ビルマ語
ビルマ語はビルマ(ミャンマー)に住む人たちの8割近くが話している言語で、1974年以来憲法の規定によってビルマの公用語とされています。ビルマ(ミャンマー)には4千4百万程の人々が住んでいますが、そのうち約8割がビルマ族で、そのほかにシャン、カイン(=カレン)、ヤカイン(=アラカン)、モン、チン、カチンなどの少数民族が住んでいます。

ビルマ語はシナ・チベット語族と呼ばれる言語群の一つと言われます。このシナ・チベット語族は中国語やチベット語などの大きな言語が含まれますが、中国雲南省に住むロロ族の言語であるロロ語と共にロロ・ビルマ語派という言語群を作ると言われます。つまり、中国語系の諸言語の中の南に張り出したひとつだということになります。
ビルマ語にはいくつかの方言があります。そのなかでヤンゴン(=ラングーン)・マンダレーなどで話されている中部方言が一番大きいようです。
ビルマ語は12世紀頃から独自の文字を持っています。南インド系のモン文字を借りたもので、ビルマ語がシナ・チベット系なのに文字は全く別の系統のインド系だということになります。日本語が漢字を使うようにかなりの無理をしなければなりません。ビルマ語の文字表は次のようで、それを使った様子は下の新聞の一部で見て取れます(共に奥平龍二氏の「ビルマ語」(『世界の言語ガイドブック2』(三省堂)pp.256-272から)。


ビルマ語には中国語のように声調があります。4声の区別ですが、中国語とは違って、上がる声(2声、3声)がありません。また詰まる音(声門閉鎖音)や鼻母音もありますので、発音は非常に難しい。
ビルマ語は非常に豊かな語彙をもっています。本来のシナ・チベット系の語彙だけではなく、モン族やシャン族との接触によって、これらの民族の語彙を借用しました。それだけではなく、上座仏教の思想を表すパーリ語の語彙を大量に受け入れたからです。パーリ語は古代インド語の民衆語で、文語的なサンスクリットに代わって民衆に間に広まった言語です。それは決して俗語と言うべきではなく、豊かな仏教思想を体現しています。ビルマ語はパーリ語を説明的にも利用したようです。元来のビルマ語とそのパーリ語訳を並べて、一つの概念を表すという二重の表現をつくりました。例えば、「心」をセイ(パーリ語)+フヌロウン(ビルマ語)のように造語します。
ビルマ語は話しことばと書きことばの落差が非常に大きい言語のようです。話しことばは書物や新聞などの印刷物だけでなく、手紙にまで及ぶようです。メールがはやってきたらどうなるのかが楽しみです。
話しことば、書きことばによらず、ビルマ語の文構造は比較的簡単です。というのもこの言語群は屈折による造語法を持っていません。ただ名詞に格助詞をつけ動詞に助動詞的な語・接辞をつけて文を作ります。こうして日本語のような膠着的な表現が出来上がります。例えば、
シュヤ・ガ・ド チャインダ・ドゥウェイ・ゴウ ブマ サツ トィン・ゼイ・ジン・デ。
学生(主格)は 学生・ 達・ に ビルマ 語(−ヲ) 習わ・ せ・ たかっ・た
のように語と格や助動詞をつなぎ合わせます。
日常生活でよく使われる表現は文化的な背景を色濃く含んでいて大変美しいけれども使うのは大変むづかしいものです。ビルマ語の「ありがどう」は「チューズー・ティンバーデー」と言いますが、これは、「そのことが起こるのは大変あり得がたい」という重大な意味を持ちます。気軽には使えない表現です。一方、「すみません」は「マトー・ロッパー」とか「かまわない」は「ヤァー・バーデー」と言い、気軽に使うようです。「こんにちは」にあたる表現はむつかしく、むしろ「エイ・ピュオ イェ ラー」(よく寝た?)などと言うようです。
ビルマの人たちの呼び名は、原則として姓がないようです。名だけで一語だったり、スー・チーと二語だったりします。しかし特にお父さんの名を頭につけて、例えば、アウンサンのスー・チーだよと言うこともあるようです。この名を聞くにつけても、この人たちが強権的な軍事政権から一日も早く解放されることを希望します。


