地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ヤクート語

 新潟空港から北に4時間ほど飛ぶと、ヤクーツクに着く。サハ共和国(ヤクーチア)の首都、人口約20万の都市だが、夏は30度未満だが、真冬はマイナス50度になるので服装には注意が要る。この国はロシア連邦に加わる「独立の」共和国であって、国語をヤクート語とロシア語の二言語と定めている。住民総数約百万、その内半分がロシア人移住者、他の半分がサハ人(ヤクート人)、それにエヴェンキ人、エヴェン人、ユカギール人などの少数民族である。

 ヤクート人は昔、唐の時代には西域の胡族の一つだった。バイカル湖近くで牧畜をしていたという説がある。しかし14・15世紀にモンゴルに圧迫されてバイカル湖東部に源流を持つレナ川を北に下って北緯63度辺りで定住するにいたったという。彼らは西域に馳せた多くの諸族と同様にチュルク系の種族で、ヤクート語もチュルク諸語の一つである。チュルク語の一番南西の言語がトルコ語、一番北東の言語がこのヤクート語である。あるときヤクート人とトルコ人に会話をしてもらったことがある。驚くことに、何とかか話が通じた。何と6割くらいが聞き取れるという。たかだか5・6百年しか経っていないとはいえ、6千キロ離れて住む人たちの間で話しが通じるのであるから、チュルク系の言語は根がしっかりしていると言うべきなのだろうか。

 チュルク諸語、モンゴル諸語、ツングース・マンチュウ諸語を合わせてアルタイ系諸語ということがあるが、ヤクート語もアルタイ系である。とは言え、数百年前に渡って単独で北東に移住して先住民族の中に割って入って言語であるから、いくつかの音素に特徴があり、チュルク語以外の言語からの借用語も多い。しかし全体としてみると母音調和があり、膠着語的であるので、いかにもチュルク的である。それに「オロンホ」という長大で勇壮な英雄叙事詩をもつ点でも、騎馬の文化を発達させている点でも、シャーマンの文化をもち、金属製の口琴とホーミー(喉歌)を得意とする点でも、胡の豊かな伝統を受け継いでいると思われる。

 数年前ヤクーツクからの使者があり、母からの預かりものですと『サハ民族の話』という本をいただいた。著者はユカギール族出身のサハ共和国教育大臣ヴィノクーロヴァさん。面影を追いながら読む内に「サハ民族の死滅は避けられないのか?」という章に驚く。17世紀にコッサックがやって来て以来ロシア帝国による収奪と迫害の時代が始まる。ヤサックと呼ばれる税を課され、疫病を作られ、サハ人の人口は半減した。ソ連初期の十数年だけは多少の改善は見られたものの、すぐに第二次大戦、次いで冷戦下の核戦争準備。ヤクーチアにたくさんの核実験場が作られた。北海海岸には小型核燃料施設が並ぶ。ダイアモンド、金鉱やその他の鉱山では「平和目的の」小型核爆弾による採掘が日常化する。1991年以降をとっても、急激な死亡率の上昇、出生率の低下、罹病疾病の増加、河川の放射能汚染、トナカイゴケの核汚染、重金属汚染、永久凍土の融解、森林火災の日常化。人間の生存そのものに対するこの全面的な危機をどう回避するか。民族の文化が死滅させられることをジェノサイドという。しかし人間そのものが死滅しては、文化も言語も生き続けられるはずはない。ヴィノクーロヴァさんは、上の問に対する答は今のところ見つからないと歯がみする。ただ、サハ共和国の政治的・経済的自立と知的でエコロジカルな政策の確立が一日も早く可能ならばと願うのみであると。

 サハ共和国政府刊『サハ共和国自然環境資源現状報告』(白書)(1995)によると、例えば、1991年に捕獲されたウサギは19万羽、1995年は6千羽であった。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》