地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことばの世界
(「ことばの不思議シリーズ」まえおき)

ことばは、人々のこころに抱かれて、人々の営みを作っています。それはひとの文化の大切な一部です。ことばはこころを伝え合う道具ですから、もともと人々の集団の共有物です。一方でことばの住処は一人びとりのこころに在るので、個人的で個性的です。こころはそっくりひとの脳のなかで営まれているので、ことばも脳によって作られます
最近、脳の科学が大きく発展しました。かつて言語の研究にコンピュータ科学が果たした役割を脳の科学が引き受けたようにさえ見えます。こころとことばの働きを見るには、脳の科学の成果をよく見ていく必要があります。
一方でこころの問題が話題になります。そこにことばが関わっていることが多く、ことばの社会的な機能をきちんと見据えておくことが望まれます。
人々の集団の文化はその人たち固有のことばと密接に関わっているようです。一方で人々は異なった言語を使ってお互いに文化を交流し合います。世の中がだんだん狭くなっていく昨今ですから、ことばの文化交流ということをしっかりと考えておく必要があります。
このシリーズでは、ことばの世界に踏み込むためにさしあたって大切思われることを、ことばの不思議な世界について気が付いたことなどを書きとめていきます。もちろん大抵のことは仮説の域を出ません。さしあたりこう考えられているということを書き記して、ブログなどを通じてご意見をいただきたく思います。

1.ことばとこころ

○ことばの在処(ありか)
ことばとこころとの関係をおおまかに見てみておきましょう。まず物質世界・生物世界・こころの世界という入れ子構造を考えてみましょう(木下清一郎『こころの起源』など参照)。ことばは一番中側のこころの世界にすっぽりと入っています。
(図1)

こころの世界は脳内の神経細胞によって作られています。たとえば「いとしい」という単語は、日本語に固有の感性的な概念を表しますが、それはひとかたまりの神経細胞の結合様式として長期記憶機構に納められて、いつ呼び出しがかかっても出られるように準備されていると思われます。こころの世界はいろいろ複雑な情報を処理します。例えば「あの角を曲がれば、自分の住まいがある」という情報操作は実は大変複雑な筈ですが、うちの猫でも毎日簡単にやっています。ところがメモ帳を拡げている人を見て「このひとは明日の予定を立てているんだ」というように他人のこころの中を読むことは、猫には出来ません。多分ヒト(新人)だけが出来るこころの仕事なのでしょう。他人のこころを理解するという精神活動はヒトの進化の歴史でいつできたのでしょうか。それはヒトのこころの節目をつくった契機だったに違いありません。そしてそのとき、ヒトはもう何らかのことばをもっていたのではないでしょうか。

2.ヒトのことば

ヒトのことばは見聞きしたものごとをそのままに表したものではありません。もしそうなら机の下に出ているしっぽを見て、そこに猫がいるとは考えないでしょう。知覚したものごとがひとつのまとまった概念に加工されて記憶のなかに格納されているから、しっぽだけを見てそこに猫がいると分かるのでしょう。つまり概念は見えない部分を補って猫の存在を語ります。その概念を記憶から引き出して再構成するための標識(タグ)が必要です。ヒトはそのタグとして始めは絵を使ったのかも知れません。しかしヒトの進化の過程でヒトはそのタグに音声を選び出しました。「概念×音声」というセットで言語を作ったのです。他の動物が固有の環境に応じて超音波をつかったりするのとは違って、ヒトはヒト以前の身体的形質を受け継いでサバンナで集団的に生きるという環境に適応してこのような音声をタグにした概念=ことばというコミュニケーションの手段を作り出したのでしょう。

3.ことばの始まり

では、ヒトのことばはいつ生まれたのでしょうか。この問にたいして何時だとはっきりと答える材料は今のところありません。私たちの知る限り、ヒトが認知したことがらをカテゴリー化して、それを概念にまで加工した時期をまず想定しましょう。このときその概念にいろいろなタグを付けて試行錯誤を繰り返したに違いありません。例えば、最近、今から7万年前頃に石に描かれ線画が最近発見されました。南アフリカのブロンブス近郊の遺跡からです。これが石は図像を使った情報伝達を目的にしたものであったとしたら、この頃に言語が使われていたことを示すかも知れません。もっとも概念を表すタグが図像で、まだ音声ではなかったかもしれませんが。

4.ことばの遺伝形質

ことばが生まれたというのは、そのときヒトがことばを使う能力を手に入れたということです。この能力は自然選択のための財産となってヒトの進化に大きく貢献したのでしょう。言語使用能力という遺伝情報がヒトの脳に書き込まれました。別のいい方をすれば、この能力をもつヒトの祖先が自然選択に生き残って私たちの種に進化したのでしょう。このような脳に書き込まれた言語使用能力は「普遍文法」と名付けられます(ノーム・チョムスキーの命名)。それはいわば、概念を表現してそれを情報伝達に使うための特殊な神経細胞の結合を作り、組み合わせて使う脳力とでも考えておきましょう。最初の頃の「普遍文法」は幼かったに違いありません。それでも一人前に働いてヒトの生存に役立ち、だんだんと高度な「普遍文法」に仕上がったのだと思われます。現代のヒトのもっている「普遍文法」は相当に複雑な計算を可能にする優れものであるに違いありません。

5.「個別言語」とは?

アフリカを出る前にヒトが話していたことばがどんな音だったかは想像もできません。しかしヒトがことばを作ったとき、例えば「あぶない。にげろ」という内容を部族毎にさまざまな音声で言い表したに違いありません。これがずっとあとで日本語とか漢語のようなさまざまなことばになって世界中に広まりました。このように集団毎に違うことばを「個別言語」といいます。このことばはそう大きな集団のものではなかったでしょう。始めは氏族的な単位だったでしょうし、交易が始まっても百から千人オーダーだったでしょう。ひとびとはそのようなさまざまの個別言語で交流しあっていたのでしょう。ひょっとして通訳という仕事は何万年前にもあったのかもしれませんし、ひとびとは昔から二・三言語を使い合っていたのかも知れません。

6.こころを映すことば

こころを映すことばにいくつかの種類があります。それをいくつかあげてみましょう。
○感情を映すことば
「痛い、怖い、嬉しい」などの感情表現はこころの世界のなかでも比較的古い起源をもっているようです。そのような表現は、素早い直感的な情報処理を行う脳の古い形質に対応していて、そこはヒトが言語を獲得する前にあった部分のようです。ヒトは言語を獲得した後で改めてそれを概念化して言語表現に仕立て上げたのではないでしょうか。日本語では感情の表現の多くが形容詞とか形容動詞などの文法的なカテゴリーを作っています。
○意思を表すことば
こころは個体が自立した意思をもつことによって作られたと考えられています。ことばが出来たとき、それは自立の原理に基づいた意思を概念としてことばに組み込みました。例えば「欲しい」とか「...たい」がそれです。この表現には自由意思によって選択された世界が表されています。こうした表現もヒトの言語発達のかなり古い段階に作られたのでしょう。
○思考のことば
こころの基本的な原理に抽象作用があります。こころはものごとを知覚するに止まらす、それを抽象して概念を作り出します。その結果、ことばの意味が出来上がります。知覚から概念化への道のりを「統覚」の成立と呼ぶことがあります。ここで思考が始まります。そこからことばは思考のための用具になりました。そこでことばがこころを進化させる過程も始まりました。
ことばは思考のための概念を作っただけではなく、概念の組み合わせという数学的な思考を生み出しました。ここから文法が生まれ進化したのでしょう。
しかし概念化も文法も、それを使うヒトの集団が住む生態的環境と歴史によって作られたので、世界には今でもたくさんの違った言語があります。これは人間集団に共通のコミュニケーションには不便です。しかし不便だからと言って、この言語の違いを捨てると、一緒にその言語集団の歴史を捨てることになります。痛し痒しです。けれども人々の歴史を振り返ると、言語集団はいつもお互いのつき合いを重ねてきたのですから、この矛盾の解決法は必ず見つかるでしょう。多言語使用という昔からの方法がその一つでしょう。

7.ことばとこころの病

こころの病がことばに影響します。またことばがこころの病をつくります。その観点を3つほどあげておきましょう。
○コミュニケーションの障害
ことばの障害にはさまざまの種類があり、それぞれに異なった原因が考えられています。機能的障害によって起こる異常な言語行動や自閉症などの脳神経細胞の異常に原因する言語発達の障害などさまざまなコミュニケーションの異常があります。それぞれに専門的な研究と処理が必要です。
また学校教育の現場でもさまざまなコミュニケーションの問題が現れます。専門的知識に基づいた特別な支援が必要になります。
○ことばがこころの病を作る
ことばを使ういじめが横行しています。面罵、非難、揶揄、聞こえよがしなどがさまざまな場所で公然と行われているモラル・ハラスメントがそれで、ひとのこころを傷つけています。言われた人のこころは落ち込んだり、時として深刻な精神状態に陥ったりしてしまうことがあります。ことばがこころを壊すための武器としての役割を果たします。しかしことばをこのような忌まわしい用具に堕落させないような道をさがすことは決して易しくはありません。なぜならそれを使うひとのこころのあり方に問題があるからです。
○ことばを育てる
ことばを育てる過程は胎児の時から始まっているといいます。母語というのは子供が生まれ落ちた環境で最初に覚える言語ですが、普通の発達の過程では小学校高学年から中学校にかけての時期までに母語の運用能力がほぼ完成します。その後に出会う異なった言語は、特別に有利な条件がないかぎり、母語のようにはいきません。母語の習得には「臨界期」があるようです。
しかし母語にしろ、第二言語にしろ、ひとは一生涯ことばを使い続け、磨き続けます。そのために絶えずことばに対する感性を高め、自発的に自分のことばを発達させることになります。そのようなコミュニケーションの機会をできるだけ増やしていきましょう。

8.「危機言語」について

○「危機言語」とは?
「消滅の危機に瀕した言語」のことを「危機言語」と言いならわす慣習ができました。「危機言語」とは何かについては日本言語学会「危機言語」小委員会のつくったパンフレットをご覧ください。またその委員会のホームページにも多くの情報がのっています。
○先住民(族)言語とは?
先住民(族)というのは、固有の歴史的経緯から植民地的な状況におかれて、少数者になった原住民(族)のことで、その人たちの言語を先住民(族)言語といいます。日本ではアイヌ民族の言語がそれに当たります。また何度かの琉球処分を植民地化ととらえる立場からは、沖縄諸語(琉球諸語)をそれに加える見方もあります。
○話し手を失ったことばを復活する
日用語として一度使われなくなってしまったことばを復活させることは非常にむづかしいようです。その例もわずかに知られているだけです。しかし条件が整えば不可能ではないと思います。もっともその条件とは政治経済的な措置が根本で、しかも大変な努力と財政的負担、それに開かれた理念が必要です。言語学者たちの努力や協力が必要なことは当然です。
試みに、いま北海道でアイヌ語を日用語として復活するためのシナリオを考えてみましょう。その利益、その意味、そのための政策、具体的な方法などなど。たくさんの人々が知恵とお金をつぎ込まなければなりません。この歴史的大実験はやってみるだけの値打ちは確かにあります。どうでしょう。