地球ことば村
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時代劇台詞のこだわり


時代物らしく響く言葉

言葉、言葉遣いは、時代と共に推移し、変化して来るものです。ただ、時代劇 の台詞の場合、さよう、しからば的なものに拘らなくても、やはりそれらしい 神経を使わなければいけないでしょう。

その一例として『でも・・・・』『じぁ・・・・』があります。どちらも台詞の頭につ けて使っていますが、『ですが・・・・』『でしょうが・・・・』『では・・・・』と書け ば、時代劇的なものになりませんか?

『行く』は『参る』。『絶対』『理由』『関係』は、『金輪際』『わけ』『関 わり』。『費用』は『かかり』。これは私だけの拘りですが、『目的』を『め あて』とルビを振っています。『事情』にしても、その時の台詞の流れで、 『わけ』とルビを振る時もあります。男女、武士、町人によって『事情』『わ け』と使い分けしているのです。

『・・・・なの』『・・・・だわ』『ですって・・・・』の女性言葉に至っては論外です。 『・・・・の』と『・・・・わ』は、『あたし・・・・』と共に、明治半ばになって使い出 されたものです。

最近、ある番組で『人命に関わる・・・・』『便乗値上げ・・・・』という台詞を耳に しました。何となく聞き流すところでしたが、待てよ、ちょっと現代ぽくない か、と思ったのです。私なら『人一人の命に関わる・・・・』『何かに付け込んで の値上げ・・・・』と平易に書きます。

池波正太郎氏の教え

嘗て、『鬼平犯科帳』の作者・池波正太郎氏から、二つのことを教わりました。 一つは『ん』。もう一つは『広辞苑』です。『若造だったんですがね』『不幸 が出来たんで』の台詞を、『若造だったのですがね』『不幸が出来たので』と 書き直されたのです。池波氏は『ん』を使うことをすごく嫌われました。江戸 言葉に『ん』が入ってきたのは、江戸中期以降というのが持論でした。

その教えが頭にこびりついて、現在、私は町人の会話以外は『ん』を使わない ようにしています。特に武士同士の会話には皆無です。武士の台詞、町人の台 詞がはっきりしている、と出演の俳優さんからお褒めの言葉を頂いたことがあ ります。それは『ん』を使わない台詞にあると思っています。

もう一つの『広辞苑』は、台詞が現代語かと疑問を持ったら『広辞苑』を引い て、そこに書かれた意味を素直に書けということでした。『勿論』という言葉 を例にとってみます。この言葉は古くからあったのですが、私はどうも現代語 ぽく感じられて使いません。そこで『広辞苑』を引いてみます。『いうまでも なく』『無論』と出ています。私は、素直に『いうまでもなく』と書きます。

現代語と時代劇のはざまで

もう一人現代劇と時代劇の台詞で、大きく違うことを教えてくれた方がいます。 社長物と言われる映画の脚本を書いた私の師匠です。師匠の台詞には『てにを は』がありません。それを省くことで、台詞が生き生きと、弾みがつくのです。 しかし、時代劇はその逆で『てにをは』をはっきり書かないと、浮ついた現代 劇になってしまうのです。

その私も『あなた様』という台詞には頭を痛めています。武士の夫、大店の主 人を奥様が呼ぶ時、『あなた・・・・』或いは『あなた様・・・・』と書いていること です。正式には『旦那様』です。間違っていると承知で書いているのは、夫、 妻の間が主従関係に聞こえて仕舞うからです。活字の上ならば『旦那様』と書 いても奥様の呼びかけと分かりますが、耳から入るテレビの台詞では、主人と 奉公人に聞こえるからです。

『お父っつあん』『おっ母さん』もその一つです。武士の家族なら『父上』 『母上』ですが、町人の間では、大店でも『お父っつあん』『おっ母さん』で す。その呼び方が、長屋住まいの熊さん、八っつあん的呼び名に聞こえるとい う意見があり、大店の娘には『お父様』『お母様』と呼ばせてくれと、泣く泣 く書いたことがあります。

言葉の文化を伝えたい

他に差別語という厄介な問題があります。今、どの時代劇でも『暮六つ』など 時間の呼び名で『四つ』は禁句です。昼なら『巳の刻』、夜なら『亥の刻』と 書いています。『女中』というのもチェックされます。『女中さん』或いは 『仲居さん』です。言うまでもなく身体の障害、欠損についての指摘は許され ません。時代劇作者にとっては書き難い世の中ですし、言葉の文化が失われて いくのも悲しいことです。

偉そうなことを書いて来ましたが、満座の中で赤っ恥をかいたことがあります。 『能天気』を『ノー天気』つまりノーは英語のNO、終戦後の現代語と思い込ん でいたのです。ところが知らなかったのは私だけ。『能天気』という言葉は、 江戸中期以降使われていたのです。穴があったら入りたい、というのはこのこ とでした。

難しい台詞を書いても、今の視聴者には理解できないから、現代語でも目を瞑っ てくれという方もいます。確かに勿体ぶった難しい台詞は必要ないかも知れま せん。しかし、最低限の言い回しは時代劇に携わる者の務めではないでしょう か。

(櫻井康裕:脚本家)