地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

書写材料

貝葉


ヤシの葉に書かれた写本(Palm leaf manuscript)は,日本では貝多羅(または貝多羅葉,略して貝葉)写本と呼ばれる。ヤシの葉は,パピルス,パーチメント,紙などと並ぶ重要な書写材料であり,古代インドに端を発し,東南アジア,南アジアの広い地域で利用された。ヤシの葉の用い方は一様ではなく,国や地域,民族,言語圏・文化圏などの違いにより,その用法,また,書写方法,書籍・書帙としての仕立て方などに相違が見られる。

貝葉の一般的な形態は,短冊状のシートを重ね,その上下に木または竹の挟板(カバー)をあて,ヤシの葉と挟板の両方に孔を 1 つあるいは 2 つ開け,その孔に紐を通す。この形態はインドではポーティ(pothi)様式と呼ばれ,インドとその周辺で作られた初期の仏教経典の特徴で,上座仏教が普及した東南アジア各地でも共通した形の仏典が多く作られた。日本では貝葉装あるいは梵挟装と言う。→ 安江

『八千頌般若経』(はっせんじゅはんにゃきょう,梵 Aṣṭasāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra)サンスクリット語ネワリ文字 (Ranjana) ,33.2 × 9 cm,302 葉,12 世紀。National Museum, New Delhi 所蔵 → Goswamy

原材料は,地域や植生によって様々な材料が用いられるが,主に南インド,バリ島などで広く用いられるパルミラヤシ(英名 Palmyra palm,邦名オウギヤシ,ウチワヤシ,学名 Borassus flabellifer,おそらくアフリカ原産)と,スリランカ,タイ,ビルマ,ラオスなどで用いられるタリポットヤシ(コリファヤシ)(英名 Talipot Palm,学名 Corypha umbraculifera,スリランカでは Tala gasa の葉 Tala koḷa,おそらく南インド原産)が使われた。なお,シュロ椰子の葉に書かれたものは,南インドの気候で「ラーマの矢(Rāma bāṇa)」と呼ばれる昆虫などによって損なわれやすいといわれる(→ 高橋)。

パルミラヤシタリポットヤシ

貝多羅葉の名称は,サンスクリット語で「木の葉」の意味を持つパットラ(pattra)と,さらに主に用いられたパルミラヤシである「ターラ(tāḷa,多羅樹)の葉」を漢訳したものを起源とする。ヤシの葉に書かれた貝葉文書も,単に貝葉と呼ばれる。タイではヤシの葉,また,その貝葉本をバイ・ラーン(ใบลาน Bai-larn)、インドネシアではロンタール(lontar)と呼ばれる。ブギス語で hurupuq lontaraq,マカッサル語で ukiriq lontaraq と呼ばれる文字は,いずれも「貝葉(lontaraq)」の意味である。

現存する最古の貝多羅は,5 世紀頃のものといわれるが,それ以前から使われていたと考えられている。貝葉の用途は仏典写本に限らず,天文学,数学,医学,文学,歴史など広範囲に用いられ,インド・オリッサ州の博物館は 25 項目に分類し,27,000 余りの写本を収蔵している。→ ショバ・ラニ・ダシュ

製法

貝葉の基本的な制作過程はつぎのようになる。ただし,地域,時代,ヤシの種類によって製法に違いがある。(1)最初にヤシの幼葉(発芽から成長 4~5 週間後の雄株)を切り出し,葉中央の主脈(リブ)を取り除く。そうしてできた細長い葉を,次いで乾燥させる。(2)この過程で,水・ミルク・米のとぎ汁等の中で煮沸あるいは蒸す,濡れた砂・湿った干し草中に埋めるなどの方法を加えることが多い。(3)その後,乾燥したヤシの葉を長方形(短冊状)に切断し,プレスする。(4)続いて表面を滑らかで光沢がでるよう石や砂,貝などで磨き,最後に布で拭く。

下図は,ラオス北部ルアンパバーン郡の古都で見習い僧による貝葉の製作過程を記録したものである(1999 年)。〔上左〕ヤシの樹〔上中〕製作に適した葉を選択する。〔上右〕葉中央の主脈を取り除く〔下左〕煮沸する。〔下中〕乾燥する。〔下右〕用途に合わせたサイズに切断。Digital Library of Lao manuscripts

書写方法

ヤシの葉に書写する方法は,主に北・中部インドにおけるペン・筆を道具にインクで書写する方法と,西南・東インド・東南アジアで用いられたスタイラス(Stylus,鉄製などの尖筆)で線刻する方法に 2 大別できる。ペン書き法では直線も曲線も書き易いが,貝葉の表面を尖筆で刻む方法では,直線は繊維に即すると壊しやすく交差する場合は刻みづらい。そこで,インド南部では丸みを帯びた字形のオリヤー文字,タミル文字,シンハラ文字,ビルマ文字などが貝葉に刻まれた。

上掲ラオスにおける貝葉の書写方法の過程。〔左〕彫刻する前に,ヤシの葉に罫線(押界)を引く。〔中〕スタイラスを使って文字を彫り込む。〔右〕葉の表面に煤(インク)を塗布し,その後葉面を拭くと,刻まれた文字の部分に煤が残り,文字が浮き上がる。クムアン省,2001 年。

スタイラスとシンハラ語で書かれた貝葉。→ Gaur(1992)

〔図上〕ペン・筆による『八千頌般若経 Aṣṭasāhasrikā prajñāpāramitā sūtra』サンスクリット語,970 年,ビハール州〔図中〕線刻による『バーガヴァタ・プラーナ : クリシュナ神の物語 Bhāgavata purāṇa』オリヤ文字サンスクリット語。17 世紀: 〔図下〕塗料を用いて作成し箔押し加工を施した『羯磨文集または羯磨本 Kammavācā)』パーリ語ビルマ文字。19 世紀 → Gaur 1979

貝葉の形態

貝葉の形態はポーティ様式が一般的だが,そのほか,リボンのように巻く様式,長方形の葉を折り畳む様式,複数の葉の長辺を糸で繋ぐ様式(折本の体裁)もある。インド・オリッサ州の貝葉には中心に一つの綴じ穴があるのが一般的である。→ ショバ・ラニ・ダシュ

左「魚形の写本 Gita Govinda」サンスクリット語,13.7 × 4 × 2 cm,37 枚(1 ページ 6~10 行),18 世紀。Orissa State Museum 所蔵。右「Garudopanishad and Bhagavadgita」ナンディナーガリー文字サンスクリット語 ,4.4 × 5.7 cm,125 枚(1 ページ平均 14 行),1750 頃。Oriental Research Institute, Mystore 所蔵。→ Goswamy

「挿図入り写本:Ushavilasa: The Abduction of Usha」オリヤ文字オリヤ語,37.8 × 7.5 cm,49 枚,18 世紀。Orissa State Museum, 所蔵。→ Goswamy

「巻き型写本」巾 2.5~4 cm 程度の細長い片をリボンのように巻いた写本で,通常 3~4 行の横書き文が記されている。図左は閉じた状態,図右は開いた状態。ネパール アーシャ・アーカイブズ所蔵。左端が粘土印章。→ 安江 2011

「Kertabas」小冊では,表紙を用いないことが多い。これは節葉の中脈の付いた二つ折りのままの葉を切って製作した Kertabas(辞書)である。長さ 34.4 cm,幅 3.1 cm で,左下隅 1 穴を開け,リング状の紐を通している。二つ折りのそれぞれは,第 1 面と第 4 面にだけ文字が刻されている。→三保 サト子, 三保 忠夫 1999

貝葉に書かれた文字と言語

パーリ語

ビルマ文字「仏教儀礼の作法規則」

貝葉に漆塗りをし金箔を押した上に黒漆で経文を書いた,豪華な体裁を持つ経典。パーリ語で受戒や懺悔などを行う際の作法規則を意味するカンマヴァーチャー(kammavācā)をビルマ語式に発音した「カマワーザー」という名称で呼ばれる。経文はパーリ語三蔵(Tipiṭaka)の律(Vinayapiṭaka)からの抜粋。書体は方形をしており,マメ科の植物タマリンド(マジー)の種(スィー)を思わせる筆画の形に因んで「マジーズィー書体」と呼ばれる。上の行の下付き符号と下の行の上付き符号を同じ高さに並べて書くという特殊な行配列をしている。13 × 57 × 7.5 cm,11 枚。→『アジア文字曼荼羅』→ 八杉

クメール文字「仏教経典」

クメール文字のムール体(丸文字体)で書かれる。表紙に仏暦 2324 年(西暦 1781 年)と記されており,タイ語の古い表記があるので,タイで作られたものと思われる。5 × 55 × 1.5 cm,25 枚。→ 峰岸真琴『アジア文字曼荼羅』→ 中西コレクション 「クメール文字」

シンハラ文字パーリ語・シンハラ語「念処経」

サティバータナ・スッタ(Satipaṭṭhāna Sutta)と呼ばれる阿含経の中の「念処経」。パーリ語からシンハラ語に翻訳された仏教経典(現地での名称:プスコラポタ)。5 × 39 cm,1 枚。→ 野口忠司『アジア文字曼荼羅』

サンスクリット語

ネパール文字『妙法白蓮華経』

ネパール周辺で書き写された『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ 妙法白蓮華経(法華経)』。これは 1915 年にチベットの寺院を訪れた日本人僧侶,河口慧海が日本へ持ち帰ったもの。クテイラ体というネパール系文字サンスクリット語,全 181 葉(表裏に各 5~6 行),別に前後に表紙,1070 年(Newari samvat 191 年),筆具は毛筆に墨汁。→ 東洋文庫(2019)『インドの叡智展』→ 河口

ブラーフミー文字『アビダルマ』

阿毘達磨の写本。文字はクシャン朝で使われたブラーフミー文字, a: 3.8 × 22.0 cm,b: 3.7 × 10.7 cm,c: 3.7 × 20.7 cm,1~3 世紀。→ 京都国立博物館

悉曇文字 重要文化財『梵本心経および尊勝陀羅尼』

第 1 葉から第 2 葉の第 1 行にかけて「般若心経」を,続いて「仏頂尊勝陀羅尼」を梵字(悉曇文字)で記した貝葉経である。貝葉経の中でも,最も古い部類に属するものとして重要視されている。指定名称:梵本心経并尊勝陀羅尼(貝葉)。2枚 (梵本心経および尊勝陀羅尼のうち) 貝多羅葉墨書/紙本墨書,心経:4.9 × 28.0 cm,陀羅尼:4.9 × 27.9/10.0 × 28.3 cm,7~8 世紀(後グプタ時代)。 東京国立博物館『梵本心経および尊勝陀羅尼』

梵字『法華経写本』

ネパールのカトマンズ盆地やチベットを中心にした地域で発見された梵文法華経写本類。『ネパール国立公文書館所蔵 梵文法華経写本(No.4-21)―写真版』(写真下左)『ケンブリッジ大学図書館所蔵 梵文法華経写本(Add.1682 および Add.1683)―写真版』(写真下右)東洋哲学研究所 創価学会「法華経写本シリーズ」

ベンガル文字『チャンディー女神賛歌』

"Śrī śrī Caṇḍī = シュリシュリチェンディー" ヒンドゥー教のチャンディー女神(ドゥルガー女神の別名)への賛歌。手書きではなく、ベンガル文字活字による両面印刷。現地名称:タールパータール・プティ(貝葉本),3 × 24 × 5 cm,79 枚,19 世紀。→ 町田和彦『アジア文字曼荼羅』

テルグ文字『リグ・ヴェーダ』聖典写本

インド最古(B.C. 1200 年頃)の聖典『リグ・ヴェーダ』の貝葉写本。インドの聖典は昔は師から弟子への口頭伝授。アーンドラ・プラデーシュ州のバラモンはヴェーダ聖典の伝承を貝葉を写し直して保存した。テルグ文字,3.5 × 41 × 6 cm,59 枚。テルグ字

オリヤ文字オリヤ語 “Vaidehisha Vilas”

オリッサ州出身の詩人 Upendra Bhanja の詩集 “Vaidehisha Vilas”。→ Das

マラヤーラム文字 『リグ・ヴェーダ』断片

4.5 × 41 cm,476 枚(1 ページ 8 行),18 世紀。Government Oriental Manuscripts Library and Research Center, Chennai → Goswamy

タミル文字・グランタ文字タミル語「称名集」

信者がヴィシュヌ神が持っているさまざまな名前を唱えて讃える一種の称名集。グランタ文字はサンスクリット語をタミル語に書写するのに用いられた。神の称名はサンスクリット語,「~であるあなたよ」呼格はタミル語の複合的表現。タミルナードのヒンドゥー教寺院の集会でこうした讚歌を歌う。ヒンドゥー教の主神の一人であるヴィシュヌの名前をサンスクリット語とタミル語を交えて書いてある写本である。18 世紀,現地での名称:スヴァディ,3.5 × 38 × 2 cm,40 枚。高島淳 タミル文字

タイ語

タイ語タイ文字『経典』

経典(印刷物)。4.5 × 48 × 1.5 cm,6 枚,3 冊,仏暦 2504 年(1961 年)。 タイ文字

タイ語(北部方言)タム・ラーンナー文字

北タイのタム文字は,ラーンサーンを経て伝わったと考えられる。伝播した各地で,仏教関係の経典や注釈書が,もっぱらタム文字で書かれたが,のちには世俗の事柄を記すにもタム文字が広く用いられ,年代記,慣習法,礼儀の教則本,医薬書,占星術や呪術の教本,倫理書,民話,詩文などが貝葉や紙製文書として残る。図の手稿は,「人体知識注解」儀礼の方法について,ブッタに関する記述。5 × 46 × 1 cm,11 枚。タム・ラーンナー文字

ブギス文字

「巻き取り式貝葉」は,木枠に組み込まれたロール(幅 1.5 cm,55 枚のヤシの葉をつなぎ全長 41.6 m)を巻き取りながら読む,独特な形式のものである。インドネシア図書館所蔵(PNRI Peti 40/7803) )Rolled up Bugis stories

カウイ文字古ジャワ語

古ジャワ語を書き記す文字であるカウイ文字は,パルメラヤシの葉に書き付ける文字として発達し,尖った筆記用具を用いるため,字形も長い線を描くことが困難になり,丸みを帯びてやや斜めに書く字体に変わる。書かれた文字資料は,lontar(ロンタル,貝葉)と呼ばれる。図の手稿(解説書)は現代ジャワ文字に近い字体で書かれている。3.5 × 33 cm,1 枚,現代のもの。ジャワ文字

バリ文字バリ語『バラタユダ』

『バラタユダ Bharata Yudha』(マハーバーラタ Māhābhārata の翻案)本写本の形態は次のとおり。〔箱〕チーク材,合子形式,身は一木を彫り込む,彫刻あり。蓋の外寸 50.4 × 6.9 × 2.5 cm,身の外寸 54.4 × 50.4 × 6.9 cm,身の内寸 40.0 × 4.0 cm。〔リーフ(葉)〕44.9 × 3.5 cm,表裏(両面)に筆刻。一面 4 行,3 穴,中央の 1 穴に紐,朱を塗り金泥でつる草模様,首・尾それぞれはリーフ 3 枚を張り合わせて 1 枚とする。これらの 2 枚を入れて,計 86 枚。→ 三保サト(1999)

関連リンク・参考文献

[最終更新 2019/03/20]