地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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誰の息子だい?(リス語)


大学生の時分に、長崎の平戸に遊びに行ったことがある。泊まったのは、歩く たびに軋む廊下の音がうるさい海辺の小さな旅館だったが、そこの料理がめっ ぽう旨い。目の前の港で水揚げされた新鮮な魚介類をそのまま厨房でさばいて 持ってくるのだから、旨くないわけがない。料理を運んでくれた仲居さんが、 「うちはこの通りぼろやけど、料理だけはおいしいとよ」と言っていたのを昨 日のことのように思い出す。

沢山の料理がところ狭しと机の上に並んでいくなか、人の良さそうな彼女が私 に尋ねた。
「おにいさん大学生かいな?どっから来んしゃった?」
「東京の方の○○大学です」
私がそう答えると彼女の目の色が変わった。
「○○大学!あんた戸川君知っとうね?」

曲がりなりにも学生総数1万人を超える規模の大学だ。そう簡単に点と点とが つながる訳もない。期待に添えない罪悪感のようなものを言葉の端ににじませ ながら答えたと思う。「知らない」、と。仲居さんは、ほんの一瞬失望の念を 表情に浮かべながらも言葉をつなげた。「ああそうね。知らんかね。うちの娘 の同級生なんやけどね」。

世界はそんなに狭くない…と思う一方で、上のエピソードから何年も経ってか ら、正反対の経験をしたこともある。以前調査の名の下で、タイに住むリスと いう少数民族の人々と3年間ほど寝起きを共にしたが、彼らの世界は実に狭かっ た。「少数」民族とはいえ、4万人近くの人口を数え、村も全部で150ほどはあ る。それでも、4万人がみな親戚どうしではないかと勘繰りたくなるほど、彼 らは遠くはなれた村にいる仲間たちのことを本当によく知っている。

初対面のリス2人がどこかで出会ったと仮定しよう。彼ら(彼女ら)の挨拶が 面白い。まず、どちらかが会話の口火を切る。

「あんた、どこの村の出身だい?」(アラキャ・スア)
それにもう一方の人物が答えると、次の質問が待っている。
「じゃあ、姓はなんだい?」(アシ・ツア)
答えると、さらにたたみ掛けてくる。
「誰の息子(娘)だい?」(アマ・イザ<アミ>)

この時点まで来ると、質問者は、相手の父親の顔をかなりの確率で思い浮か べることができるだけでなく、おおよその系譜的背景までをも思い出すこと が出来る。さながら、頭の中に検索エンジンがあるかのようだ。キーワード は多ければ多いほどヒット率も高い。最終的には、自分と対話相手との系譜 的接点らしきものを強引に見つけ出し、目の前にいる人物をどのような親族 名称で呼ぶべきかを決める。この際、本当に血がつながっているかどうかは とりあえず関係ない。重要なのは、相手に呼びかけるための言葉が見つかっ たことだ。こうして2人は「シンセキ」同士になる。

リス語を覚えてからは、私もよくこの“ゲーム”を遊んだものだ。村を聞かれ ると自分の調査村の名前を答え、姓を聞かれると居候をしていた家の姓を答え る。そして、「誰の息子だい?」と聞かれた時点で、今度は日本に暮らす本当 の父親の名前を答えるのだ。聞いたこともない名前に遭遇した相手は当然のご とく面食らい、言葉の継ぎ穂が見つからずに小さく狼狽する。ここでようやく 私の方で助け舟を出すことになる。 「僕は日本人だよ」。 ところが、相手の頭の混乱はここでも終わらない。そう、私のリス語がいかに 不完全であろうと、リス語を話す以上、私はリスなのだ。リス語を話す日本人 など存在するはずないのだ。訝しげな表情を残したままその場を早く立ち去ろ うとする相手を前に、今度は私が狼狽する。ちょ、ちょっと待ってくれ。

「あなたは誰の息子だい?」

《綾部真雄:成蹊大学文学部(2005年掲載)》