地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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「言語ヒッチハイクガイド」


松岡亜湖 小学校教諭・名古屋市在住

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 今年の1月に、MCL(ミンダナオ子ども図書館)とマノボの居住地キアタオに行ってきました。はにかんだ笑顔の可愛い子供達の姿が心に残っています。MCLは大雑把に言えば学生寮のようなところ(紛争で家族を亡くしたり故郷を失ったりの事情はありますが、雰囲気は学生寮です)で、熱帯の太陽、陽気な人々、私にとっては、かつての出張も含めて、ミンダナオ島は楽しい思い出だけが残る地です。MCLの歓迎会で歌ってもらえるこの歌、マノボ語なのでほとんど意味は取れないけれど、大好き。
https://www.youtube.com/watch?v=vVXLpnRnc40&app=desktop

 ミンダナオ島南部のジェネラルサントスも懐かしの地です。かつてNGOに勤務した頃に危険な時期の出張を避けたから。。。というのもありますけど。空港では一応検問っぽいチェックがあり、村に行けば銃を持った陽気な兵士の護衛を受け、車に乗れば必ず後部座席で「誘拐されないように」と両脇を現地の方が固めてくれ、村の人たちの話を聞けば、紛争の傷跡がごく身近に感じられます。タガログ語ニュースは半分位聞き取れても、ビサヤ語は殆ど分からず、治安に関わる報道の内容を帰国後に把握することもしばしばでした。「全く怖くない」と言えば嘘になります。それでも大好きな土地。

 そのミンダナオの西部の都市マラウィで戦闘が起こったのは、皆さんも報道でご存知かと思います。かつてサンボアンガやバギオの空港が爆破された時、海沿いの村の小学校が占拠されて給食支援が中止になった時、日本のメディアや政府の外交筋がどれだけ真剣に取り上げたかを考えると、今だけの大騒ぎを見て歯がゆい気持ちになります。現地には日常があり、暮らしがあります。紛争を煽っても解決にはつながりません。

 6月25日に、ミンダナオ子ども図書館の松居友さんが、愛知県日進市にいらっしゃり講演会を行なったので、お話を伺ってきました。両親のいない子供の暮らしを描いた絵本「サンパギータのくびかざり」 https://mcl-japan.jimdo.com/2015/04/29/サンパギータのくびかざり/ や新作の、イスラムの子供の村の暮らしを描く「サダムとせかいいち大きなワニ」の読み語りを実際に行ないながら、現地の生活や難民支援・長い長いミンダナオ和平の取り組み・日本のODA(政府開発援助)の問題点について聞くことができました。


読み語りをする松居さん。「人の肉声が愛情を伝えてこそ、語りには意味がある」と仰っていました。

 遊びの大切さ、昔話を「語る」意味など、小学校教員としても学ぶところがたくさんあった講演でしたが、「うわあ、良いな!」と思ったのは、松居さんの小学校の担任の先生の話。子ども電話相談室の無着成恭氏が担任だったそうです。生活綴り方・山びこ学校と聞くと、聞き覚えのある方もみえるでしょうか。社会科教育の原点が無着先生に集大成するとも言えます。先生の教えが、現在のMCLに繋がっているのでしょうね。
http://www.news-postseven.com/archives/20160212_383376.html

 ミンダナオ子ども図書館のあるキダパワンは、マラウィからかなりの距離があるのですが、難民支援を開始するそうです。救済活動は半年は続きそうだとのことでした。活動の充実と、一刻も早い和平の実現を願っています。(上リンクが緊急支援告知、下リンクの「ミンダナオの風」21回・22回の下の記事が、現地の様子です。2段目の写真の真ん中で読み聞かせを行なっているのが、MCL代表のエープリル・リンさんです)
http://www.edit.ne.jp/~mindanao/mindanewsdaiary.html
http://www.edit.ne.jp/~mindanao/mindanews.htm

 秋に、日進市の本屋アルテ・コローレ http://arcolo2011.com で、先住民族の絵本の原画展を行なえないかと企画中です。フィリピンは自然保護や生物多様性、先住民族の文化の豊かさで有名な場所でもあります。多くの方に、フィリピンの人々が備える力や文化の魅力を伝え、平和への道を探る知恵につなげていければと願っています。

 1月の訪問時のことを、ミンダナオ子ども図書館の宮木梓さんに記事にしていただきました。5ヶ月前の村の風景をお知らせし、この風景を守るために日本の政治や外交がどうあるべきか、多くの人が改めて振り返ることを願います。


9.SUKSUK TO KOLLU(ソクソク ト コッロウ)
フィリピン ミンダナオ島アポ山麓キアタオ集落に暮らすマノボ族の、焼き畑を始める前に、ナタ、砥石を清め、祈る儀礼


ミンダナオ子ども図書館現地スタッフ 宮木 梓


 豚の悲鳴が聴こえる!今日は、ご馳走だ!

 「SUKSUK TO KOLLOU」を見学するため、2017年1月3日にキアタオに入った。ミンダナオ島で一番大きな都市ダバオから、戦前の日本人町で有名なカリナンを抜け、車で約3時間。道路はアラカン郡の山岳地帯を登り、ラナオコラン村・キアタオ集落に着く。キアタオでは、毎年1月4日に「SUKSUK TO KOLLOU」をするらしい。

 4日の朝食後、のんびりしていると、豚の悲痛な鳴き声が大きく響く。ダト(村のリーダー)・ラソイさんの家の庭で、「SUK SUK」のおかずにする豚の屠殺が始まる。男性3人がかりで豚を押さえ、首にナイフを刺して血を抜く。血も料理に使うので、ビスケットの入っていたプラスティックの箱に、こぼれないように大事に受ける。
 側の大きな鍋には、お湯が湧き、豚の毛を削ぐ準備ができている。
 家の中の台所では、薪で大鍋にご飯を炊いている。
 準備にラソイさんの家の人たちは大忙しだ。その間にも、近所からダトたちが集まって来て、あいさつをしたり、ネイティブコーヒーを飲みながらおしゃべりしている。
 お昼近くにご飯が炊きあがり、豚のおかずも出来上がって来たが、まだ儀式は始まらない。バナナの葉を取って来て、一人分ずつご飯とおかずを作り、お弁当を作っている。後で集まった人たちに配る分らしい。



 

 午後2時近くに、部屋の真ん中にまずゴザをひいて、その上にバナナの葉が何枚もひかれた。そして、白いご飯が盛られ、ご飯の上に先ほどの豚で作ったおかずと、魚のおかずが載せられた。
 集まったダトたちは、それぞれ焼き畑で使うナタや砥石を持ってきていた。ナタは家で研いで、きれいにして持ってきている。KOLLUは、マノボのことばでナタのことだそうだ。この儀式を「SUK SUK TO KAMANGA」とも言うが、KAMANGAは砥石のことらしい。それぞれが持ってきたナタをラソイさんがもう一度ふきんでぬぐい、ご飯にさしていく。SUK SUKは、この儀礼自体を表すことばのようだ。みんなのナタがご飯にさし終わり、砥石にもご飯を載せたら、神様に豊作と働く人の農繁期の間の健康を祈る。マノボのことばで神様は、「MANAMA」という。お祈りが終わり、それぞれのダトたちから儀礼の意義を若者たちに話してから、ご飯と豚を食べる。この時、自分のナタにのったご飯を自分のお皿に取る。ナタにご飯がたくさんついていると、自分の畑が豊作になるらしい。集まった人たちにも、バナナの葉でつつまれたお弁当が配られる。お年寄りも、お父さんもお母さんも、お兄さん、お姉さん、小さい子たちも、みんながバナナの葉の上のご飯の山から取り分けた、ご飯と豚をほうばる。余ったご飯は、家じゅうの容器に入れて、お客さんが持って帰り、家族へのお土産になる。容器は後で返しに来るのだろう。食事の後、ダトたちはもう一度ネイティブコーヒーを飲みながらおしゃべりしている。これで、この日の「SUKSUK TO KOLLOU」は終わった。



 

 バナナの葉の上に山盛りになったご飯にナタをさすという珍しい儀礼だったが、私にとって最も印象的だったのは、豚の屠殺だった。豚は、殺されるときにしか出さない悲鳴で泣く。庭に連れていかれるとき、豚は自分が殺されることを知っている。足を縛られ、首を洗われる間、抵抗し、ずっと泣いている。首にナイフを刺されても、即死できるわけではない。1分ほど豚は泣き続け、泣き声が次第に弱くなり、身体がぐったりと動かなくなる。側で、この家の8つくらいの女の子も、じっとそれを見つめている。
 私の後ろで、今回の儀礼に同行した71歳の焼き畑研究をしている男性が、
「日本の若い人は、豚の屠殺を見ると泣くんだ」
という声が聞こえて、私は少し不満に思う。これから、この豚を食べるのに、泣くわけがない。

 「SUKSUK」が済んだ次の日、私たちはキアタオを離れ、キダパワン市にあるミンダナオ子ども図書館(通称MCL:Mindanao Children's Library)に戻った。MCLに住むマノボの奨学生たちにも、「SUKSUK TO KOLLU」のことを聴いてみたくて、キアタオで撮った写真を見せる。ビサヤやムスリムの子たちは、この儀礼を知らないようで、マノボの子たちが説明しているのが聴こえる。ここは、いつもとても賑やかだ。

 そして、私には聞いてみたいことがあった。
「豚を屠殺するのを見るとき、泣く?」
「日本人で、豚や鶏を屠殺するとき泣く人がいるそうだけど、どう思う?」

「泣かないよ!」
「でも、それを見て涙を流している人は可哀想って思うよ。だって、泣いているんだもん」
「アズサも泣くの?」
「私は泣かないよ」
「どうして?」
「だって、食べるもん」
「アハハハ!」
「僕はムスリムだから豚の屠殺は見ないけど、ヤギを屠殺するとき、その前でうれしくて踊っちゃう!結婚式とか、お祭りのときの特別だから!」

 キアタオで豚が死んでいくのを眺めながら、その命が、神様や私たちに捧げられるのを感じた。みんなで、一つのご飯の山から、ご飯を取り分け、一頭の豚をいただきながら、自分と周りの境界が曖昧になるように思った。この土地で育った同じ食べものをいただくということは、私たちも自然も、同じものでできているように感じたのだ。

 MCLは、図書館と言っても村々を回って読み語りをする移動図書館で、その活動は、小学校から大学までの奨学金支援・18歳以下の子どもへの医療支援・災害や戦闘があった際の緊急支援・僻地への保育所建設支援・洪水対策と山岳民族が土地を奪われないための植林支援など、様々だ。キダパワンにある本部は子どもシェルターの役割もしていて、学校がものすごく遠い子や、家では1日3食食べられない子、崩壊家庭や虐待を受けた子どもたち80人程が住みこみながら通学している。彼らは皆奨学生で、村々を回る読み語りの主役は彼らだ。キリスト教徒・イスラム教徒・精霊信仰の子どもたちが共同生活をしているが、民族に関係なく遊び、お互いの文化を知ろうとし、尊重している。今回、儀礼を見学させていただいたキアタオからも、奨学生が来ている。MCLにはたくさんの子どもたちが住むため、週に3回市場に買い出しに行くが、魚の内臓を取ってきれいにしたり(イスラム教徒がいるため、MCLの台所では豚の調理は禁止されている)、薪でご飯を炊いたり、家庭菜園から野菜を取って来ておかずを料理するのも、子どもたちが当番でしている。みんな、家でお手伝いをして育ってきたので、手際がいい。
 今回の「SUKSUK TO KOLLOU」では、マノボ族の自然観や、焼き畑の文化、また、MCLに住むマノボの子たちが育ってきた村の様子を見られ、とても興味深かった。そして、「食べる」ということ、「生きる」ということを改めて感じることができ、感謝している。




 なお、この見学は、文化人類学者の増田和彦さん http://www.iwata-shoin.co.jp/bookdata/yakihatano-tami.htm の調査への同行でもあり、増田さんからは、後日、和算についてのご著書もお送りいただきました。この場を借りてお礼申しあげます。

 6月の日進市でのお話で、松居さんは、日本の一連の平和安全法制に伴う動きを危惧しておられました。フィリピンとアメリカは2014年に新軍事協定に署名しており、日本はアメリカの同盟国です。無関係のままで過ぎていくとは考えにくいです。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2800W_Y4A420C1EAF000/
 日本で政治に関心を持つことで、ミンダナオ島の紛争が、日本からの戦力や兵器・軍事技術によって激化するのを何とか避けたいと願います。
 フェアトレードの広報でお世話になっている環境情報紙Risaの編集長の関口さんはジャーナリストで、5月に、日本からの軍事技術流出の懸念について書いてみえました。
http://toyokeizai.net/articles/-/169889
 確かに、安全保障貿易管理に関わる法律の変化、目まぐるしいですね。 http://www.meti.go.jp/policy/anpo/
 防衛装備移転三原則の法改正や外国貿易法の改正など、文言が曖昧で範囲が広いので、開発援助や留学や国際交流にどのような影響があるのか、大いに気になるところです。
 こういう話題が教員間で出ないと言うか出しづらいと言うか通じにくい状況のまま、道徳教育に表面的な批判が多いまま、プログラミングや英語を小学校で導入するのがいいことなのかどうか、私の中でも答えは出ません。ですが、とにかく、大学の国際化や草の根の国際交流の活動が真の平和に繋がる道程となるよう、世界の現状を見据え正しい知見を培い倫理的に行動する力を育てるという教育者の役割を、全ての学校関係者が自覚し実践することを心から願い、また、実行したいと思います。

【2017年8月10日掲載】


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