地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ネズパース語

  ネズパース語は、現在、北アメリカの西部大平洋岸から東へ1000キロほど入ったあたり、アイダホ州、ワシントン州、オレゴン州の三州が境を接している地 域で話されている。ネズパース族の人口は約二千人、話し手は、青木晴夫さんが『言語学大事典』第3巻(1992年)に書いているところでは、人口の十分の 一前後という。その近隣で話されているサハプティン語に似ているので、この名の語族の一つと考えられている。一万年とか二万年前にユーラシア大陸から西へべーリング海峡を越えて渡ってきた人たちである。

 ネズパースという名はこの人たちの自称チョプニシが「鼻に穴を開ける」という意味なので、それを白人がフランス語に訳したのをさらに英語読みにしたものが今の呼称になったようである。

  この言語を始めて学問的に調べて信頼できる記述を行ったのは青木晴夫さんだった。それ以前はミッションの宣教師が商売用に勉強したものだけで、ただ一人例 外をあげれば、ネズパース人を母とするお役人が母語の民話などを集めたものがあるだけだった。青木さんは1960年代の初めに未だ重かったテープレコーダ と何万枚のカードをもって単身アイダホの村に入った。そこで現地のお爺さんお婆さんから単語をひとつびとつ習った。一緒に山へ芋掘りに出かけ、魚をとり鹿 をとらえて、生活と文化に浸かってことばを習った。その成果は1970年のカルフォルニア大学から『ネズパース文法』などとして出版された。今日まで唯一 の包括的文法である。

 この本で始めてネズパース語の特質が明らかにされた。それによると、この言語では、二類の「イ」を持っていて、その音を規準に母音を二類に分ける。モンゴル諸語・チュルク諸語、古い日本語などにある母音調和がある。子音は26個、咽頭化音を もつという。非常に複雑な動詞の構成法をもっていて、18種の接辞を取り込んで大きな動詞を作る、つまり複総合的な動詞構造をもつ。それが付く順序には厳 しい規則がある。しかし自由な名詞句や副詞はその周りにかなり自由に配置されるという。数詞が基本的に10進法で、もとは5進法だったかも知れないなどな ど、非常に豊かな語彙と文法があることが分かる。

 この1960年代に青木さんがネズパース語を教わった人たちは既に亡くなって 久しい。しかし1975年にお婆さんの孫娘が「母語をおしてほしい」と青木さんをバークレーに訪ねた。1979年にはネズパース長老の委員会から、青木さ んの表記法を教えて欲しいという依頼があった。そのための講習会も開かれたという。ちょうど角田太作さんがアーストラリアのワルウング語のために、池上二 郎さんがウイルタ語のためになさったことが、アイダホでも起こった。言語学者の仕事が先住民族の言語のために役だったのである。しかし青木さんは書いてい る「このような試みは、あくまでも、ネズパース族の、ネズパース族による、ネズパース族のためのもでなくてはならないと思います」(『滅びゆくことばを 追って』新版1984)と。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》