地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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ことば村・言語学ゼミナール

言 語学ゼミナール(13)
▼ 言語学ゼミナール

 

● 2009年11月14日(土)12時30分-13時30分
● 慶應義塾大学三田キャンパス513教室
● 座長:金子亨(千葉大学名誉教授・言語学)

  次回2010年1月のサロンは丸子美記子さんが「アイヌに生まれて」というお話をされることになっています。また3月のシンポジウム「多言語社会日本  I」にはアイヌ語と琉球語(宮古方言)を取り上げますので、ここで2回ほど、アイヌ語とアイヌ語をめぐる動きについて考えてみます。
 まず、アイヌ語についての基本的な論点についてみます。

1.アイヌ語の「系統」
○「系統不明」
  言語の系統というのは、任意の二言語について、共通の祖先となる言語(祖語)が再構成できれば、それら言語は系統関係がある、平たくいえば親戚であるとい うことと考えられています。祖語の再構成は主として共通の語彙を求めることに依ります。一定の規則に従ってそれらの言語に共通の音をもつ語がいくつもある ことが検証されなければなりません。一方、文法関係の共通性も問題にはなります。代名詞や語形変化など言語によって変わりにくい部分が一致することが目安 になりますが、系統関係成立のためには、語彙の一致ほど大切ではないとされてきました。
 このような点から見て、アイヌ語は他に親戚をもたない言 語です。規則的な音の対応をもつ言語はどこにも見つかっていません。たしかにアイヌ語にはカムイ(~神)、イクパスィ(~箸)、ノム(祈る)、オンカミ (~拝む)などの日本語と似た語がいくつかあります。しかしこれらは祭礼などの分野や事物の移入(ウマの例)に限られていて、両言語の語彙のごく一部にし か妥当しないので、これらは系統関係を示すものとは考えられません。つまりアイヌ語は、いま分かっている限りで、親戚のない、孤立した言語であるとみなさ れています。

○ 日本語とは無関係
 アイヌ語は日本語とも系統関係があるとは考えられません。第一に、共通の語彙は上に触れたよ うにごくわずかで、分野も限定されています。音の対応に関する規則は、仮に想定したとしても、わずかの語にしか通用しません。語彙の借用や移入によってこ のような関係がいつか成立したと考えて不都合はありません。文法構造の面でも、両言語だけに見られる類似は見つからないというべきでしょう。動詞語順が文 末であるというのは、総じて類型的特徴がそうであるように、系統関係とは無関係です。
 しかしアイヌ語と日本語がふれ合わなかったともいうことは できません。アイヌというエトノスが成立したのが擦文文化からだという考古学的・人類学的な規定とは別に、アイヌ語はずっと昔から、遅くとも今から5千年 前、紀元前3000~2000年の縄文時代中期から「日本」列島の北部で行われていた言語と関係があると考えても無謀ではないでしょう。
 こうして、日本語とアイヌ語との接触は、やっと弥生文化の最初の時代、つまりどんなに早くみつもっても紀元前1000年~900年に日本列島の西部で始まったと考えていいでしょう。
  このように見ると、アイヌ語は他の北方のいわゆる古アジア諸語とは関係があったかもしれないが、日本語とはずっと遅くに狭い地域で接触しはじめたと考えら れます。そしてその後の接触は8世紀大和朝廷が東北侵略を企てたとき、松前藩があこぎな商売を始めたとき、また大日本帝国がアイヌモシリを大規模に侵略し た後であると見てよいでしょう。こうして日本語はアイヌ語をだんだん北へ追い上げていったのですが、いまだにアイヌ語を殺し去るには成功していません。
アイヌ語と日本語との関係については次の研究が特に大切です:
中川裕「日本語とアイヌ語の史的関係」長田俊樹編『日本語系統論の現在』国際日本文化センター 2003(非売品なので大学図書館で検索のこと)

○「古アジア諸語」との関係
  東アジアの北東部には、いくつかの系統のよく分からない言語が割拠しています。チュコト半島からオホーツク沿岸までにチュコト・コリャーク諸語、その北方 にユカギール語、カムチャトカ半島にイテリメン語、サハリンとアムール下流にニヴフ語などです。これらは新人が比較的に少ない集団でこの地域にやってき て、生態的に可能な生業を創造しながら住み着いて、そこで開発した言語であると考えられます。これらの言語は古アジア諸語と名付けられてきました。アイヌ 語もその一つだと考えられています。それが使われた地域は日本列島中部以北、サハリン島南部、千島列島全域だと考えられています。もちろんこれらの諸言語 の間にはまだまだ多くの言語が行われてきたことでしょう。例えば、飛騨の山奥とかにはさらに小さな集団の言語があったのではないかといわれてきました。い ずれにせよ、考古学年代の新石器時代末にはこのようなエトノスの集団がこの地域に広がっていて、アイヌ語もその古い仲間であった可能性があります。

○「縄文語」との関係
 ここでアイヌ語と縄文時代の人々の言語との関係が取り沙汰されます。しかしそれがアイヌ語とどのような関係にあったかは分かりません。参考:小泉保『縄文語の発見』1998 青土社

○「三内丸山語」との関係
  しかし確実に言えることがあります。それは、青森の三内丸山遺跡の研究から分かった縄文時代中期の広域の通商関係から、その当時の都市を中心とする交易圏 で少なくともひとつの広域通商語があったはずだということです。これを仮に三内丸山語と名付けてみましょう(金子亨「言語起源論」の後半、中島平三編『言 語の事典』2003朝倉書房)。この言語は北海道を含んだ地域で使われていたでしょうから、後のアイヌ語と関係があったでしょう。その言語は日本列島だけ でなく、大陸北東の一部に広がっていたと主張する考古学者もいます(加藤晋平『シベリアの先史文化と日本』六興出版 1985)。

2.アイヌ語はどんなことばか
 アイヌ語が実際にどんなことばかを見るには別の機会を見つける他はありません。そこでここでは辞書、教科書、文法書をそれぞれ一冊ずつあげるだけにします:

辞書
○中川裕『アイヌ語千歳方言辞典』1995 草風館
教材
○中川裕・中本むつ子『エキスプレスアイヌ語』1997 白水社(改訂版があります)
文法書
○佐藤知巳『アイヌ語文法の基礎』2008 大学書院

参考:財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構編(奥田統己編集長)『アイヌ民族に関する指導資料』2000
:財団法人北海道ウタリ協会(現 北海道アイヌ協会)『アコロ イタク アイヌ語テキスト1』 1994

(金子 亨)