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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ピュー文字


ピュー文字(Pyu script)は,ビルマで 1 世紀(?)から 10 世紀頃まで栄えたいくつかの歴代ピュー国家群の民,ピュー族の言語であるピュー語を書き記すのに用いられた古代文字。(→ 藪)

ピュー王国は,下ビルマのプローム近郊のフモーザーにあったタイェーキッタヤー(シュリークシュートラ Śrī Kşetra)と,それより時期的に古いとされる上ビルマのシュエポウ近郊のハリンヂー(Halingyi),中ビルマのタウンドゥインデヂー近郊のパイタノウ(ヴィシュヌ Vişņu)に代表される都市国家であったらしい。タイェーキッタヤーの遺跡から主として出土した金板,銅板,骨壷,誓願板,石碑などに刻まれた刻文によって,ピュー文字とピュー語の存在が知られている。

文字構成

出典 Pyu script


ピュー文字テキスト

ミャゼディ碑文は多言語対照の碑文で,モン=ビルマ文字で刻されたパーリ語・モン語・ビルマ語とピュー文字で刻されたピュー語を対比考察するこによって,ピュー語の解読が試みられたが,いまだ十分な成功をおさめていない。図は,ミャゼディ碑文 A 面(Plate 363a)の部分で,5~6 行目の訳は次のとおり。

チャンシッター王は]その妃が亡くなって,妃の財宝(持ち物)と奴隷3か村を妃の子ラージャックマールにまた与えた。

フモーザーのキンバの丘出土の金板刻文 (パーリ語)

Doʿ Sanʿʺ Chve (1992) Pyū cā khaṅʿ bha rvhe pe khyapʿ leʹ lā khyakʿ. (Ranʿ kunʿ)

関連リンク

[最終更新 2017/06/20]