地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ナイル・サハラ言語ファイラム
−なぜ言語学者は系統分類をしたがるのか?−

■インド・ヨーロッパ語族の発見

 近代言語学が始まる以前、西洋に住む人々は、自分たちが話している言語が互いになにかしら似ていることに気がついていた。例えば、英語がドイツ語やデンマーク語と似ていることに気がついていた。フランス語がイタリア語やスペイン語と似ていることに気がついていた。なぜ自分たちが話している言語が似ているかを考えたとき、当時の人々は、人類の言語が動物の泣き声を模倣することから始まったと考えていたので、動物の鳴き声はどこでも同じなのだから当然人々が話す言語も似ているのだと考えた。その後、西洋の人々が海外へ進出し、世界の様々な言語についての知識がもたらされたとき、インドで古代に話されていたサンスクリット語が古代ギリシャ語やラテン語と似ていることに気がついた。そして、それらの言語が歴史的な関係をもっているから似ているのだという結論に達した。つまり、インドで古代に話されていたサンスクリット語も古代ギリシャ語もラテン語も、はるか過去に話されていた1つの言語から分かれて、サンスクリット語に、古代ギリシャ語に、ラテン語になったと考えた。はるか過去に話されていた言語を印欧祖語、あるいは、インド・ヨーロッパ祖語と呼ぶことにした。印欧祖語から分かれて発展した諸言語を印欧語族と名づけた。英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ヒッタイト語、ペルシャ語など、インドからヨーロッパにかけて話されている多くの言語は、印欧語族に所属している。この発見が近代歴史言語学のスタートになったのである。

■世界の言語を系統関係で分類

 1つの祖語から分かれて発展した言語間の関係を同系統の関係と呼んだ。世界中の言語を系統で分類することを言語学者は開始した。なんらかの似ている言語現象を系統関係が同じである故であるというように、言語現象を歴史に遡って説明しようとしたのである。
 アフリカ大陸で話されている約2000の言語は、系統関係をもつと考えられている4つのグループに分類されている。地理的に北から、アフレイジアン言語ファイラム、ナイル・サハラ言語ファイラム、ニジェール・コンゴ言語ファイラム、コイサン言語ファイラムである。ファイラムという用語は、生物学の生物を分類するときの「種」、「類」などと共に使われるファイラム「門」という用語から来ている。言語ファイラムは、語族よりも大きなグループだが、語族ほど系統関係が厳密に証明されていないグループと定義されている。つまり、複数の語族から言語ファイラムは成り立っていると言える。

■ナイル・サハラ言語ファイラムに属している言語

 ナイル・サハラ言語ファイラムは、東はナイル川源流地域から西はサハラ砂漠をこえてニジェール川中流域にまでにかけて話されている言語グループである。言語ファイラムと名づけられているから、同系統の関係にある言語の集団であると考えるべきであるが、それほど話は簡単ではない。アフリカの言語系統分類の研究史を振り返ってみると、アフレイジアン言語ファイラム、ニジェール・コンゴ言語ファイラム、コイサン言語ファイラムに所属させられた言語を差し引いた残りの言語がナイル・サハラ言語ファイラムを構成することになった。つまり、ナイル・サハラ言語ファイラムは、系統関係が不明の言語の屑箱であったというのが実情である。実際、ナイル・サハラ言語ファイラムの系統関係の証明は、まったく為されていない。
 ナイル・サハラ言語ファイラム内部の系統分類については、グリンバーグ(1963年)の研究がその方法論に問題があるとされるにもかかわらず、一般に受け入れられている。最近、2、3の修正の試みがあるけれど、それらはまだ他の研究者に受け入れられていない。グリンバーグ(1963)による系統分類によれば、ナイル・サハラ言語ファイラムは、6つの単独の言語、あるいは、言語グループに下位分類される。ソンガイ語(単独言語)、サハラ諸語、マバ諸語、フル語(単独言語、方言群)、シャリ・ナイル諸語、コマ諸語である。ソンガイ語は、西アフリカにおいてソンガイ王国を築いた人々によって話された言語である。サハラ諸語は、チャド湖の周辺からスーダン北西部にかけて話されている言語集団である。なかでもカヌリ・カネンブ語は400万以上の話し手をもつ。マバ諸語は話し手の少ない言語の集まりである。フル語は、現在紛争による悲惨なニュースが伝えられるスーダンのダル・フール地区で話されている。シャリ・ナイル諸語は、東スーダン諸語、西スーダン諸語、ベルタ語(単独言語)、クナマ語(単独言語)の4つの言語グループ、単独言語からなる。コマ諸語は、話し手の少ない言語の集まりである。
 東スーダン諸語は、全体の話し手の数と言語数からみても、ナイル・サハラ言語ファイラムの中で中心的な言語集団である。東スーダン諸語は、10の言語グループ、単独言語からなる。ヌビア語(単独言語、方言群)、スルマ諸語、ネラ語(単独言語)、東ジェベル諸語、ニィマ語(現在はアマ語と呼ばれる、単独言語)、テメイン諸語、タマ諸語、ダジュ諸語、ナイル諸語、メロエ語(死語)である。メロエ語は、古代エジプトに栄えたメロエ王国の言語である。メロエ語の系統関係は不明であるが、暫定的にナイル・サハラ言語ファイラムに帰属すると考えている。アフリカの多くの言語は文字をもたなかった。しかし、ヌビア語とメロエ語は、文字によってそれらの言語を記録した文書が残っている数少ないアフリカの言語である。
 これらの言語の中でナイル諸語が言語数と総話者数に関して、最大の言語グループである。ナイル諸語については別に詳細に紹介することにする。
 ナイル・サハラ言語ファイラムに所属する言語を話す人々の暮らしには、狩猟・採集的な要素の色濃い生活や、農耕生活や、牧畜生活や、現在では都市的生活まで、様々な生活様式が見られる。完全に狩猟・採集のみに、あるいは、牧畜のみに依存しているというよりは、狩猟・採集、農耕、牧畜などを複合した生活様式に人々は依存している。複合した生活様式において、ある人たちは農耕の比重が他の生活よりは高かったり、別の人たちは牧畜の比重が高かったりする。
 ナイル・サハラ言語ファイラムは、アフリカ大陸においてコイサン言語ファイラムに次いで古い歴史をもつ言語グループであると考えられている。このことは、ナイル・サハラ言語ファイラムに所属する言語を話す人々の生活様式が変化に富んでいることからも想像することができる。

稗田乃(言語学)