メロエ文字 英 Meroitic script,仏 Méroïtique

今日のスーダン共和国北部に位置するメロエ(古代ヌビアの都市国家)で使われていた銘文の文字で,クシュ語群に属する古代ヌビア語が記されているので,クシュ(Cushitic)文字とかヌビア(Nubian)文字と呼ばれることもある。紀元前 3 世紀頃にエジプト聖刻文字を範型にして作られ,紀元 4 世紀前半まで使われたが,その後はコプト文字に取って替わられた。→ 矢島
文字構造
メロエ文字には,楷書体と草書体の 2 種がある。これらが古代エジプト文字の記念碑体(ヒエログリフ)と民衆文字(デモティック)を模して作られたことは,対応する文字記号の比較によって明らかである。
しかし,用法には大きく異なる点が 2 つある。第 1 は文字数であって,古代エジプト文字が数百個を数えるのに対し,メロエ文字はわずか 23 個からなっている。そのうち 4 個は母音(a,e,ê,i),2 個は半母音(y,w)を表し,やや不完全ながらアルファベット文字に近づいている(不完全というのは,アモン /amon/ の表記を amn あるいは mn でするようなもの)。第 2 の点は,書字方向の問題で,エジプト聖刻文字,ヒッタイト聖刻文字では文字記号に人面,獣面がある場合,これに対向する書字方向を用いているが,メロエ文字ではその反対となっている。つまり,古代ヌビア人は古代エジプト人から文字記号のあるもの(音価が類似しているもの)を借用したが,その機能は無視し,すでに広く使われていたギリシア・ラテン文字体系の完全アルファベットの影響を受けつつ,独自の文字体系を創りだしたということができる。
上から楷書体,草書体,音価を示す。

メロエ語テキスト
サンプルテキスト
文例は,下ヌビアのカスル・イブリームから出土した砂岩製墓石の冒頭。紀元前 300 年頃。→ Millet

「おお…,イシスよ! おお… オシリスよ! 高貴なるタメィエ,ここに眠る。イクァレカィエは彼の父,カディタレィエは彼の母。彼は「ソソネテ」役人たちと縁続きで,都市支配者ケシュオィエと縁続きであり,「アダブ」代官セクェティケと縁続きであった。」 |
碑文の文字
左図:メロエ文字による碑文が刻まれたメロエの王子の墓石。中央にオシリス神が座す、アテフ王冠を被り手にはむちと三日月刀を持つ。王座のわきには上・下の両エジプトの大半を征服したシンボルが,頭上には太陽のディスク〈1 対のコブラおよび 3 対の翼を持つ〉を乗せたホルス神が描かれる。妻のイシスがオシリスの後ろに立っている。右図:メロエ文字による碑文が刻まれた奉納物のためのタブレット(祭壇石板)。女神イシスと冥界の神アヌビスがワインを 4 つの献酒壷に満たしている場面。→ Budge
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楷書体
メロエ文字は草書体が先に作られ,のちにその草書体を絵文字にしてメロエ・ヒエログリグが作られた。図左はメロエ・ヒエログリフで,それを写したものが右図である。→ 山下
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テキスト入力
ユニコード
ユニコードの次の領域に収録される。楷書体 U+10980..U+1099F,草書体 U+109A0..U+109BF。フォント Nilus ttf は http://luc.devroye.org/douros/ から入手する。

関連リンク
メロエ文字
- Omniglot Meroïtic alphabet
- ScriptSource Meroitic Hieroglyphs | Meroitic Cursive
注
- 矢島文夫(2001)「メロエ文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- 山下真里亜(2018)「メロエ文字」大城道則編『図説古代文字入門』(河出書房新社)
- Millet, N. R.,岡田明子 訳「メロエ文字」,Peter T.Daniels, William Bright [編] ; 矢島文夫 総監訳 (2013)『世界の文字大事典』(朝倉書店)
- Budge, E. A. Wallis (1928) A history of Ethiopia: Nubia & Abyssinia. (Methuen)