地球ことば村
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チェチェン語

「「今」 地球のことばがあぶない」というサイトで、100万人の話者がいる言語について触れるのはおかしいと言うかも知れない。しかしチェチェン語を話す人々の生 命そのものが毎日深刻に脅かされているのをみるにつけ、言語もまたこのように担い手の死に起因する危機に直面することがあることを知っておきたいと思う。

チェ チェン共和国の首都グローズヌイから南西に100キロ程走ったところに北オセチア共和国の首都がある。その名をウラジカフカスという。丁度ウラジオストー クが「極東征服」という意味であるのと同じようにこの町の名は「カフカス(コーカサス)征服」である。事実、ロシアのチェチェン侵略は19世紀の後半に始 まって、スターリン時代には集団移住を強制され、1994年以降は軍事侵攻を受けるという苦難が今日なお続いている。

チェチェンの人たちは自分の言語をノホチイン・モットと呼ぶ。北東カフカス語派の中の一つで、隣のイングーシ語とともにナフ語群を作る。もともとカフカス語族は南と西のカフカス語派とともに大変に古い言語の群れで、印欧諸語ができる前から、この黒海とカスピ海との間の地域で使われてきたのかも知れない。しかもこの言語群は他のどの言語とも縁戚関係をたどることができない。

チェ チェン語は古いだけに特別な特徴を持っている。音の組織では、子音音素が33~34もある。しかしこれでもカフカス諸語の中では少ない方である。母音も多 い。16~17である。他のカフカス諸語では母音1個、とか2個という言語があるから、これは多い方である。文法の仕組みも複雑で、いわゆる能格が他動詞 の主語になったり、その他にも8種類の格マーカーがある。男女の文法性ではなく名詞の類別をもつ、などなど。

チェチェン語は 1930年代まで文字で書かれることはなかった。ソ連時代の初期に近隣の民族が文字を作ったときから、チェチェン語にもキリル文字を基にした文字が作られ て、いまも使われている。しかし公教育の現場で今それがどう使われているかはよくわからない。一方、早い時期にイスラム教に入信した人々はアラブ語を文語 として使っていたし、その影響でアラブ語の語彙が多くチェチェン語に入っている。

日本語で書かれたチェチェン語の教本はまだない。最近の教材としては、ロシア語のよる割に読みやすい文法書(アリローエフ『チェンチェン語1998』)が出版されたくらいである。

チェ チェンの人は紛争前には100万人ほどだった。しかし2001年の統計では76万7000人と激減した。イングーシ人も20万人以上が住んでいた。このう ちどれだけが隣国北オセチアへ移住したがは分からない。しかしかつて20万以上も住んでいたロシア人はもう殆どいないという。もちろん兵隊はこの勘定には 含まれない。とまれロシア軍とロシア語がやってきて、この10年足らずで20万人が居なくなった。死んだものの多くは子供たちである。チェチェン語の継承 者たちのはずであった。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》