地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロン

2014・9月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「多元社会における ひと・ことば」


● 2014年9月27日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス南校舎471教室
● 話題提供:松尾慎先生(東京女子大学)


松尾慎先生


講演要旨

自己紹介

 松尾慎です。今日はお招きありがとうございました。専門は社会言語学とご紹介いただきましたが、研究以外では主に日本語教師をしてきています。大学でパキスタンの言葉を学び、卒業後にバングラデシュで2年ほど仕事をしました。その後ブラジルの日系社会で子どもを中心に日本語を教え、そのあと大学院に進学、さらにインドネシアや台湾で教える機会がありました。日本語を教えるだけでなく、インドネシアでは、インドネシア人の日本語の先生に対する教師研修も仕事の半分を占めました。台湾では日本語を教えるほか戦後の社会言語学や大学院修士課程の学生の指導などをしました。2009年から東京女子大学に移りましたが、日本語の授業や、日本語の教員養成、そういった仕事も半分くらいを占めます。
 九州で生まれ、育ちは名古屋、大学は東京で、大学院は大阪です。いろいろなところで暮らしてきました。趣味は体を動かすこと、本当は今日も自宅の西荻窪から自転車で来ようかと思ったのですが、この会の後、所用でお酒を飲むかな、とやめました(笑)。
 このあと、参加者の皆さんも差し支えない程度に自己紹介をして、全体の雰囲気を感じながら進めていきたいと思います。

参加者自己紹介

★東京女子大の大学院生 もと日本語教師。シンガポールやロシアで教えていました。
★台湾出身者 東京外国語大学の日本語学科の二期生です。日・台・中・英のことわざ研究にはまっています。
★元プロデューサー 「日本の童話」を松尾先生と作りました。その前は東北の外国出身者がどのように情報を得たか、シンポジウムを開き、提言をしました。古代日本語に興味があり、出版したり、ホームページで発表しています。
★ことば村ボランティア 早稲田大学露文科の3年生。今年の8月までベラルーシに留学。最初はロシア語とベラルーシ語ふたつの公用語の違いなどに関心がありましたが、留学を経て今はベラルーシの文芸を日本に紹介することに興味があります。
★仏教伝道者 哲学を大学で学んだ後、仏教に帰依。布教活動をしています。
★文字研究者 ことば村ホームページに「世界の文字」を掲載中。
などなど。

 ありがとうございました。台北出身のかたもいらして・・。後で発言をしてください。ベラルーシは私の知人も赴任していたところです。文字も・・・、私もいくつかの言語の勉強をしましたので、いくつかは知っていますし、興味があります。では少しずつ進めていきましょう。

 今日のメニューは三部でやります。
第一部 日本語教育と日本語
第二部 多元社会としての「日本」
第三部 日本在住の外国人住民(隣人を知ろう)


1. 日本語教育と日本語

 これからクイズをしますので、みなさん、立ってください。間違えた人は座ります。

第一問:職業としての日本語教師になるには資格試験に合格しなければならない。はい・いいえを思ってください。はい、答えは「いいえ」です。(ひとり座る)
 毎年一回の検定試験はありますが、別にこの試験に合格しなくても日本語教師になれます。持っていた方がいいというのは確かですが。

第二問:日本国内の日本語教室では、学習者の言語がまちまちなので、英語で授業をすることが一般的である。よろしいでしょうか。答えは「いいえ」です。みなさん正解ですね。ほかの言語を補助的に使うことはありますが、基本的に日本語で日本語を教えます。

第三問:国内の日本語教師の50%が給料をもらっていないボランティアである。はい、答えは「はい」です。これで、何人か座りましたね。(笑)要するにお金にならない業界ということですね。

第四問:世界で日本語学習者が最も多いのは中国、三番目が韓国ですが、では、二番目はどこでしょう。台湾・アメリカ・オーストラリア・インドネシアの四択です。はい、答えは「インドネシア」です。大体この質問で全員座ることになっています。(笑)
 インドネシアが多いというのは意外に思われるかもしれませんが、インドネシアでは高校の第二外国語として日本語教育がかなり行われているのです。もともと人口が多いと言うこともありますが。
 台湾は5.9%で少ないようですが、人口が少ないので、人口割合でいえば、決して少ないとはいえません。


2. 多元社会としての「日本」
2-1. 日本語の定義

 日本は単一民族・単一文化・単一言語の国だということを口にする政治家が時々いますが、そういうときは失笑を買うのが普通です。それでは、それに、外国人住民・外国人文化・外国語を足せば、日本になるのか?-というところを考えたいと思います。

 質問です。「日本語」は、ことばとして普通に使っていますが、「日本語」を定義してくださいといわれたら、みなさんはどのように定義しますか?おひとりでもいいですし、ふたり、ペアになって考えてみてもいいかと思います。しばらく時間をおあずけしましょう。

(参加者同士で話し合い)

 4グループありますから、それぞれ発表してください。

Aグループ・A 僕は語源に興味があって、日本語にはいろんな言語が入っていますよね。ヘブライ語の同音同義のことばが3000ある、とか。万葉集を読むと古代韓国語がわからないと万葉仮名が読めないとか、枕詞も韓国人じゃないとわからないものがあるとか。
Aグループ・B 言語の定義ということですが、例えば、「ベラルーシ語」といいますが、ロシア人に聞くとベラルーシ語なんてなくて、それはロシア語の田舎の方言だと言ったりします。ベラルーシの中でも、それは政治的に作られた言語だと言うひともいます。日本語も、僕はそうだと思っています。アイヌ語は系統が違う言語だ、と。南西諸島の言語は系統は同じだけど、別の言語なのか、方言なのか、それはそのひとの立場で見方が違う。僕自身は日本語と琉球語はつながりがあって、日本列島で話されていることばが日本語だと思っています。
Bグループ 日本語以外の言語が持っていない特徴、たとえば、母音があいうえおの5つであるとか、どこにアクセントを置くか、などを集めた言語が日本語だと思っています。
Cグループ・A 単純に、日本の公用語、というのがひとつ。あと、木簡などに残っていることば、また、万葉集などにあることばを現代に引き継いでいるものが日本語だと思います。
Cグループ・B パワーポイントの画像の文字でいえば、「皆さん」と「は」は日本語、「日本語」は中国語、「を、どう」は日本語、「定義」は中国語、「しますか」は日本語だと思います。
Dグループ 日本人のマジョリティーが話している、方言もひっくるめての、公用語。中国語や英語にない音声的、音韻的などの特徴を持っている、さっき出た定義とほぼ同じですが。

 ありがとうございます。ではなにが定義か、という答えを私が持っているわけではありません・みなさんの答えをそのままお聞きします。後で、日本で聞くことができることばのビデオを見て頂きます。


2-2. ブラジル人学校

 ブラジル人に関わる活動は、私がずっとやっていることなのですが、今、国内にどれくらいのブラジル人学校があると思われますか?実は正確な数はわかりません。一応44校となっていますが、たぶん43校になっているかもしれません。静岡は多いですよね。ブラジル人が多く住んでいる、なぜならば、ホンダやヤマハなどの工場があるからですね。愛知ならば、もちろん、トヨタとその関連工場。群馬も太田などはスバルの富士重工業、パナソニックといっしょになりましたが、サンヨーの工場がある地域です。
 長野のロゴスというブラジル人学校にはことば村のメンバーと私と私の学生たちと一緒に行って、「日本の童話」の読み聞かせを行いました。本当に小さな建物で、運動場もない。そんな土地は借りることもできない。校長先生がみずから運転手になって子どもの送り迎えを一日150キロくらいやっています。ほとんど無給だとも言っていましたね。それでも授業料は何万円かかかる。リーマンショック以来、子どもが減って経営も大変だという状況があります。(参加者:この学校は44校には入っていませんね?)入っていません。もともとこの学校はブラジル政府公認ではない。そういう学校もたくさんあります。もちろん、日本の国にも認められていないので財政措置はありませんし、税金の優遇措置もありませんから非常に大変な状況です。それなら、地元の公立校へ行けばいい、と言われるのですが、ポルトガル語の世界からすぐに日本語の世界へ、というのはそう簡単なことではありません。ブラジル人学校もあとでビデオを見て頂きます。


2-3. 技能実習制度(外国人研修生)

 外国人研修生の名称は、時々ニュースにも出てきますが、現在正確には技能実習制度ということになっています。中国の方が多いですが、最近はベトナムの方の割合も多くなっています。インドネシアの方々は高知の一本釣りの漁船に乗っている、日本の若い人たちがやらないので、インドネシアの若者に乗ってもらっている。ようやくうまく釣れるようになった二年後、三年後には故国へ帰ってしまうのですが。
 労働ではなく、研修だというのが建前なので、給料ではなく、研修手当というのですが、一か月7万とか8万、多くて10万ちょっとという中から寮の費用を出したりしますので、条件的には非常に厳しいです。研修生についてはあとでビデオでも見て頂きます。


2-4. 日本統治時代に国語としての日本語教育を受けた台湾人の思い

 あとでビデオに登場する1929年生まれのAさんは、私が台湾時代からずっとお世話になっている方です。日本統治時代に国語としての日本語教育を受けた世代ですね。この方の語りを聞いていただきますが、複雑な気持ちになります。ここでビデオを見て頂きます。


ビデオの視聴


<ビデオ映像>
 八重山のことばのTV番組/アイヌ語のメッセージ映像/沖縄の舞踊エイサーの映像/愛媛県今治のタオル製造工場での中国人研修生が、低収入(半年間手当を受け取っていない)・長時間(徹夜労働や一年に4日しかない休日)労働を訴える映像/滋賀県愛荘町にあるブラジル人学校コレジオ・サンドラ学園の映像(0歳から13歳までの子どもが通う。ブラジル本国のカリキュラムに沿った教育。日系三世の母親が失職し、学校を辞めざるを得ない2年生。)/日本語で語る台湾人の高齢男性の映像(「戦後日本人が引き揚げて行ったとき、自分たちも連れて行ってくれたら、今より幸せ」「『今も日本精神が自分の中にあると』思っている」など)

 これは、日本語教育を学ぶ学生の最初の授業の時に見せるビデオです。いろいろな場面がありましたので、みなさんがどう感じられたかを話していただきたいと思います。なぜ日本語教育の授業でこのビデオを見せるのか、については私なりの考えがあるのですが、まず皆さんから感想を伺いたいと思います。グループに分かれて少し話し合ってください。

(グループ討議)

 それではまた発表していただきたいと思います。かなりいろいろなことをお考えになったと思いますが、各グループなるべく簡単にお聞かせください。

1グループ Aさんのことばですが、私は中学高校の教員の経験があるので、子ども達の言語教育という面で考えていくべき問題だと思いました。
2グループ 私の両親はAさんと同じ年代で、生まれてすぐ日本に占領されて日本語教育を受けたのですが、少なくとも私の両親や親戚たちは(Aさんとは違って)自分は日本人とは思わなかった。清の時代に、台湾を開墾するために貧しい人、男性だけをよこしたのですね。清朝からみればこの移民した人達は二等国民です。次に日本が来て、その時も二等国民です。蒋介石の統治になって、その時も台湾人は二等国民。だからAさんの頭の中には、日本人になればよかった、こんなみじめな思いをしないですむ、と。これはAさんみたいな人の考えだと思います。でもアイデンティティをしっかり持っている人は、Aさんみたいには考えないと思います。
3グループ 宮古島のことばは日本の方言じゃないかなぁと思いました。で、アイヌ語は方言じゃない独立した言語だ、と。Aさんのことばはやっぱり日本の教育の結果かなぁと思いました。
4グループ・A どう感じたか、という感想だけ申し上げますが、宮古島とアイヌのことばの映像を見て、僕は東京で生まれて、都会人の傲慢かもしれませんが、固有のことばを持っているということが、ちょっとうらやましいと思いました。
4グループ・B 宮古島とアイヌのことばは固有のもの、独立した文化の中で話されているもので、例えば青森と鹿児島で話されるものが方言だと思いました。
5グループ 宮古島でもアイヌでも、いろいろなところからことばが入ってきて混じるわけですね、それで今はなされている標準の日本語になったのではないか、と。
2グループ 1932年前後、年代ははっきり覚えていませんが、日本が台湾と韓国で皇民化運動と改名運動を同時に実施して、韓国は強制ですが、台湾は強制ではなかった、と両親から聞いたことがあります。台湾人の姓をそのまま名乗るか、日本人の名前を付け替えるか、ですね。おそらくAさんみたいな考え方の人は日本人の名前を名乗って、自分たちは日本人だと思っている、そういう人が一部にいて、戦後も日本に住みたかったのではないかと思います。
松尾 はい、Aさんも、その友人も日本の名前を持っている方が多いので、今のご指摘はそうかな、と思います。

 このビデオを学生に見せた時、これはこうだ、という私の答えは一切出しません。ただ、Aさんの語りに関しては注意する必要があります。日本は案外悪くなかったのだ、みたいに受け取られるとちょっと困りますから。
 実際に二回、学生を連れて台湾に行っていまして、Aさんにも会っています。実際に話すと少し違ってくるかなとは思います。

 言語に関してですが、ユネスコが危機言語地図というものを作っています。ユネスコが認定している日本の危機言語というのがこれだけあります。アイヌ語はもちろんですが、八丈語もユネスコは独立した言語と認めています。沖縄語、宮古語、与那国語、国頭語ですね。八重山・奄美のことばですが。ユネスコが言語だというから独立した言語だ、ということにはなりませんが、ひとつの参考にはなります。宣伝ですが、ココ出版というところから『琉球諸語の保持を目指して』というような本が3年くらいかかってようやく出たか、出るか(9月に出ました)。私もひとつ書いています。

 それから、ビデオに出て来た研修生の話ですが、最近オリンピックへ向けて日本政府が人材不足解消に技能実習生の枠を増やしたり、あるいは三年を五年に延長するなどの話があります。私は若干危惧しておりまして、非常に低い待遇で日本のために働いてもらって、2020年になったらはい、さようなら、ということになると、果たして大丈夫なのだろうか。そう思っていたら、一応政府は、日本人と同じ待遇でないとダメだ、と指導すると報道されていましたが、実際にそれが実現されるのかどうなんだという気がします。このあたりも学生に伝えます。なぜなら、この方々も日本語学習者になるからです。


3. 日本在住の外国人住民(隣人を知ろう)

 第三部ではちょっとしたワークショップをしていただきますが、その前に―。
 外国人登録者数は法務省入国管理局から毎年統計で出ていますが、日本の人口、一億二千何百万、ですが、外国籍住民の数はどのくらいでしょうか。何年か前から二百万を超えて、総人口の1.6%を占めています。女性の方がその54.5%で半分以上というのは、いわゆる移住花嫁さんが一定数いるので女性のほうが多い。この1.6%が多いか少ないかというのは難しいのですが、ちなみに私の勤務している東京女子大学は留学生数が1%いません。4000人くらいの学生中、30数名です。早稲田大学なんかは多いでしょうね。今増やしていますから。目標は3000とか4000とかまで増やそうというのが早稲田のポリシーで、すでに今でも2%から3%はいるのかなぁと。
 出身地別の登録者数は、今一番多いのは中国、次は韓国・朝鮮、3位と4位は入れ替わって、これまで3位だったブラジルが4位に、フィリピンが3位になっています。リーマンショックの影響でブラジル人はけっこう、帰っている。今、ベトナムが増えていますね。留学生もベトナムと、ネパールが増えてきていると聞いています。
 外国人住民の割合が高い地域があり、外国人集住都市会議というものがあります。群馬県の大泉などは15%です。大泉町に行くと、ブラジルスーパーとか、ブラジル人が車の売り買いをする中古車店とか、行政書士の事務所とかいろいろあります。そのほか長野の上田とか飯田も結構います。静岡の浜松、富士、磐田、掛川ですね。それでは外国人の散在地域にはどんなところがあるか。たとえば松本市ですが、松本はちょうど平均と同じくらいの1.53%の割合です。これも典型的なのですが、韓国・朝鮮が一位で、ブラジルが右肩下がりで少なくなっており、中国が2位に上がっている、フィリピンは多くはありませんが、もうすぐブラジルと入れ替わる。ここでは永住者の割合が増えています。定住者が右肩下がりで減っています。ブラジル人は定住者の資格、在留資格わかりやすく言えばビザですが、その資格で来ることができるのですが、その期間を長くするために永住者の資格に切り替える人もいます。結婚して移住してきた人も永住者になる、いろんなケースで永住者が増えているわけです。


3-1. ワークショップ―クラウジアさん一家の場合― ①

 ここでまたペアに分かれて作業していただきたいのですが、クラウジアさん一家について考えてください。これは実在の一家ではなく、典型的なものとして私が作った一家です。

背 景:日系ブラジル人(2007年にブラジルから日本へ)
家 族:夫(38歳)
    クラウジアさん(35歳)
    ファビオ君(3歳でブラジルから移住。現在10歳)
日本語:夫婦はサバイバル程度。子どもは公立小学校に通学
仕 事:夫婦ともに大卒。夫は工場勤務。妻は弁当工場に勤務。

 まずみなさんに考えて頂きたいのは、「想像しましょう」です。
 クラウジア一家はいろいろと困っていることがあるそうです。

1. どのようなことで困っているのでしょうか。
2. その原因は何でしょうか。

(ペアワーク)

Iペア・① このご夫婦ともに大卒、高学歴ですが、ことばがネックで学歴に見合う仕事をさせてもらえない。こどもは学校へ行って、柔軟性もあるからことばをどんどん覚える。
Iペア・② 親子間のコミュニケーションも取りづらくなっているのでは。
IIペア 項目で言うと、お金の問題、子どもの教育の問題、医療の問題、ことばの問題、要するに全部、みたいなものですが。具体的には、例えば、小学校との連絡のやりとりなど、子どもに通訳してもらうとか、なかなか大変じゃないかと思います。
IIIペア・① まずやっぱりお金の問題かなと思います。雇用主との信頼関係ができにくいので任せてもらえないのでは。
IIIペア・② それと地域とのかかわりも問題の一つではないかと。ゴミの出し方とか、騒音とか、そういうトラブルをよく聞きます。文化の差がわかりあえていないということだと思います。
IVペア みなさんがおっしゃったこと以外ですと、クラウジアさん一家の居住地域が日系ブラジル人の集住地域ならまだいいのかもしれませんが、ほかに自分たちと同じ状況の人がいない地域だと、相談する相手がいないとか。日本で困ることを相談できる機関がそばにあるかどうか。そばに住んでいる住民の意識も問題ですね。

 いろいろと挙げていただいてありがとうございます。いくつか考えていきたいと思います。まず、そもそもなぜ、クラウジア一家のような方々が日本に住んでいるのか。
 大前提なのですが、日本には単純労働に対する資格はありません。ではなぜブラジル人が多いのか。ペルー人などもいますが、大半は日系ブラジル人とその配偶者ということになります。89年に入国管理法が改正され、日系三世とその配偶者、その子どもである日系四世まで定住者という在留資格が与えられることになりました。定住者は何をやってもいい、ということになっていて、単純労働でもいいし、一流企業で働いても、学校の教員をしても、セブンイレブンでアルバイトしてもかまわない。しかし、実質的には単純労働の労働力が足りないので、この定住者の資格を日系三世まで与えるということなのです。89年の頃を思い出していただけば、東京では上野公園などでイランの方々がたくさんたむろしていたり、バングラデシュの方たちがオーバーステイの状態で働いていたりすることが多かったと思います。それが困るということで、なぜか、日系人ということになった。何となく日系人なら安心じゃないかみたいなことが国会で話され、法改正に至った。そうしたことが背景にあります。


3-2. 雇用~労働の問題

 日系ブラジル人集住地域では人口の10%程度を占めるところがある。例えば群馬県の大泉町ですね。雇用の問題が出て来ましたが、おそらくこのクラウジア一家も非正規雇用です。日系の中には正規雇用の方もいますが、多くは非正規、ですからリーマンショックのようなことがあると、派遣切りに会います。それはブラジル人に限らないわけですが。ブラジルでは大卒でも、日本では簡単に着られてしまう、そういう困難な状況のひとつです。
 厚生労働省で日系人帰国支援事業が行われたのですが、これは、リーマンショック以降、職を失って故国へ帰る方、ブラジルだけでなく、アルゼンチンでもどこでもいいのですが、帰国する方ひとりに30万円出します、という支援事業です。ただし、原則三年間は日本に戻らないという約束です。支援といえば支援と見えるかもしれませんが、見方を変えれば手切れ金みたいな感じですよね。労働力が足りないから来てください、でも経済が悪くなったら30万渡してとりあえず帰ってください、と。実際にはこのお金をもらわずに帰った人が結構多いです。状況がよくなったら戻ってきたいということで、30万もらうより自分で帰る、と。
 雇用主の信頼度ということも出ましたが、では日本語ができるようになったら、信頼度が増すかというとそうでもない。リーマンショック以降、再就職の支援もあって、半年間勉強してからハローワークへ行ったら、外国人お断り、という状況になっていた。結局、日本語ができるようになっても変わらないじゃないか、と。


3-3. 教育の問題

 教育ということで一番の問題は不就学なのです。ファビオ君は学校へ行っていますが不就学の子どもがいることがものすごく大きな問題です。統計から推計していくと、私の計算では小中学生の不就学割合は13%弱。とてつもなく高い割合だと思います。長野県国際課調べの24.5%はとても高い率ですが・・・。いずれにせよ、10%以上の子どもが家の中にいるというのは多分間違いないだろうと思います。家族の滞在も長期化していますから、このまま成人してしまいます。中学も出ていないということなら当然できる仕事も限られます。そうした子ども同士が早い年代で恋愛して10代で親になり、どんどんそういう構造が再生産されていく。その家族にとっても良くないですし、この社会にとってもいいことではない。
 ある資料によると、外国籍の子どもの高校進学率は50%~60%しかない。地域によっては90%を超えましたという所もあると聞きますが、では卒業はどうなのだというと、中退率がすごく高い。そうすると、繰り返しですが、仕事はどうなるのだ、という話になります。
 子どもは順応性がある、ということが出ましたが、確かにそういう側面はあります。しかし、3歳で日本に来て、今小学校3年、4年生となると、学校との連絡がどうなるか、ともさっき出ましたが、お父さんお母さんが通知を読めない。最近は翻訳を付けるということも集住地域ではありますが、必ずしも十分でない。翻訳がついたにしても、学校の内容が違うということがあります。修学旅行、遠足や運動会とか。ブラジルにも似たような催しがありますが、ルールがありますね。おやつは200円まで、とか、いろいろありますね。何を持たせるとか。そういうことが家庭の文化として存在していないので、子どもが通知の内容を何となくわかっても、親にちゃんと伝わらない。そのため子どもが違うものを持って行ったりして、そこからイジメがひき起こされたりします。
 それから、親に宿題を見て貰ったりできないのですね。最悪の場合ですと、ポルトガル語を忘れて行ったり伸びなかったりしますが、日本語も伸びて行かない、両方の言語が中途半端。そういう子どもが多い、ということが非常に問題です。表面上を見れば、クラスの中でも友達と日本語で話をしているけれど、学習のための日本語というと、力がついていない、そういう子がとても多いです。非常に大きな問題です。
 医療の問題が出ましたが、 子どもがちょっと日本語ができるようになると、親が病院に行くときに、通訳として連れて行くのですね。しかも午前中に。当然学校は休みということになる。マイナスの連鎖がいろいろあって、厳しい現実です。

 もちろんそういう家庭ばかりではなく、子どもが大学に行っている家庭もあります。私の知人の日系ブラジル人家庭の娘さんも東京学芸大学に入りました。そういう家庭ですら、学芸大学に入ったときに、これで学費はタダになる、ラッキー!と思ったと言うのですね。ブラジルの国立大学は無料なのです。日本は違いますよね。それくらい情報が伝わっていないのです。幸いご主人は正社員なのでちゃんと学費を払って通っていますが、意外なほど情報は伝わっていません。


3-4. ペアワーク―クラウジアさん一家の場合― ②

 それでは、クラウジアさん一家が三年後に今より120%ハッピーになっているとしたら、それはどんな状態だと想像されますか?マイナスのサイクルから抜け出したとしたら、何が変わっただろうか。いいサイクルになったとしたら、どこが良くなったのでしょうか。きっかけは?

(ペアワーク)

 非正規雇用から正規雇用になり、お父さん、お母さんの収入が安定すれば、子どもは塾に行かれるかもしれませんね。お父さん、お母さんの日本語はどうしたらいいでしょうか。
 たまたま勤務形態が規則的になったとして、地域の日本語ボランティア教室に行きやすくなり、教室にうまく溶け込めて、地域の人達から日本語を学び少しずつレベルを上げて、さらに仕事にプラスになる。学校の通知も少しずつ読めるようになっていく。地域のコミュニティーとの関係も良くなっていくことで気持ちも明るくなっていく。どこかでこのようにサイクルが変わっていかないと、この一家はうまく行かない、ということになります。
 三番目のペアワーク、今日はしませんが、このように良いサイクルに替えるために、地域社会や行政、あるいは地球ことば村のようなNPOにできることは何か、もちろん「日本の童話」事業は立派な仕事だと思いますが、そういうことを考えていくことが大事だと思います。また、クラウジア一家自身ができることは何か、を考えていってほしいと思います。


3-5. 母語教室での実践

 ちょっとご紹介したいのが、私が学生たちとしている母語教室での実践です。群馬県太田市で、ここの外国人の割合は平均の二倍くらいあります。その中でもブラジル人が一番多いのですが。ブラジル人学校も存在しますが、全員が通えるわけではなく、教育が課題です。日本語も大切ですが、母語であるポルトガル語も非常に大切です。なぜなら、先ほど出たように、両親とのコミュニケーションのため、というのがひとつの大きな理由です。本当に親子でことばがしっかり通じない、という家庭が少なくありません。こうした背景があって、ブラジル人のボランティアが母語教室を開くことになりました。(画像)
 左の写真の先生は、太田市の小学校のバイリンガル教員をしているブラジル人のS.Hさんです。バイリンガル教員は、一年更新だと思いますが、一応専任として雇用されている教員です。国際教室で、日本語とポルトガル語両方を使って子どもを指導する役割を担っています。太田市の場合、このような先生が7名くらいいますので、非常に恵まれた地域と言えます。右側のブラジル人女性はブラジル人学校の先生で、もともとは化学や数学など理系の先生です。彼女はブラジルで博士の学位まで取って日本に来ました。今、日本での自分については後でビデオの中で語っていますので、聞いていただきたい。
 こういうひとたちが土曜日の2時間半、ボランティアでポルトガル語を教えているのです。この教室へ私や私の学生たちが2時間半から3時間かけて一か月に一度程度通っています。この教室へ地球ことば村のみなさんがバスツアーでいらして、そこからのお付き合いなのですね。学生たちはポルトガル語専攻ではないのですが、出来ることをやろうということで、絵本の読み聞かせなどをやっています。
 動画を見て頂きましょう。(先生や子どものインタビュー、授業風景、絵本読み聞かせなどの動画)

 この母語教室活動が始まって六年目です。私たちがかかわるようになって五年目ですね。なかなか継続することが難しい。続けるということが一番大変ですね。子どもも入れ替わってきました。母語教室といいますが、家ではほとんど日本語しか使っていないという子どもも多いので、外国語を習う感覚でこの教室へ来る子もいます。限られたボランティアでさまざまな子に対応しなくてはならない。もちろん謝金も出ませんし。非常に大変な状況と言えます。


3-6. 難民のための日本語教室

 最後に、六月からかかわっている難民のための日本語教室をご紹介したいと思います。「Villa Education Center」略してベック日本語教室というのですが、特徴は、難民による難民のための日本語教室ということなのですね。ボランティアで難民に日本語を教えている教室は埼玉の川口あたりや、ほかにもあるのですが、ベック日本語教室は難民自身が作った教室です。この教室は日本語だけでなく、子ども達に母語としてのビルマ語を教える教室もやっています。日本人に対してビルマ語を教えることもやっています。設立者のチョーチョーソウさん・ヌエさんご夫妻に、私と今日参加のMさん、Sさんも一度来てくれましたが、東京女子大のグループがかかわっています。もともと誰か先生を紹介してくださいと設立メンバーのNPOから頼まれたのですが、私たちでよければやりましょう、ということでかかわって三か月になっています。このチョーチョーソウさんはドキュメンタリー映画「異国に生きる」に出ているのです。91年に来日して難民認定を受け、奥さんを呼び寄せて、今は高田馬場で「ルビー」というビルマ料理のレストランを開いています。NHKの国際放送でも働いています。こういうところで稼いだお金を、仲間のために使っているわけです。震災の時も何度も被災地にボランティアで行って、炊き出しをしたり、本当に立派な方です。この教室は無料でやっているのではなく、月謝はとっていますが、どう考えても持ち出しですね。

 難民とは何か、とみなさんに改めて説明する必要はないかと思いますが、難民条約というものもあります。で、どういう人がこの教室の学習者かというと、どういうステイタスで日本に居るのかと、面と向かって聞けないので、よくわからないのです。一番目はチョーチョーソウさんのように難民認定が取れて定住者の在留資格を持っている方ですが、これはきわめて少ないです。二番目は、難民申請は受け付けられなかったけれど、人道的配慮で在留特別許可が下りた人、ここらへんまではまだいい。三番目は申請中で結果が出ていない方。在留特定活動という資格を半年間もらっていて、ここまでは働いていい。問題は四番目の方で、難民申請を申請中だけど、在留資格を持っていない、なぜかというと、おそらくオーバーステイの状態になってから申請した。ですから、いつでも強制退去の対象になる。で、この教室の中にもいろいろな方がいて、おそらく④の方もいる、あるいはいた。でも、聞けないです。ですから、難民の教室と言っても、非常に厳しい立場の人がいますし、学習目的もさまざまです。
 難民申請の数は増えてきていて、昨年度3000人超えていたのですが、なんと認められたのは6人です。人道的配慮を入れても200人に満たない。ほかの国に比べても全然数が違う。
 もうひとつ第三国定住難民というのがありまして、これはタイの難民キャンプに避難しているビルマ難民を日本政府が受け入れているのですが、ちょうど昨日の夜飛行機に乗ったというニュースがありました。あまり注目されないニュースですが。(ニュース映像)でも、なかなかこれで来る人はいないのですよね、制度的な問題があるのかもしれません。
 日本政府は難民に対して日本語教育をしているかというと、一応文化庁がやっています。(文化庁HP)180日間の日本語教育プログラムというのがあります。難民申請が受け付けられた人は受けることができますが、去年はたった6人だけですから、6人しか受けることができないわけです。第三国定住難民も180日受けることができますが、それだけの人しか、政府の日本語教育は受けていないということです。で、このベックの教室ですが、日本語の外にもいろいろなことを取り入れ、いろいろな人が出入りしています。東京女子大学の学生だけでなく、聖心女子大学の先生や学生もやっています。(動画 授業活動・学習者自己紹介=日本で困ることなど)

では、発表はここまでとします。ありがとうございました。(拍手)質問や感想のある方はどうぞ。


会場のようす


質問と感想

参加者A 1980年代日中国交正常化以降、残留孤児支援を政府が一生懸命して呼び戻しましたよね、その時手伝ったのですが、ああいうレベルになると、政府もいたれりつくせりですね。今のブラジル人への対応と全然違います。残留孤児とその家族を、中国学科や日本語学科の学生とか、NPOとかも入って生活日本語を教えたり、世話をして、いたれりつくせりでしたよ。日系ブラジル人の扱いとは違いますね。その差は何なんでしょうか。
松尾 中国帰国者に対する生活日本語指導に特化した教科書は、日本政府がバックアップして作られました。よくできた教科書で、ひともお金も投入して作ったものです。中国帰国者を専門に受け入れるセンター、今でも所沢にありますが、そこで何か月か研修して、その後地域社会に入ってからも日本語を通信教育などでフォローした、今でもあるのですが。あれはやはり、日中の関係が当然大きかったからだと思います。今は来日するかたはかなり減っている。それと事業仕訳があって、昔のようにお金を投入できない。帰国者向けの教師をしていた仲間の待遇がすごく悪い。あるいは首を切られている。もしくは一年更新になっている。休日も呼び出される。友人が帰国者センターの先生をしていますが、まさに非正規雇用になっていて、厳しい状況です。
参加者A 日系ブラジル人も日本政府のスローガンでブラジルに移民していったのですよね。二世、三世も日本人の血をひいている、どうしてこういう人たちを大切にしないのでしょう。中国帰国者をバックアップしたノウハウがあれば、ブラジル人達にもプラスになることがあるのでは、という気がするのですが。
松尾 昔はJICAの中に移住事業部というのがあったのです。日系人の問題を取り扱うセクションがありまして、私もその移住事業部の事業としてブラジルへ行ったのです。ところがブラジルに居る間に移住事業部がなくなってしまって、私の行った事業は青年海外協力隊へ移管されてしまった。要するに、日本政府としてはそろそろ手をひかせていただきます、移民の方々は自立してください、というところが海外の日系人に対する政府のスタンスですし、日本に来ている日系ブラジル人、ペルー人に対しては、それはブラジル政府、ペルー政府の問題だ、と。もちろんそういう側面はあると思いますが。基本的には日本政府は定住者という在留資格を出しているだけなのです。
 ただ、ブラジル人学校をやめてもすぐには日本の学校へ入れないという子どもが多いので、「虹の架け橋」という事業を文部科学省がやっていまして、年間二億か三億円かの予算規模、たいした規模ではないのですが、受託した団体には一千万、二千万程度のお金をつけて、そういう子ども達の教育支援にあてています。しかし、それも今年度で終わり、もし続くとしても予算は何分の一かに縮小される予定と文化庁の職員から聞いています。確かに問題だと思います。
参加者B 1970年代まではまだ、ブラジルへの移民船が出ていたのですよね。80年代になると、ブラジルから日本へ働きに来るようになった。だから、その間10年程度で逆転したのですね。中国の方、韓国の方は華僑社会や民団があって、受け入れがそれなりに組織化されているのですが、ブラジルの人はみなニューカマーで、自分たちだけでやるにはとても無理なように、私には見えます。例えば、日本からアメリカに移民した人たちをみると、一世代目は日本語をしゃべっている、二世代目はちゃんぽん、三世代目は英語をしゃべって、向こうでもアメリカ国民として認知されている。定住をめざすのか、非正規社員でいつでも帰るようになっているのか、私にはよく分からないのですが。
松尾 よく言われるのは、日本には移住政策は無い。入国管理はあるけれど移民として受け入れる政策は無いということが言われますね。
参加者A フィリピンの看護師などが問題になっていますね。私も日本に住んで40年になりますが、政府、民間含めて移民を受け入れる準備が出来ていないと感じます。ヨーロッパの国々みたいな精神状態じゃないと思います。
参加者B 政府だけじゃなく、一般でも、市民として受け入れるのではなくて、お客様をどういうふうにもてなすか、みたいな。
松尾 そうですね。EPA(経済連携協定)の枠で看護師候補、介護士候補のかたがフィリピン、インドネシアから来ていて、今年からはベトナムからも来ていますが、ただ、国家試験を取らないと帰らなくてはならない制約がありますし、あれも経済連携協定のお付き合いでやっているような感じがしないでもないですね。
参加者C この前講演を聞いたのですが、インドネシアなどで何年か教育を受けたあとで、日本に来る。日本に来たら日本語の学習期間があるわけですが、日本語中で特に漢字、「褥瘡」なんて難しい漢字を覚えたり・・・。その人たちは見習いでもどこかで働いているわけですね。その人たちに身の回りの世話をしてもらっている側からすると、年長者を敬ったりする宗教的な背景もあるのでしょうが、言葉が通じなくてもその態度で、とてもいいと感じている人達が多いと聞きましたね。ただ、国家試験に合格するのが数%とのことで、受からなければ泣く泣く帰るしかないと聞きました。
松尾 まさにそのとおりで、初期のころは、国家試験を何年後かに受けるとか、合格しなければ帰らないといけないなどの情報がはっきり伝わっていないまま、研修を受けて日本に来たという人もいたくらいです。非常に不整備のまま行われています。今日参加のMさんは、このEPAの事業で、インドネシアで日本語を教えていたのですが、何か・・・。
参加者M 私は二回目のインドネシア人看護師・介護士受け入れに関わったのですが、試験に受からなければ、帰国しなくてはならないということが分かっていない学習者もいましたし、分かっていても、受からなければ帰ればいい、と考えている学習者もいました。逆に、ずっと日本にいたいから頑張る、と言った学習者もいました。何人か自分の学生が介護福祉士に合格しましたが、合格した後も結婚して帰国する、あるいは子どもが生まれたので帰国する、という人もけっこういたので、日本に来たインドネシア看護師・介護士だけでなく、将来的に家族として日本に定住していくことが考えられていない、と感じていました。
松尾 その通りで、合格しても帰る人がかなり多いのが現状です。その本人だけでなく、そのひとが結婚し、子どもを産んで、日本に住んでいくのだという発想が根本的に無いのです。政府だけでなく、私たち一般市民が、彼らをどう受け入れていくつもりがあるのか、という問題だと思います。特にインドネシアの方々だと宗教もイスラム教徒が多いですし、普通の市民がどう受け入れていくかということですよね。
参加者A 知り合いの保証人になったりして感じるのは、日本は白人には、英語教師で来て、ずるずるといる人にもヴィザを出し続けるけれど、アジア人にはとても厳しいですね。入国管理事務所に行くと根掘り葉掘り聞かれます。白人とアジア人の待遇は明らかに違いますね。職員たちの態度から審査の甘さなど全然違いますね。
松尾 それはよく聞く話ですよね。ホームステイでも、白人とか英語を話す人はウェルカムなんだけど、アジア系だとがっかりされるとか、聞きますね。
参加者A ですから、日本人はもっと、いろんな国の人とかかわってことばの交流や精神の交流をしていかないと、なかなか外国人を受け入れることが難しいのではないかと感じています。私は40年前に日本に留学して、幸い両親とも日本につながりがあって、差別されたこともなかったですが、親に頼れない状況でいろいろなことがありました。先生も台湾に何度もいらしてお分かりだと思いますが、台湾の人と日本の人との違いですね、台湾の人は、遊びに来てください、と人を招いたとき、家の中に洗濯物がぶら下がっていても取り込まないで迎え入れる。非常にフランクです。日本人は、きれいに掃除して・・・、私はほとんど家によばれたことはないですが。台湾人は人を家に呼んでわーわー食事します。立派な家でもパンツやブラジャーがぶらさがっていて(笑)。精神的なバックグラウンドが違う。
松尾 まさにおもてなし、で、日本では下着干してあったらおもてなしじゃない、という感覚があるじゃないですか?台湾でもブラジルでも、テキトーで、お皿が足りなくなったらデザートを茶碗で出す、とかのノリですけど、日本ではデザートを茶碗で出したらわるいな、と思うひとが多くて。
参加者D 安倍総理も、これからは外国からひとにたくさん来てもらわないと日本は立ちいかなくなるとしょっちゅう言っていますが、市民に受け入れる準備が出来ていない現状で、その準備を私たちはどういうふうにしていったらいいのか、先生はどうお考えですか。
松尾 うん、小学校で5年生以上に外国語活動ができましたよね、今日の新聞にも載っていましたが、英語だ!、と変な答申を出していますが、あれはあくまで外国語活動で、英語教育ではないはずなのですね。「コミュニケーション能力を育む」といういい目的なのですよ。英語でなくても、小さい時から異質なものに触れて、コミュニケーション能力をあげていく、すごくいいと思う、あれをなぜ英語だけに限定するのか、中国の方も、韓国の方もいっぱい住んでいるのだから、と。その辺の発想を変えて行けば、教育現場が変わって行けば、私は変わっていくと思います。なぜ「英語必修」になるのか、そこらへんから変えるべきだと思います。私自身は日本語を教えていますが、学生の中で先生になる人はほとんどいません。100人の内ひとり、ふたりです。しかしその機会をいかして、その間に少しでもこうした異質のものに触れ、国際化イコール英語だ、留学だ、じゃなく、今、みんなの住んでいる周りにいっぱいいるよ、外国の人が。なぜ気づいていないのだろう、多分毎日すれ違っているよ、ということを学生に訴えています。まずそこから感じること、それぞれができることをやっていくしかないのではないでしょうか。絶望しないで(笑)。
参加者D そういうことで、こんどもいちょう団地の見学に行ってまいります。先生、今日はありがとうございました。
(拍手)


以上

(文責:事務局)