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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

エジプト神官文字 英 Egyptian hieratic


エジプト象形文字の一書体。聖刻文字 (ヒエログリフ) の筆記体というべきものである。当時の神官書記が用いた宗教文書専用の文字(書体)であったために,この名がある。しかし,第 21 王朝以前に遡ると,宗教を除く文学,実務用の簡略な筆記書体であり,あらゆる分野にわたる膨大な文献がこの書体によって残された。葦ペンとインクによって,パピルスや陶片や石片など滑らかな表面をもつ材料に記した。金石文として刻まれることは稀であった。→ 塚本

日本の仮名に似て,字母は一筆かニ筆で書けるものが多い。ほぼ一定して,右から左へ書く。古くは縦書きが優勢であったが,中王国時代末期に横書きが一般化し,新王国時代初期以降は縦書きは稀になった。

最古の神官文字は先王朝時代の壷に書かれたサソリ王の王名であり,出現時期は聖刻文字とほぼ同時である。土器や石の容器にインクで書かれたものが発見されている。宗教文書に使われ続けた神官文字とは別に,第 3 中間期までに,さらに簡略化した常用の様々な書体が現れた。神官文字から発達したそれらの筆記体は,現在では文芸用(literary)神官書体,行政用(administrative)神官書体,変形(abnormal)神官書体として区別される。変形神官書体はテーベ地域で発達し,前 6 世紀末まで使用された神官書体である。これと並んで下エジプトで商用(business)神官書体として発達し,中央政府により標準書体として定められたのが,今日の民衆文字といわれるものである。

文字体系

ヒエラティック単子音文字

限定詞

Omniglot Ancient Egyptian scripts

神官文字書体例

文芸用神官文字 プタハ=ヘテプの処世訓

文芸用神官文字で書かれたエジプト第 12 王朝第 5 王朝イセシ王の大臣プタハ=ヘテプの処世訓。下段は現代エジプト学者によるヒエログリフを用いた転写。 → Gardiner

行政用神官文字

行政用神官文字で記されたエジプト第 20 王朝期の公用文章。 → Gardiner(1957)

変体神官書体

変体神官書体は非常に崩れており,解読に困難を極める場合が多い。 → 秋山


神官文字テキスト

シヌヘの物語

これは王位継承争いに巻き込まれまいとして,国外に亡命した主人公シヌヘ Si-nuhe 1 がシリア,パレスティナをさまよい歩き,最後には故郷のエジプトへ戻って役人として王に仕えるというシヌヘの半生記が書かれる。右 3 分の 2 は右からの横書き,残りの部分は縦書きになっている。古代エジプト文学のなかでも最高傑作として有名な作品であり,当時の書記学校の手本とされた。紀元前 18 世紀 テーベ出土 ベルリン国立博物館所蔵 → 松本 → Möller

ヒエラティックはふつう右から左への横書きにされたので,適当な長さをあらかじめ一ページとさだめ,このページを上から下まで書きつめてから,少し空白をおいて次のページに移るといふうにかきつなぐ。

人生に疲れたものと魂(バー)との対話

『生活に疲れた者の魂との対話』(もしくは『ある男とそのバーとの対話』)は古代エジプト文学の作者不明の詩的テクストである。エジプト中王国の第 12 王朝(紀元前 1900 年頃)時代に書かれたものと推定されている。男の人生の苦悩に関する対話の相手は男自身の「バー」(エジプト人の魂の構成要素)である。古王国の時代では、そのような魂はただ王たちにのみ属すものとされていたようである。このテクストは、一般人のバーが現れる最古の例の1つである。→ 写真 → 加藤(2012)



上図とその前後の詩はつぎのようである。
死が今日私の前にある
病人が治ったように
病いいえて外をあるくように

死が今日私の前にある
ジャコウの香のように
風の日帆かげにすわるときのように

死が今日私の前にある
蓮の花の香のように
盃のかたわらに坐っているときのように

リンド数学パピルス

中王国時代第 12 王朝の時代に書かれたもので,保存されているパピルスは紀元前 1650 年ごろに書写されたものとされている。書記養成学校で用いられていた教科書のようなもので,ピラミッドの角度を求める問題,三角形や長方形,台形などの土地の面積を求める問題,円の面積を求める問題など 87 問の例題が書かれている。このパピルスは 20 世紀後半に A. B. Chace らによって研究,翻訳され,決定版ともいうべき研究書が出版された。そこには,神官文字のテキストと,それを聖刻文字に転写したもの,右から左へと読み込むアルファベットの字訳を収める。邦訳では,図版の対向ページに,アルファベット字訳がもう一度,今度は通常の左から右へと記され,厳密な逐語訳が添えられている。写真 XXI-XXII 段 2 → A. B. Chace


問題 57 模写図 上部は原本(上図)を筆写したもの,下部はその神官文字をを聖刻文字に転写したもの。


雄弁な農夫

中王国時代第 12 王朝,第 13 王朝に,パピルスに記されたもの。あらすじは,オアシスの男が町へ出かける途中,悪漢にロバや所持品を奪われそうになるが,それを太守に雄弁に訴えるというものである。この文書は比喩的表現のテクニックや美文とするためのテクニックが駆使され,書記学校の手本とされたと考えられている。→ 松本 Die Klagen des Bauern


エーベルス・パピルス

古代エジプトの医者が経験的に学んだ処方箋で,877 例も残っている。循環器,消化器系,心臓病,婦人病などさまざまな事例に説明がおよんでいる。「エーベルス・パピルス」というのは,パピルス文書の旧蔵者名による。新王国時代第 18 王朝期。 → Diringer


兄弟物語

前 1200 年ごろ,エナンナという若い書記が筆写した『兄弟物語』の一部。美しい筆跡のヒエラティックである。ところどころ字のうすくみえるのは,赤い字で書かれた部分である。この話の主人公,アヌビスとバタは神の名であるので,神話にもとづいていることは明らかであるが,内容はまったく人間的なものにつくりあげられている。この話の書かれた新王国時代には,このように神話がいかにも人間くさく書き直されているものが多い。 → 加藤


ハリス・パピルス

ルクソールの西岸のデイル・アル=メディーナの近くの墓から発見されたもので,新王国時代第 20 王朝(紀元前 1163~1156 年)のラメセス 4 世の治世の日付が記されている。ラメセス 3 世が息子ラメセス 4 世に残した遺言ともいえる政治面のこと,神殿へどのようなものを寄進したかまで事細かい記録が見られる。これは現存最長の約 40.5 メートルもの長いパピルスであることから,「大ハリス・パピルス」ともよばれている。→ 松本 → Birch


Tukelothis

第 22 王朝時代のパピルスに記されたヒエラティック文字。→ Möller


エジプト文字の変遷

ヒエログリフからデモティックへ。→ リチャード・パーキンソン

関連リンク

[最終更新 2018/08/20]