地球ことば村
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ことば村・言語学ゼミナール

言語学ゼミナール(2)
▼言語学ゼミナール

 


● 2008年8月5日(火)14時00分-16時00分
● 千葉大学 総合校舎 ユーラシア言語文化資料室
● 座長:金子亨(千葉大学名誉教授・言語学)



 今回は言語研究の歴史のなかでの理念の継承という問題から話を始めました。

 チョムスキーは1965年のAspects of the Theory of Syntaxの序論のなかで、彼の言うgenerative(生成的)という思想がフンボルト『カーヴィ語について』序説『人間言語の構造の多様性とそれが人類の精神発達に及ぼす影響について』(1837)で語られたSpracherzeugung(言語生成)という理念を継承したものであると語っています。チョムスキー達がその頃フンボルトのこの本についてセミナーをしていて、そこでこの問題もさまざまに語られたと伝えられています。しかしgenerative、つまり「generation的」というは数学的手続きを意味します。ある数式はきまってそこから別の値を作り出す(generate)のですが、この結果導出という因果を生成generationと言います。チョムスキーの博士論文The Logical Structure of the Linguistic Theory(1955-1957)でもこの用語がこの意味で使われています。しかしチョムスキーが「生成的企図」と名付けた言語思想では、言語がgenerativeであるというのは、文法が規則の体系であって、そこへ音声的情報が入ると、文法の規則群が順次に規則正しくその情報を処理して、それを意味の情報に変換する、そのように文法の規則の系が、音声情報→意味情報・音声情報←意味情報というように、異種情報を生成すると考えられたものでした。文法がこのような機能をもつ規則の系のつまったブラックボックスであるという考えは、たしかにたいへん素朴ではあったけれども、生成の仕組みの図式として一時期よく用いられたものです。

 かつてフンボルトも精神と言語とが緊密に共同作業をすると考えていました。彼は心が言語を作り、また言語が心を作ると考えていました。この動的な過程を彼は生成力エネルゲイア(ενεργεια)と名付け、一方でそれが生み出したものを被生成物エルゴン(εργον)と呼んで異なる次元にあるものと考えていました。この二つの概念のうちエルゴンの方は比較的に解釈が楽です。それはある言語の表現の総体やその個々の表現を示すと考えてよい。一方でエネルゲイアは「こころ」から「ことば」を生成し、「ことば」から「こころ」を認識する精神の働きを意味しますので、この「こころ」が前言語的であることは確かだとしても、それがどこまで言語に近いかがはっきりしません。例えば、日本語の発想と言われる概念を考えてみましょう。それは日本語の表現を作るための、まだことばになる前の考えを指しているようです。あるいはことばになってしまった表現の奥にある独特の考え方を指すと見てもよいようです。またそこで「ことば」と言われるものも、それが個別言語の音声となってしまったものを指すのか、それともある言語の文の意味をさすのか、ひょっとするとX語の発想が言語化された言語のうち限りなく「こころ」に近い段階を指すのかが決して分明ではありません。フンボルトはこれらの理念との関わり合いで「内的言語形式innere Sprachform」という理念を提起していますが、これを「ことば」に一番近い「こころ」と考えていたのではないでしょうか。

 エネルゲイアという言語思想を歪曲して母語信仰の育成に利用した言語学者も居ました。いわゆるサピア・ウォーフ仮説(サピアは冤罪です)もそれに該当しますし、日本にも最近わけの分からない素人の妄言が流行っています。しかし極端にワルだったのはLeo Weisgerber(1900-1984)だったようです。一時期ドイツの言語教育学会に君臨したボン大学言語学教授でした。ここでは主著『母言の法則』を名指すだけにとどめます。

 言語理念の継承という問題で、もう一つ脱線をしました。フンボルトが外的言語形式(「言語の音声体系」の項)と内的言語形式(同名の項)の結合について触れたところで、ソシュールのシニフィアンとシニフィエに言及しました。そこでシニフィアンというのは要するに概念につけたタグなのだが、このタグは今我々が日常に見るようなさまざまな種類のタグよりはるかに複雑で、その情報は脳組織の多くの深い所に関係しているはずです。それは人類が人類になるはるか前から精密に作り上げられたもので、その意味ではシニフィエより古い歴史をもっている脳神経的に大きな多機能のモジュールではないかと付け加えました。また、音声のタグの先についている概念も複雑で膨大なモジュールであるはずだが、これも音のタグに匹敵するほどに複雑ではないかと疑問を呈しました。ソシュールは彼の時代に記号signeからその能動的側面signifiantと被動的側面signifiéの二つを取り出して見せてくれたのですが、私達の仕事はそれらの内部にきちんとメスいれることではないかとのべました。このことについては後にまた戻ってきましょう。

 本題にもどって、エネルゲイアの双方向言語生成についてもう少し考えましょう。それには先にあげた内的言語形式という概念を丹念に調べる必要がありますが、手始めに手元の問題から始めましょう。それはチョムスキーがAspects(1965)近辺のいわゆる標準理論の時期に提起した深層構造やその発展形式のD構造と言われてきたものについてまず誤解を解いておく必要がありそうです。

 次回はこの問題から話を始めましょう。

(金子 亨)