地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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クーイ語

 クーイ語(Kuy, Kuay, Suay)は、タイ・カンボジア・ラオス国境付近に居住するクーイ民族により話される文字が無い言語であり、オーストロアジア語族モン・クメール語族に 属する。「クーイ」/「クワイ」は「人」を意味する自称であり、別名の「スワイ」はタイ人やラオス人による呼称で「貢物」を意味する。クーイ民族の人口は 約38万人であり、タイの東北地方の南部に約30万人、ラオスの南部に約6.4万人、カンボジアのタイ国境周辺に約1.6万人が居住する。タイ国内には、 対立した異母音を基準にして「クーイ・クーイ」と「クーイ・クワイ」の2方言がある。筆者はタイ国スリン県ターモーム村のクーイ・クワイ方言話者である。

クーイ語の特徴

 クーイ語は孤立語で、いわゆる屈折及 び活用が見られない。時制や法、相などに相当するものは助動詞や副詞などで表す。基本語順は SVOであり、「猫が魚を食べた。」は「猫・食べる・魚」の語順になる。名詞句内や関係節などの語順は、日本語と逆の語順をとる傾向がある。例えば、「綺 麗な人」は「人・綺麗」、「私の家」は「家・(の) 私」、「私が食べたご飯」は「ご飯・関係詞・私・食べる」となる。量化表現では名詞が数詞に先行し、「芋一個/一個の芋」は「芋・一 (個)」となる。前置詞を使用し、「家で」は「で・家」となる。また、日本語の「こんにちは」「ありがとう」のような固定された挨拶の表現はあまり用い ず、「どこに行ってきたの?」「今日のおかずは何?」のような挨拶をする。

 クーイ語には声調がないが、普通声と息漏れ声の2つの対立をもつ。これは、咽喉の緊張の強弱による母音の音色の違いであり、強い方が息漏れでない母音 (clear vowel)、弱い方が息漏れ母音(breathy vowel)となる。息漏れでない単母音の数は大体 11-12個ある。ターモーム村のクーイ語は、息漏れでない12個の単母音 /i, ɯ, u, e, ə, o, ɛ, ʌ, ɔ, æ, a, ɑ/、3個の二重母音 /ia, ɯa, ua/ がある。息漏れ母音は、単母音9個( /ɛ, ʌ, ɔ/ に対応するものがない)、二重母音3個がある。単母音は長・短の対立をもつが、二重母音は長・短の対立がない。

 クーイ語の子音は、21-23音素が存在し、ターモーム村のクーイ語には、/p, t, c, k, ʔ, ph, th, (ch), kh, b, d, m, n, ɲ, ŋ, (f), s, h, r, l, w, y/ の22 音素がある。( )の中は借用語にのみ見られる。

 クーイ語は単音節を基本とした言語であり、一音節、または二音節の語が多い。ターモーム村のクーイ語の単音節語は C(C(C))V(V)(C) の構造を持つ。複音節語においては、副音節が主音節に先行する CV(C) + C(C)V(V)(C) の構造を持つ。

クーイ語の将来は心細い

 クーイ語の現状であるが、クーイ民族単体としては国を持っておらず、最大数の話者が居住するとされるタイ国内外でも一般にはあまり知 られていない。タイ国内におけるクーイ語は、公用語であるタイ語による教育並びにテレビ・ラジオ等が広く普及した結果、タイ語へのスイッチングが進行して いる。特に話者の年代が下がるにつれ生活におけるクーイ語の重要性やその使用頻度が低下してきており、次第に本来の語彙や文化の保存等が難しくなってきて いる。また、クーイ語話者は村以外の地域の人間とはタイ語やタイ国内におけるクメール語(Northern Khmer)やタイ語イサーン方言で話す、四言語使用者が多い。クーイ民族には、自らの言語に劣等感をもち使用を控える人も少なくない。実際、筆者が同族 のクーイ人にタイ語で話しかけられるケースも少なくない。更に、信じがたいが、出稼ぎに行きクーイ語を忘れてしまう場合もある。

クーイの文化-食べ物・衣服・象使い・祭り

田んぼの風景  クーイの伝統的な家は木造の高床式である。2世帯同居の家族が多く、伝統的には主従関白(家の中ではお父さんが一番偉い)である。クーイ民族の大半は稲 作農家である。 田植えは年一回行い、乾季にはスイカやきゅうり・いんげん等の野菜を栽培する。農閑期に夫が出稼ぎに行き妻が家で子供の面倒を見るのが普通である。最近は 都会に出稼ぎに行った若者が結婚後も村に戻らず、子供を故郷の両親に預け面倒を見てもらうことも多い。また、副業に大工等を行う者もいる。

漁の様子  タイ東北の人口の大半を占めるラオ民族はもち米を主食とするが、クーイ民族は白米を主に食べる。おかずは発酵した魚を混ぜて潰した唐 辛子と野菜が主となる。また、田んぼや川や森で採れた食材、例えば、魚、蛙、トカゲ、蛇、蟻、田ねずみ、貝、バッタや水牛の糞の下の土に住む糞ころがしな どの昆虫も食べる。タイ東北部は海から離れており、これらの食材が貴重な蛋白源となる。その他、鶏、豚などを家畜として飼う。水牛と牛は、以前は農作業兼 食材用に飼育していたが、現在では主に販売用か食材用に飼育する。年寄りの女性は、嗜好品としてキンマを噛む習慣がある。

 クーイ民族の女性はクーイの独特な模様のシルク織物を巻き、袖のないブラウスまたは普通のブラウスを着る。男性用の巻物もある。ま た、「サバイ」という細長い布を様々な目的、例えば、子供のハンモック、ターバン、ベルト、服の飾りに使う。女性は赤ちゃんのときから耳のピアスの穴を空 け、ピアスをつける。年寄りの女性はピアスの穴に花をさすのが好みである。

 クーイ民族は象使いとして有名であり、毎年タイ国内スリン県で11月に行われる象祭りもクーイ民族が主役なのだが、象祭りの知名度と は反対に国内外でこの民族の存在を知っている人は少ない。

村の祭り「サーク」  筆者のターモーム村には「サーク」という祭りがあり、太陰暦の10月の満月とその前の日の2日間行われる。どの家族も奮発して様々な ご馳走を用意し、ご先祖に供える。最大の行事となる2日目には、ご馳走などをバナナの葉っぱで包み果物などと一緒に籠に入れお寺に持って行き、一籠ずつ家 族の名前を呼びご先祖様に供える。子供は、他の人の籠を貰い家に持って帰り、バナナの葉っぱで包んである中身をあけるのが楽しみである。貰い手の無い籠は お寺に置いておき、お坊さんや他の村の人に食べてもらう。

《太田ワランヤ:東京外国語大学(2009年掲載)》