地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ナバテア文字 英 Nabataean script


アラビア半島の北西部,死海とアカバ湾との中間にある岩山のぺトラ(Petra)を都として前 200 年頃から約 300 年間栄えたナバテア王国を中心として書かれた,ナバテア語直接資料の文字をいう。→ 松田

ナバテア文字はペトラだけでなく,ナバテア国の他の町々やネゲブ(Negev),さらにエジプト,北アラビア,シリア,イタリアの各地からも発見されたが,これらは大部分墓碑ないし奉納文で,ペトラから出たナバテア文字の貨幣と同様,この国がローマ帝国のアラビア州(Provincia Arabia)に併合された紀元 106 年以前のものである。それ以後の碑文は,主に,北アラビアから出ている。これらのナバテア碑文の書体は楷書的であるが,死海近辺のナハル・ヘベル(Nahal Heber)の洞穴で発見された紀元 100 年頃のパピルスに書かれたナバテア文字には,アラビア文字に近い草書的な書体も見られる。図は,現ヨルダン西部の都市マダバで発見された墓碑(後 37/38 年)。

文字構成 ナバテア文字の発展

フェニキア文字の変化したアラム文字の系列の中で,ヘブライ文字とともに西方アラム文字に属し,その歴史は方形ヘブライ文字からアラビア文字への変化の過程を示している。以下 Naveh による。

最も初期のナバテア文字碑文

最も初期のナバテア文字碑文は「ナバテア人の王アレタス」という人物に言及している,前 2 世紀前半のものと見られる(図左)。ペトラで発見されたアスラハ祈願碑文には「アレタスの子オボダスの第 1 年」と記されている(図右)。

他に初期ナバテア文字のものとしては,ワディ・トゥミラト出土の前 77 年のエルークトバへの献呈碑文(1)と,ベトラ出土の前 66 年のラッブエル 1 世像の碑文(2)がある。

ベエルーシュバ北西のホルヴァト・ラキク出土の小石にインクで書かれた呪文文書の文字は,これまで知られているところでは最も初期のナバテア草書体である(前 100 年頃)。

後の碑文でこの字体は,文字と文字を接合されたり縦線を曲げたりする傾向のあるものに変化している。図は,ナバテア文字記念碑体の碑文。

シナイ文字

シナイのあちこちのワディ(乾燥地域の間欠河谷)にある何千もの岩面の掻き文字に,属領アラビア時代のナバテア文字が豊富に施されている。いずれも短い碑文で,人名や短い祝福文が一般的である。文字は,後 3,4 世紀のもので,字体は公用体だが草書体の影響を受けている。

約 100 年前にはこれらの碑文はほとんどが線書きで模写され出版だれたが,最近の写真は文字の特徴をより確かに再現する。

ハウランのナマラで発見された後 328 年に年代付けられる埋葬碑文には,「全アラブ人の王アムルの子イムルルカイス」とある。アラビア語で書かれているが,かなり発展したナバテア文字が使われている。

最も後期のナバテア文字碑文は後 356 年のヘジュラ出土のナバテア・アラム語で書かれた碑文である。

ナバテア文字草書体の発展


末尾子音字

ヘブライ文字などと同じく,子音字の中には語末形を持つものがあるが,常に記されるものではない。→ Everson


数字表記方法


Font: Archaic Nabataean50

ナバテア語テキスト

サンプルテキスト


出典:Text Nabatēen [2]

文字入力

文字コード

現在のところ,ナバテア文字はユニコードに登録されていない。他方,独自の文字コードを持つ数種類のフォントが存在し,次の例は, Nabataean Aramaic の文字コード表である。


関連リンク・参考文献

[最終更新 2018/10/20]