地球ことば村
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イテリメン語

その昔、大黒屋光太夫が漂流の果てに流れ着いて最初に出会ったのが、このイテリメン語を話す人たちだったのかも知れない。その人たちは、かつて千島列島の先、ユーラシア大陸の東端に続くカムチャトカ半島のほぼ全域に住んでいた。人口も2万5千人はあったという。しかし現在では半島の北西部の付け根、コリャーク自治管区に1320人(1994年ロシア連邦人口統計)しかいない。さらにイテリメン語を話せる人はその約9%、約130人という。

 17世紀の末、ロシアのコサック軍団がカムチャトカに侵略を始めた。イテリメンたちは何年も果敢に抵抗を続けたが、遂に18世紀のはじめ全土を攻略された。この時から新しい種族が生まれたという歴史家がいる。先住民の男子は全滅したが、女性はロシア人の子を作った。その子たちが新しい民族「カムチャダール」を形成したというのである。ロシアの慣習では、イテリメン人が長くこの名で呼ばれてきた。

 イテリメン人は千島や北海道東部のアイヌと交流があったらしい。南カムチャトカのクリル湖からは寛永通宝などが発見されていることからしても、アイヌとイテリメンとが古くから直接に触れあっていたと推察されている。イテリメン語も昔は今よりは南で話されていて、何らかの事情で北上し、ロシア人が到来する頃にはカムチャトカ全域に行われたのではないかという考えもある。その場合にはイテリメン語がそのすぐ北で古くから話されてきたコリャーク語といつどのように触れたのかという興味深い問題が論じられることになろう。イテリメン語では動詞語幹の前後に20のカテゴリーが配置されて長い動詞を作る。この動詞構造は複統合的と言われる。そしてコリャーク語やその北東に続くチュクチ語などの言語もみなこの形式をもっている。そのためにイテリメン語を、これらの言語と同じ語族に含めることが多い。ただイテリメン語は重要な点でこれらの言語と違っている。それは動詞構造には一つしか語幹を許さない、つまり抱合的でない。この点を重視すると、イテリメン語はこの語族から外れる。アイヌ語とも違う。ひょっとして孤立した言語なのかもしれない。

 カムチャトカ半島のどの地域をとっても「イテリメン語は現在ほとんど使われていない。日常生活はほとんどロシア語で行われている。しかしながら最近になって現地コミュニティの中からイテリメン語教室が各地にできはじめ、イテリメン語の新聞が発行されるなど、イテリメン語の保存・再生に向けた活動が起こり始めている」(小野智香子『イテリメン語北部方言語彙・会話例文集』2003、「まえがき」から)。しかしいままでは、辞書と教材はあったものの、簡便な単語・会話集のようなものはなかった。現地の人とたちとの緊密な協力を得て、それを日本の研究者が現地にプレゼントすることができた。ほとんど死にかかっている言語がひょっとして再生できるかも知れない。そのための点滴になってほしい。