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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

フルリ文字 英 Hurrian writing

フルリ楔形文字,また,フッリ文字とも。紀元前 2 千年紀の中頃にオリエント世界で活躍したフルリ人が記録を残すために使用した楔形文字。フルリ人の言語であるフルリ語はウラルトゥ語と親縁関係にあることは確認されているが,それ以外の言語との系統的な関係は不明のままである。 → 大城

メソポタミア上・中流域からシリアにかけて勢力を伸ばし,楔形文字の使用をはじめとするオリエントの文化を,小アジアや北部シリア地方に伝えるのに重要な役割を果たした民族がフルリ人で,彼らの言語,すなわち「フルリ語」は,ボガズ・キョイ(Bogazköy)のヒッタイト資料だけでなく,さまざまな地域から発見された楔形文字およびウガリト文字の記録によって知られる。紀元前 2 千年紀の半ば頃,フルリ人が建てたミタンニ王国は,エジプトやヒッタイトと並ぶ強国となった。→ 松本

この言語を記述した文書には,古バビロニア系の楔形文字のものと,ウガリトの楔形文字のものがある。とくに,古バビロニア系楔形文字を基にして記述されたフルリ文書の文字を,フルリ文字と呼んでいる。→ 大城

右図「ウルケシュのライオン」青銅製のウルケシュのライオンと呼ばれる小像にフルリ語最初期の文章が書かれた石版が添えられている。碑文:『ウルケシュの王ティシャタル(エンダン)はネルガル神の神殿を建てた。ヌバダグ神がこの神殿を守りますように。ヌバダグが誰であれこれを破壊する者を破壊しますように。その者の祈りに神が耳を傾けませんように。ナガールの淑女,太陽神シミガ,そして嵐の神がこれを破壊する者を一万回呪いますように。』 → 参照 LouvreHurrian foundation pegs

文字組織

古バビロニア文字を基にしたフルリ文字の表記はすべて表音的で,「母音(V)」「子音+母音(CV)」「母音+子音(VC)」の 3 種に区別され,総数約 80 個あまりである。これらの文字以外では,少数の「子音+母音+子音(CVC)」の文字と,ごくわずかの決定詞(または限定詞)と表語文字が見られる。

ミタンニ王国フルリ語の音節文字記号と音価

* 後舌円唇母音としては,ミタンニは U と Ú のどちらも用いたが,それは決して変異形としてではなく―単語と接辞は,とちらか一方で終始一貫して綴られた。そのためそれらは 2 つの異なる母音,おそらく /u/ と /o/ を表していると思われる(/w/ にも使われる Ú は前者に割り当てられうるが,U は後者に割り当てられる)。→ Gragg

文章例

この文字の代表的な資料は,“ミタンニ書簡” と呼ばれるもので,これはナイル川中流のテル・エル・アマルナ(Tell el Amarna)から出土したエジプト王アメノフィス 3 世の外交・書簡文書の中の,フルリ人によるミタンニ王国の王トゥシュラッタからアメノフィスに宛てられた一通の長文の書簡である。このミタンニ文はフルリ語とよく似ているばかりか,歴史的にもミタンニ人はフルリ人の一部族であることがわかった。わずか一通の手紙しか残っていないにもかかわらず,文法の大要とその手紙の内容が明らかになってきた。この資料は現在でも,フルリ語研究の重要な資料となっている。
ボルク Bork が提唱したように,ドラヴィダ語のブラーフーイ Brahui 語によく似ているようであるが,その由来についての定説はない。→ 杉 2006 右図拡大図 → ミタンニ書簡例 Gragg

ミタンニ書簡

女神ニッカルへの讃歌

ウガリトの第 15,17 発掘調査(1950~1955 年)で見つかった 3 つの断片がつなぎ合わさると,1 つの完全な粘土板となった。これが,史上最古の楽譜が含まれるテキストである。粘土板の大きさは 7.62 × 19.05 cm であって,表裏に楔形文字が記されている。最初の 1~4 行目は,表面に始まり右へと続き裏面に到りフルリ語で記される。その 4 行の下には 2 本の画線が引かれ,表面には更に 5~10 行目にわたりアッカド語の単語がほとんどの場合数字を伴って書かれている。裏面には奥付が刻まれる。

バビロニアの諸テキストと照合してみると,5~10 行目に現れるアッカド語の単語が音楽用語であって,何らかの音符を指し示しているのではと考えられた。そして,アッカド語の部分が示しているのは,フルリ語の部分(1~4 行)を如何に歌うかということであると想定された。→ 小板橋 → 参照 シリアで発見された世界最古の音楽は女神ニッカルへの讃歌Hurrian songs

解放の(叙事)詩

1983 年,ヒッタイト王国のボアズギョイ(Boğazköy)で出土したフルリ語―ヒッタイト語の対訳文書。左右の2つの欄に分けられ,左欄にフリル語,右欄にそのヒッタイト語訳が書かれている。年代は前 1400 年頃。→ 吉田・渡辺 → Neu

参考サイト

[最終更新 2018/10/20]