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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ヒッタイト文字 英 Hittite writing

The Hittite cuneiform tablets
from Bogazköy
紀元前 17 世紀末から紀元前 1200 年頃にわたって中央アナトリアに君臨したヒッタイト王国で,ヒッタイト語(印欧アナトリア語派に属す)の文章を作成するために使用された楔形文字の一種である。ヒッタイト楔形文字(Hittite cuneiform),ヒッタイト音節文字(Hittite syllabic writing)ともいう。

ヒッタイト文字はシュメール人が創造した楔形文字体系の一分派で,その字形はアッカド文字の中のとくに古バビロニア楔形文字(Old Babylonian cuneiform,バビロニア文字)を基にしていたので,各文字の音価は容易に同定することができた。また,使用頻度の高い語彙の中には,この楔形音節文字表記の代わりに,シュメール語形が表語文字として使用されていたので,その表語文字の意味を参考にして,大体の文意を推測することが容易であった。それゆえ,この文字で書かれた言語の解明は大変な困難を伴うというものではなかった。→ 大城 2001

文字組織

ヒッタイト文書に使用されているシュメール文字と,アッカド文字とヒッタイト音節文字の総数は 400 あまりあり,その中で,ヒッタイト音節文字の総数は 160 あまりである。音節構造の観点から,「母音(V)」(a,e,i,u),「子音+母音(CV)」(ab,pa,da,ta など),「母音+子音(VC)」(ab,ap,ad,at など),「子音+母音+子音(CVC)」(gal,kal,lal,nam など),の 4 つに分類される。それぞれの音節文字の音価は,シュメール文字やアッカド文字の音価に一致している場合が多い。ヒッタイト文字の特徴の一つは,印欧諸語ではほとんど失われた喉音(laryngeals)の一部が,-ḫ- と -ḫḫ- で表されていることにある。

ヒッタイト音節文字体系は,1 つの文字が 1 つの音価を表すように厳密に対応しているのではなく,アッカド文字を借用した際に,同音異字性(homophony)の原理のみならず,1 つの文字がいくつもの音価を表すという多音性(polyphony)の原理も部分的に借用している。なお,アルファベット転写の際には,同音異字を使用頻度により,鋭アクセント符号,重アクセント符号,下付数字を添えて区別するす。多音性をもつ体系のために,たとえば,CVC 型を表記する場合,CVC 型の 1 文字を使用する代わりに CV 型の文字と VC 型の文字で表わされる(CV-VC)こともあり,この使用上の区別は任意的である。

主なヒッタイト音節文字の字形表

主なヒッタイト音節文字の字形を以下に示す。→ 大城・吉田
ここで作表に用いたヒッタイト文字用フリー・ユニコードフォント “UllikummiA” 及び “UllikummiA” は Unicode Cuneiform Fonts から入手する。表中,“U+数字” は Unicode の文字番号を示す。 なお, “UllikummiB” に含まれる文字は文字番号の左肩に*を付す。

母音(V)および子音+母音(CV)

母音+子音(VC)

子音+母音+子音(CVC)

表意文字

表意文字は,純粋にその文字に固有の意味だけを示し,この文字が実際にどのように発音されていたかということに関しては,何ら情報を提供しない。表意文字の形は,すべての楔形文字言語において共通している。以下に,最も代表的な表意文字を示す。表意文字をアルファベットに転写するとき,それに該当するシュメール語の発音を大文字で記すことが慣習になっている。

2つ以上の表意文字が並んで,ある特定の概念を表す場合もある。この場合は,転写の際に各文字がピリオドで結ばれる。

限定詞

限定詞は,名詞が意味的にどういう種類のグループに属するかを示すための符号である。単に符号としてのみ用いられたと考えられ,実際には発音されなかった。アルファベットに転写するときは,一般に,後続する名詞の左肩に大文字で添えられる。たとえば,ヒッタイト表音文字として an の音価を持つ文字は,また表意文字としては(DINGIR と転写)「神」を意味するが,限定詞として使われた場合は(D と転写),次に来る名詞が神の名前であることを示す。

他の代表的な限定詞をいくつか以下に示す。

限定詞のなかには,限定される名詞の後に置かれるものもある。

数字

→ Rüster & Neu

文章例

ヒッタイト法典

ヒッタイト王国の都があったハットゥサ(Ḫattuša,現在のトルコ共和国のボアズカレ Boğazkale,旧名ボアズキョイ Boğazköy)の王宮文書庫から発掘された粘土板のなかでも,古期ヒッタイト語で書かれたヒッタイト法典は最も重要な文献資料のひとつである。→ 大城・吉田

アニッタ文書

アニッタ(Anitta, 紀元前 18 世紀)は,記録上 2 番目に古いヒッタイト人の王。ハットゥシャを攻略し初めて「ヒッタイトの大王」を名乗った。アニッタはクッシャラの王ピトハナの息子である。父が樹立したアナトリアの小国を受け継ぎ,その領域を拡げた。彼はのちに「諸王の王」を意味する「大王」を名乗り,その名乗りの伝統はのちのヒッタイト帝国の歴代王に受け継がれてゆく。その事績は粘土板に刻まれた「アニッタ文書」に記されている。なおこの文書は今のところ最古の前 16 世紀の古期ヒッタイト語文章であり,またインド=ヨーロッパ語では最古の文字資料である。この粘土板はおそらく後世のハットゥシリ 1 世が筆写させたもので,ハットゥシャの遺跡から出土した。 Neu, Erich (1974) Der Anitta-Text. (Studien zu den Boğazköy-Texten ; Heft 18, Wiesbaden : O. Harrassowitz) The Anitta Text

ムルシリ 2 世の「10 年―年代記」

ボアズキョイ出土のムルシリ 2 世(紀元前 1353~1325 年頃)の治世の最初の 10 年間を記録した「10 年―年代記」。文書は表・裏面とも縦線によって左右 2 欄に分けられている。表は左欄から右欄へ,そして裏は右欄から左欄へと書かれた。→ 吉田・渡辺 → Gragg 2013



ヒッタイト語の解読

エジプトの宗教改革王イク・エン・アテン王の都,今のエル・アマルナで 1887 年末に発見された外交文書を主体とした楔形文書約 380 通のうち,アルザワ王からの信書 1 通は未知の言語で書かれてあった。
1902 年,ノルウェーのアッシリア学者クヌトゾン J. A. Knudtzon は,同国のインド・ヨーロッパ語学者ブッゲとトルプの援助でこれがインド・ヨーロッパ語であると論じたが,資料が他に皆無の点で学会からはかえりみられなたった。
ベルリン博物館のヴィンクラー Hugo Winckler は,この国の都は小アジア最大の廃丘でなければならないと信じ,1905 年末から「ドイツ・オリエント学会」の手で今のボハズ・キョイを発掘したところ,果たしてアルザワ語と同じような言語で書かれた万余の文書をえた。
1915 年,チェコ人でヴィンクラーの助手をしていたハロズ Bedrič Hroziy は,この言語がインド・ヨーロッパ語族に属すると発表して,一大センセーションをまきおこし,当時,賛否両論あったが,今や定説となった。今から三千数百年の昔に記録をのこしたインド・ヨーロッパ民族はほかになく,しかもラテン語によく似ている点など驚くべきことである。
これによって,紀元前 2000 年ごろから前 1200 年ころまでアンカラに近いところに王城ハットゥシャシュをかまえて国の歴史や文化と,この国がエジプトをはじめオリエント諸国とのあいだに果たした大きな歴史的役割が明らかにされるようになったのである。→ 杉 2006

参考サイト

[最終更新 2018/10/20]