地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ブルトン語(ブレイス語)

フランス北西部のブルターニュは大西洋に突き出した半島で、最西端の地域はフランス語で「地の果て」とも呼ばれている。ここではケルト系のことばであるブルトン語(ブレイス語)が話されている。

か つてカエサル率いるローマによって征服される前、今のフランスにあたる地域の大部分ではケルト系のことばが話されていた。しかし人々の話すことばは次第に 征服者たちのことばに取って代わられ、ブルターニュでもラテン語化が進んだ。ところが5世紀になると、ブルターニュは再びケルト化される。ゲルマン民族の 一派のアングロ・サクソン族がグレートブリテン島に侵入したため、グレートブリテン島からケルト系のことばを話す人々が移住してきたのである。その後、ラ テン語化の進んでいたブルターニュ東部の地域ではオイル語系のガロ語が話されるようになったが、西側の地域はケルト系のブルトン語の地域となった。

ブルトン語はウェールズ語コーンウォール語とともにインド・ヨーロッパ語族ケ ルト語派のブリソニック語群に属する言語である。インド・ヨーロッパ諸語の古い特性を残しており、複雑な動詞構造をもつ。動詞の語幹に接尾辞を付けること で人称、時制等が表わされ、例えば "kar-"(「愛する」)に "-e"(未完了過去を表わす接尾辞)と "-mp"(1人称複数を表わす接尾辞)が付いて "karemp"(「私たちは愛していた」)となる(Ternes, Elmar(1992)"The Breton langage : Historical and social perspective", in Donald Macaulay ed., The Celtic Languages, Cambridge ; Cambridge University Press)。ブルトン語には大きく分けて2つの方言グループがある。一つはコルヌアイユ(ケルネ)方言、レオン方言、トレギエ(トレゲール)方言の3つ の方言 から成るグループ(各方言のブルトン語名の頭文字を取ってKLTグループと呼ばれる)であり、もう一つはヴァンヌ(グエネーデック)方言である。

19 世紀初頭には、ブルターニュ西部の大多数の人はブルトン語のモノリンガルであった。19世紀末になると学校でブルトン語を話すことは厳しく禁じられたが、 第二次世界大戦期になっても農村部の村ではブルトン語が日常的に用いられていたという。しかし1940年代後半になると、家庭でも親が子供にはブルトン語 で話さなくなり、ブルトン語は衰退していく。1997年に行われた調査によると、ブルトン語を話せると答えたのは5人に1人で、約24万人の話者がいる計 算になるという。話者は高齢化している。このような状況のなか、ブルトン語を残していきたいと考えている人は回答者の9割近くに達したという。
(Broudic, Fanch(2003)"Le breton", in Bernard Cerquiglini dir., Les langues de France, Paris : Presses Universitaires de France)。

ブ ルトン語の擁護運動はかつては民族主義的な運動と結びついていたが、現在ではブルトン語の教育運動自体がブルターニュの運動の中心となっている(原聖 (1996)「民族を越える言語運動」『現代思想』)。1977年にはブルトン語とフランス語のバイリンガルの学校である「ディワン」(「芽」という意 味)が設立された。バイリンガル教育を受ける子供の数は1990年代になると大きく伸び、公・私立学校のバイリンガル学級を合わせると、2000年度には (80万人中)6540人に上った。その他、教科としてブルトン語を学んでいる子供もいる。しかし、同じケルト系のウェールズと比べると状況は明るくない ようである(原聖(2001)「地域的言語文化の新たな広がり」(宮島喬、羽場久シ尾子編『ヨーロッパ統合のゆくえ : 民族・地域・国家』人文書院))。

ブルターニュを訪れるとブルトン語とフランス語で二重表記された標識が目に留まる。ブルトン語 の存在やブルターニュの人としてのアイデンティティを示していると考えられる。素朴な自然や建物を愛でながら、ブルターニュの人々のことばや文化について考えたい。

《佐野彩:社会言語学、金子亨監修(2006年掲載)》