【トルコ語よもやま話】
「ホジャの昔話のウサギのスープのスープのそのまたスープのおかげ」
吉村大樹(よしむら たいき)(言語学・チュルク語学)
(活水女子大学 国際文化学部)
掲載年月日:2026年4月7日
ありがたいことに、50歳近くになった現在も語学の仕事に関わる機会に恵まれている。
現在私は、生まれ育った長崎の市内にある私立大学で日本語学・日本語教育関連の教育に携わっているのであるが、現在でもトルコ語に関係するお仕事をいただくことがある。今やトルコ語に関わることは自分にとっての重要なライフワークの一つなのだが、それだけに「どうしてトルコ語を学ぼうと思ったのですか」という趣旨の質問を受けることは今でも多い。
そのときの状況、あるいは質問者の表情や雰囲気から、なにかそこに面白いエピソードがあるのではないかと期待しているような気配をひしひしと感じる。「珍しい」言語、トルコ語もその一つだと質問する方が思っておられる場合は特にそうだ。
以前と比べれば近年知名度、人気ともに相当上がっている風潮は感じるものの、日本、特に筆者が現在生活している長崎のような地方都市では、トルコ語はやはり「その他の外国語」の一つと思われていることが圧倒的に多いのだろう。
さてどうしたものか、と毎度のごとく少し間をおいて、中学のころに家族に「面白かった」と言われて勧められた小島剛一『トルコのもう一つの顔』(1991年刊、中公新書)を読んで感銘を受けたからです、と答えている。これはもちろん偽らざるところで、自分がトルコ語を志したきっかけになった本なのだが、この本の著者が伝えたかったであろう趣旨とはややずれたところ…「その他の外国語」を使いこなせる自分は、とてもカッコいい存在なのではないかと当時の吉村少年は読後にそう思い込んでしまったのだった。
うーむ我ながら、なんと浅はかな。
ただ、以下は自己弁護なのだが、同業の方々に話を伺ってみると、その人にとってのライフワークとなっている外国語との出会いというのは案外いい加減なもののようである。私も例に漏れず、その一人ということでぜひご理解いただきたい。カッコよくもなんともないのだ。ま、現実ってそういうものですよね。
さて幸いにして、大阪にあった国立の外国語大学でトルコ語専攻の門をくぐったのはよかったものの、トルコ語を究めることを志していたはずの私は、よりによって硬式野球部に入ってしまったのである。気軽なサークルではなく、体育会所属の部としての硬式野球をなぜかやってみたくなったのだった。
大学生活の勢いというのは恐ろしいもので、気がつくと練習や試合に追われ、授業にろくに出られない。最近のシステムはどうなっているか寡聞にして知らないのだが、当時大学が加盟していた野球リーグは、平日の昼間に平気で試合が組まれていたのである。野球は人数が揃わないと出られない…となれば、授業を犠牲にしてでも試合に行かなければならない…。
気がつけば、大事な1年生初期のトルコ語の授業はどんどん先へ進み、私は見事にカリキュラムから置いていかれていた。当時の外国語学部は、週に5コマ専攻語の語学の授業があって、1つ落とせば仮進級(翌年その落とした授業を再履修しなければならないがひとまず学年は上がれる)、2つ落とせば自動的に留年となってしまうシステムになっていた。どうしよう。4年で卒業できないとまずい…と長崎から一人親元を離れて大阪に来ていた自分はそれなりに焦ったことであった。
当時の私の前に立ちはだかった最初の壁が、トルコ語の所有表現だった。
トルコ語では「AのB」という関係を表すとき、Aのほうの名詞に日本語の「の」に相当する語尾がつく。これはわかる。しかし、日本語と違うのはBの名詞のほうにも所有語尾がつくことである。たとえばこんな感じだ。
okul 学校 bahçe 庭
okulun bahçesi 学校の庭
「学校」をあらわすokulにunという語尾がついているのは当時の自分にも腑に落ちるものだったが、「庭」のほうにも語尾がつけられる。これが問題だった。
当時と比べれば今はだいぶトルコ語に慣れているし、多少なりとも言語学の知識も持ち合わせているので、どうということもない仕組みではある。2つの語どうしが所有する側、される側ということで合図しあっているから、この2つの語の間に別の語が入るようなことがあっても2つの語どうしの修飾関係がはっきりわかるようになっているという寸法だ。よくできてますよね。
ちゃんと説明されればそれだけのことなのだが、初めて見たときに私の頭は完全に停止してしまった。「学校の」のほうはわかるわい。せやけど、なんで「庭」のほうにも「印」が付くねん。
文法書を自分で読んでみても、例文をいくらか見ても、当時の同級生に聞いてみても、どうにも腑に落ちない。私はしばらくのあいだ、この構造の前で立ち尽くすことになってしまったのである。
そんな混乱のさなか、当時の恩師が授業で使っていた教科書に出てきたのが「ウサギのスープ」という小話だった。ナスレッディン・ホジャという人物が登場するトルコの有名な笑い話である。
友人が持ってきたウサギでスープを作ったホジャのもとに、次々と「その友人の友人」が訪ねてくる。さらにその友人がやってくると、さすがに怒ったホジャ、最初は普通のスープを出していたのだが、来客がくるたびにスープはどんどん薄くなり、最後にはただのお湯を出してきた。お湯を出されて驚いた客にホジャはこう言ったそうな。「お前はウサギをもってきてくれた男の友達の友達のそのまた友達なのだろう。ならば、そのお礼はウサギのスープのスープのそのまたスープじゃ」。
とんち話として実によくできた話だと今でも思うが、トルコ語の文法項目としては所有表現が連鎖する興味深い例でもあるこの話をたまたま出席していた(←)授業で聞いて、ようやく所有表現のことを少しわかったような気になったのだった。
人間(というか私だけか)実にいい加減なもので、関心がむけば理解しようと思うものなのだろう。なんとか「所有表現の壁」をよじ登るに至ったのであった。
授業に出ないことに関しては実にシビアで、親切にも学期途中で個人的に叱咤激励をしてくださった恩師には今でも感謝している。そういえば、ナスレッディン・ホジャの「ホジャ」という単語は、現代トルコ語では「先生」という意味でも使われる。私は当時、文字通り「ホジャ」の話に救われたのだった。
ちなみに、「ウサギのスープのスープの(そのまた)スープ」のように所有表現は連鎖できる。トルコ語でウサギはtavşan(タヴシャン)、スープはここではsu「水」という語を使うのだが、
tavşan-ın su-yu-nun su-yu-nun su-yu
(ウサギ-の スープ-所有-の スープ-所有-の スープ-所有)
所有語尾で一度「AのB」の関係を明示してから、さらにその後に「の」を表す語尾をくっつけていく要領である。どうです、「その他の外国語」の楽しさの一端が味わえるでしょうといったら、少し大げさだろうか。
※なお、結局その国立の大阪の外国語大学の学部時代、硬式野球部での活動はいろいろあって2年も続かず、退部してしまったのでありました。当時は関係者に多大なるご迷惑をおかけしたことと思います。30年ほど前のことではありますが、この場をお借りしてお詫びしておきます。でも、そうでなければ4年で卒業できなかったと思いますのでね…。
参考文献
- 吉村 大樹(2009)『トルコ語のしくみ《新版》』白水社.
- 護雅夫訳(1965)『ナスレッディン・ホジャ物語―トルコの知恵ばなし―』東洋文庫 38, 平凡社.

