地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・ことばのサロン

2017・5月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「ハワイのことば―ハワイ語とピジンと英語とその他多くの継承語の世界」


● 2017年5月13日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス南校舎441教室
● 話題提供:古川敏明先生(大妻女子大学准教授)


古川敏明先生


講演要旨

 みなさん、こんにちは。ハワイ語ですとアロハ!ですね。
 今日のキーワードとしては「移民・戦争・観光・先住民・ハワイ語/ピジン」。100年以上前から、アジアやヨーロッパからの移民がたくさん渡ってきた。戦争の時期があった。そのころから今に至る観光地である。そして今まさに先住民の言語文化が注目を集めている。今こそ先住民の時代であると言えます。そのことばである、ハワイ語と移民のことばであるピジン。それらを今日ご紹介できればと思います。


自己紹介

 私は日本で生まれハワイのことは何も知らずに育ったのですが、大学生のときにたまたまハワイ日系三世の先生がいらして、それがきっかけでハワイのことば・文化を学び始め、大学院を経てハワイ大学に2004年から2011年まで留学し、帰国後日本の大学に勤務して現在に至っております。研究テーマはハワイ語あるいは「ハワイで話されていることば」です。このハワイ語のサロンは、ことば村会員のリクエストによるものだと聞いていますが、参加者のみなさんからの疑問質問にお答えしながら話していきたいと思っております。
 こちらに並べてあるのは、私をことば村に紹介してくださった、元電気通信大学の松原好次先生編集のハワイ語復活運動の本(2010年)や、私が大学から電子出版で出したエッセイ集「ハワイ語の世界」など。ご興味のあるかたはぜひご覧ください。


ハワイ関係の書籍やDVD


ハワイQuiz

 お配りしたハワイQuizをやってみましょう。15問を〇×でお答えください。(以下問題)

1.ハワイ諸島には主要な8つの島がある。
2.アメリカ合衆国には50州あるが、ハワイは最後の州となった50番目の州である。
3.ハワイの人口は約140万人で、その約8割が1つの島に集中している。
4.ハワイで最大の産業は農業である。
5.ワイキキの「ワイ」は「水」という意味である。
6.かつてハワイに存在したハワイ王国の王の名前はすべてカメハメハである。
7.ハワイで話されているハワイ語は英語の方言である。
8.ハワイで「ギリギリ」は「つむじ」を表す単語であるが、これは日本語起源である。
9.フラダンスは観光の出し物としてのみ踊られる。
10.レイというのは花の首飾りのことである。
11.ハワイに住んでいる日本人は、1960年代以降の高度経済成長期からバブル期にかけて、日本からハワイへ移り住んだ人々である。
12.真珠湾攻撃の犠牲者を悼むアリゾナ記念館はアメリカ人にとって平和を祈念するモニュメントである。
13.パンケーキ、ロコモコ、プレートランチ、スパムスビ、マイタイはすべてハワイ先住民の伝統的な食事が元になっている。
14.ハワイでアロハシャツは正装(フォーマルな服装)である。
15.ハワイのアルファベット表記はHawaiʻiであり、「ハワイッイ」あるいは「ハヴァイッイ」と発音される。


Quizの回答と解説

1.は〇です。
西からニイハウ島、カウアイ島、オアフ島、モロカイ島、ラナイ島、カホオラヴェ島、マウイ島、ハワイ島。これら主要な島の北西の方向にたくさんの島々が分布していますが、オバマ政権時代に国立公園になって自然が保護されています。ご存知でしょうが、オバマさんは中高生の時代をハワイで過ごしていますので、周辺の環境保護に関心が高かったようです。
2.は〇です。
1959年に準州から州に昇格しました。これ以降、アメリカ本土からたくさんのアメリカ人が来ました。
3.は〇です。
面積としては香川県くらいのオアフ島に8割の人口が集中、人口過密状態です。
4.は×です。
最大の産業は観光です。1960年ごろの映画「ブルーハワイ」で、プレスリー演じる主人公は、兵役から帰って家業のフルーツ農園を継がずに旅行会社に入りますが、ちょうどハワイが準州に昇格した時代背景が分かります。第二の産業は軍事産業。基地で多くの雇用が生まれています。家賃が全州でもトップクラスという物価が高いところなので、二つ三つの職業を掛け持ちしているひとも多いです。
5.は〇です。
ワイキキは正確にはワイキーキーと伸ばします。キーは「湧き出る」、ワイ=水が湧き出るところ、もともとは湿地帯です。ワイがつく地名はたくさんあり、先住民にとって水がとても大切だったことが表れています。
6.は×です。
昔、“南の島の大王は、その名も偉大なハメハメハ”という歌がNHKで流れていましたね。カメハメハは二世から五世までいますが、そのあとは違う名前です。
7.は×です。
ハワイ語は全く別の言語です。英語はインド・ヨーロッパ語族、ハワイ語はオーストロネシア語族です。オーストロは南、ネシアは島という意味で、この語族はインド・ヨーロッパ語族に次いで広い地域、ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアを含むオセアニアに分布しています。ハワイ語はどこから来たのか。(参加者:台湾!)おっしゃる通り、台湾という説が有力です。台湾先住民のひとつが南下していった。タヒチにたどり着き、そこからニュージーランドへ行ったグループ。東に行ってイースター島へ行ったグループ。さらに北上してハワイにたどり着いたグループ。ということで、タヒチはポリネシア文化の出発点なのです。さらに西に移動していった人々もいて、彼らはマダガスカルへ到達しています。
タヒチはハワイの神話ではカヒキと呼ばれ、そこから先祖が来たとされています。神話だけでなく、現在はハワイ先住民とタヒチ先住民の間で交流が行われていて、ポリネシア文化の結束を強めようとしています。ポリネシアの少女が主人公のディズニーの最新アニメ「モアナと伝説の海」でも、先祖は島々を渡ってやってきたことになっています。
8.は〇です。
広島、山口、鳥取、島根のあたり、40歳以上の方だと、ギリとかギリギリでつむじを表します。ハワイにはかつて広島、山口などからたくさんの移民が行ったので、そのことばの名残があるということです。しかも、ハワイの現地の人が民族的背景にかかわらずこのことばを使っています。英語のボキャブラリーのひとつになっていて、それが日本語起源だとは思ってもいません。
9.は×です。
フラダンスは大切な伝統文化として踊られ、競技会もあります。西欧人が入ってきたときは肌をみせるみだらな踊りとして抑圧されましたが、19世紀に文化の復興運動がおこり、フラダンスもその一環として現在も踊られています。
10.は×です。
花だけでなく、貝や木の実、動物の歯や骨、リボンなど素材はさまざま。足用、手首用、頭用などもあります。
11.は×です。
1868年(明治元年)に最初の移民が渡り、彼らは元年者と呼ばれます。100年以上前に山口県や広島県から大量に移民が行っています。工藤夕貴さん主演の映画「ピクチャーブライド」で描かれたように、砂糖やコーヒーの農園に働きに来た日系男性移民は、日本にいる女性と写真でお見合いをして結婚しました。20世紀初頭に約2万人の女性が、「写真花嫁」として沖縄や韓国人も含めてハワイに渡りました。
12.は、私の答えは×です。
日本の真珠湾攻撃で、戦艦アリゾナを含む多くの船が沈み、1000人以上の若者がともに沈んで亡くなった。現在、そのアリゾナは沈んだままで、その上に船に浮かんだ「アリゾナ記念館」があり、犠牲者の名前一覧などが表示されています。そこを訪れるアメリカ人は、こういうことが無いように、国防をきちんとしなくてはならないと、考える。平和がいいとも思うかもしれませんが、まず安全保障を考える。日米の歴史認識の差が表れているように感じました。
13.は×です。
スパムスビのムスビはおむすび、ですよね。ここにも日本語の名残がありますね。スパムはスパムというカンヅメの肉製品です。プレートランチは一皿にいろんなものが乗っている料理ですが、日本、韓国、中国、フィリピン、ポルトガルやノルウェーなどさまざまな出自の移民が農園で食事どきに、それぞれのメニューを交換する、そういう形で一皿にさまざまな料理を乗せて食べたのがもとになっています。ハワイの混ざった文化を象徴するものとして語られますね。
14.は〇です。
アロハシャツで結婚式、お葬式に出ます。女性はムームーですね。
15.は〇です。
Hawaiʻiの ʻ は、オキナと呼ばれる記号で、声門閉鎖音を表しています。ハワイ語では重要な音で、これの有る無しで意味が変わります。

 クイズは言語からの出題だけではありませんでしたが、ハワイの言語について、私が大事だと思うのは、ハワイ語しか見ない人は多いし、あるいは英語を通してしかハワイを見ない人も多い。しかし、先住民のハワイ語、アメリカのことば・英語、それからピジンなどさまざまな言語があるところとしてハワイを見ていくと、その社会がよくわかるのではないかということです。また、クイズに歴史や文化を含めたように、ことばの側面だけで見ると、やはりハワイの世界を知るには狭いかと思います。歴史を押さえたうえで今のハワイ語がある。

 最近の大きなニュースですが、ホノルル空港の名前が変わってダニエル K イノウエ国際空港になりました。ダニエル K イノウエは日系二世です。真珠湾攻撃が起こり、ハワイやアメリカ西海岸に住んでいた日系人は収容所に収監されました。ただし、ハワイの日系人は多数だったので、全部を収監しきれない。そこで教員や僧侶、牧師などリーダー格だけが収監された。そんな状況を打開すべく、日系の若者が志願してアメリカ軍に入り、日系人を中心とする第442連隊や第100大隊が編制され、ヨーロッパの危険な戦線に送られますが、その中のひとりだったダニエル K イノウエは軍功を立てて、戦後弁護士を経て議員になります。オバマ大統領時代、副大統領に次ぐ地位まで上りつめました。ミドルネームのKはケンです。アメリカで生まれたのでアメリカ国籍と日本国籍の両方を持っていました。このようにアメリカ国籍を持つ日系人も強制収容された。それについて1980年代と1990年代に、アメリカ大統領が謝罪をしています。


会場の様子


ハワイ語の復興

 子供のころからハワイ語を話していた年配者に限っていうと、現在ハワイ語の話者は100人を切ったと言われています。ニイハウ島は私有地で、先住民の人々が比較的伝統的な生活を送る場があるのですが、そこに暮らす人を除くと、もう、20~30人程度と言われています。しかし、松原先生の著作にもあるように、ハワイ語の復活運動が進んでいて、1980年代からはプーナナ・レオと呼ばれる就学前教育機関でハワイ語話者が子どもの相手をする。ハワイ語の学校も、小学校一年生から始めて高校まで作ったのですが、そこではハワイ語で教育する。その教育を受けたひとが、現在30歳くらいです。ハワイ語の新しいネイティブスピーカーと言えると思いますが、彼らが数千人います。
 こういったイマージョン教育が公教育で行われていること、あとは、ハワイ最大の私立学校、カメハメハスクールがありますが、ハワイ先住民の子孫である証明ができることが入学できる条件なのです。伝統的な価値観を教えていますが、ただし、教育言語は英語です。カメハメハスクールでは合唱コンクールが毎年3月ごろにあり、テレビ中継されます。タイトルはOne Voice。これを見ると観光だけではないハワイが分かります。日本語字幕付きのDVDなども発売されているので、興味のあるかたはぜひご覧ください。


ハワイ語を学ぼう

 ではハワイ語の授業をしてみましょう。(配布資料
<参加者全員で問題に挑戦し、発音しました。先生から人称代名詞や名詞マーカー、複数、進行形や完了形など細かい説明も。>


多様なことばがハワイ文化を創る

 70年代80年代はハワイアンルネッサンスと言われるほどの、ハワイ語・文化の復興運動が盛り上がりました。その時代にハワイ語の記録を残そうとラジオの番組で話者をインタビューしたりしていました。今日はハワイ語を中心にお話しし、ピジンは「ギリギリ」以外は取り上げる時間が無くなってしまいましたが・・・。
 ピジンやクレオールの話者数は不確かな数字しかありませんが、去年アメリカの国勢調査で、何語を話すかという質問があり、その選択肢にピジンが追加されたとニュースになりました。広く話されている、あるいは自身は話さなくても聞いて理解する力はある、そういう言語だとは思います。付け加えると、現在ハワイで話されているのはクレオール(その言語で育った第二世代が話している言語)の段階ですが、通称ピジンと言われていて、混乱を招くこともありますが。ピジンを話すのは、ハワイで生まれ育ったアイデンティティという意味があると思います。

 私の博士論文はハワイのコメディだったのです。いわば落語のようなものと思ってください。ひとりのパフォーマーが居て、地元の人々が集まって楽しむ、その時のパフォーマーの言語は英語だったり、ピジンと切り替えたりする。そういうものがユーモアだと地元の人たちに受け止められている。一方で、フィリピン移民の人たちはフィリピンのことばでそういったイベントを楽しんでいます。ハワイにはハワイ語、英語があり、さらにピジンがあって、継承語としての日本語やほかのアジア系言語もある。それがハワイ文化を見る際の面白い点だと思っています。


(文責:事務局)