地球ことば村
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スワヒリ語の “pole”



米田信子(よねだ のぶこ)
(大阪大学名誉教授)
掲載年月日:2026年2月16日  


アフリカ大陸では約2,000もの言語が話されている。その多くは名前も聞いたことがない言語だと思うが、「スワヒリ語」なら名前を聞いたことがある人もいるだろう。もちろんスワヒリ語も決して誰もが知っている有名な言語ではないかもしれないが、それでも、たとえば「ジャンボ」とか「サファリ」といった単語は聞いたことがあるという人も多いのではないだろうか。あるいはディズニーやミュージカルが好きな人であればライオン・キングの中に出てきた「シンバ」や「ハクナ・マタタ」なんてのを聞いたことがあるかもしれない。これらはどれもスワヒリ語である。

スワヒリ語は東アフリカの共通語で、タンザニア、ケニア、ウガンダ、ルワンダでは、英語と並んで公用語の1つにもなっている。特にタンザニアでは国民のほとんどがスワヒリ語を使っている。日本のような国で暮らしていると、「1つの言語を国民のほとんどが使っている」というのは当たり前のように思うかもしれないが、1国で何十、何百もの言語が話されている超多言語国家のアフリカ諸国では、これは極めてめずらしいことである。スワヒリ語を母語としている人はそれほど多くないにしても、第二言語あるいは第三言語としての話者を加えるとスワヒリ語話者数は今や1億人を超えると言われている。

さて、スワヒリ語でとてもよく使われる単語の1つに “pole(ポレ)”というのがある。慰めやお詫びに用いられる表現である。残念ながらスワヒリ語-日本語の「辞書」と呼べるものはないのでスワヒリ語-英語の辞書を見ると、“My sympathy!, sorry!”と簡単な説明がしてあるものと、 “an expletive for expressing sorrow or condolences towards someone after an accident, bad news or other misfortune(事故や悪い知らせ、その他の不幸に見舞われた人への哀悼や慰めの気持ちを表すことば)”というなんとも仰々しい説明がされているものもがある。スワヒリ語を学び始めた頃の私は、慰めにもお詫びにも用いることができるということで「なるほど、英語のI’m sorryみたいな感じなんだろうな」と理解した。

もちろんこれもまちがいではない。謝らなければならない場面でもpoleというし、辛い話や失敗談を聞いたときにもpoleと言う。日本語でも前者は「ごめんなさい」という表現があるが、後者と同じように使える日本語の表現が私には見つけられない。親しい人から苦労話や悲しい話を聞いたとき、「大変だね」とか「残念だったね」というのはなんだか他人事のようだし、かといって「かわいそうに」というのもちょっと偉そうで違和感がある。どうもぴったりくることばが見つからず、そういうとき私は思わずpoleと言いたくなる。Poleは「大変だね」でも「かわいそうに」でもなく、もっと相手に寄り添った表現のような気がする。ただし、poleがもちいられるのは、慰めやお詫びだけではない。

1990年代の中頃に初めてタンザニアの村で言語調査を行っていたときのことである。少し離れた別の村に住んでいる人のところに話を聞きに行くことになった。公共の交通機関があるわけでもなく、大学院生だった私には車もバイクもなかった。村での移動は何時間でももっぱら歩くしかないのだが、運よく、近々その村に荷物を運びに行く予定があるという人がいて、そのトラックの荷台に乗せてもらえることになった。そのトラックが出発する日、荷台に乗ったのは私だけでなく、他にも何人もの人が乗っていた。そう、誰かが車でどこかに行く、というニュースは村中にすぐに伝わる。そしてその車はたちまち村の人たちの「乗り合いバス」になるのである。村の人たちは、荷物がなければたいてい歩く。つまりトラックに乗せてもらおうとするのは大荷物がある人たちだ。もともとそのトラックには運ぶべきたくさんの積み荷がある上に、大荷物を持った人たちが乗り込むので、荷台はぎゅうぎゅうである。ちなみに最大積載量とか重量制限なんてのは、ほとんど関係ない(少なくとも当時は誰も気にしてなかった)。

私の調査地は山岳地帯で、道はもちろん舗装などされていない。でこぼこ道、というよりも、走るのはひたすら道なき道である。舗装されていないから土ぼこりもすごい。目は開けていられないし、マスクをしていないことも悔やまれた。頭から足の先まで土ぼこりまみれになり、目的地に着いたときには、私はぼろぼろよれよれだった。荷台を開けてくれたドラック・ドライバーが私を見て開口一番、「Pole!」と言った。え!?これって、「ごめんなさい」の意味?窮屈な荷台に詰め込んだことを謝ってるの?それとも「かわいそうに」の意味??私の姿があまりにもぼろぼろよれよれだから哀れに思ったの!?「poleはI’m sorryみたいな感じ」と理解していた私の頭の中はクエスチョンマークの嵐になった。

ほんとうなら山道を何時間も歩かなければならなかったところをトラックに乗せてもらえたのだから、どんなに窮屈な荷台だろうが、どんなに土ぼこりをかぶろうが、私には感謝しかなかったし、初めての荷台体験もとても楽しかった。どちらの意味にしてもpoleなんてとんでもない!「乗せてもらって私はすごく感謝してるの。それに初めての経験でとっても楽しかったし、ぜんぜん疲れてないの。土ぼこりまみれになってもぜんぜん平気」みたいなことをつたないスワヒリ語で伝えようとした。とにかく私はpoleを取り消してもらおうと必死だったのだが、そんな私を見て、近くにいた人が「こんなときは “asante(アサンテ)「ありがとう」”って言えばいいんだよ」と笑いながら教えてくれた。

Poleは哀悼やお詫びだけでなく「ねぎらい」にも用いられる。ちょうど日本語の「お疲れさま」のような使い方である。長距離の移動をしてきた人に対してはpoleの後ろにsafari「旅行」という語を続けてPole na safari「長旅お疲れさま」、仕事をしている人や仕事を終えて帰ってきた人に対してはkazi「仕事」を続けてPole na kazi「お仕事お疲れさま」、といった具合である。トラックのドライバーはまさに私に「お疲れさま」と言ってくれていたのである。poleの後ろにはいろんな単語を続けることができる(naは随伴を表す前置詞)。これはとても便利である。特に「お疲れさま」という表現に慣れている日本語話者にとってはすごく「使える表現」である。もしあなたが東アフリカに旅行することがあれば、Jambo「こんにちは」やasanteに加えて、ぜひpoleを覚えて行ってほしい。そして“Pole na safari.”と言われたら、“Asante”と答えれば完璧である。


辞書

- Kamusi ya Kiswahili- Kingereza (Swahili-English Dictionary) second edition. Dar es Salaam: University of Dar es Salaam 2014.
- Comprehensive Swahili-English Dictionary. Mohamed A. Mohamed (ed.) Nairobi: East African Educational Publishers Ltd. 2011.