地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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レト・ルマンチュ語


スイスから イタリアへ通じる道の一つにサン・モーリツ峠がある。そのライン川の源流に沿った地域に珍しいことばが生きている。レト・ルマンチュ語という。東のドロ ミーテン地方にあるラディン語とベニスの北の山の中で話されているフルオーリ語と一緒にまとめてレト・ロマンス諸語ということもあるが、成り立ちといきさ つから考えるとそれぞれは互いに親類でも別のことばとしておいたほうがよい。

昔このあたりに広くレーテ人が住んでいた。ケルト・ エトルスク・リグリア・ベネト人たちの混合民族だったという。そこへ紀元15年にローマ人が攻めてきてアルプスの南からドナウ川にかけてひとまとめの 「国」を建てた。しかし5世紀後半にローマは滅亡して、ゲルマン人が西に移住してくる。そしてこの地域は6世紀半にフランケン王国に支配されることになる が、ローマ人はすっかりいなくなってもローマのことばだけは残していった。この地はずーっとその後もドイツ系の王と教会に支配されてきたので、シーザーの 軍のことばがドイツ語にもみくちゃになって近世の始め頃までに新混合言語レト・ルマンチュが生まれたという。

19世紀の80年代 にパリで言語学会が開かれたことがあった。そこで著名な印欧語学者が「レト・ロマン語はせいぜいあと25年しか保たない」と発言した。ところがこのことば は今でもちゃんと生き残っている。スイス東南部グラウブンデン州(レト・ルマンチュ語でグリシュン州)に何とか話せるという人が5万人もいる。リア・ルマ ンチャという言語文化研究所がある。立派なレト博物館がある。四つの方言から統一語が作られ、その辞書も教科書もあって、幼稚園から中学校にかけて使われ ている。州都のクール市の駅に降り立つと駅名から切符までレト・ルマンテュ語、ドイツ語、イタリア語の三言語で書かれている。新聞もラジオもテレビ番組も ある。

レト・ルマンチュ語維持運動から見習うべきは、このことばがスイス的民主主義によく守られてきたという点である。第一に、 ルマンチュを州の公用語の一つとして制定した。スイスの他の州とは違う公用語を選んだのである。第二に、この州の公務員として就職するものは必ずルマン チュ語を「理解できなければならない」と条例にある。こういう条例を北海道のどこかかで制定できるだろうか。第三に、言語文化研究機関と教育を主に州予算 でまかなっている。もちろん毎年増額要請が出る。

しかしこのような手当にもかかわらず、レト・ルマンチュは危ない。若い者は山間 の村を出て都会の会社に勤める。仮に外資系のホテルに就職したとしよう。レト・ルマンチュは役に立たないだけではない。田舎者の看板である。確かに民族的 差別に類する行為は見られないが、この地域ではもともと、公用語三言語と、それに英語の四言語とを使えることが原則であるはずだが、どれを諦めるかとう段 になると、まずはルマンチからとなるのが普通の成り行きである。

レト・ルマンチュ語はいろいろなことを教える。この古いクレオール語 (新混合語)を母語とする人々は、言語文化を大切にする政治的施策を自ら作り上げて、母語を長く維持してきた。慢性的危機をゆったりとやり過ごしてきた。 しかし人々の生活が隅々まで互いに直接に世界と結ばれるようになって、これからは自分達の伝来の遺産をどうできるのだろうか。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》