地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ヌートカ語


カナダの南 西バンクーバー市の太平洋岸に長くて大きなバンク-バー島が横たわる。この島にアメリカのファースト・ピープル(先住民族)の一族ヌートカ人たちが住んで いる。自称でヌー・チャ・ヌヒという(nuu-chah-nulthでホームページがある)。「海山に沿って(生きる人)」という意味だそうである。居留 区に8千人ほど、他に2千人ほどの人口をもつ。14の氏族の古い共同体で「記憶にないほどの昔から」北・中・南三つの群に分かれて住んできたという。昔か ら「海は俺達の庭」と言って、海獣と魚の漁で暮らしてきたが、「19世紀終わりから20世紀半ばにかけて、... ヌートカの伝統的言語・文化の完全否定と西洋的価値観・生活様式の強要が徹底して行われ、ほんの数世代のうちに、伝統的文化と言語は見る影もないまでに衰 退した。」「ウニ、ナマコ、数の子、すじこ、などの伝統的なご馳走も、マグトナルドのハンバーガーに取って代わられた」(中山俊秀「ヌートカの人々の現 在」月刊『言語』2005.02)

しかし15年ほど前から国際的な先住民運動のなかでこの状況も見直されてきた。特にNTC (nuu-chah-nulth Tribal Counsil) が作られて活発な活動を始めて以来、持続可能な海洋資源の利用を求めて、漁業区域を確保する活動、衛生健康管理のための施設をつくる運動、一般的な教育助 成だけでなく大学院レベルまでの奨学措置などに力を尽くしている。社会活動や芸術運動にもめざましいものがある。ヌートカの手芸と造形の才能は古くから高 く評価されていて、その作品は大阪の民族博物館はもちろん網走の北方民族博物館でも見られる。しかし最近はインターネットでも見事な発信ぶりである。だ が、言語の維持再生についての活動は進んでいないようだ。あるいは日用言語への回帰について疑いを持つ意見があるのかも知れない。

ヌー トカ語は古くから知られた北米インディアン諸語の一つで、古くは1911年にサピーアの立派な研究論文がある。その後も世界中でよく研究されてはきたが、 本人のヌートカ人はやはりもうほとんど使わなくなってきている。話せるのは「せいぜい数百人、ほとんどが60台後半以上の高齢者である(中山俊秀同上)。

この言語は見るほどに面白いことばのようである。まず子音音素が多くて難しい。摩擦音15個、破擦音6個を聞き分けるのは至難の業である。品詞区分というものの意義を改めて考え直させる。例えば動詞と名詞がともに屈折して述語になるからである。ひとつの動詞はいくつもの接辞を取り込んで長い文的な語を作る。この長い動詞文的な語を中心にさらに必要な情報をまわりに並べて本式の文を作る。いわゆる複統合形式が発話の中心を成すわけである、などなど。

こういう面倒な構造をもつから、英語の方が簡単だということになるかもしれない。しかしヌートカの人たちは、氏族の名前や地名や文化要素を語るときには最近になってますますヌートカ語を誇りをもって使うようになった。ことばをどう残すかを考える時が来たような思いがする。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》