nƂΑ
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
j[
悤

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F

http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

世界の文字

原カナン文字 英 Proto-Canaanite script


原カナン文字という名称は,主に 20 世紀になって上エジプトやパレスチナの各地から出土した,前 19 世紀から前 11 世紀前半のものとされる,土器・陶片・銅器などに見られる線形子音文字(linear consonantal scripts)の総称である。この時代と地域,字形などから推定して,セム語族に属するカナン語を表記したものであろう。カナンとは現在のシリアおよびパレスチナ地域の古称であるから,「原パレスチナ文字(proto-Palestinian script)」ともいわれる。→ 松田

文字構成

この文字体系は 30 個足らずの字形が互いに弁別できればよかったから,字形は具象的なものから抽象的なものへと少しずつ変化し,北部のパレスチナ地方ではフェニキア語の子音音素を書き分けるのに必要かつ十分な 22 個の字母をもつ文字体系となり,前 11 世紀の後半頃には左向きの横書きという書字方向も固定するに至って,フェニキア文字へと脱皮したものと考えられる。

原カナン文字表 左から,原シナイ文字/後期カナン文字/初期フェニキア文字/ヘブライ文字 (→ Virtual Library)

原カナン文字テキスト

パレスチナの南方のシナイ半島で発見された原シナイ文字(前 1500 頃)と同系統で,これ以前の初期原カナン文字と,以後の後期原カナン文字とに大別される。前者は原シナイ文字に似て絵文字的な要素が多く,後者はフェニキア文字に近い。

初期原カナン文字

ワディ・エル・ホル刻文

上エジプトの古代都市テーベ(Tjebes)の遺跡「王家の谷」に近い砂漠で 1998 年,ワディ・エル・ホル(wādī al-haul)洞窟の石灰岩の壁に下図のような前 19 世紀のものと見られる刻文が 2 種類発見された。その字形は原シナイ文字に酷似しており,初期原カナン文字の最古の,したがって,最古のアルファベット文字資料となる。(→ Wadi el-Hol and Early Alphabetic Inscriptions

[rħmʿhmpwh1wmwqbr ← 右から左へ][右上から mśtrhʽwtpśʼb]

ゲセル出土の陶片(前 17 世紀) 3 文字からなるが,どちらから読むかさ定かでない。図のようにおいて,上から /k/,中央は /m,l,q,w など/,下は学者たちの見解が一致する /b/ と読む,とされる。


ラキシュ出土の青銅短剣(前 16 世紀前半頃) 明らかに人頭の象形と見られる第 2 字を /r/ と読む点だけが一致している。オルブライト(W. F. Albright)は ṭrnz と読んで,フルリ語の人名だとする。


シケム出土の石灰板断片(前 15 世紀後半) 図の左側が上という説もある。オルブライトは [...t] bʼ rḡm mʼr [t...] 「(この)呪いの言葉が臨む(であろう)」と読んで,呪文碑だとする。


後期原カナン文字

円筒印章(前 14 世紀) 4 人の人物と並んで,縦 2 列に分けて文字が彫られている。ゲッツェ(A. Goetze, 1953)は,pr qṣ wgbl 「境界と領土を繁栄させよ」と読んだ。オルブライトは ṯbl ʽrqy (=聖書ヘブライ語 šōbāl ʽarqī)「アルク人ショバル」と読む。


ラキシュ(Lakhish)出土の土製水差しの文字列(前 13 世紀末頃)破損した土製水差しの上部に,動物画らしいものに交じって書かれた文字列。クロス(F. M. Cross, 1954)によって左から右へ,mtn | śy l[rb]ty ʼlt と読まれ,‘Mattan, An offering to my Lady ʼElat’ と解釈されている。


ラキシュ出土の土鉢の文字列(前 13 世紀末頃) 右から左へ最初の 5 字は bšlšt 「3,,,で」(?)と読めるが,後の部分は諸説紛々。


ベト・シュメシュ出土の陶片(前 12 世紀初頭) 判読は困難であるが,クロスは上から下に,次のように読んでいる。表面(1)lʽzʾḥ(2)ʾbškr,裏面(3)gmʽn(4)ḥnn 「ウジア,アビサクル,グムアン,ハンヌンのもの」



クブル・エル・ワライダ出土の土鉢刻文(前 12 世紀初頭) クロス(1980)によって,左から次のように読まれる。šmpʽl| ʼyʼl | š | 10 (?) 「イーッヤ・エル(の息子)シミパアル。羊(またはシュケル) 10 (?)」



イズバ・サルタの陶片(前 12 世紀頃) 稚拙ながら 80 字以上の字母が認められ,その点では原カナン文字の最大の資料である。字母の並び方から見て,有意味の文ではなく,アルファベットの練習書きであろう。ʼb(?)gdhm(?)ḥzṭykl[ ]ns(?)p(?)ʽwq(?)q(?)št [(?)はその左の字母の転写が疑わしいことを示す]と読まれる。


エル・ハデル出土の青銅製槍先の刻文(前 12 世紀後半) 図 I ~ IV の矢じりの上に書かれたテキストは,縦書きで hṣ ʽbdlbʼt 「アブドラビアトの槍先」と読まれる。しかし,図 V の矢じりの上には文字が右から左に水平に続けて刻まれており,次のように読める。ʽbdlbʼt / bnʽnt 「ベンアナト(の息子)アブドラビアト」アブドラビアトという名は,「雌ライオン(すなわち女神アナト)のしもべ」を意味する。(模写図 → Naveh,写真 → Cross)


関連リンク

[最終更新 2018/10/20]