地球ことば村
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
メニュー
ようこそ

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F
TEL:03-5798-2828
http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

ことば村・ことばのサロン

2015・6月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「そこにいること~スペイン・カタルーニャ州「人間の塔」を事例に~」


● 2015年6月20日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス南校舎442教室
● 話題提供:岩瀬裕子先生(首都大学東京大学院 博士課程)


講演

事務局:今日は首都大学東京の岩瀬裕子(いわせゆうこ)さんをお招きしてお話し頂きますが、このエリアはね、地域色が強く、ひとつの愛郷心と言いますか、独立心の強いところでして、それゆえにさまざまな歴史的状況に遭遇してきたわけですが。今日は岩瀬さんのフィールドワークをもとにした臨場感のあるお話が伺えると、非常に興味深く楽しみにしていたんですがね、ちょうど今日、慶応でね、この上でね、イベントがありまして、常連の慶応のひとたちがいませんが、その分、わたしたちがしっかり吸収しようと思います。それから、岩瀬さんは文化人類学の分野に入られる前はメディアの世界にいらっしゃったということで、それから文化人類学に入られたそうですが、今日はそのあたりも少し触れて頂けると参考になるかなと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。

岩瀬:ただ今、ご紹介頂きました首都大学東京の岩瀬裕子と申します。どうぞ宜しくお願い致します。今日は私、指導教官が後ろに控えておりまして緊張しておりますが(苦笑)気楽に参りたいと思います。

岩瀬裕子先生

 早速、前をご覧ください。
 (スライド)円になってください。しゃべってはダメです。
 動かれてください(一同、席をたち円に。しゃべり出す参加者あり。一同、笑い)。
 これから、皆さんの誕生日順に円を作り直して頂きます。生まれた年、何年という部分は入りません。何月何日の部分だけで、順にみなさんの円を作り直してください。その間、ことばは使わないでください。例えば、私は5月1日ですが、手の平に5や1を書いて相手に見せてはいけません。その他の方法で、誕生日順に円を作り直してください。それがルールです。それでは始めてください。
 (指を折って、相手に見せる参加者)指で教えるのもダメです。(ダメ?)それだと、すぐできちゃいますよね?(一同、考え込む・・・ヒントを求め、話題提供者の方を伺う参加者)皆さんでお考えになってください(一同沈黙。空白の時。手を叩きはじめる参加者・・・パンパンパンパン)。何月、何日までです(あ~。パパパパパパ、パパパパパ。無言の会場に鳴り響く小刻みな拍手。コミュニケーションが始まる)。宜しいですか。それでは口を開いて頂いて大丈夫です。答え合わせ、参りましょうか。(1月25日、2月2日、2月28日・・・・9月15日、10月23日、11月10日)おめでとうございます。(お~。安堵の表情の参加者)これは、将来、スポーツのオリンピックや国際大会でメダルが取れるようにと文部科学省が私たちの税金を使って行っている事業の中で子どもたちにやっている「コミュニケーションを考える」というワークのひとつなんですが、実際、皆さんはことばなしでおやりになってみて、いかがでしたでしょうか。(最初に手を叩き始めた人がスゴイ。「あっ」と気づき)どなたでしょうか、最初に気付かれたのは?(はい!お~すばらしい。拍手)。ほかにはどんな方法があるでしょうか。私が子どもたちとやった時には他にも方法があったんですが、どんなものが考えられるでしょうか(音以外でねえ~?)。今日は10人でやりましたが、大抵、これは30人くらいでやります(お~)。子どもはものすごい速いです。誰かがパッと手を挙げたりしてグループの中でリーダーが出てきてですね、今日は最初の方が拍手で始まりましたが、いつもは「音も出さないで」って言ってやるんですが(一同苦笑)、例えば、誰かがある人に握手をして、その握った回数で伝える。そしてこの2人組がまた次の2人に伝える、なんて方法をとることもあります(はあ~と感心する参加者達)。でも、皆さん、非常に早かったです。では皆さん、一度、席に座って頂いて。でも、結構、急にことばを奪われるととまどいますよね。次は、ことばを使ってゲームを行います。答えが分かりましたら手を挙げて私に答えを教えてください。二問目の方を解いてみてください。

****************************************

(2)次の文章を読んで、質問に答えてください。

『市長と息子』
ある男とその息子が、盗みの疑いで逮捕された。
父親の方は、逮捕されるときに抵抗し、撃たれて病院に運ばれた。息子の方は、手錠をかけられ交番に連れて行かれたのだが、その間、やはり激しく抵抗した。
そして、交番には市長が呼ばれた。市長は交番に着いて、こう言った。
「ああ、私の息子が・・・。」

質問:市長と父親と息子の関係は?→[                ]

(一同集中、問いに向かう。手が挙がり始めるが正解なし。一名正解。)

(祖父―父親―こども等の誤答を黒板に書き、説明する参加者たち。火曜サスペンス劇場に出てくるような、たくましい想像力で誤答が続く。)

正解:市長が母親、市長と父親は夫婦。息子は市長と父親のこども。

 市長というと男性というイメージを持たれなかったでしょうか(あ~)。ここにはない情報をなんとか持ってきて自分の頭の中の整合性を取ろうとしたり、余計な想像を膨らましたりしませんでしたか。これは私が日本語教師の資格を取る際、留学生に対する偏見に気付かせるための問題として出されたものです。私たちは、ことばにさまざまなイメージを込めて使っています。その表れがこの問題からも見てとれたかと思いますが、例えば「留学生とはこういうものだ」というものの見方が知らず知らずのうちに邪魔をしているということに気付かせるために、授業ではこの問題を通してことばを考えました。今日も、皆さんに、皆さんがことばに持っているイメージに気付いて頂くために、このゲームをやって頂きました。市長というと男性という先入観を持っていたことが正解を阻んでいたのではないでしょうか。
 私は学術の世界に入ってまだ間がないのですが、大学を卒業してからはアナウンサーをしておりました。このことを言うのは恥ずかしいのですが、指導教官の小田先生に「どんどん言った方がいいよ」と言われましたので、売りとしてお話ししていますが(苦笑)、もしかしたら、アナウンサーをしていたことが私の色眼鏡になっていることもあるかもしれませんので、お伝えしておきます。その後、アナウンサーを辞めましてスペインに留学をしました。それから帰ってきて、やはり自分の足元が気になり日本語を勉強し始め、日本語教師の資格を取りました。その時に出会ったのが、先ほどの『市長と息子』という問題でした。その後、2016年と2020年の東京オリンピック・パラリンピックの招致活動に、スペイン語を話す国際オリンピック委員会の委員のアテンドという形で携わることができました。(スライドで)見て頂いたように私の場合は、スポーツの世界とスペイン語というのが、これまでの私の活動のベースです。何を思ったのか、それから文化人類学という学問に出会いまして・・・。社会人の時に、やはり「女子アナ」というイメージ、皆さんがよく持たれるようなイメージに違和感がありまして。どうですか、皆さん!皆さんは「女子アナ」というとどんなイメージを持たれるでしょうか。私、今、「女子アナ」のようですか。(首を振る参加者)「女子アナ」っぽくないですよね?(苦笑)。きれいなピンクとかオレンジとか水色とか、きれいなスーツを着て、ハイヒールを履いて、きれいにお化粧をされて、記者が書いてきてくれた原稿を読むというのが一般的なものですが、私はもともと体育会出身でバスケットボールをしていましたので、そもそもスカートを履いたことがなかったです(苦笑)。それで、私はずっと「女子アナ」だとどうしてスカートを履いていないといけないんだろうと感じていました。私の担当はスポーツでしたので、実際、スカートを履いてハイヒールでグラウンドには入れませんし、そもそも、「そんな恰好で仕事する気ないじゃないか」と思っていました。よく言われるような「プロ野球選手」と「女子アナ」という組み合わせのように「あの人も働きに来てるんじゃなくて、旦那さんを見つけに来ているんじゃないの?」というような視線も感じつつですね。だから、どうしてそのような視線も浴びつつ、それでも、「女子アナ」のように振る舞わざるを得ないのかということに居心地の悪さを感じていました。ほかの「女子アナ」像があってもいいのではないかと。まあ、私は、そこからはみ出したクチなのですが。そして、その後、スペインに行ったことでも自分の中に変化がありました。私がスペインで初めて覚えた単語が「Más o menos」(マス・オ・メノス)という単語で「だいたい」という意味なんですね。「どんな感じ?」と聞くと「まあ、こんな感じ」と、私が出会った人たちは、はっきり分類をしない、区別をしない感じでよく話をしていて。一方、私が自分のために初めて覚えたスペイン語は「por si acaso」(ポル・シ・アカソ)という「万が一」という単語だったんですね(苦笑)。私は毎日、「万が一」、「念のため」と言って単語を調べたり勉強したりしていて、かたや、私が出会ったスペインの人たちは、まあ、私の限られた生活の範囲の人たちですが、「Más o menos」、「まあ、こんな感じ」って、非常にゆるやかな、あまり区別をしない中で生きているように感じられました。それに対し私はとても狭い、小さいところばかりを見て「念のため、念のため」と生活しているように思えて「これはなんだろう?」と疑問を持ちました。そんな環境に身を置いていましたので「あ~、もう少し自由にものごとを見てもいいんじゃないか。もっと自分を自由にしてあげてもいいんじゃないか。もっと楽に生きてもいいんじゃないか」と、日本での社会人生活と、この留学で感じました。ある時、読んだ文化人類学の本に「文化人類学とはあたりまえを疑うんだ。そしてものの見方を豊かにしてくれるんだ」ってことが書かれていまして「あ~。私は、私自身で、ものの見方を狭くして自分を苦しめてしまっていたなあ」という思いになり、仕事をしながらではなく、しっかり辞めて勉強したいなあと思ったのが文化人類学という学問でした。その中で出会った「人間の塔」というのが今日のテーマでして、「わたし」から見た「人間の塔」を通して、ことばを考えてみたいと思います。

人間の塔


 今から見て頂くのは、「人間の塔」がユネスコの無形文化遺産に立候補した際の映像です。


https://www.youtube.com/watch?v=-iSHfrmGdyo

 映像の中では、上に上っていく子供たちがヘルメットをしていませんが、今はしています。ちょっと古い映像が交じっていますね。(落下のシーンを見て、参加者からため息)私も広場で「人間の塔」に参加していた時に落下を経験して、むち打ちになったことがありますが、普通に落下もあります(質問:岩瀬さんはどこにいたんですか?)。一番、下の部分にいました(質問:上に辿りついて何秒したら成功とかってあるんですか?)よく聞こえないかもしれませんが、塔の進捗にあわせて音楽が流れていまして、一番、上の子どもが上に辿りついたら、するどい音に変わるようになっています。塔の内部に入ってしまいますと、もちろん、上を見上げることもできませんし、周りで何を言っているかもよく聞こえないわけです。だから集中力を切らさないように、進捗をメンバーに伝えるようにと音楽が伴奏してくれています。一番、上に上る子どもは上にまたがったところで片手を挙げる、そうすると上りが成功とみなされます。そして、すべてが下りてきたところで完全に成功と、点数が分かれています。映像をご覧になって、どんな印象を持たれましたか。
 (すごい世代間があって、誰かが壊れちゃったら終わりだから、すごい集中力だなと)上に上る子は小さい子で7歳くらいから、下にいるお年寄りは私がお会いした方ですと77歳がいらっしゃいました。実際、練習場でも、塔を組む際も歩くのがおぼつかなかったり、時間がかかったりするんですが、決して来るなとは言わないですし、年配の男性も女性もいらっしゃいますし、上に上る男の子、女の子もいます。全員が上るのかと言うと、そうではなくて、例えばこうしてお祭りで塔を作る時には貴重品を管理したりしなければいけませんので「私はちょっと体重もあって塔を作るのは・・」という人は貴重品を管理したり、上るのがイヤであれば音楽を担当することでグループに貢献したり、グループの運営費のために、いろいろなグッズが売られていまして、例えば、Tシャツとかシールとか磁石とか、そういうものを売る仮設の売店の担当をしている方もいらっしゃいます。「みんなにポジションがある」というのが、彼らの語りによく出てくることばです。もし身近に「人間の塔」があったら、おやりになりますか。

 では、簡単にビデオの内容を含めおさらいをしますと、カタルーニャ州はフランスとアンドラ公国に接しており、スペインの北東に位置しています。スペイン語ですと、Cataluñaと表記しますが、カタルーニャ語ではCatalunyaと書きます。そのカタルーニャ語で「人間の塔」はカステイス(Castells)と呼ばれていまして、城という意味を持ちます。すでに「人間の塔」という訳語が日本語で出回っていましたので、今日もそれにならい「人間の塔」でお話を進めます。実際は6段以上を「人間の塔」と呼びまして、ひとの肩の上の上に登っていく形で塔を形成します。そして塔の高さや構造の複雑さで塔の価値を競います。昨年11月のデータですが、カタルーニャ州には91の「人間の塔」のグループがあります。いつ見られるかということですが、だいたい3月から11月、ほぼ1年中、見られるような感じですが、地域のお祭りや2年に1度の競技会、各種イベントの余興などに参加しています。ただ、週末に行われるお祭りなどだけに集まっているのではなく週に2~3回、仕事終わりに集まって専用の練習場で塔をつくる練習をしています。1992年のバルセロナオリンピックの開会式に登場したり、2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されました。先ほど、見ていたビデオはそのユネスコへの申請に際し作られた映像です。この「人間の塔」には「伝統的地域」と呼ばれる歴史的に「人間の塔」が盛んな地域があります。首都バルセロナがだいたいカタルーニャ州の中央の海沿いにありますが、そこから車で1時間ちょっとのところにあるバイスというところが「人間の塔」のグループが最初にできた地とされています。そのバイスと、タラゴナ、ビラフランカ・ダル・パナデースという3カ所のまちを結ぶと三角形になることから「人間の塔」の三角形と言われたり、海沿いの「人間の塔」が盛んな地域を指して「人間の塔」の「伝統的地域」と言ったりします。私が調査したのは、この地図で赤く印のある「伝統的地域」に加え、新しくこの活動に加わった青丸がついている「非伝統的地域」です。これは、発刊された「人間の塔」に関する書物の冊数と現存するグループの誕生年、それに主な社会背景をまとめた表になります。1801年に、先ほどお伝えしたバイスで「人間の塔」のグループが2つ生まれたとされています。例えば、1981年以降、いっきに「人間の塔」に関する書物が増えていますが、1975年にスペインの独裁者フランコが亡くなり、民主化が進み女性の参加も公式的に促進されカタルーニャ語による書物を出版することが許された背景と重なります。また1992年にバルセロナオリンピックの開会式に登場し注目も集まりグループも増えたとされています。

 では、ここで簡単に「人間の塔」の歴史をみていきましょう。「人間の塔」は18世紀後半に最初に見られたとされるのですが、そもそも「人間の塔」の起源はカタルーニャにはなくて、南隣のバレンシア州に伝わる宗教的な踊り「バレンシア人たちの踊り」だとされています。そしてその踊りの最後に小さな塔を立てるのですが、その最後の部分だけが残ってカタルーニャに伝わっていったとされています。その「バレンシア人たちの踊り」は5段までの塔を立てるのですが、その「バレンシア人たちの踊り」と差異化するため6段以上を「人間の塔」と呼ぶようになっています。つまり「人間の塔」の起源において「バレンシア」と「カタルーニャ」の混成文化であることを克服するため、高さへの意識があったことが分かります。
 そもそも「人間の塔」は1770年の年代記においてラルボースという地で塔づくりがあったとされていまして、これが初めての「人間の塔」のメンバーもしくはグループに関する記述だとされています。最初は農民グループ対手工業者グループの争いでしたが、これが農民グループは保守派、手工業者グループは自由主義派というように、宗教的祭事から、職業的・政治的ライバル関係へ発展していったということです。現在でも、この2グループは、どちらがバイスで最初に生まれたグループかということを巡って論争を繰り広げています。
 この「人間の塔」を行っていたのは社会の最下層に位置していた人々とされており、よって農作業の閑散期とされる6月から10月までに上演され副収入を得ていたとされています。つまり「副業としての民俗芸能」という側面があります。契約に関しては1820年に最初の記述が出てきます。
 この後、「衰退期」という時期に入るのですが、ジオリによれば1890年から1926年までを4つに分類できると言います。私は修士論文において、この「衰退期」の歴史人類学的研究を試みたのですが、この「衰退期」は「伝統的地域」から見ればメンバーの移住に伴い塔が低くなったり、祭りで上演されなくなったりと「衰退期」なのですが、メンバーが移住した先の都市部、いわゆる「非伝統的地域」での実践も視野に入れてみますと決して「衰退期」と一括りにはできず、現在の「人間の塔」の要素を生み出した「転換期」であると結論づけました。この後、1926年にバイス以外で新たにグループが生まれ、「人間の塔」は復活したとされています。
 この「衰退期」のあいだに見逃せないのが「近代スポーツとの接点」です。公認の歴史では「衰退期」とされる時期に、バルセロナで、スペイン体操連盟の主催による初めてのコンクール、「人間の塔」の競技会が開かれました。参加費や賞金、ルール、表彰が初めて導入されました。ちなみに、この時は30分以内に5つの塔を作るという驚異のスピードを求められていることが分かります。
 また、1925年10月24日のアル・バンドレイの新聞には、こんな記事が出ています。「新たな若者の世代はスポーツをしている。しかし、いまだ『人間の塔』に目を奪われている様子だ。『人間の塔』がなすことは、ひとつの美しい身体表現だ。そうだろう?若いスポーツマンたちよ」と、スポーツに移っていってしまった若者に対し、嘆きの一方で「人間の塔」に内在するスポーツの側面を指摘し呼び戻そうとする声が寄せられています。この写真のように100メートル走とならんで「人間の塔」は土着のスポーツとして扱われていました。
 また、この「人間の塔」競技会は、ただのコンクールではなく1902年に行われたカタルーニャの首都バルセロナの守護聖人であるメルセの大祭という祭りの中で行われていました。ちょうどこの年、カタルーニャの自治を求めるカタルーニャ主義者率いるバルセロナ市役所がフランセスク・クンボを中心として大祭の復活を果たした年であり、「メルセー大祭をバルセロナの大祭にとどめることなく『カタルーニャの大祭』にしたかった」とし「カタルーニャ全土から祭りの要素を取り入れた」とされています。つまり、「衰退期」のこの時期に、現在に見るような「カタルーニャの伝統文化」として初めて「人間の塔」が利用されたと言えます。
 1936年、スペインでは第二共和政に対して陸軍がクーデターを起こしたことを引き金とし3年にも及ぶ市民戦争、つまりスペイン内戦が繰り広げられました。その後のフランコ将軍による独裁政治では、1つの町に1つの「人間の塔」のグループしか認められず、バイスに2つあったライバルグループが1つに統合された時期がありました。ただ、不思議なことにフランコは「人間の塔」を廃止することはせず、独裁政権のあいだも続けられていました。そして少しずつグループも増えていきました。
 その独裁政権時代に関して、1947年に契約が発生していたという書類が発見されていますが、これらの「契約」により、依頼する側の望む塔や場での参加が義務づけられ「人間の塔」のメンバーの身体が管理されるようになったと位置づけられます。そして、今までは仲間内でやっていたものが、「見せるもの」、「見られるもの」といった要素が強まっていったと言えます。その後、マスメディア等による身体の演出や言説の変容、練習の増加で結果予測の向上などがもたらされます。
 また1番伝統があるとされるグループ「ベーリャ」の歴史を紐解きますと、「人間の塔」の世界における初物と言いますか、ユニークな出来事が見えてきます。例えば、ベリャが初めて海外遠征したのは1958年のブリュッセルでした。1968年には自分たちでお金を出しあってメンバーのための共同住宅を建設したり、1970年には合法化された団体に変わったりします。民主化以降、「人間の塔」のグループとして初めての試みとしては1979年の常設練習場の建設、1990年、グループ所有の共同墓地設置が挙げられます。メンバーのなかで共同墓地に入りたいひとは自由に入れます。

 私が調査をしていてひとつ面白いなあと思うのは、この練習場なんですね。この常設練習場がどこも本当にユニークで、ありあわせのものをやりくりして作っていて非常に興味深いです。例えば、日本ですと、前に立っていた建物をきれいに壊してしまい豪華で立派な建物を作りそうですが、「人間の塔」のグループの練習場はとっても特徴的です。例えば、この写真は「ベリャ」の練習場です。奥に見えるものが何か分かりますか。バスケットボールのリングです。このリングを設けることで市の「スポーツ予算」をもらえ建設することができたそうです。例え、バスケットボールをしなくても、塔をつくるのに支障はありませんからね。続いて、この下にある2枚目の写真ですが、現在、最も強豪とされる「ビラフランカ」というグループの練習場です。この建物は元、何だか分かりますか。スペインという土地柄といいますか、お酒を飲まれる方はイメージされやすいかもしれませんが(一同、考え込む。酒蔵ですか)。これは、使われなくなったワイン工場です。そのワイン工場が使われなくなったので、みんなでお金を出し合って購入し、今でもローンを払っています。雨風をしのげ天井も高いので「人間の塔」の練習には、もってこいです。
 代わって、この写真はいかがでしょうか。このグループは屋外で練習しています。スペインの建物は、よく建物の中に中庭を設ける作りになっていますが、このグループはお金もないから中庭でと言って、中庭で練習しています。雨の時はどうするかと言うと、近くに屋根のある公園がありますので、そこにみんなで傘をさしていって練習しています。このグループは、少しでも足に掛かる衝撃を減らそうとゴムマットを引いて練習しています。この右側の写真は、何を再利用しているか想像つくのではないでしょうか(おそるおそる挙がる手・・・「何でしょうか」。「教会ですか。このアーチは・・・」)。そうです。その通りです。使われなくなった教会をお祓いし、現在は「人間の塔」の練習場として使っています。教会は天井が高いですので「人間の塔」にはもってこいと言えます。中は何も変わっていないそうです。相当、くもの巣も張って汚かったそうですが、みんなで集まって、手分けして掃除して、ペンキ塗りして、なんとか使える状態に持っていったということでした。

練習場

 実際、この写真が人が入ったときの風景になります。コンクールが近いときなどは練習が夜の10時に始まって終わるのが深夜2時なんてこともあります。その間、塔をつくる以外は何をしているかというと、親しい人たちと話しています。そして「8段を作りますよ」と言われると、ぞろぞろぞろぞろといった感じでゆっくり行動して塔を組むという感じです。

 続いて、これが、塔のそれぞれのポジションの名前です。高い塔を作る時には1番下の人がたくさんいる層の上に、さらに「フォッラ」とよばれる層、さらに3段目には「マニリャ」と呼ばれる層を作り、塔を外から支える役目をします。上から3段は小さな子どもが占めます。私が参加しているのは、この1番下のピーニャと呼ばれる部分です。

ポジション

 では、どうやってポジションを決めているのかということなのですが、マグネットを用いて塔のメンバー表ならぬ作戦板を用いているグループもあります。この写真は1番下のピーニャのアップの写真ですが、このメンバーを決めるときが、私から見るとものすごくアナログと言いますか、面白くてですね。肩に手を載せて、「うん、少し、背が高いな」とか「少し肩の位置が違うな」という感じで、ひとを選別していきます。広場でも、そのメンバーを探すのに「〇〇」と大声でそのひとを呼んで探していることもあります。時には肝心のメンバーが遅れてきたりして、作ろうとしていた塔が作れないなんてこともあるそうです。私が参加していた期間には、さすがにその事例はありませんでしたが、例えば、夏の暑い日などは、近くのバー、つまり居酒屋で一杯ひっかけて参加するひともいて、よく探されています。

 「人間の塔」はこの後、民主化を経て、男性より体重の軽い女性の加入が公式的に見られるようになったことで高くなっていったと言われています。1998年には前人未到の10段が完成されました。1人あたり1メートル50センチの身長としても、ざっと15メートルになりますので、どれだけ高い塔かを想像して頂けると思います。またマスメディアによるランキングも始まり、「人間の塔」のスポーツ化に拍車がかかったと言われています。週末のお祭りが終わりますと、あのグループが8段を作ったから何点加算という形でランキングが出され、サッカーのランキングを見るように、市民はこの「人間の塔」のランキングを週明けに目にします。

 少し前に戻りますが、1982年にはアルゼンチンで海外初の「人間の塔」が誕生しまして、現在ではメキシコ、チリ、ブラジル、カナダ、中国にもグループが生まれています。2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されました。

 先ほどカタルーニャには91グループあるとお伝えしましたが、それらがバラバラで行動しているかというとそうではなくて1989年に、この「人間の塔」のグループをまとめるコーディネーターという組織が設立されまして、グループ全体の興味・関心への対応、例えば、ヘルメットの一括注文や放送権の管理などを手掛けています。またカタルーニャ州の自治政府からの助成金も投入され、メンバー全員に傷害保険が掛けられています。例えば、みなさんが祭りの途中に飛び入りで塔づくりに参加することもできるのですが、もしそこで何かあったら、その保険の中でタダで手当てを受けることができます。私も祭りのなかで上から人が落ちてきて、むち打ちを経験したときにも「保険があるから安心して!そこに救急車があるから診てもらおうか。大丈夫か」と言われました。また「人間の塔」の社会的価値をグループの代表が集まって相談し、ことばにし、それをマスメディアを通して発表することもしています。
 2009年には、やはりこのコーディネーターが先導したのですが「みんなが1つのチームだ」という政策が実施されました。年齢、職業、性別、国籍、宗教問わず、「人間の塔」を用いて社会統合を進めようとする政策です。移民の多いカタルーニャでは、少しでも早くカタルーニャ社会に溶け込んでもらおうと、この「人間の塔」を政治的道具としても利用しています。
 ジオリによりますと、1975年のフランコ将軍の死後、「人間の塔」とカタルーニャの自治を主張する「カタルーニャ主義」の結び付きが強まったとされていますが、この写真を見てもお分かりのように2010年から、より熱を帯び始めたカタルーニャの独立運動においても「カタルーニャの象徴」として「人間の塔」が用いられています。2014年の昨年は、カタルーニャがスペイン継承戦争に敗れ、スペインの傘下に入った、カタルーニャにとっての歴史的敗北の年からちょうど300年の節目ということで、大きなデモが行われました。さまざまなイベントに「人間の塔」が登場しました。

「カタルーニャの象徴」として「人間の塔」

 その独立問題ですが、昨年11月9日に「カタルーニャ市民の民意をはかるアンケート」という法的拘束力をもたない形で4万人を超えるボランティアのもと、アンケートが実施されました。カタルーニャ州全市町村の99,7%にあたるところが投票所になり、東京を含む国外19カ所にも投票箱が設けられました。有権者はカタルーニャ州に暮らす約540万人で、16歳以上のスペイン国籍をもつ住民、1年以上居住のEU住民、3年以上居住のEU以外の住民とされました。結果ですが、まず、540万人のうち230万人を超えるひとが投票しました。質問は2つあり、1つ目が「カタルーニャが国(nation)であることを望むか」、そして「はい」と答えたひとは2問目で「独立を望むか」と問われました。1問目、2問目ともに「はい」と答えたのが全体の80,76%、「国であることを望むが、独立は望まない」としたのが10,07%、「はい」そして2問目は無回答とした人が0,97%という結果でした。投票に出向いたひとのうち「カタルーニャが国であることを望むか」に対し「いいえ」と答えたのが4,54%という結果でした。これは2012年の独立を訴えるデモの写真で、緑のシャツを着たひとたちが「人間の塔」を作っているのが見えると思います。こうして「人間の塔」は近年「カタルーニャの象徴」として扱われています。これまで「人間の塔」は政治というものから一線を画していたのですが、今回に関しては独立を支持するということをいち早く、一番の強豪グループが宣言しました。
 こうして「カタルーニャの象徴」とされる「人間の塔」ですが、一方で、若い人が集まるグループはと言いますと、やはり活動資金が必要ですので、それを稼ごうとヌードによるカレンダーを作って販売したりと楽しんでいる人たちもいます。

 この「人間の塔」には4つのモットーがあると言われています。1867年、詩人のジュゼップ・アンセルム・クラベがつくった「バイスのこどもたち」のなかに、「人間の塔」を表す4つの言葉がでてきます。それが、力(Força)、バランス(equilibri)、勇気(valor)、冷静さ(seny)です。このうち冷静さを表すセニ(seny)は、カタルーニャ語にはあって、スペイン語にはない単語で、カタルーニャ人をよく表す美徳であると、カタルーニャ語の辞書にも出てきます。そこで「人間の塔」のメンバーに、このセニをスペイン語のどの単語に置き換えられるか聞いたところ、実にいろいろな単語で返答がありました。この9つの単語以外に「カタルーニャ人にはあって、スペイン人にはないもの」であるとか「例えば、(「人間の塔」の)塔が倒れそうだったら無理して上らないこと」といったように、ひとつの単語で言い表すのが難しいひとは、想像される具体的な状況でセニを説明してくれました。
 こうして対外的には、この4つのモットーがユネスコの無形文化遺産登録の際にも使われ、マスメディアでも流布されています。しかし、私は、そこには表れてこないローカルな価値として、「そこにいること」というのが人びとのあいだで重要視されていると考えています。というのは、より高く複雑な塔を立てるためには「いつものメンバー」を支える、より強固な基礎部分、具体的には1番下に人がいっぱいいるところを「ピーニャ」と呼びますが、このピーニャが必要になります。よくメンバーの口からは「誰ひとり不要な人はいない」と聞かれるのですが、このことばが模範的かつ教育的な価値を生み、決してひとを排除するのではなくて、例え、ことばが通じなくても、より多くの人びとの包摂を可能にしていると考えています。ある人は「人間の塔」は社会の鏡だと説明してくれました。実際、「人間の塔」の1番上には子ども1人ですが、それを支えるには塔の下にたくさんの人がいて、またその見えない塔のなかにもたくさんの人がいてといったように、それが私たちの社会と同じであると説明してくれる人がいました。つまり、代替可能な金銭よりも代替不可能な存在、実体、経験を重視する側面を打ち出していると言えます。

 今日は、まず冒頭に「ことば」を用いないゲームを行い、不自由であることを通して、私たちは気づかぬうちに「ことば」に頼った生活をしていることを感じて頂けたかと思います。続いて、今度は「ことば」を用いた問題を解きましたが、ここでも私たちは、その「ことば」によって、さまざまな価値づけを知らず知らずのうちにしている例を見ました。今日の場合は「市長」と言うと、ここにいらっしゃる皆さんが、おひとりを除いて全て「男性」を思い浮かべてしまったことで、正解を導き出せませんでした。さらに私が今日、お話をさせて頂いた「人間の塔」にも、その価値を言い表す4つのモットー、代表的な「ことば」がありました。その中のセニはカタルーニャ人の美徳を表す誇らしいものであると語られていますが、実際に、それをカタルーニャ語とは異なるスペイン語で説明してもらうと、人それぞれの単語や認識でセニを捉えていることが分かりました。つまり同じ「ことば」で語っていても、その中身は意外にも異なっているという事例です。ですので、私は今日のことば村でのお話でも、「ことば」のそのような重層的な側面をお伝えしたいと考えました。私たちは「ことば」に頼って生活している。そしてその「ことば」たちは、さまざまな偏見や価値づけを担っていて、その「ことば」を通して私たちは、いろいろな世界を見、語っている。しかし、例え、同じ「ことば」を使って語っていても、その意図するところやその「ことば」を用いた世界の見え方は異なる。これが今日のまとめとなります。ご清聴ありがとうございました。もし、何かありましたらご感想含めてお聞かせ頂ければ、ありがたいです。


質疑応答

A:下にいる人たちはどんな役目なんでしょうか。何かしているんですか。
岩瀬:落ちたときの衝撃を和らげるクッションの役目です。前の人とくっついて隙間を作らないようにしています。塔によって組み方は異なるんですが、その基礎が広がらないように外から押す役目のひともいます。また、その基礎の周りを回って、「ちょっとここ人が足りないから、ここに移動して」と指示をするひともいます。

B:密度が高いのはピーニャだけですか。民族性というか、こんなに身体がくっついていると息がつまりそうですよね?
岩瀬:そうですね。高い塔を作るときには、このピーニャの上にさらに2段目、3段目と人数の多い基礎をかぶせます。実際は、この見えないピーニャの中に、背の低い女性が入っていまして、男性の脇の下を自分の肩で押して支える人もいます。
B:こんなに密度が濃いと日本人はあまり密着できないというか、体臭も分かっちゃうし。
岩瀬:そうですね。私も最初は「汗臭い!」と思ったり、その汗でぬるっとしたりでイヤだなと思ったり、知らないおじさんの顔がすぐとなりにあって違和感もありましたが、外からぐいぐい押されるんですね。さらに、練習に参加していくにつれて、やはり、くっついていないと危険だというのが自分でもわかっていくので密着できるようになっていきます。さらに不思議なことに、以前は危険だと思っていたのが、だんだん「危険ではないんじゃないか」と思ってくるんですね、これは何なのだろうと思っています。実際、ピーニャのなかに背の低い女性が入っていて、男性の脇の下を下から支えています。中は真っ暗ですし、声も聞こえませんから、今、塔がどのくらいの位置まで進んでいるかを知らせるために、伴奏の音楽があって、その音楽を聞くことで進捗を把握しています。

C:この1番下の部分は、肩車のようになるんですか。それとも、肩の上に足を載せるんですか。
岩瀬:肩の上に足が乗ります。組んでいる手の部分は外します。面白いなと思うのは襟つきのワイシャツを着ているのですが、襟の部分を口にくわえるんですね。そうすると、シャツがずれることがないんだそうです。よく見ると襟のはしを噛んでいる人がいます。襟も使いようだなと思ったりします。黒の腰巻ですが、腰を守るためと、もうひとつは、上るときの「はしご」の役目です。中心に近く下にいる人ほど支える重さは多くなりますので、腰巻の長さも長いです。それに比べ上の人はそこまで多くないですので腰巻は下の人に比べると短いです。
 ですので、祭りのときに腰巻を持って歩いて広場に集まってくるのですが、持っている腰巻の長さによって「あ、このひとは下の人だな」とか「あ、この人は上の人だな」ということが、だいたい見当がつくようになります。
 私が調査をしているグループには、その市の市長さんが参加しているんですね。ある時、メンバーが私のとこに寄ってきて「あの人、知ってる?」って聞くんです。私、その時、市長さんにお会いしたことがなかったので「いいえ」と言うと、「市長さんだよ。普段、市長さんの上に汚い裸足の足で乗れると思うか、チャンスだよ」ってニヤニヤして言うんですね。要は、「人間の塔」は偉いもなにも関係ない、みんな一緒だということを言いたかったらしいのですけどね。市長さんに「大丈夫なんですか。もう1グループ、ライバルチームがあるのに、こっちに参加して」と伺いますと「大丈夫。これは私の趣味の時間で参加していることだから」と話していました。実際、助成金は両グループ均等に分けられているそうです。この体育館を見て頂いて分かるように壁面には、歴代のすばらしい塔を収めた大きな写真がたくさん飾られているんですね。年配の方が私を呼びとめて「あのときのあの塔に私が上っていたんだ。わかるか。あそこだよ」と教えてくれるんですが、あまりにも小さくしか写っていないので、私にとっては「どこにいるんだろう」って感じなんですが、彼らには、自分がこの時、どこにいたということが分かっていますから誇らしげに話してくれます。こうした過去の写真もグループへの帰属意識を高める役目を担っていると言えます。

C:「人間の塔」の起源が18世紀っておっしゃっていましたが、その起源の踊りが宗教的だったということですが、それが農耕儀礼だったとかっていう研究はあるんですか。
岩瀬:起源の踊りが農耕儀礼だったかどうかというのは、すみません。まだ調査できていません。ただ、ちょうど農業の閑散期に行われていたというのは分かっています。

C:この「バレンシア人たちの踊り」っていうのが5段くらいまでで、これは今でもやっている人がいるんですか。
岩瀬:はい。やっています。ただ、塔の高さは競いません。実際、「人間の塔」に宗教色がなくなったかと言いますと形骸化しているのですが、例えば、守護聖人をまつるお祭りの行列で、その守護聖人を先頭にして、そのあとに伝統芸能のグループが歩くんですね。その中に「人間の塔」のグループも交じっていて一見、宗教と関係があるように見えるのですが、歩いている人のなかにはよく分からずに交じっているひともいます。もちろん起源も知らないひとがいると思います。

D:これは塔っていうくらいだから、心身技法というか、まあ、心はいいとしても、いわゆる身体技法として特別なものがありますよね。ほかにも例があるのかしら。
岩瀬:日本の組体操のように四つん這いになり背中に乗っていくものはカタルーニャにも似たものがあります。ファルコンという名です。それとは別で「人間の塔」があるんですが、そのファルコンは「人間の塔」の起源と異なる起源を持っています。「人間の塔」は「バレンシア人たちの踊り」の最後の部分の塔だけが残り、高さを求めていったとされていますので、踊りとも組体操とも異なる技法を備えています。
D:その身体的な面からの研究ってのはあるんですかね?
岩瀬:いえ、ないですね。
D:すると、手のつけようがないというか難しいでしょ?
岩瀬:そうですね。「人間の塔」がスポーツか文化かというアンケートがあって、「スポーツではなく文化だ」という答えが多かったんですけど、やっている人のあいだでも「人間の塔」の科学的調査が進んでいないことは危惧されています。
D:なかなか、それは面白そうだね。伝統芸能かスポーツかって、日本でもあると思うんだけどね。
岩瀬:そうですね。私が思うに「人間の塔」はスポーツ化はしていると思うのですが、スポーツになることを阻んでいるのが、まさに先ほど、結論でも触れました「そこにいること」の価値だと考えています。スポーツですとルールがあって人数も揃えないとダメですよね。5対5とか、11対11とか。時間とか。「人間の塔」には人数の制限がないんですね。では、どういうことが起こるかというと、やはり人数が多い方が有利になります。5人でやるより20人でやる方が高い塔が作れますしね。ですので、そこがスポーツになることを阻んでいる点であり、みんなを包摂する鍵になっていると思っています。

C:スポーツってのは、やはり見るひとと見られる人とある程度、明確に分けられますよね?選手と観客とっていう感じで。これをお聞きしていると全員が参加してみんなで何かを創り上げる、それが共同体の結び付きを強めるという感じなんですかね~。
岩瀬:う~、そうですね。そうは言われているんですが、やっている人たちはそこまでは考えていなかったりするんですけどね(笑)。やはりそれを言うのは研究者やメディアであったりで「これが私たちをつなげるものだ」って言うんですけどね。
C:そういう「私たちをつなげるものだ」という言説は、先ほどの「プラチナ期」とか歴史を語る用語にも言えると思うんですけど、やはりメディアの人たちとかが言うんですか。
岩瀬:「人間の塔」にはバイブルと呼ばれる本があります。今日、お持ちしようかとも思ったのですが2冊あわせて1600ページを越える重い本で断念してしまったんですが(苦笑)、先ほどお伝えした「人間の塔」の中心地であるバイスの写真家であり歴史家であるひとが率いて、昔の新聞などを集めて歴史を再構築した本なんですね。それをもとに「プラチナ期」とか「衰退期」と語られています。私の修士論文では、その「衰退期」というものを取り上げました。そして、バイスでは衰退していたけれども、ちょうどその時期、その伝統的地域からバルセロナなどの都市部へ移民が出て、そこで新たな活動を始め、現在の「人間の塔」の要素を形作る基礎を作った「転換期」であるという歴史人類学的論文を書きました。まだ私が行ったのは歴史の一部でして、まだまだ研究が進んでいないと言いますか、頑張りどころだと思っています。ただ、そのバイブルだけが歴史かと言うと、そうではありませんで、現在では、各グループがそれぞれ年代記みたいなものを残しています。フランスで調査をされている先輩によりますと、ヨーロッパはとにかく資料が多いと。本来は各グループの資料を全部集めて研究しなければいけないのですが、なにせ私が現在、調査を行っているグループでも200年の歴史があるとされているんですね。それぞれが「私たちにとっての人間の塔」みたいなものを残しています。それとは別に毎年、年報も残しているんですね。ですので、正史といいますか、「これが人間の塔の歴史だ」というもの以外にも「これが私たちの歴史だ」というものを書き残しています。
C:じゃ、昔から「人間の塔」をやっていた1人1人の名前とかも残っていたりするんですか。
岩瀬:いや、そこまでではないんですが、私と同じ1番古いとされるグループを調査している歴史専攻の博士の方が、昨年、初めて、歴史に関するいわゆる論文というものを提出されました。その方は、昔の資料を集めてきて「この時にはパコがいたとか、アントニがいた」とか歴史を再構築し、「この時には、このメンバーで何段の塔をつくった」というような博論を書かれました。ちょうどフランコ時代の「人間の塔」を取り上げたんですが、ひとつの町にひとつにグループしか認められませんでしたので、そこでどういうもめごとがあったとかも書かれました。

E:どうしても、できあげるところに目が行きがちなんですけど、NHKの映像を見てると結構、塔が壊れていて、その壊れ方がものすごいきれいだなという印象を持ったんですね。私だったら、崩れそうになったら逃げだすと思うんですけど、実際、1番下のひとはそれをどうやって感知するんですか。
岩瀬:実際、高い塔に挑戦する際、1度できれいに1番下の層が組み上がることってないんですね。とても慎重に基礎を作っていきます。実際は自分の右側の押しが足りないなと思ったら、口伝えに「もう少し、右を押して」みたいなことが伝わってきます。いざ、塔に上りましょうという段階になって、基礎の組み方が変だなと思ったら、上るのをやめます。登らないです。それが彼らのいうセニでして、上らないことも認められています。試技と言われるんですが、音楽が鳴る前であれば、塔を作ったとみなされませんので、とても慎重に組み直されます。
E:崩れる練習はするんですか。
岩瀬:それはしないんですが、一応、一番下がクッションの役目となっています。
E:じゃ、1番危険な衝撃を緩める組み方をしているということですか。
岩瀬:そうですね。むしろ、危険を感知したら無理に上らないというのが根底にあります。塔に上らないのは、塔が危険な状態のときだけではなくて、子どもが上に上って、その高さに「こわい」って思ったときにも上らず下りてきちゃいます。
D:ということは、さっきの身体技法とも関係があるんですが、崩れたときの練習をするというのではなく、自動的にああいう落ち方をするような組み方になっているってことですかね?
岩瀬:実際、あの基礎で受け止められず、落ちてしまう人もいます。きれいな落ち方ばかりではありません。ですので、お祭りのときには必ず救急車がありまして、崩れたときには誰かしらが痛めていますので、そのままタンカーで運ばれていくという流れです。中には練習でも本番と同じ塔を作るグループもいるんですが、私が調査でお世話になっている伝統的と言われるグループは、練習場の高さがあまりないということもあるのですが、本番と同じ高さの塔は練習では作りません。最もチャレンジするのが大抵、8段以上の難易度の高い塔ばかりだからですが「(本番と同じ塔をつくるのは)危険だから、それは『人間の塔』ではない」という言い方をします。本番での出たとこ勝負です。

C:塔を組むにあたって監督さんみたいな人はいらっしゃるんですか。
岩瀬:はい。キャプテンと呼ばれる人がいます。下から「〇〇、のぼれ~」とかって言っています。
C:じゃ、その人は輪のなかには入っていない?
岩瀬:いえ、入っているグループもあれば、入らず、外から指示を与えるときもあります。さらに、1番下の部分と見えている幹の部分、そして、子どもが位置する上から3段の部分と、それぞれに練習があって、それぞれの責任者と言いますか、キャプテンがその部分については把握している状態です。

F:常設の監督、コーチはいるんですか。それともイベントごとに中心になる監督・コーチがいるんですか。
岩瀬:いえ、ずっといます。イベントによって変わることはありません。グループ内の選挙でキャプテンを決めるのですが、私が調査しているグループでは、キャプテン自らが辞めるというまでは続けるそうです。キャプテンは自分の配下におく副キャプテンのような役割の、ポジションごとのキャンプテンを同様に指名していて、「私はこのメンバーでグループを指揮します。どうですか」といった形で他のメンバー全員の意志を仰ぐそうです。よくスポーツでも監督が通訳を連れてきたり、プロ野球でも監督が投手コーチを連れてきたりと、監督の意向をよく知っているひとを側において移籍したりすると思うのですが、それと同様です。
C:よくスポーツだと成績が悪いと途中で辞めさせられたりってあると思うんですが、そういうことはあるんですか。
岩瀬:いえ、シーズン途中で辞めるというのは聞いたことがありませんが、キャンプテン本人が辞めるといったら、それは尊重されるそうです。バイスの伝統的グループ、私が調査しているグループのライバルチームなんですが過去に女性のキャプテンが1人いて、成績が振るわなかったのですが、その時も「女性だからダメなんだ」などと言われて辛い思いをしたと聞いたことがあります。

G:共同の家とか共同の墓地とかあって1つのファミリーみたいですよね。「人間の塔」は危険ですよね、それでも彼らを惹きつける1番の魅力は何なんでしょうね。
岩瀬:何なんでしょう?(苦笑)
F:お祭り気分なんじゃないですかね?日本でも岸和田の祭りとか危険でも、それでもその祭りに出続けるわけですよね?同じようなものがあるんじゃないですかね?
G:1度、参加するとはまってしまうって感じなんですかね。
F:これは、やらないと分からないんでしょうね。
C:一種のはしかみたいなもので・・・。
岩瀬:じゃ、これが「人間の塔」が好きかというと、別のものでも良かったりするのではないかとも思うんですね。たまたま誘われていって友達ができて・・・という人もいますし、私は2011年から調査に行っていて、その後、出産を経験して少しあいだが空いてしまったのですが、戻ってみたら人数が増えていたんですね。「あれ?どうしたのかな」と思って、数人のメンバーに聞いたら何て答えたと思いますか。全く同じ答えが返ってきて。「不景気のせいじゃないか」って言うんです。友達とそとで遊ぶにはお金が掛かりますよね?でも、ここに来れば友達に会えるわけです。以前の調査の時にはいなかった、前髪をちょっと染めているような若い人たちのグループもいたりして、一見、「カタルーニャの伝統芸能」というものをやりそうにない風貌なんです。彼女ら、彼らは昔から「人間の塔」をやっているわけではないので塔には上らないんですね。いわゆる1番下の部分、以下同文みたいな下の位置にいるんですが、それでも練習に来ているんです。規模の大きいグループでは、週末のお祭りのときはグループがお金を出してくれてバスに乗って、いろいろなお祭りに行けるわけですね。バスのなかでは友達とおしゃべりしていけますし、終わったら、そこでもてなしの食事などが出され、1日タダで過ごしてこれるわけです。そのほか、家族で参加している方もいますし、一方では「人間の塔」の家系みたいなものがあって、おじいちゃんの代からやっているという人もいます。昔は副収入として、お祭りで得たお金はそのまま、それぞれに渡されていたのですが、今では、祭りを主催する市当局などからの助成金は個人には払われないんですが、グループには入っているんですね。ですので「私は全然、お金を受け取っていないから。昔みたいに」と言うんですが、結局は税金で行われている側面があります。ただ、対外的には、グループのユニフォームであるシャツにスポンサーの名前を入れたらダメとか、塔の上に上る子どもの移籍、例えば、「あの子は上るのが上手だからって言って、ちょっと隣りの町から借りてこよう」といったことも認められていません。
C:その助成金っていうのは、それなり大きな額なんですか。
岩瀬:すみません。今日はちょっとそのお金の部分の情報を持ってきていないのですが、それなりの額でした。
C:寄付もあるんですか。
岩瀬:はい。私が調査しているグループでは実際に塔づくりに参加するメンバー以外にも、練習には行けないけど塔の運営のためにお金を出すというメンバーもいます。若い人は少し安くなっているグループもあります。会費という形で名目上はあるんですが、別に義務ではなくて払わなくてもいいそうなんですね。「君は会費を払っていないから来年から来ちゃダメだ」ということもないそうです。会費を集める人に「これ、バツがついているけど、この人、払っていないんじゃない?」と聞くと「うん、払ってない」と答えるんですが、別にそのひとを追い払うってこともないようです。
 お金は払わないけど、よく練習に来ているからという感じで相殺しているようなところもあります。
C:不景気のこれからの世界にはいいですね(笑)。
岩瀬:一応、メンバー表と言いますか、リストは持っているんですね。でも新しくメンバーになった人はそこに載っていなかったりするんです。それでもそのリストを持って祭りのときには出席を取っているんです。ですので名前が把握されているひとはいいですけど、そうでない人はチェックされないんです。そのリストで何をしているかというと、先ほど、お見せした写真にも写っていたかと思うのですが、メンバーはお揃いのシャツを着ているんですね。例えば、私が調査しているベリャというグループでは、参加率が高い人は、そのシャツをもらえて正会員になれるんですが、貢献の低いひとはそのシャツがもらえない仕組みになっているんです。シャツを渡すときは、ちょっとした儀式みたいになっていまして、練習後に「みなさん、ちょっと注目してください。正会員が生まれましたのでシャツの贈呈です」と声が掛かって、みんなの前でキャプテンや会長からシャツの贈呈が行われ拍手を受けます。そして「私、ようやくメンバーになれました」という感じで笑顔で写真に収まり、それが年報に載るというような流れで、シャツの贈呈が儀礼になっています。
C:スペインでは若い人たちの失業率が高いようですが、失業した状態で自分はお金を使わなくても、ここに行けばコミュニティ活動みたいなのはできるって感じですか。
岩瀬:(コミュニティ活動ができる)という風に、彼らは言っています。不勉強なところではあるのですが、失業保険をもらっていれば十分、稼いでいなくても食べていける、それが失業率を逆にあげているのではないかという声もあります。実際、私の友人でも失業中に世界を旅行している人がいます。そりゃ、(スペインという)国もつぶれるよって声もありますが。

C:今、子どもにスポーツをさせるのにもお金が掛かりますよね。子どものときにサッカークラブに入れるにもお金が掛かりますし。昔は逆だったのに、今は、お金がないとスポーツができないような、そういうものになっちゃって。これを聞いていると、ヨーロッパってそういう傾向ってあるんですか。
F:逆だと思うんですよね。田舎のお祭りだと、そんなことって全くないと思うんですね。家の格が決まっていて、いい家だと100万とか出したり、そうでなかったりすると5000円とかね。スポーツって考えるとそうなるかもしれないですけど、祭りと考えればね。確かに田舎の祭りでは山車を競いますしね。
岩瀬:そうですね。芸能と言いますか。私、先ほど、ルールがあるってお伝えしたんですが、それは2年に1回、行われる競技会だけのものでして、お祭りのときにはないんですね。この塔が何点という得点づけはマスメディアの裁量で行っているものでして、やっている人たちにとってはルールはないです。

F:競技性はあるんですね。カトリックの行事とは関係ないんですか。
岩瀬:あります。カトリックの暦のなかの祭りで行われますので、毎年、一緒なんですね。それがずっと続けられてきた一因なのではないかという研究もありまして、祭りの一要素として用いられています。
F:じゃ、聖・なんとかの日とかにやるってことですか。
岩瀬:はい。そうです。ただ、やっている人は毎週、教会に行くことをしていない人もいますし。
F:聖・なんとかの日のメインの行事ではないけど、それを盛り上げるための行事みたいな感じですか。
岩瀬:そうですね。ただ、これを見に人が集まるというようなメインの行事になっているところもあります。祭りの宣伝をするポスターなどにも「人間の塔」の写真が付いています。
F:聖・なんとかの日っていうのは、何の日なんですか。
岩瀬:いや、もうたくさんあります。自分のまちの守護聖人祭などです。「人間の塔」のグループがあるまちでは、メインの祭りで「人間の塔」が見られます。守護聖人を先頭に歩く行列では、一見、宗教色があるように思えるのですが、その後ろを歩く「人間の塔」のグループのメンバーのなかには、飲みながらほろ酔い気分の人もいたりします。そのほか、カタルーニャの大衆芸能グループの人たちもこの行列には参加しています。

F:「人間の塔」がまちを守るために行われたとかって起源がないんですか。
岩瀬:いや~、今度の調査で調べさせてください。
 先ほども少し触れたんですが、1902年に、バルセロナの守護聖人であるメルセの祭りでは、なんとか、この祭りを盛り上げたいというカタルーニャ主義の人びとのもと、バルセロナのお祭りの要素ではないものまでカタルーニャ中から集められ、例えば、有名な巨人人形などを招聘してですね。祝ったんですね。その中に「人間の塔」もほおり込まれた歴史があります。

F:ことば村的に行くと、カステラですよね。
岩瀬:カステラ?教えてください。
F:いやいや、ポルトガル語でカステラはカッスルでしょ?で、日本語のカステラになったのは、ポルトガルからカステラが来たときに、お城の絵が書いてあったんだけど、名前はカッスルになって。で、今、カステイスは城だっておっしゃったでしょ。そうすると「人間の塔」はカステラと関係があるのかと。
岩瀬:調べてきます。すみません。
F:いや、カッスルだったら、たぶん、そうですよ。で、文明堂がスペインのカスティージャでカステラを作ろうとしたら天候の関係でしっとりできなくて。2~30年前だったか、文明堂のひとがスペインに行ったそうですよ。ただ、ぱさぱさになってしまったそうですけど。
岩瀬:ああ、そうですか。ありがとうございます。新しいことを教えて頂きました。へえ~。

G:この地域は、カタルーニャ語を話しているんですか。
岩瀬:そうですね。基本、カタルーニャ語ですが、特に移民の多いバルセロナでは、スペイン語を話す人も多いです。標識も、まずカタルーニャ語があって、その下にスペイン語、そしてその下にあるところでは英語という感じです。カタルーニャでは、カタルーニャ語のほかにもスペイン語を習っていますので、両方、理解できますが、例えば、スペインの国営放送でカタルーニャ語が流れる時には、字幕が出ます。似ている単語もありますが、名詞やよく使う動詞などは全然、違いますね。
G:独立運動が起こるっていうのは、そのあたりの違いもあるんですかね。
岩瀬:そうですね。それを主張する人々もいますね。先ほど「人間の塔」のグループが「人間の塔」の社会的価値を発表しているとお伝えしたんですが、「人間の塔」のグループになるには、いくつか条件があるんですね。その中のひとつに、グループ名にカタルーニャ語でいう子どもたちの意味に類するものを付けるっていうのがあるんですね。その子どもたちという言い方も、地域によって本当にバリエーションがあるんですね。そうしてカタルーニャ語を守るといいますか、伝承しています。

C:先ほど、「人間の塔」では移民を受け入れているとおっしゃっていたんですけど、実際、カタルーニャ語を話せない人とか宗教の違う人も受け入れているんでしょうか。で、そういう人が入った時とかに、例えば宗教で軋轢が起こるなんてことはないんでしょうか。
岩瀬:宗教で軋轢ですか。私が調査に行っているバイスというカタルーニャの南の地域では、カタルーニャ語を話す人が多いのですが、例えば、仕事が多くあるバルセロナなどでは、やはり移民が多いですので、あえてホームページに「カタルーニャ語が話せなくてもいいですよ」ってコメントを載せて、それを売りにしているようなグループを見かけたことがあります。ただ、グループ名はカタルーニャ語にしなければいけませんので、表面的にはその違いは分かりませんが、ホームページを見ていきますと、スペイン語への配慮を行っているグループもあります。このほか、各グループが標榜するグループ作りっていうのがあるんですね。「うちは高い塔は目指さないけど、和気あいあいやりますよ」とか「家族みんなで参加できますよ」と言って、誰でも参加できるような雰囲気を作ったり、やはり、この雰囲気は自分に合わないからと言って、グループを変わる方もいます。
C:例えば、アフリカとかムスリムとかアラブ系の人が参加していることもあるんでしょうか。
岩瀬:あります。実際、私が調査しているグループではアフリカ系の方が3人いたんですが、滞在証を持っていなかったそうなんですね。そして「人間の塔」に参加して仕事をあっせんしてもらったそうです。滞在証を手にするには、雇い主が必要になりますから、その部分を紹介したり手助けしたりしたそうです。移民に限らず、スペインでは失業率が高いという話が先ほども出ましたが、この「人間の塔」に来て、そこにいる社長さんとかに私仕事を世話してもらうのに面接に行くんだという人に会ったことがありますし、塔に上るのが上手なお子さんを持つ人が仕事をなくした例があったんですが、グループにしたら、その子が抜けられたら困っちゃうわけですね。ですので「〇〇君のお母さんが仕事がないって言っているけど、何かないか」って、メンバーが立ち話をしていたりするんですね。
C:ちょっとハローワーク的な感じですね。
岩瀬:そうですね。特にお子さんが優秀だと、やはり皆さん、気を遣われますしね。やはり、最後は、子どもが高さへの恐怖も含め、それを克服して上ってくれないと、どんなに大人が頑張ってもダメなんですね。下りてきちゃいますから。ですので、「人間の塔」が行われている広場では、決して子どもたちに他のグループの様子って見せないんですね。対外的には、子どもが飽きちゃうからって言って、少し離れた場所で遊ばせていて、出番になったら、肩車や抱っこされて出ていくんですが。その子達を迎えにいく係の人も必ずいるんですね。子どもたちは、その時に来て、ぱっと集中して終わったら、また帰っていくという感じで、その役割分担がうまく出来ているなあと思いますね。
C:子どもにとっては保育所的な役割もあるんですね。
岩瀬:そうですね。さらに、学校のノートを買うお金を補助しているグループもあります。
C:奨学金って感じですね。
岩瀬:はい。あと私が調査しているグループでは年に1回、グループの子どもたちで行く遠足があって、フランスのディズニーランドに行ったり、子どもに自転車をプレゼントしたりして、なんとか子どもをつなぎとめておこうとしているところもあるんですね。特に若い人たちにとっては、ほかに楽しいこともたくさんある中で週3回、練習に集まるわけですので旨味ももたらされています。
C:そういう意味では互助組織みたいですね。
岩瀬:そうですね。お金で結ばれているようなところもありますし、ただ友達がいて、そこに行けば話せるからという人もいますし、かと思うと、歴代「人間の塔」のメンバーという地筋のひともいるんですね。そういう人は小さい時から上っていますので、大きくなると重くなっていきますので、だんだん下がっていくんですね。ですので、結構、下のほうで中心の位置にいる人は、かつて塔に上っていたという人が多いです。そういう人は上りかたを知っていますので、新しく来た人に上りかたを教えています。都市のグループですと、メンバーの身長・体重を計測しているグループもあるようです。また体育大の学生さんが多いグループで最近、急速に力をつけているところもあるようです。
C:ただ、そうなると、互助組織みたいなのが崩れる流れになってしまいますよね?
岩瀬:そうですね。ただ、それに「待った」をかけるのが、「そこにいること」の価値でして、みんなを包摂するところにあると思います。例え、仕事がなくても、「あなたが必要です」ということですね。まるごと必要としてくれると言いますか。
F:やはり祭りもそうじゃないですか。上に上るのは子どもじゃないけどとび職の人とかね。毎年、行かないと気が済まないみたいな人が大勢いるじゃないですか、三社祭みたいなね。担がせてもらっているみたいなね。
岩瀬:カタルーニャの人口は750万人強ですが、実際、「人間の塔」をやっている人は8000人くらいと言われていますので、全体の人口からみてどうかということもあると思いますしね。「人間の塔」とは関係なく通りがかりの人にアンケートを取った調査があるんですね、「あなたは参加しますか」という問いに「いいえ」が多いわけです。ですので、たまたま周りに「人間の塔」をやっていた人がいたから入ったという人もいます。
F:東京でも下町とかで地域に生きている人なんかはそういうところがありますよね。

C:さっきの話じゃないですけど、黒人を受け入れるゆとりみたいなものがあるってことですよね?
岩瀬:そうですね。ただ、そこにはひとつからくりみたいなものもあってですね。もちろん「皆さん、入ってください」という呼びかけもあるんですが、先ほど、少し触れた社会統合政策の一環にもなっているので、パイロットケースになって、移民を積極的に受け入れると、少しお金も出るようなんです。このあたりは、まだ調査しきれていないところではあるんですが。ですので、調査に来た私に対して「ほら、あそこに黒人がいるでしょ」とか「あそこに発達障がいの子がいるでしょ」といった具合にアピールしてきて、そうした人も含むのが「人間の塔」だという言い方をしてくるんですね。
C:じゃ、岩瀬さんにも入ってくださいって言って、入ると補助金が出るってことがあるんですかね?
岩瀬:いや、どうでしょう?聞いてみます。先ほどの「人間の塔」のコーディネーターには、カタルーニャ州政府からの補助金が出ているんです。ですので、ちょっとうがった見方をすれば、カタルーニャ州政府がお金を出して、それぞれのメンバーの命をつなぎとめているようなところもあります。一方で、それぞれのグループで、子どもがかぶるヘルメットを別々に注文すると高くつくわけですよね。そういった点では、グループがまとまって頼むことで安くもなりますし、組合的な要素もあります。この「人間の塔」を見ていますと「問わない」、「問い詰めない」というのが、非常に重要なように感じていまして、例えば「人間の塔」は3月から11月まで開催と、ものの本に書いてあるわけですが、このコーディネーターのなかには、祭りが1番盛んな夏に、全く活動していない大学生グループもいるんですね。ですので、活動時期も違うし、祭りにも出ない、コンクールにも出ない、だから別という風に切っってしまうのではなく、重なる部分を尊重して組み入れる形を取っています。
 先ほど、「人間の塔」は人をつなぎとめる役割があるのではないかという声があがりましたが、もちろん、この中には多くのいざこざがありまして辞める人もいますし、ケガをして半身不随で「人間の塔」から離れていらっしゃる方もいます。

C:参加する人間の数というのは増えているんですか。
岩瀬:はい、増えていると言われています。落下も近年、増えています。まあ、昔の方がずっと落下は多かったと聞くんですが。何なんですかね、この「人間の塔」って。(苦笑

E:全然、話は違うんですけど、ラヴェルが作曲したボレロっていうバレーがありますよね。そのモチーフがやっぱりソロで踊る女性の周りをたくさんの男性が取り囲んで踊るっていう、やっぱり中心に集まって集まって集まってていう、こういう形になって終わるんですね。ソロで。ラヴェルも、これをモチーフにしたのかなって。振り付けしたのが誰か・・・
C:あれは、バレエ演者のイダ・ルビンシュタインの依頼で作られたものですね。
E:やはりスペインのこういうのも参照して作ったんですかね?
C:どうでしょうね。作曲家のモーリス・ラヴェルは結構、アラブの踊りとか熱狂的なものを取り入れて作ったものなんじゃないでしょかねえ。
 この「人間の塔」は世紀末とか20世紀の小説とかアート、芸術に出てきたりってことはあるんですか。
岩瀬:はい。「人間の塔」の歴史のなかで「衰退期」と言われる1890年から1926年までのあいだ、ちょうど、この時期に、田舎の習俗だったものが移民の都市への流入にともない、演劇として使われたり、映画に登場したり、またはコーラスで歌われたりと「人間の塔」がとくに首都バルセロナに行って、裾野を広げたと言えます。
 この調査をどうやってまとめていくかというのは先生方のご指導を仰ぎながらやっていくところなんですが、本当にいろいろな側面がありまして、例えば、塔の上に上る子どもたちを世話するのは、一緒に「人間の塔」をやっているメンバーなわけですね。ですので、塔がうまく立たなくて失敗してしまった時などは、誰からともなく寄っていって肩をポンポンと叩いて「お前、次は頑張れよ」みたいな励ましをして、そして、その子の奮起に期待して、次の演技でも、またその子に塔を託し「みんなが支えているんだぞ」と励ます。すると、それを聞いた子どもは「あ~ん」と泣き出すというような場面が競技会場の隅っこで良く見られます。普通のお祭りですと、みんなが広場に集まってきて「じゃ、塔を組んでいきます」と言ってスタートしていくんですけど、競技会ですと、スポーツという気分になるのか、肩を回したり準備運動をしているんですね。私からすると、「もっとアキレス腱をきちんと伸ばせよ」って思うような適当さなんですけどね。祭りではしなくて、競技会ではストレッチをしているのには驚きましたね。要は、やっている人たちのなかにも、競うものという意識があるから、そうした準備をすると思うのですが、控室もありますのでね。

G:最初に岩瀬さんが「人間の塔」を見て、ワッと惹かれたのはどんなところですか。
岩瀬:そうですね。なぜか初めて見たときには涙がぽろぽろぽろぽろ出てきまして「これは何なんだろう」って思ったのがスタートで、何に惹かれたかというと、何なんでしょうね。包まれているような空気になって、私はずっとバスケットボールという団体競技をやってきて、みんなで一生懸命力を合わすというスポーツをやっていたせいなのか、みんなが塔を作り終えて、わ~っと盛り上がってですね。中には「集合沸騰」といって、人間の本質にはみんなで集まって沸騰、つまり盛り上がるということについて論じた研究があるんですが、私は塔づくりには参加せず見ていただけなんですが、どこか包まれているような感覚があり、これは何なんだろう、この涙はなんだろうと思ったのが始まりですね。守られているというか、その一員として認められているというようなですね。それで、やっている人たちに「人間の塔って何?」、「なんでやっているの?」と聞いても分からないんですよね。「だれだれさんがいたから」とかひとによって理由はさまざまで。いや、何でもありなんですよ。競技会のルールを祭りに適用したらいいのではないかという声もあるんですね。何時に始まって、ぱっぱっぱっと塔を作ってですね。でも、相談の結果、それはNGになったんですね。ルールは競技会だからあるんだ、ルールがないのが「人間の塔」なんだってことですね。実際、練習に参加し始めて祭りに行くと、あまり高い塔を作れないグループだとリズムが悪いんですね。こんな私でも、あまり練習に参加していない私でも、相手のグループのリズムに影響を受けるのが良く分かるんですね。ですので強いグループはあまり下手くそと言うとなんですが、あまり塔が低いグループとはいくらお金をもらってもやりたくないというのが本音としてもあるようなんです。というのは、リズムが悪いとケガをする危険性が高いんですね。うまいグループだと、さっと集まって、さっと塔を作って、さっと塔を崩してという流れで集中力が続くんですね。それに対して、あまり慣れないグループですと自分たちの番になってから「〇〇さ~ん」とメンバーを呼び始めて集めるので、もたもたしちゃんですね。だから「こういう時にケガするんだよね」とこぼしていた人がいます。おつきあいで、いろいろなまちに行くんですが、一方で、リズムによるケガのリスクを考えるようなところは、スポーツと似ているところかなとは思います。

G:では、だいたい時間になりましたので、何かほかにあれば。ないようでしたら、これで終わります。ありがとうございました。
岩瀬:すみません。ありがとうございました。

以上