Chinaの略)のほかにカッコでTaiwanが並記されるようになりました。
 今の台湾人は中国人と呼ばれることを非常に嫌います。台湾人は日本の外国人登録の国籍欄に中国と書かれていたのですが、それに反発を感じていたのですね。それに関する日本の新聞記事ですが、中華人民共和国の旅券を提出する中国出身者、「中華民国」の旅券を提出する台湾出身者、中華民国の方だけカッコがついていますね。これは中華民国などという国はない、つまり台湾が国だとは我々は認めていませんという朝日新聞の意思表示です。しかし台湾人の願いは実って台湾と書けるようにはなりました。東京新聞の地図では中国と台湾の活字が同じで対等に見ている意思表示ですね。いつでもそうかというとそうでもなくて、違うこともありますが。こちらの新聞では台湾は尖閣諸島などと同じ扱いの活字です。新聞を見る時、こういう点も注意するとその新聞社の考え方がわかります。

 かつて、台湾では、われわれこそが中国人であるという教育をしていました。しかし今の台湾でそう考えるのはごく少数で、5年前の世論調査では「自分は台湾人」と答えた人は43.7%、「自分は中国人」と答えた人は5.5%、今はもっと数字が変わっていると思います。
 台湾人は正式名称が中華民国であるにも拘わらず、台湾と名乗りたがるわけです。なぜか。ひとつには、中国といっしょにされたくない、ということですね。中華民国と中華人民共和国は違う、ということを普通の外国人はあまり知らないのです。いちいち、中華人民共和国ではなくて中華民国なのです、と説明するより、台湾といってしまったほうがいい。台湾と国交のない国のほうが多数です。そういう国へこのRepublic of Chinaのパスポートを出すとこれはなんだ、ということになりかねず、それなら、Taiwanのほうがいい。もうひとつ、政治的な考え方をする人たちになると、中華民国も大陸から来た政権であって台湾人が作った政府ではない、と。そうすると中華民国という名称自体に嫌悪感を持つ。そういう人もいます。もうひとつ、国はともかくとして、中華文化圏だと台湾をみるかどうか。意見がふたつあって、文化圏としても中国とは別だと考える人もいます。
 台湾という国、という言い方がありますが、これは中華人民共和国とは違う国だということです。日本政府は中華人民共和国が唯一の中国と認めていますから、台湾が中華民国であるかぎり国交を結べません。それなら「台湾」と名乗ればいいわけですが、国際政治というのはなかなかそうはいきません。中国政府は台湾を中国の一部だと言っているのです。これは中国大使館のホームページに出ている文章です。「反国家分裂法」に関する記述がありまして、「「台独」分裂勢力(「台湾独立」をめざす分裂勢力)が国家を分裂させるのに反対し、これを阻止し」云々、「世界に中国は一つしかなく、大陸と台湾は同じ一つの中国に属しており、中国の主権および領土保全を分割することは許されない」「台湾は中国の一部である。国は「台独」分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式で台湾を中国から切り離すことも絶対に許さない」。独立勢力が、台湾を切り離すような事態を生じさせた時、「国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」つまり軍事力を使う事も辞さないということです。普通に考えればとんでもないことですが、中国がもっともっと強くなれば誰も口を出せなくなります。台湾人はどうするか。一番多いのは現状維持、ことを荒立てて台湾国にならなくても、困らない、それが大多数の考え方です。国交がなくても自由に、中国人よりよほど自由に外国へ行けて、いい待遇を受けられるわけですから。
 最後になりますが、台湾は日本から見てどういう地位にあるのか。これは北方領土などと同じなのですね。つまり樺太の南半分を日本は放棄したけれども、だからといって、ソ連領と認めたわけではない。日本の高校の地図では帰属が未確定の地域として表示されています。択捉島以北も放棄はしましたがソ連領と認めたわけではない。
 この論理から行くと、台湾も未確定でなくてはいけない。北朝鮮もそうですね。しかし国によって扱いがばらばらです。台湾を中国と同じ立場で表示している。台湾独立に関して色々言う日本人もいますが、基本的に我々は外国人として、台湾人の決めることを見守るしかありません。言語の問題で言えば、台湾語を公用語にするかどうかも含めて、外国人である我々は節度をもって台湾人自身の判断を見守るべきだと私は考えています。


会場のようす


以上

(文責:事務局)


(資料)

  1. 相原茂『ちくわを食う女―中国語学者の日中異文化ノート』現代書館、2009年
  2. 上野恵司『中国語60話 ことばの周辺』白帝社、2001年
  3. 藤井(宮西)久美子『近現代中国における言語政策―文字改革を中心に』三元社、2003年
  4. 塚本勲『朝鮮語を考える』白帝社、2001年
  5. 黄昭堂「僕が体験した日本統治時代」『謎の島・台湾』JICC出版、1991年
  6. 寺山末吉「台湾におけるバイリンガル教育の黎明」『月刊言語』1991年8月号、大修館書店
  7. 野嶋剛「繁体字 復権の兆し」『朝日新聞』2009年7月29日、朝日新聞社