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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

テオティワカンの文字


テオティワカン(Teotihuacan)は,現在のメキシコ市の北東約 50 km の地点にある大遺跡で,西暦 1 世紀後半にその全盛期を迎え,繁栄した総合的な都市文明を発達させた,当時のメソアメリカにおける最大の都市集落であった。その領域は約 600 km2 で,都市区域は 20 km2 以上にわたり,人口は少なく見積もっても 12 万 5000 人,ミリョン(René Millon)は 20 万人にも達していたと算定している。(→ 植田)

テオティワカンでは,マヤやサポテカなどとは異なり,石碑や祭壇などの石に刻んだものはなく,主に壁画に文字らしい慣用化された記号が見られるが,土器や土偶にも「年」の記しなどが現われる。(→ 八杉)

文字資料

つぎは,1942 年にテパンティトラ(Tepantitla)と名づけられた遺跡から,記号を含む絵が発見された。おそらく地名の記号と考えられる 2 つの植物で,文字らしきものが,木の根元に描かれている。(→ 植田)

地名と思われる「花の咲いている木と複合記号

文字らしきものは,神官の手から流れ落ちる水の中に描かれたり,漫画の吹き出しのように口から出る渦の中に描かれている。それらの中には,のちのアステカの文字にまで受け継がれた文字もあり,地名を表す文字と考えられるものが同定されている。文字とするには単独で生起することが多いが,流れ落ちる水の中や吹き出しの中では,たくさんの記号が連続して出て,文字を記しているような印象を受ける。しかし,意味は不明である。(→ 八杉)

テオティワカンの文字

1992 年から 1994 年にわたって,メキシコ国立人類学・歴史学研究所によるテオティワカン特別プロジェクトが実施され,テオティワカンにおける社会生活,経済,イデオロギーなど都市生活の解明に主眼を置いた調査であった。発掘主任のカブレワ・カストロ(Ruben Cabrera Castro)がこの調査の報告をまとめた概報に,発見された文字がまとめられた。

ラ・ペンティージャの「絵文字の中庭」の文字

これを図像の形態によって7種に分けると以下のようになる。

1) 容器の図(8,12,18,38)
2) 動物の頭部図(7,14,17,27,42)
3)ハチドリの図(10,16,20,36)
4) 人頭または猿の頭の図(1,13,15,30,31,32,33,37,40)
5) コパルの袋の図(4,5)
6) 蛇の図(9,11)
7) その他(2,3,6,19,21~26,28,29,34,35,39,41)

関連リンク

[最終更新 2016/12/20]