地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロン

2016・5月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「メキシコに渡った日本人と日本語」


● 2016年5月21日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス南校舎451教室
● 話題提供:奥村晶子先生(東京大学大学院博士課程)


異なることば同士の接触

 奥村先生は様々なことばが接触する際に、どのように変化していくのか、同じコト・モノを指す異なる言い方がどのような社会的要因から生じるのかを研究されています。仙台のニュータウンをフィールドに、「ガ」の破裂音と鼻濁音の変化などを調査してこられましたが、同期の研究者がメキシコ出身だったことがきっかけで、メキシコへ渡った日本の移民たちの日本語に関心を持たれ、調査を開始。今日のお話は、まずメキシコ移民の歴史から始まりました。


奥村晶子先生


メキシコ移民の歴史

 メキシコはラテンアメリカの中では最初に、日本人が移民として渡っていった国。1897年の「榎本殖民団」(元外務大臣榎本武揚の主導による)を皮切りに1900年代には大規模な移民が続きました。最初は一定期間の後、日本に帰国するひとが多かったのですが、1920年以降は定住傾向となり、1930年には日本人会、県人会が盛んになり地方で日本人学校もできました。しかし1941年日米開戦後はメキシコ国内の各地から、メキシコシティーなど内陸地に集められ、資産の没収やスパイ容疑での取り調べなど過酷な状況に。戦後はそのままメキシコシティーに定住する人々が多く、現在メキシコ最大の日系人社会がここにあります。


日本語と日本文化

 日系人社会の中心は1958年設立の日墨協会。その日墨会館などで、日本の季節行事や敬老会などイベントが開かれ、書道や生け花など趣味の集まりも活発に行われています。日本語で授業を行う日本学校、日本語を教える日本語学校は日系人児童の教育に大きな役割をはたして来ました。


会場の様子


メキシコでの日本語の変異

 メキシコ日系人社会では、日本から離れた環境で、日本の各地から異なる方言を持つ人々が集まって交流するところから、「ガ」行子音の変異にも特徴がみられます。奥村先生の調査によると、メキシコで日本語を習得した二世以降の人々の間では、鼻濁音が失われ、破裂音の圧倒的使用が目立ったとのことです。

 日本語能力は二世の約半数が高いレベルを保っているものの、日本語による教育や、家庭での日本語使用が少ない若い世代ではスペイン語が日常語になっている場合が多い。その中でも、日本に対する関心・愛着が高いことを、ドキュメンタリー映像などで知ることができました。たくさんの映像や音声で現地の生の暮らしを見せていただき、日本語・日本文化の変容と持続が実感できる講演でした。

 講演の全容はyoutubeでごらんいただけます。


YouTube映像
 https://youtu.be/Dk1Q2IDx4ok(別ウィンドウが開きます)


(文責:事務局)