nƂΑ
言語学者・文化人類学者などの専門家と、「ことば」に関心を持つ一般市民が「ことば」に関する情報を発信!
j[
悤

【地球ことば村・世界言語博物館】

NPO(特定非営利活動)法人
〒153-0043
東京都目黒区東山2-9-24-5F
TEL:03-5798-2828
http://chikyukotobamura.org
info@chikyukotobamura.org

世界の文字

マヤ文字


マヤ文字は,メキシコのユカタン半島からグアテマラ,ベリーズ,ホンジュラスの西部の主に熱帯雨林の低地で栄えたマヤ文明を特徴づけるものである。マヤ文字のテキストには,必ずといってよいほど暦の文字が記されている。その暦をもつテキストを基にすると,現在のところ,292 年が最も古いテキストである。しかし,その文字はすでに発達した形態を見せており,マヤ文字の起源は少なくとも紀元前後まで遡ることができる。マヤ文字資料の大部分は,マヤ文明の最盛期である古典期(西暦 3 世紀~10 世紀)に属する。しかし,マヤ文字の資料には,後古典期(西暦 10 世紀~16 世紀)の作といわれる絵文書が 4 つある上に,スペイン人征服後にも解読の鍵となる文字の知識が若干ながら伝えられていたので,少なくとも紀元前後から,17 世紀まで 1500 年以上の歴史をもつ文字ということができる。(→ 八杉 2001)(→ 右図

解読史

マヤ文字の解読の歴史は,18 世紀まで遡ることができるが。解読が実際に進み始めたのは,19 世紀後半になってからである。そのきっかけは,16 世紀中葉にディエゴ・デ・ランダ(Diego de Landa)が記した → 『ユカタン事物記』(Relación de las cosas de Yucatán)が 1864 年に出版されたことである。ランダの書の中には,マヤ文字の解読の手がかりとなる 260 日暦の 20 の日の文字と 365 日暦の 19 の月の文字と,「ランダのアルファベット(Landa's alphabet)}と称されている 27 の文字と 3 つの用例があったためである。

ランダは著書の中で,「彼らはまた,記号とも文字ともいえるものを使用して,昔の事蹟やその学問を書物に書き記していた。そしてそれらのものや絵や絵のなかの符号を使って,物事を理解したり,理解させたり,また教えたりしていた。われわれは,このような文字を記した書物を多数発見したが,書かれていることはすべて迷信や悪魔の虚偽にすぎなかったので,すべて焼却してしまった。彼らはそれを非常に残念がって,悲しんでいた。」と述べ,続いて,アルファベットを書き記している。(→ ランダ)

ランダ『ユカタン事物記』

その後,19 世紀後半から 20 世紀初頭にかけて,マヤ文字の資料である『ドレスデン絵文書』(Códice de Dresden/Dresden Codex),『マドリッド絵文書(Madrid Codex),『パリ絵文書』』(Paris Codex)の出版,碑文や石碑の写真の出版などが行われ,研究のための資料が集まり始めたことも,解読が進み始めた要因としてあげられる。(後述)(→ 八杉 2001)

マヤ文字には,表意(表語)文字とともに表音(音節文字)文字が存在する。文字の表音性については,ランダの残したいわゆるアルファベットの解釈をめぐり論じられてきたが,表意文字があることが認められるようになったのは,1960 年代に入ってからである。そのきっかけを作ったのは,1952 年以降,表音性を扱ったクノロゾフ(Y. V. Knorozov)の一連の論文である。

文字の構成法

文字を構成し,それ以上分析すると意味をなさない最小単位を,仮に文字素という。文字は文字素が結合,または融合して構成される。もちろん,文字素が単独で生起する,つまり文字素そのものが文字となる場合もある。

文字の表し方

文字のいろいろな表し方
文字をなす構成単位は,通常,いくつかの文字素が結合して 1 つの視覚的に他と区別できる単位を構成している。それを文字と定義すると,マヤ文字には,表語文字ばかりでなく,表句文字も存在することになる。図は,lak'in 「東」という文字の左に,前置詞 ti 「…で」を表す文字素がついて,前置詞句を形成している。また,前の文字の後接字が次の文字の前接字になったり,逆に,後の文字の前接字が前の文字の後接字になって,文字の構成素が入れ替わる場合や,文字素が半分になったり,重複したり,融合する場合などが見られる。

文字素の数は 800 ほどと見られている。これに対して,異なる文字数,全文字数ははっきりしないが,全文字数は約く 4 万とされる。

文字の読み順
文字を,接字と主字からなるという見方ができる。マヤ文字は,ふつう,大きな文字素に小さな文字素がくっついてできている。この場合,小さな文字素を接字,大きな文字素を主字といっている。接字は主字の上と左につく接頭字と,右と下につく接尾字に分けることができる。なお,左と上,右と下はそれぞれ移動可能である。一般に接頭字と接尾字の交替はおこらず,読み順は,接頭字―主字―接尾字の順になる。

文字の分析

マヤ文字は一見すると,絵画的な文字であるが,主字に接字がついたその構成法を見ると,漢字とよく似た構成法をとる文字と見ることができる。そこで,漢字の六書に倣って,マヤ文字の構成法を分析する。

文字の分類 1 (象形)
文字素の中には,何を表しているか簡単に分かるものが多い。人や神,動物の横顔を描いた文字で,向きは左向きである。単独で生起することもあるが,普通は接字かついて生起する。


文字の分類 2 (指事)
365日暦の月を表す文字の 1 つに,パシュ(pax)がある,この文字は,トゥン(tun)の文字の上が割れた文字である。パシュには,「割る」という意味と「太鼓」の意味がある。トゥンの文字は「年」を表すが,トゥンにも「太鼓」の意味がある。そのため,太鼓の意味をもつトゥンの文字を用い,上部を割り裂くことで,パシュの文字を作ったと見なすことができる。

パシュを表す文字には,音節文字で表されたものもある。上の文字素は,ランダが与えたパシュの文字についており,パ(pa)という音価をもつと見なすと,たとえば,パカルという王の文字が読めたり,『マドリッド絵文書』の蜜蜂を扱った章に生起するパック(pak')という「養蜂する」という意味の文字が読めたりする。

文字の分類 3 (会意)
文字素が結合または融合して文字になる場合は,漢字の構成法でいえば,形成や会意である。図の文字は,ランダが与えたマの文字と交替する。それゆえ,マという音価をもつとみなしてよい。この文字は,260 日暦を構成する 20 の日の文字のうち,最初の日の文字であるイミシュに,最後の日の文字であるアハウが取り込まれた文字である。

文字の分類 4 (形声)
マヤ諸語の多くには数分類詞(助数詞)があるが,それが文字にもあらわされている。図 a では,数字と期間の文字のトゥンの間に数分類詞のテが入っており,フン・テ・ドゥン「1 の年」,ワシャク・テ・カセウ「8 のセック」と読まれる。数分類詞として使われるテは,名詞分類詞としても使われている。図 b の左の文字素がテである。右の文字素は,ナ(na)という音節文字と交替するところから,ナという音価をもつ文字素と考えられる。図 c で,文字テキスとの下にある絵は,神が仮面を彫っている図である。それゆえ,この文字は仮面の意味があると推測される。ユカテク語で,ナに近い音をもち,仮面の意味がある語を探すと,ナック(nak)があるため,この文字はナックと読まれるであろう,左の文字素は,音価としてはテ(te,またはチェ che)であるが,その語の意味には「木」がある。この場合,木で作られるもの,すなわち,木の仮面と見られる。この見方が正しいなら,これは義符と音符からなる文字と見なされ,漢字の構成法でいうと形声となろう。分類詞としては,ほかに,260 日暦の日の文字であることを示すための文字素(義符,図 d)や,女性を表す文字素(図 e)がある。

六書の仮借と転注は,文字の構成法にかんする原理ではなく,運用の問題である。文字の交替を考えれば,この 2 つに当たる例をあげることができる。文字の交替(書き換え)には,音の一致または類似による交替のほか,幾何体と顔字体の交替,表語(表意)文字と表音文字の交替がある。

文字の分類 5 (仮借)

音の一致または類似による交替は,たとえば,「4」と「空」と「蛇」の交替例である。いずれも,カン(kan)と読まれることからくる交替である。これは仮借にあたる。

文字の交替
マヤ文字の多くは,自由に交替する 2 種類の変体をもつ。すなわち,幾何的な形をした文字と,人間,神,動物等の頭を文字にした頭字体である。さらに,神や動物等の全身を表現した全身字体とでもいう,複雑極まりない文字も存在する。この 3 つの交替形をすべてもっているものは,マヤ文字の全体では,暦の文字のほかは,ごく少数であるが,幾何体と頭字体は,たくさんの文字がもっている。幾何体と頭字体の関係は,幾何体の輪郭を頭字体に変えたもの(図 a),幾何体の弁別要素を頭字体をもつもの(図 b),幾何体と頭字体の関係が現在のところよく分からないもの(図 c),の 3 つがある。


音節文字
表語(表意)文字と表音文字の交替は,言い換えれば,漢字を仮名書きするような交替である。仮名と同じように,マヤ文字には音節文字がある。音節文字で語を表す場合,マヤ語は閉音節言語であるので,ちょうど英語を仮名書きするように,最後の音節の母音は読まないことになる。この際,語の母音は前の音節の母音に一致することが多い。たとえば,juch 「荷」はク(ku)とチュ(chu)で表され,kab 「大地」はカ(ka)とバ{ba}という音節文字で書き換えられる。しかし,mut「印 しるし」のように前後の母音が一致しない場合も多い。この母音不一致の場合,前の母音(語根の母音)が長母音,または,声門閉鎖音や h がつく複母音を表すために,違う母音をもつ音節文字が使われるという説もある。例 m-ti は muːt を表す。

表語文字と音節文字の並列
表語文字が表音文字と交替する場合の 1 つの例として,表語文字と表音文字が並列される場合をあげる。これは漢字に振り仮名をつけた場合にあたる。図は,パカルという王の文字であるが,パカルという楯の表語文字に,パとカとラの音節文字が右についたものである(mah と k'ina は称号)。


マヤ音節文字表

前述のランダのアルファベットを基に,現在では,マヤ語の音節として可能な 100 音節中の 80 ほどの音節に文字が割り当てられている。しかし,この中には明らかに間違っているものや証明の必要なものが多く含まれており,いまだ暫定的なものである。

マヤ音節文字表

動詞を表す文字

碑文では通常,日付の次に動詞がおかれ,そのあとに名詞が続く。この構造により,王の誕生,即位,戦争,死去などが表される。動詞には,表語文字(大文字で表記)と表音文字の混合した文字と,表音文字だけで書かれたものがある。(→ 八杉 2005)

<
動詞を表す文字

文字資料

マヤ文字の資料には,大きく分けて,彫られたものと,描かれたものがある。彫られたものとは,石碑,祭壇,階段,リンテル(楣まぐさ)などの石や,木,骨などに彫られた文字テキストであり,描かれたものとは,絵文書や土器,壁画に描かれた文字を指す。前者のほとんどは石に石で彫り刻んだものであるのに対し,後者は,筆やペンで紙や土器壁画などに文字を描いたものである。利用される素材,使う道具が異なるところから書体が異なるが,内容も異なる。彫ったものは,主に王朝の歴史を扱うのにたいし,描かれた文字は,主に宗教儀式に関するものである。

石碑

パレンケの碑銘の神殿の中央のパネルより

この一節は,20 年の儀礼に,パカル王が着用した儀礼用の衣装を記念した長いテキストの一部である。大文字で示した表語文字は,子音・母音の音節を表す記号と組み合わせて示されている。単一の記号のヴァリエーションは,同価値の記号の代用と同時に,マヤのテキストにはしばしば出てくる。たとえば,この文節で三人称標識の u に 5 つの異形がある。(→ Macri)

パレンケの碑銘の神殿

ヤシュチラン石碑 11 号正面下部碑文

ヤシュチラン石碑 11 号正面下部碑文(右図 b)に刻まれるマヤの長期暦は,暦元(暦の開始日)から経過した日数をパクトゥン,トゥン,ウリナル,キンという 5 つの単位で数え,その日をさらに 365 日暦と 260 日暦で表す。(下記翻訳図) A1 から S3 までが,このテキストの扱っている日であり,暦元から 9 パクトゥン,16 カトゥン,1 トゥン,0 ウィナル,0 キンと数えた日は,西暦に直すと,752 年 4 月 27 日となる。日数に直すと 1,411,500 日となる。(→ 八杉 2001)

9パクトゥン9 × 20 × 20 ×18 × 20
16カトゥン 16 × 20 × 18 × 20
1トゥン1 × 18 × 20
0ウィナル0 × 20
0キン0
1,411,500 日

C1 から C3 は補助シリーズといわれるもので,文字にはそれぞれ G から A までのアルファベットに加え,X,Y,Z のアルファベットが割り当てられている。長期暦で記された日が,9 日周期のいつか,7 日周期のいつか,月齢は何日か,太陰半年の何番目の月か,この月は 29 日月か 30 日月などの情報が記されている。

C4 からがこの日のテキストであり,この日に,この碑の主人公,ヤシュテランの神聖王であり,アフ・ウックという捕虜を捕まえた島ジャガー王がアハウ(王)の位についたことを記した後,出自の正当性を誇る必要から母の名と前王である父の名を記している。

ヤシュチラン石碑 11 号正面下部碑文

ピエドラス・ネグラス 3 号石碑裏面

ピエドラス・ネグラスは,グアテマラのペテン州の北西の端,メキシコとの国境を流れるウスマシンタ川の右岸にある。図は,3 号石碑とよばれるものの,文字の図形化とその翻訳である。この石碑の文字の下に 2 人の人物が刻まれていて,王妃と王女を示す。文字の読みは,1A,1B,2A,2B のように 2 列ずつを一まとめに,左から右へ上から下に読む。この石碑は,王の即位 25 周年を記念して,711 年に立てられた。当時王(鷲王)46 歳,王妃(シディー・カトウン)37 歳,王女(太陽妃)3歳 であった。従って,王は 22 歳で即位したことになる。(→ 植田)

同上翻訳


コパン祭壇

双頭の羽毛の蛇の口から人物(神)が出ており,短い胴体部に文字が刻まれている。コパンを最後に繁栄に導いたヤシュ・パサフ(またはパック)王と異母兄弟のヤハウ・チェン・アフ・パックが碑文に触れられている。9.18.10.0..0 10 アハウ 8 サック(800 年 8 月 13 日)の日に,「18 の兎」王が 70 年ほど前に整備した中央広場に奉納さされた。(→ 八杉1996)


絵文書

絵文書は,一般にイチジク科の木の樹皮でつくった紙のような素材に書かれたが,アステカ人やミシュテカ人は鹿の皮も使っていた。アコーディオンのじゃばらのように折りたたまれた細長い「紙」は,堅い板や獣皮の表紙ではさまれていた。文書は両面に書かれ,豊かな色彩の絵で装飾された。

ドレスデン絵文書

『ドレスデン絵文書』は後古典期が頂点に達した 1200~1250 年頃に書かれており,現存する 4 つの絵文書のなかで最古のものと考えられている。素材は野生のイチジクの木の繊維片で,78 面に折りたたまれた長さ 358 cm のこの文書は,ほぼ全面に文字で埋められえいる。文書はマヤ人の知識を理解する上で,きわめて重要な天文暦と星占いの暦を採録したもので,金星の食と周期を描いた絵文書の表は,高度な科学知識をうかがわせる。(→ マリア・ロンゲーナ)下図 Codex Dresdensis


パリ絵文書

『パリ絵文書』(別称『ペレシアヌス絵文書』)は,11 頁に折られた断片しか残っていない。これは,『ドレスデン絵文書』よりわずかに新しい年代に書かれたものとされる。文書は大部分が,11 カオゥン分の暦(カトゥンは長期暦の時の単位で,1 カトゥンは約 20 年)を記したもので,彩色した図で神々が描かれ,文字は予言や神聖な儀式を説明している。この絵文書にはコロンブス到来以降に書かれたラテン語の注釈がつけられている。(→ マリア・ロンゲーナ)


マドリード絵文書

『マドリード絵文書』(別称『トロ=コルテシアノ絵文書』)は,別の時期にスペインの 2 つの場所で発見された 2 つの断片からなる。最初に,この 2 つが同じ写本の断片であると気づいたのはレオン・ロニという研究者であった。2 つの断片の文書は,1300~1400 年に書かれた 56 ページの文書を構成している。この絵文書はほかの 3 点とはちがって,天文や暦法を詳しく述べていない。日常活動に関する暦や予言を内容とし,初期の絵文書にくらべて科学知識のレベルはわずかに低い。(→ マリア・ロンゲーナ)Codex Tro-Cortesianus


グロリア絵文書

この絵文書は,20 世紀半ばにメキシコのチアバス州の洞窟で発見された。現存するのは 10 ページの断片であり,最大の高さが 18 cm,各ページの平均幅は 12.5 cm である。内容は,金星の運行表である。『ドレスデン絵文書』は明けの明星としての側面を強調しているの対して,『グロリア絵文書』は明けの明星として見える時期,太陽に対して地球の反対側に一直線に並ぶ外合で見えなくなる時期,宵の明星として見える時期,太陽と地球の間にあって一直線上に並ぶ内合で見えなくなる時期という計 584 日における 4 つの時期の金星を等しく扱っているのが特徴といえる。人物像などの図像は,マヤ文明の美術様式に西のメキシコ高原の様式が混合している。(→ 青山)下図 The Grolier Club, New York


ポポル・ヴフ

マヤの絵文書は,神官・貴族階級が,文字の知識や宗教上の秘儀を一般のインディオには知らせず,彼らだけの秘密の文書とした。彼らはスペイン人征服者との戦いでその多くが戦死し,生き残った者も宗教裁判の犠牲となり,文字を読めるマヤ人はごくわずかになってしまった。幸い征服後,スペイン語を覚えたマヤ人が,マヤ語をローマ字で表した記録をいくつが残している。基も著名な作品は,創世神話『ポポル・ヴフ』であり,マヤの『古事記』にあたる。(→ 植田 1979)

天が静かに垂れ下り 大地が深く水中にかくれていた頃 大地はこのようにして まさしく天の心 地の心によって はじめて造られたのであった(第一部第一章)(→ レシーノス)

関連リンク

マヤ文字五十音図

「マヤ文字で自分の名前を書いてみよう」(→ 八杉 2005)

人名
地名


[最終更新 2017/01/20]