アフリカの言語使用事情
第1回 多言語使用の世界
梶 茂樹(かじ しげき)
(京都大学名誉教授、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー)
掲載年月日:2025年12月21日
私は長年アフリカで言語調査をしてきた。アフリカには、アメリカのSIL InternationalのデータベースEthnologue(第18版)によれば2138もの言語が話されている(Lewis et al. 2015)。このSIL(Summer Institute of Linguistics)というのはキリスト教系の組織で、ウィクリフ聖書翻訳協会という姉妹団体を通じて聖書を世界各地の言語に翻訳するということを行っている。世界各地に人を派遣して言語や民族の調査を行っているので、そのデータがアメリカに集まってくる。それがEthnologueというデータベースに集約されているわけだ。
Ethnologueには冊子本とウエッブ版の両方がある。冊子本はもちろんお金を払って買うわけであるが、ウエッブ版の方は数年前まで無料で見ることができた。しかし現在はお金を払わないと見ることはできない。Ethnologueは数年ごとにデータを更新しており、現在は第 28 版である。上でEthnologue(第18版)と書いたのは、私が冊子本として持っているのは第18版が最も新しいものだからである。残念ながら第28版は見ていない。と言うか、見ることができていない。ただ第28版は第18版から10年経っているとはいえ、内容はそう大きく変わってはいないと思われる。
話が少しずれたが、言いたかったことは、アフリカには言語が多いということである。言語の中にはケニアやタンザニアのスワヒリ語や南アフリカのズールー語のように、日本でも名前の知られたものもあるが、そのほとんどは多くの日本人にとって名前さえも聞いたことのない言語である。専門的に調査をしている私でも、せいぜい100ぐらいしか名前を挙げることができない。アフリカには国が50ぐらいあるので、平均40ぐらいの言語が1つの国の中に話されていることになる。
現在、私はウガンダで言語調査をしているが、このウガンダが大体40言語なので、アフリカの平均である。ウガンダの面積は日本の本州とほぼ同じなので、日本で言えば概略1県に1言語があるという感じである。なので、車で1時間も走れば別の言語に出くわすことになる。
100年ぐらい前は車もなかったので、みんな歩いて行き来していたのであろう。それでも他民族で出会うことは日常的だったと思われる。特に定期市場には周辺民族が集まってきて多言語状態が生じていたであろう。言語の中には同じ系統で似た言語もあれば、系統が違いまったく理解できない言語もある。なので、すべてを自分の言語だけで押し通すことは、特殊な場合を除けば無理だったはずである。
ここがアフリカ人というか、人類の偉いところで、多言語地域では、世界のあちこちで地域共通語が生じている。上で触れたスワヒリ語も地域共通語である。地域共通語というのは、言語の違う人たちが日々接触する過程でお互いの言語の要素を取り込みながら徐々に成立したもので、多くは最初はピジンとして出来てきた。ピジンというのは、日頃は自分の言語を話しながら、違う言語の人に出会った時だけに話すわけだから、原則母語話者はいない。
スワヒリ語は、当初アラビア半島から季節風に乗って船でアフリカ大陸の東海岸沿いにやってきたアラブ商人とアフリカのバンツー系の人たちとの接触によって成立した。多くのアラビア語起源の単語を持ち、文法はバンツー系の言語をベースにしているが、ローカルな言語を調査してきた人間の目から見ると、その構造は極めて簡略化されている。その後、徐々に大陸の内部に浸透し、ローカルな言語の要素も取り込みながら成長し現在に至っている。現在は、都市化や異民族間の婚姻などで、母語として話す人も増えている。
アフリカは、こういった地域共通語でほぼ覆われている。スワヒリ語以外で有名なのにはコンゴのリンガラ語、ナイジェリア・ニジェールのハウサ語、コートジボワールのジュラ語、セネガルのウォロフ語などがある。スワヒリ語やリンガラ語には元々の民族的ベースはないが、ハウサ語やウォロフ語は、それぞれハウサ族、ウォロフ族という民族がおり、彼らの言語をベースに成立した。ジュラ語もコートジボワールを中心に地域共通語として広く用いられているが、ベースはバンバラ族のバンバラ語である。そういう地域共通語もある。
話をまとめると、アフリカには多くの言語が話されているが、そのほとんどは、いわゆるローカルな部族語である。そして、その上に覆いかぶさるように地域共通語が用いられている。そして興味深いことに、それらの地域共通語は、多くの国で国語と呼ばれている。例えば、コンゴ民主共和国には、コンゴ語、リンガラ語、ルバ語、スワヒリ語の4つの地域共通語があり、これが国語であり、国を4分する格好で話されている。ちなみにコンゴ民主共和国ではEthnologue(第18版)によれば210の言語が話されている。セネガルには同じくEthnologue(第18版)によれば38の言語が話されているが、そのうちウォロフ語、プラール語、セレール語、マンデ語、ソニンケ語、ジョラ語の6言語が国語と呼ばれている。
日本に住んでいると、国語というのは1つではないかと思う人が多いかと思うが、そうでもないのである。国語という用語は幾つかの意味で用いられている。まず第1に、国の言語と言う意味で用いられることがある。これは外国の言語と対比してのことである。この意味でいけば、大きい言語、小さい言語関係なしに、国内のすべての言語は国語である。
2番目の意味は、国全体に関わる言語ということで、小さい言語は国語にはならない。ではどのくらい大きければ国語になるのかということだが、これは分からない。国によって異なる。コンゴ民主共和国は日本の約6倍の広さがあり4つの国語がある。セネガルの広さは日本の約半分であるが、国語は6つである。
国全体に関わるという意味での国語ならば、確かに1つの方が効率がいい。しかし国語となっている地域共通語は、それぞれの地域に根差しているわけであるから、そこに地域性が働き、1つに決めようとすると必ず反対が起こる。コンゴ民主共和国は首都キンシャサの共通語はリンガラ語であるから、これを唯一の国語にしようすれば必ず国の東部(ここにはスワヒリ語が地域共通語として用いられている)から反対が起こる。セネガルも、国民の約8割がウォロフ語を理解するので、これを唯一の国語にしようすれば、プラール語を話す人たちから必ず反対が起こる。
では唯一の国語というのはあり得ないのか。あり得るのである。1つは、アフリカでは比較的稀なケースであるが、タンザニアのスワヒリ語のような例である。タンザニアにはスワヒリ語以外に大きな地域共通語がないため、問題なくスワヒリ語が国語となっている。
もう1つの場合は、英語、フランス語、ポルトガル語といった旧宗主国の言語が絡む場合である。アフリカはかつてはイギリス、フランス、ポルトガル、ベルギーといった国々の植民地であった。今ではもちろん独立しているが、これらの国の言語が、今でも国の公用語として用いられている。公用語というのは、政治やメディア、裁判などだけでなく、多くの国で、学校での教育用の言語として用いられている。そして、これが国全体をカバーする唯一の言語となっている。ただこう言った言語をさすがに国語とは呼ばない。公用語というのである。
面白いことに、タンザニアのようにスワヒリ語が共通語として国全体を覆っていても、やはり英語が(スワヒリ語と共に)公用語となっているのである。またルワンダやブルンディのように、国民のほぼすべてが、それぞれルワンダ語やルンディ語を話すような国でも、英語やフランスが公用語となっているのである。
以上の言語使用をまとめると、アフリカでは多くの国で言語は3つの層をなして話されている。まず底辺に多くの部族語があり、人々は日常、これを話して生活している。そしてその上に地域共通語が覆いかぶさる様に話されている。そしてさらにその上に公用語が乗っかかって用いられているという構造である。
以上のことから、私は多言語使用を2つのレベルで考えている。まず部族語レベルの多言語使用がある。これは近隣の他部族語を話す場合である。これを私は水平的多言語使用と呼んでいる。また人々は自分の部族語、そして地域共通語、公用語という上下に層をなした言語も切り替えて話しているわけであるから、これを私は垂直的多言語使用と呼んでいる。このように、人々は水平的多言語使用と垂直的多言語使用を縦横に駆使しながら生活しているわけだ。アフリカ人、恐るべし。
次回は、人々は幾つの言語を日々話しながら生活をしているのか、具体例を見ながら、話をしてみよう。
文献
- 梶茂樹 (2007)「アフリカの多言語使用と国語問題」.『月刊言語』2007年1月号. pp.62-67.
- 梶茂樹・砂野幸稔 (編著) (2009)『アフリカのことばと社会』. 三元社.
- Lewis, M. Paul, Simons, Gary F. and Charles D. Fenning (eds.) (2015) Ethnologue : Languages of Africa and Europe (Eighteenth Edition). Dallas : SIL International.
- https://www.ethnologue.com/(一般的情報は無料ですが、専門家向けの情報は有料です。)

