地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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セルビア語・クロアチア語

ユーゴスラビア

 バルカン半島にかつてユーゴスラビアという国(1929-2003)が存在しました。はじめは王国として出発し、1945年から1991年まではユーゴスラビア連邦人民共和国(後にユーゴスラビア社会主義連邦共和国とも)としていわゆる社会主義国家のひとつでした。この国はスロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人、さらにコソボ自治州にはアルバニア人などが住んでいました。その版図にはスロベニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語、アルバニア語などの言語が使われていました。またこれらの言語は地域によって主にキリル文字かラテン文字で書かれました。さらにこの国には正教、カトリック教、イスラム教の3種の宗教を信じる人々が暮らしていたといいます。

 しかし1991年にソ連が崩壊するとともに、ユーゴスラビア紛争が起こり、この国の地方が分離しはじめます。1991年にはスロベニアがユーゴスラビアから分離をもとめて武器を取り、独立を果たします。ついでクロアチアが独立を求めて戦争を始めます。戦争はセルビアとの歴史的な対立を背景に泥沼の様相を呈して「民族浄化」と言われた悲惨な殺戮が続きます。しかしこの戦争は4年後に終わり、クロアチアは独立を獲得しました。またボスニア・ヘルツェゴビナも1992年から1995年にかけて3年に及ぶ悲惨きわまる紛争を経て独立国となりました。さらにアルバニア系住民が92%を成すコソボは2008年に独立を果たしました。

セルボ・クロアチア語

 かつてユーゴスラビア連邦の版図で話されていた諸言語の内、コソボのアルバニア語はスラブ語ではありません。またスロベニア語は南スラブ語の西グループには属するが、独立の言語です。一方マケドニア語は南スラブ語の東グループに属し、これはブルガリア語と近い関係にあります。そしてユーゴスラビアの中心を成すセルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツゴビナとクロアチアの地方には19世紀中頃以来セルボ・クロアチア語というひとつの言語が行われてきたと考えられてきました。この言語はいくつかの方言に分かれていて、重要な方言的特徴によって分類されてきました。しかしオスマン・トルコの支配や社会主義の時代、さらにユーゴスラビア紛争を経て、今日では、東のセルビア地方のベオグラード、西のクロアチア地方のザグレブを中心に話されている方言が、それぞれセルビア語、クロアチア語と呼ばれるようになりました。またボスニア・ヘルツェゴビナには主にクロアチア語が用いられてきたのですが、紛争後この国で話されるクロアチア語をむしろボスニア語と呼ぶ傾向が見られます。このようにかつて考えられてきたセルボ・クロアチア語はすでになくなり、その地域にセルビア語、クロアチア語、さらにボスニア語がそれぞれに独立したというのが今日の状況です。

セルビア語・クロアチア語の音と文字

 母音は5つで、標準的ですが、子音では破擦音が歯音1つ、歯茎音4つ、硬口蓋音2つがあります。さらに半母音にjがあります。また子音連続が多く、子音の間のrが音節核として働きます。例えば srpskohrvatski(セルビア語)

 またアクセントはストレスとトーンとが関わり合って長短・上昇・下降母音の長短とが組み合わさって音節にヴァラエティを与えます。

文字

 19世紀にヨーロッパ諸国家の民族意識が高まったとき、バルカン半島にも大きな動きがありました。セルビアではヴィク・カラジッチがこの地域の辞書と文法を作り、セルビア地方の言語にキリル文字によって表記しました。一方、クロアチアでは、デヴィット・ガイがその地方の言語にラテン文字の表記を考案しました。それ以来それぞれの地域でそれぞれの言語をキリル文字とラテン文字で表す習慣が定着しました。今日でもセルビアではとくに公的な文書にはキリル文字が使われることが多く、一方でクロアチアではすべての表記にもっぱらラテン文字を使っています。

セルビア語・クロアチア語の文法の特色
性・数・格

 名詞・形容詞などに単数・複数の別、男性・女性・中性の区別と7つの格を区別する屈折形式があります。例:海(単数・中性):主格more、対格more、与格moru、所有格mora、造格morem、前置格moru、呼格more。

 形容詞は名詞の前について名詞を修飾するときにその名詞の性・数・格に応じて屈折しますが、述語的に使われるときは屈折語尾をつけません。

時制とアスペクト

 動詞は主語の人称と数に応じて屈折しますが、現在変化の屈折は動詞によって3類に分かれます。類別は屈折語尾の母音がa/i/eのどれになるかによって区別されます。過去時制は主語の性によって別の屈折語尾をとります。未来形は複合時制です。セルビア語は不定形の代わりに「da+現在人称形」を使うことが多く(ブルガリア語の項参照)、クロアチアではići「望む」+不定形が主に使われます。

 セルビア語、クロアチア語はスラブ語に特徴的な完了相と不完了相の対立があります。この相の違いは動詞語幹に接頭辞が付いたり、動詞語幹の音韻が変わったりして表されます。例:(書く)不完了pisati:完了 napisati、(与える)不完了davati:完了dati

語順

 文中の語順は決まっていません。これはスラブ諸語の基本的特徴のひとつです。しかし非自立語が文頭に立たないなどの一連の規則があります。

セルビア語・クロアチア語の語彙の特色

 14世紀から近代以前までオスマン・トルコの支配下にあったために日常語彙のさまざまな領域にトルコ語の借用語彙が見られます。また近代以降のハプスブルグ領を通じてドイツ語からの借用語も見られます。

 セルビア語とクロアチア語との違いを示す一連の語彙が見られます。セルビア語が近代西洋の語彙をそのまま受け入れているのに対して、クロアチアでは翻訳借用を好んだようです。例えば「大学」はセルビア語でそのままuniverzitetですが、クロアチアではsveućilište(すべてを学ぶところ)と言われます。暦の月の名前にも同じ傾向が見られます。

簡単な挨拶(ラテン文字で表記)

「こんにちは」Dobar danドバル ダーン
「おはよう」Dobro jutroドブロ ユトロ
「こんばんは」Dobro većeドブロ ヴェチェ
「おやすみなさい」Laku noćラク ノーチ
「さようなら」Do viđenjaド ヴィジェーニヤ
「ありがとう」Hvalaフヴァーラ

《金子亨:言語学(2006年掲載/2010年改訂)》

(中島 由美「セルビア語、および、クロアチア語」『世界の言語ガイドブック1』1998三省堂 pp.123-143 を参考にしました。)