女真文字 英 Jurchin/Jurchen spript

遼と北宋を滅ぼし(1125,1126),淮河以北の中国の北半分を約1世紀にわたって統治した金国(1115~1234)の国定文字である。建国後,金は女真大字(Jurchin large script)と女真小字(Jurchin small script)を相次いで作った。金史によるとその経緯は次のようである。太祖阿骨打(あぐだ)は完顔希尹(わやんきいん)に文字の作成を命じた。希尹は漢字の楷書体を模倣し,契丹文字の制度によって,さらに女真語に合わせて女真大字を作った(天輔3年,1119)。しかし,その字形は漢字に似てはいるが,読みにくく学びにくいものであった。約 20 年後,3代皇帝煕宗の天眷元年(1138)正月に,大字を簡略化した別の文字,女真小字を創り公布した。
金国滅亡後も,東北地域に居住した女真人は約 200 年にわたって女真文字を使っていた。女真文字の資料は多くはないが,明代に編纂された女真語と漢語の対訳単語集(雑字)と例文集(来文)からなる『女真館訳語』をはじめ,金代の「大金得勝陀頌碑」(1185),明代の「奴児汗都司永寧寺碑」(1413)などの碑文類と符牌,銅鏡の文字などがある。 [1]
清朝末年になって,この文字は学者の注目をあびたが,現在なお,大字と小字の正体は,種々の見方が提出されてはいるものの,まだ確定されていない。「女真大字」と「女真小字」は、「契丹大・小字」と異なり、文字体系として別々に存在するわけではない。小字は大字を補う目的(一種の送り仮名のように表音的な役割)で作成されたと考えられる。
文字構成
現在知られている女真文字の総数は,変形を含めて約9千字ある。外観は漢字に似ているものの,そのほとんどが単体字であり,偏,旁,冠などの要素には分解できない,毎字1画から 10 画まで成立するが,象形字,指事字はもちろん,形声字,会意字と考えられる字形も認められない。一口でいえは,相互の関連性の希薄な,ばらばらの字形の集合である。
女真文字の中で,とくに表意字の中に漢字の楷書体を模倣したことが明瞭な字形が認められる。
ごく一部にすぎないが,字形の上で漢字との相互関連の存在を思わせるものがある。女真字 bun 〈本(もと)〉を基本にして女真字 bitehe 〈書物〉が作られるとか,文字 loho 〈刀〉と文字 uju 〈頭〉が字形の上で類似しているのは,漢語の本と書の意味関係,刀と頭の発音の近似がからんでいるように見える。
女真文字には,春夏秋冬や東西南北のように,一組として見た場合,漢字の字形と近似を印象付けられるものがある。これらは,もともと1字であったが,のちに春夏秋冬には erin (季節)が,東西南北には -ši あるいは-ti が加えられたため,漢字との類似点が薄らいで見えるようになった。
1字形でまとまった意味を表現する表意字形は,1字形が1音節を書き表すという規則はなく,2音節,3音節,最多は4音節まである。
女真数字
女真数字は若干の特異な字形をもつけれども,すべて漢字を基に変形させたものと考えられる。数詞には,11,12,13 から14,19 までと,20,30,40 と 90 までの各々を1字形で書き表す特徴がある。これはアルタイ語数詞の特質でもあり,各形式に1つの意字を作って当てるのは表意文字の性格を利用した特徴で,契丹大字も同様であった。
契丹大字と女真文字
女真文字の字形の来源は,契丹大字との関連が追求されるが,初歩的な段階にとどまっていて,今後の契丹大字資料の解読の成果に多くを期待しなければならない。両文字の対照関係を次に示す。上記の女真数字も参照。
テキスト
サンプルテキスト
女真文字例
勅書奏得
女真文字銀牌
『吾妻鏡』に,貞応三年(1224)2月,越後に漂着した高麗人が,不可解な4文字を記す銀牌を帯に下げていた旨の記事がある。白鳥庫吉に至り,これは漢字ではなく女真字であるとの指摘がなされて以来,種々な読みが付会された。旧ソ連領沿海州のジャイギン遺跡から,一見して『吾妻鏡』所載のものと同一の,女真文字を記す銀牌(旅券)が 1976 年に発見された。これに記された最初のものは皇帝の花押であり,その次が第1字であり,「国」を表す2字
を合成した字,第2字
は属格助詞で,第3字は「誠」を表す2字
を合成した字である。この三文字は金代女真音で gürünni qadaγun と読め,「国の誠」の意である。この第1字と第3字が女真小字の例であり,第2字の助詞は大字である。 [3]
テキスト入力
文字コード
女真文字フォント Jurchen の収録位置は U+4E00..U+560F (CJK Unified Ideographs)である。次にその一部を挙げる。文字表示テスト
本項で使用したフォントがインストールされていれば,下表右下セルに女真文字が表示される。
正しい表示 | お使いのコンピュータでは |
![]() | 乾剹 |
入力方法
女真文字を入力するための特定の手段は存在しない。汎用的な入力方法は 多言語環境の設定 を参照。関連リンク・参考文献
- 中西コレクションデータベース -世界の文字資料- (国立民族学博物館)
女真文字 | Jurchen language
- Omniglot: Jurchen script
- 愛新覚羅烏拉煕春(2009)『明代の女真人』(京都大学学術出版会)
- ―,吉本道雅(2011)『韓半島から眺めた契丹・女真』(京都大学学術出版会)
- 西田達郎(1982)『アジアの未解読文字』(大修館書店)
注
- ^ 西田龍雄(2001)「女真文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ Kiyose, Gisaburo N. (1977) A study of the Jurchen language and script. (Hōritsubunka-sha)
- ^ 清瀬義三郎則府(1997)「女真文字―ツングース狩猟民族の「擬漢字」文字」『月刊しにか』(8(6),大修館書店)