地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ユカギール語


東経155 度北緯60度から70度にかけてコリマ川が北極に向かって流れている。川が北緯66度辺りでヤサーチナヤという川に分かれた辺にニェレムノエという寒村が ある。ここで1992年の夏至にソ連圏全ユカギール民族大会が開催された。全民族と言っても総勢で1000人ほど(1989年の統計)しかいない。しかし その3割ほどが集まった。壮観だった。しかしこのうちでユカギール語を話せると言った人は32%。大抵はヤクート語とロシア語の三言語使用者で、母語ユカ ギール語だけはダメだという人が7割に上る。

ユカギール人たちはコリマ川の中流と上流付近と北極海近くのツンドラ地帯、それに西 隣のアラゼイ川とチュコチア川流域のツンドラ地帯に分かれて住んでいて、主に二つの方言に分かれている。二つの方言の基礎語彙で共通なのは56%だという 報告がある(長崎郁1998)。その他にも違いあってお互いに話が通じないことがおおいという。

ユカギール語は古い古いユーラシア東北部(「シベリア」ではない)のことばのひとつで、親類の言語はどこにもない。西洋の言語学者は「古アジア諸語」に属する孤立した言語であるという。日本語やアイヌ語もその仲間だそうである。いまから5~6千年前には何千人というオーダーの共通文化をもつ集団(エトノスと言っておこう)が、極東北部のあちこちに住んで、交易をしあっていたのだろう。ユカギールもおそらくそのひとつであったに違いない。

こ のことばは易しい。優しくもある。語順や構文が日本語と似ている。しかし独特の特色もたくさんもっている。ここを知らせたいという箇所をマークするという 文法的マーカー、いわゆる焦点標識をもっていたり、目的語を足したり引いたりする語尾を動詞の後ろにつけて自動詞と他動詞を分けたりする。

古くからの物語も少なからず記録されていて、ヤクーツク市には博物館もある。おもしろい絵文字も残っている。タイガの中で狩りで仲間に情報を伝えるために考案したものだという。またユカギール人の言語学者や人類学者がアカデミーや大学で活躍している。

ユ カギールの言語と文化を残そうという運動がある。ヤクーツク共和国の教育相はユカギール出身の女性だったが、この人も母語の維持に努力してきている。しか しユカギール人が割にまとまって住んでいる村でも、日常の会話はたいていロシア語になってしまった。何とか話せてユカギール語の記録に協力してくれる人も 少なくなってきた。現状ではどこまで母語を残せるか分からない。ほそぼそと続いて、話者が途絶えるという歴史を何とかして転回させたいものである。

昔、北へ流れる川のほとりにユカギールがたくさん住んでいたそうな。毎夜あちこちで焚き火のまわりに集まって物語を聞いて楽しんでいたそうな。あのそれに見えるオーロラはそのたくさんのユカギールの焚き火の照り返しだそうな。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》