地球ことば村
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が 「ことば」に関する情報を発信!
メニュー
ようこそ

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F

FAX:03-3713-9932
http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

精霊と共に生きる・ベンデの人々


ベンデ語という言語のフィールド調査をしています。アフリカはタンザニアで 話されている言語です。タンザニアは東アフリカの海岸、大陸部のタンガニー カと、海峡を隔てた島、ザンジバルからなる連合共和国で、日本ではセレンゲ ティ国立公園やアフリカ一の名峰キリマンジャロ山のある国、と言えばイメー ジが湧くでしょうか。

ベンデ語を話すベンデ人は大陸部タンガニーカの西部の山間部に住む狩猟の民 (と主張しているが、実際は農業が主)で、言語は存続が危ぶまれるレッドリ スト(記述されていない、調査もされていない言語のリスト)にも載っていま す。

初めて私がベンデの村を訪れた時、村人は私を扱ってよいのかわからず戸惑っ ていました。数年通って、いろいろな情報を総合すると、最初のころ、私は邪 術師だと位置づけられていたようです。でも、誰も面と向かってそれを私に言 うことはありません。村人の誰かのことを邪術師だ、と噂するときもそうなん です。決して本人にそのことは知らされません。知らないうちに、そうやって 村八分になるんです。一人だけ金儲けをしたとか、何か村の輪を壊すようなこ とをした人に対して、このような形で制裁を下すようです。

そのうちに、私が「ベンデ語」という言葉を学びに来たんだ、ということを理 解してもらえると、今度はこれに彼らなりの理由付けをするんです。以前、京 都大学の人類学者が、近くで呪医(ウィッチドクター)の研究をされていて、 先生ご自身も呪医の資格を得られたのですが、先生が日本に帰国される際、ベ ンデの精霊ムラングワを日本へ連れて帰ってしまったのだというのです。ムラ ングワはベンデにとってかなり重要な精霊で、長いことベンデの地を留守にし ているので、皆、困っていたのですが、私が来たことで、やはりムラングワは 日本にいるのだ、ということを確信したそうです。私はムラングワの力を利用 するために、ベンデ語話者であるムラングワと会話しようと、ベンデ語を習い に来たのだ、と彼らは理由付けたのです。

今でもそう信じている村人も若干いるようですが、今では、私がまったく霊感 のないことがばれてしまいました。「やっぱりどこの国にもこういう鈍いやつ がいるんだ」と笑われています。私がムラングワと交信して、その力を利用す る、という説は、こうして段々と崩れつつあります。霊と交信するなんて憧れ ますよ。

このように、ベンデの土地には、山の精霊やら川の精霊、祖先霊、たくさんの 霊がいるらしいのです(残念ながら感じることはできませんが)。多くの家に は、小さい祠が祀られています。日本の八百万の神を奉るのや、山岳信仰のよ うで、懐かしい気さえします。山や森に囲まれているという、ベンデの地や日 本の土地柄がこういう文化を生み出すのか…。自然に対する態度という点では、 私たちとも共通点がたくさんあります。

ベンデの特徴的習慣のひとつに、複雑な挨拶法があります。まず、目下のもの が膝を折って拍手を3回打ちます。それに答えて目上は相手の氏族名を述べま す。実際は、性別、氏族、身分によって、その作法にはいろいろなバラエティー があります。こうした挨拶法はベンデに特有のもので、周辺民族には見られな い特徴です。また初対面で、相手がベンデかどうかわからない場合は、とりあ えず「グワンジマシー?」と尋ねます。字面通りだと「お前は何をケチってい るのか?」という意味です。最初は何か物をねだられているのか、と焦りまし たが、これもコミュニケーションの一つ。よくベンデに通じた人ならば、問題 なく「ウガリ(トウモロコシの粉を練った主食)!」と答えられるのです。戸 惑っているのは、ベンデがわかっていない余所者、ということなんですね。

ベンデは森の幸に恵まれ、季節のキノコや蜂蜜、ブッシュミート、おいしい白 蟻(コンソメ味のスナック菓子)やカミキリムシの幼虫(コクのある川海老味) などが豊富です。現金収入こそほとんどありませんが、豊かな自然が十二分に 生活を満たしてくれます。ただ、最近気がかりなのは、のんびり、ゆったりと したベンデの土地に、俄かにゴールドラッシュが起こっていることです。タン ザニア全土から集まった一攫千金を夢見る荒くれ男や、ロシア人、中国人、南 ア人、あるいは国籍不明のあやしい人々が、ベンデの精霊の森を掘り返してい ます。こうした余所者によってもたらされるエイズなどの病気や、生活の急激 な変化に人々が対応できるのかどうか。それに、あのすばらしい精霊の森がこ んな風に踏みにじられるのは耐え難いですね。今こそ精霊の力が必要とされて いるのかもしれません。

《阿部優子:東京外国語大学大学院地域文化研究科(2005年掲載)》