地球ことば村
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ことば村・ことばのサロン

2017・9月のことばのサロン
▼ことばのサロン

 

「韓国に内在するさまざまな陰陽の様相 ハングル~開城工業団地」


● 2017年9月16日(土)午後2時-4時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス大学院校舎348教室
● 話題提供:塩田今日子先生(二松学舎大学教授)


塩田今日子先生


講演要旨

Ⅰ ハングル文字に見る陰陽の思想


 私は言語が専門ですが、今回「開城ケソン工団の人々」を翻訳したのは、この本の内容が私のライフワークである陰陽思想と近いと感じたためです。この陰陽とは、みなさんご存じだとは思いますが、世の中のすべてのものはプラスとマイナスに分けられるという考え方です。母音調和で陽母音と陰母音があるとか、名詞にも男性名詞と女性名詞があるなど、言語学においてもポピュラーな概念だと思いますが、特にハングルでは哲学的な面において陰陽と深くかかわっています。


① ハングルの成立

 朝鮮半島で使われているハングル文字は、1443年に作られました。「世宗実録」という本、これは世宗という王様がされたことを細かく記録したものですが、この本の世宗25年(1443年)12月30日付で、ハングルについて最初の記述として、この月に王様がハングル28文字を創ったとあります。続いてその字は古篆に倣う、とあり、この古篆がなにを意味しているのかは不明ですが、この国のことばはすべてこれで書くことができるとあります。そして、これを訓民正音という、と。王様が創ったという記録しかないので、王様が学者に命じてつくらせたのではなく、王様が自ら創ったもののようです。
 ハングルが創られた3年後、1446年に、「訓民正音」という、家来の学者による解説書がでます。この本は長く行方不明でしたが、1940年に発見され、ハングルに関するいろいろな謎が解けたのです。この「訓民正音」の第一ページに、王様の書いた文章があります。見つかったときにはこのページはありませんでした。ハングルで書いたものがあったので、それから起こしてはめてしまいました。問題はこのページに、誤字がある、丸の位置が違うなど間違いがあることです。それはさておき、何が書かれているかというと、王様がハングルを創るにいたった気持ちが書かれています。世宗は、当時の民衆は漢字が読めないから法律書などは読めない、せめてどういう法律があるかがわかるようにしてやりたい、と思っていました。それで自分の言いたいことを書いたりできるように、新しい文字を創った、と。


② 易の思想

 この序文に続いて家来の学者の書いた解説が書かれているのですが、当時の朝鮮は朱子学が盛んで、この「訓民正音」も、朱子学の、とりわけ易の考えに深く入り込んでいます。「坤復之間」という文章が出てきますが、この坤とは一の間に隙間があるものが縦に六つ重なっているもの、復は一番下が隙間のない一になって、上に五本、隙間のある二本棒が重なっているもの。 二本棒は陰、一本棒は陽を表しています。これらが何であるかを知るために、少し易についてご説明しましょう。

 太極という根本は陽と陰にわかれ、陽と陰それぞれがさらに陽と陰に分かれ、それがさらに分かれて、八つになります。これを八卦といいます。乾は三つの棒が全部陽、坤は三つの棒が全部陰、となります。次に三つの棒がふたつ、六本重なりますと、64パターンできますね。この六本が全部陰であるのが坤、復は一番下の棒だけが陽、つまり復は、陰から陽に転じる時、ということです。転じて太極となり、それが動いてまた陰と陽になる。それが「坤復之間為太極、而動静之後陰陽」の文章の意味です。天地の間には陰と陽が満ちている、ということで、これは理解できると思いますが、次にちょっと不思議なことが書いてあります。すべてのものに陰陽があるので、言語音にも陰陽がある、と。例えば言語体系のようなちいさいものは宇宙全体の原理の縮図になっている、という考え方です。訓民正音をつくったときに、言語音の陰と陽を正しく整えると、ゆくゆくは世の中の陰陽、秩序をも整えることになるという考え方が背景にあったと思います。正音をつくった時、知恵を絞って一生懸命つくったのではなく、音を聞いて理が極まると自然にこの文字はこれしかない、ということになった、とあります。この「智榮而力索」の文言は北宋時代の易の大家・邵雍(しょう・よう)の『皇極経世書』にも出てくる言葉です。言語音を、聴く人が聴けば、ちゃんと陰陽に聞こえるというわけですね。聞き分ければ自然にこの文字がでてきます、という考え方です。


③ 子音と母音

 このあとに、子音はどう発音すべきかがずっと出てきます。ハングルは、発音するときの舌や唇の形を模してつくられていると言われています。子音は陰陽ではなく、五行とかかわっています。牙音は「木」のようなもの、舌音は舌が激しく動くので「火」、唇音の唇はやわらかいので「土」、歯音の歯は固いので「金」、喉音の喉はいつも湿っているので「水」ですね。で、同じ文字に音が変わるにつれて一画ずつ足していく、非常にわかりやすいつくりですね。
 問題は母音です。母音(中聲)は11字あります。「・舌縮而聲深」の「・」、これは20世紀初頭までは使われていた文字ですが、現在は使われていません。しかし訓民正音の中では大変重要な字で、これを抜きにしては語れない字なのです。ここでは、「舌が縮んで聲が深い」、と発音が書かれていて、[ア]と[オ]の間のような音らしいのですが、天が子(ネ)に於いて開く、その形は丸である、と。要するに天を模している、と。横棒が一本あり、これは地が丑に開く形。縦長の一本棒、これは舌が縮まないで浅い音、[イ]の音で、人を表します。人は立っていますよね。丸の天と地の横棒、人の縦棒で天地人ですね。これがハングル文字の一番基本の形です。
 [ア]という字は天の左側に人が立っている形。それは口を張って発音し、その形は天と人をあわせたもの。次に「天地の用は事物から発して人を待って成る」とあります。これはすごく気になる箇所なのですが、物は地に属しますね、天とは意志であり、地には物がある。しかし、人がそこに存在しないとそれは成立しないと言っているのです。天と地の間で人の果たす役割を強調しているわけです。
 また、天がふたつあるのはヤ行を表します。訓民正音は、一つの文字はひとつの発音を表すのですが、この[ヨ]の字は、天がふたつあって、地がある。人を加えると字の形が崩れるので人の縦棒の代わりに天を2つ入れたというわけです。人は天と地その「両義」にかかわることができる、とあります。最後に「人は開物に参与する」とありますね。「開物」というのはものごとが完成するという意味です。人間はすべてのことの完成に不可欠である、ということですね。


④ ハングルの原理

 1つの文字の中で、例えば〔ア〕と〔オ〕を組み合わせて、〔オア〕など、陽母音と陽母音を組み合わせることはできますが、決して陽母音と陰母音を組み合わせることはできないのです。基本的には天と地は相いれないもの、断絶していて交わらないものなのです。人である縦棒〔イ〕が間に存在して初めて陽母音と陰母音とつなぐことができるのです。人間に関して非常に肯定的な考え方だと思います。〔イ〕の発音は浅いので、いくらでも口を閉じたり開いたりできる。そのためにあらゆる母音とくっつけられる。非常に自由性がある。中世の朝鮮語では〔イ〕はそれ自体人という意味があります。
 このように人である縦棒が介在することで、ハングル文字は陰と陽のバランスが非常に良い。しかし大変残念なことに、この天の〔・〕を使わなくなってしまった。そこで現代のハングルは陰母音に偏って、バランスが崩れてしまいました。先ほど、小さいものの中に宇宙の縮図がある、小さいものを整えることで、大きなものに影響を与えることができるという思想に触れましたが、もしその仮説が成り立つならば、この天という字を20世紀はじめに捨ててしまったことは大変残念です。

 音を合成して字にするその組み合わせにも陰陽がかかわります。初聲は始まりですから動で天、終聲は静で地、中聲は間をつなぐから人、組み合わせの時も陰陽を考えています。訓民正音を読むと、ハングルは陰陽や五行に沿ってきわめてうまくつくられた驚くべき文字だと思います。訓民正音の解説書を書いた学者の一人鄭麟趾が序文を書いています。「ハングル二十八字は、天地人や陰陽の思想をよく表していて、どんなことも表現できすばらしい。頭のいいひとは朝ちょっと勉強すれば覚えられるし、頭が悪くても十日もあれば覚えられる。これをもってすればどんな本でも読めるし、訴訟も自分でできるようになる。世宗王は聖人のような方だ。この文字は以前のことを引き継がず、自然にできている。人間が私的にやったようには見えない。」
 この文字は人がつくったように見えない。つまり人間業ではない、ということですね。私も、ハングルは大変わかりやすいし、その中に天と地を繋ぐ人のあるべき姿がこめられている、非常に不思議な文字だと思います。


II 韓国ドラマに見る恋愛論

 文字の話から変わって、韓国ドラマにみられる恋愛についてお話しします。女と男も陰と陽ですよね。韓国ドラマの印象的な場面を見て見ましょう。


①「九家の書」(2013)より

 神獣に恋をして悩む女の子の後ろに見知らぬ道士がいて「わらじにも対があるのに どうして森羅万象の霊長である人間に 相手のがいないことがあろう(いないはずがない)」と突然語りかける。山で修業をしている道士は、韓国ドラマで突然天の啓示のような入れ知恵をする、そういうことがよくあります。私は1986年から89年韓国に留学、その間に、自分は仙人の弟子だったという人に5人ぐらい会っています。その人の話に、村で道士にあって、弟子入りを頼み込むと、山に連れて行ってくれることになりました。道士はその弟子入り希望者に、自分は足が速いから、お前は先に行け、というのだそうです。そこで先に出発するのですが、あとを追ってくる様子がない、ところがはるか先にその道士がいて遅かったじゃないかと言い、手のひらをつかんで呪文を唱え、目をつぶるようにと指示し、ぱっと目を開けさせると、山のてっぺんにいた。同じような話をする人に5人ぐらい会いました。だんだん、そういう存在が山にいるのかもしれないと思うようになりました。というのは、韓国ドラマに道士が出てきて人間に真理を教えることがある。こういう存在がどこかで韓国を動かしているのではないかという感じを持ってしまいました。


② ぴったりの相手とは?「冬のソナタ」(2002)・「愛の群像」(1999)などより

 「九家の書」の道士が言うのは、男女にも陰陽があって、つまり、ぴったりの相手がいるということですね。次はおなじみの「冬のソナタ」です。主人公のミニョンさんが恋する相手に、あなたは婚約者のどこが好きかと尋ねる。彼女はいろいろ好きな点を挙げる、すると彼は笑って「愛していることに理由が多すぎる」と言う。「本当に好きだったら理由は言えないものなんですよ」と。さきほどの、ぴったりの相手というのは、まず好きな理由の言えない人。
 「愛の群像」では男女の会話に、「僕たちは正反対ですね。生きるのが面白い女と生きるのがつまらない男が 夕暮れにコーヒーを飲んでいる」とあります。つまり、陰と陽ですから、ぴったりの相手は正反対の人ということですね。プラスとマイナスですから引力があり、互いに謎なのです
 「となりの美男<イケメン>」(2013)では、若者が「生まれてから今までずっと知らずにいた人なのに、なんでこんなに全部知っているみたいな気がするんだろう」とつぶやく。陰と陽は太極からわかれた。もともとはひとつだったわけです。互いに自分の裏面とか影、という感じですよね。なので、初めて会ったような気がしない。
 陰陽の組み合わせはいろいろな形があると思いますが、自分にぴったりの片割れと結びつかなかったら、自分の片割れと相手の片割れのふたつがあぶれてしまうわけですよね。「初恋」(2003)に「愛を取り違えたのはどうするんだ?どうやって責任をとるんだ?」というセリフが出てきます。相手を間違えると、ほかの人も間違えることになり、多くの人を巻き込んで不幸にしてしまう、だから本当の相手を選ぶことがとても大事だ、ということですね。
 「太陽を抱く月」(2012)では日食の日に、巫女が自分の過去を思い出すのですが、師匠の巫女のことば「あの世の扉をたたく音に 太陽と月が出会い 人が引き裂いた縁を 天が繋いでくれるだろうから 天変を経た後に 万物は自らの居場所を見つけるだろう」に、私は深い意味を感じてしまいます。天変が起こるというわけですが、ドラマの中では政変が起きます。その後すべては本当に帰る場所、本当の相手を見出す。「九家の書」の道士のことばのように、このセリフにも普通ではないにおいを感じますね。
 韓国の恋愛ドラマの多くは、本当の相手、自分の片割れを探して一緒になる、というものです。日本で韓国ドラマが好まれるようになったのは、このようななにか根本的なものを呼び起こすためではないのかと思います。日本だけでなく、今中東でも韓国ドラマが流行っていたりして、韓国ドラマは陰陽の考えを世界に振りまいていると言えるのではないでしょうか。


会場のようす


III 社会・国と陰陽

① 陰陽の図像~太極旗にみる陰陽思想


 陰陽のマーク(図像)はよく見られます(安東の門、宗廟などの例)。これは日月五峰図といって王様の玉座の後ろに必ず飾ってある絵です。(映像・景福宮の玉座)白い丸が月で、赤い丸が太陽ですね。大事なのは、月と太陽が同時に出ているということなのです。実はこれは理想社会を表していて、今は月と太陽は一緒になれないけれど、それが一緒になったとき、理想社会が実現するという思想を表しているのです。
 韓国の国旗太極旗も中心に陰陽が描かれています。映像の左ふたつは朝鮮王朝時代の軍旗といわれていますが、真偽はわかりません。しかし陰陽の発想は常にあったものと思われます。中右の旗が現行の太極旗のもとになったものらしいです。
 現行の太極旗、左上の卦はプラスが三つ、対角の右下はマイナスが三つ、右上がマイナス・プラス・マイナス、左下がプラス・マイナス・プラスですね。対角の二つを合わせたもの、右上と左下を合わせると「水火既済」左上と右下を合わせると「天地否」という卦になります。プラスからマイナスへエネルギーが流れますから左上から右下にエネルギーが流れます。変化するわけです。右上と左下は安定している、不変の状態です。不変のものと変化するものが交差している。
 太極旗の太極は陰陽が別れる前の状態ですね。陰陽が調和している。では、どういうときに陰陽は調和するのか。それは片方が正反対で、変化しつつ、にもかかわらず変化しないものを同時に持っている。これこそが陰陽の調和であり、太極旗はそれを象徴しているのだと思います。さきほどのセリフのように、初めてなのに知っているような気がするという不思議な同質感、にもかかわらず正反対、という。変化に富んでいるのに安定している関係の象徴です。それが、私が太極旗から感ずるところなのです。


② 南北分断と陰陽

 太極旗は1800年代に作られたものですが、なぜか南北の分断を予言しているようではありませんか。ここまでハングルの中の陰陽の調和について、また男女の関係における陰陽の調和についてお話してきましたが、もっと広く、例えば国と国はどうであるか。朝鮮半島は本来、ひとつの国であった。それが38度線で分断されました。ひとつのものがふたつに分かれれば当然陰陽になる、北が陽、南が陰だとします。分かれれば当然正反対になる。しかしお互い同じ民族、同質性があるものがいきなりふたつに分かれ正反対の性格を持った。あと、何が必要かというと、エネルギーが流れれば、本当の調和が生まれるということですよ。
 敗戦で日本が引き上げた後、さまざまな外圧によって北と南は分断されたのですが、私は、それは何かの使命があってのことではないかと思うのです。二つに分かれたあと、再び出会いエネルギーが通って、月と太陽が同時に出るような理想社会が実現する。その使命があるのではないかと思ったわけです。ところが長い間、お互いの交流が無い、エネルギーが通わない。交流する場がない。私はそのことがとても残念で悲しいことと思っていました。


③「開城工団の人々」の翻訳

 その思いを抱いている時に出会ったのが「開城工団の人々」でした。開城工業団地とは、分断以来初めての南北首脳会談として、2000年に金大中と金正日が話し合って決めた南北民族共同体復元のための事業のひとつです。それに基づいて、北と南の人々がいきなり出会って仕事をすることになりました。太極旗が示すように、ここでエネルギーが流れれば調和した世界が現れる。朝鮮半島が調和した社会になれば、それは全世界に波及する。朝鮮半島はそうした大きな役割を持っているのではないか。そう考えて、この本を翻訳してみたいと思ったわけです。
 「南と北は厳然たる相互作用関係にある。『これは正しくてこれは間違いだ』という二分法的な白黒の論理で置き換えることができない対等な関係と構造である」「南と北は大きく違う。その『違い』を我々は『間違い』として一般化してしまう」(P30)

 私は外国語大学の学生のとき、小此木圭吾先生が教えにいらして、朝鮮半島の問題について講義されました。まだ軍事政権の時代で、当時は韓国に批判が集まっていた。北朝鮮は見えないのでいい国のように思っていた。そういう風潮の時、小此木先生は、韓国と北朝鮮は一体である、とおっしゃった。「劇場の半分はカーテンで隠されている。しかし見えるところでやっていることと、カーテンの陰でやっていることは必ず関係がある。相互作用がないわけがない。」そのことばが素晴らしいなぁと今でも大変印象に残っています。陰と陽に分かれた双方は、会っていなくても互いに影響し合います。現在、北朝鮮は間違っている、という風潮ですが、それはどうかなぁと思うのです、必ず相互作用があるはずなのですから。
 開城工業団地でも同じで、相手が間違っている、というのが最初の反応なのですが、それだと絶対にうまくいかない。違いは認めても、それを間違いと思わないこと。それが大事です。相手を受け入れるということですね。正反対ということはお互い補っているのです。できないことができる。相手を信頼する。そう考えていっしょにやればとても発展するということですね。
 「むしろ北側の人々に出会って我々の企業文化を省みるようになりました。」「韓国社会や企業には相変わらず封建的で暴力的な要素が残っていますが、我々だけでやっているときにはよく見えません。だから北側の人々を引き寄せようとするならば、まず我々の社会に対する反省も必要だと思います。」自分では見えなかったところを見せてくれることで北の人は自分をもっと成長させてくれる、ということです。
 「あたかも南と北が鏡のようにお互いを振り返り反省する機会を作ってくれるのですね?」「そうです。我々が我々内部の不都合な点を認めてこそ、北側の労働者たちも我々を見て、『いろいろな違いにもかかわらず、仕事はよくやっていた』というような判断をしてくれるのではないでしょうか」(P88)
 「開城工団で成功している大部分の企業は北側の労働者たちに自律権を与え、北側をまともに理解しようとした企業です。かえって彼らに任せておいたらもっと上手くいったというところも少なくありません。彼らを統制しようとした途端、関係は壊れ、企業は困難に陥ります。」(P92)南のやり方を押し付けない、例えば北の人々は個人で頑張るのではなく、全体で頑張る。なので、たくさん作ったらその人に報奨金を出すとかは通用しません。全体が向上するような考え方です。相手を信頼してまかせるととてもいい仕事をするということです。
 著者は次のように言います。「平和が統一であり、平和が大当たりだ。ところがその平和というのがあまりにも簡単で易しい。とてつもない国家的な費用も必要ないし、特別な国家的な努力や国民の覚悟の忍耐が必要なのでもない。『相互尊重』の精神一つあればよい。北と南が互いをあるがままの姿で尊重する姿勢さえ持てばすべてのことが解決する。」(P35)
 共産主義と資本主義、全く違う社会体制であっても、それを無理にどちらかに合わせるのではなく、互いに尊重して共存共栄できるということですね。私は貴重な体験談であるこの本をぜひ訳し、この考え方を広めたいと願ったわけです。


④ 南北朝鮮の調和

 最近は北朝鮮がミサイルを撃ったりする状況ですが、私が思うに、あれは陽のエネルギーのストレスですね。エネルギーの流れをふさいでいるのですよ。その発散としてミサイルが飛んでくるとしか思えないのです。これは南北の交流なしには解決は無理です。世界の中でこの朝鮮半島が果たす役割は間違いなくあって、それは私が考えるに陰と陽の調和を体現することだと。それが実現した時に、世界の人々は、敵とこういうふうに和解できるのだと分かるのではないでしょうか。
 南北に分かれ休戦協定を結んだ時、外国軍は撤退させるという合意があった。北朝鮮からは中国軍、ソ連軍は出て行きました。しかし南からはアメリカ軍が出て行かなかった。これは明らかに休戦協定違反です。朝鮮戦争は北朝鮮が起こしたとすれば、韓国はまた攻めてくるのではないかという恐怖から米軍を撤退させなかったのかもしれません。しかし北朝鮮にしてみればなぜ米軍が居座るのか、と思うでしょう。朝鮮半島はそこの人々にまかせるべきで、ほかの人たちはそろそろ出ていくべきではないでしょうか。私の友人たちは米軍がいなくなったほうがいい、と言っています。そうすれば北朝鮮がアメリカに向けてミサイルを撃つ理由もなくなります。


結論として

 私がお伝えしたいのは、あらゆるレベルにおいて陰と陽の調和が大事だということ。その調和が保たれれば、おそらく世の中から戦争もなくなるはずだと思います。個人レベルでいえば、自分にぴったりのパートナーとちゃんと向き合って仲良く暮らすこと。それが結果的に世の中を平和にしていくと思います。朝鮮半島はこれから南北交流していくしかなくて、私はそれを大変期待しているのですが、そうなった暁にはこれまでなかったような素晴らしい国が生まれるのではないかと思います。


(文責:事務局)