地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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トゥヴァ語(チュルク語)

  バイカル湖から西南へ一千キロ足らずがアジアの真ん中にあたる。その辺り、サヤン山脈の西南斜面には、口琴の音に乗ってホーメイ(喉歌、ホーミーのこと) が響き渡る広い谷間がある(直川礼緒『口琴のひびく世界』2006)。そこがトゥヴァ共和国と呼ばれる国である。今でこそロシア連邦の一つだが、もともと はタンヌ・ウリヤンハイと呼ばれる由緒だたしい西域の一地域であった。

 トゥヴァ共和国の人口は総勢約30万人。内20万6千人 がトゥヴァ人で、独自の文化を築いてきた誇り高い民族であるだけに母語を話せる人が20万人という(1998年統計)。ロシア人なども数万人ほど移り住ん でいる。これらの多くは工業と林業にたずさわる出稼ぎで、小都市に薄汚く住んでいる。

 トゥヴァの国民はソ連時代こそ強圧に屈し ていたが、ロシア連邦の一部になってからは決して従順とは言えなかった。まず1993年には国民投票でロシア連邦憲法を否決してしまったという経緯があ る。そこには民族自決権が明記されていないというのがその理由であった(メンヒェン・ヘルフェン著『トゥバ紀行』田中克彦訳の「解説」岩波文庫)。言語政 策についても決しておとなしくはない。トゥヴァ共和国は過去60年ほどトゥヴァ語とロシア語を公用語として、キリル文字による表記を強要されたてきたの だったが、ソ連崩壊後の1995年に、彼らは言語学者ビチェルディ氏を文部教育大臣に選出して、トゥヴァ語の表記を一挙にローマ字表記に改めてしまった。 ロシア人は怒った。まわりの民族も「チェチェンみたいな目に遭うぞ」と心配して、時期尚早だと進言した。ビチェルディさんもヤクートの仲間に「あんたのと ころもやってくれればな」と愚痴る始末であった。そしてやはり数年後に妥協して、またロシア文字正書法に戻してしまった。それでもトゥヴァ人は意気軒昂 で、教員養成制度や研究組織を総動員して今こそ民族の母語と文化の振興に総力を挙げようと決心しているようである。

 トゥヴァ語はチュルク系の言語で あるが、トゥヴァ人には古くから仏教徒が多い。長く中国・チベット・モンゴルの文化圏のなかにあって強い影響を受けてきたからであった。公用文書ではモン ゴル文語を使っていたほどである。しかしトゥヴァ語の表記にはモンゴル語を使ってはこなかった。それでもモンゴル語からの借用語彙は多い。その点でイスラ ム教の影響を持つ他ののチュルク系の言語と違う。ソ連に編入された後、1930年代に他のソ連の北方少数民族と同じようにラテン語の正書法を作った。しか しそれも間もなく1940年にはロシア文字化されたものであった。

 トゥヴァ語の研究者はあまり多くはない。しかし首都のクズル には教育大学があって、その国語研究所にはたくさんの若手の研究者が国語であるトゥヴァ語やチュルク系のアルタイ語だけでなく、近隣のショル語、ハカス 語、セルクープ語などについても研究しはじめている。特にノヴォ・シビルスクの研究機関を中心とした国際的な学術交流が目立つ。トゥヴァ人は民族文化を振 興することにも熱心で、とりわけ「国際ホーメイシンポジウム」をすでに何回も開催していて、直川礼緒さんがそれに毎回出席しているという。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》