地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

マヤ文字 英 Maya script,西 escritura maya


マヤ文字は,メキシコのユカタン半島からグアテマラ,ベリーズ,ホンジュラスの西部の主に熱帯雨林の低地で栄えたマヤ文明を特徴づけるものである。マヤ文字のテキストには,必ずといってよいほど暦の文字が記されている。その暦をもつテキストを基にすると,現在のところ,292 年が最も古いテキストである。しかし,その文字はすでに発達した形態を見せており,マヤ文字の起源は少なくとも紀元前後まで遡ることができる。マヤ文字資料の大部分は,マヤ文明の最盛期である古典期(西暦 3 世紀~10 世紀)に属する。しかし,マヤ文字の資料には,後古典期(西暦 10 世紀~16 世紀)の作といわれる絵文書が 4 つある上に,スペイン人征服後にも解読の鍵となる文字の知識が若干ながら伝えられていたので,少なくとも紀元前後から,17 世紀まで 1,500 年以上の歴史をもつ文字ということができる[1]

漆喰に刻まれたマヤ文字(パレンケ博物館蔵)[Kwamikagami / Public Domain / 出典]

解読史

マヤ文字の解読の歴史は,18 世紀まで遡ることができるが,解読が実際に進み始めたのは,19 世紀後半になってからである。そのきっかけは,16 世紀中葉にディエゴ・デ・ランダ(Diego de Landa)が記した 『ユカタン事物記(Relación de las cosas de Yucatán)が 1864 年に出版されたことである。ランダの書の中には,マヤ文字の解読の手がかりとなる 260 日暦の 20 の日の文字と 365 日暦の 19 の月の文字,および「ランダのアルファベット」と称される 27 の文字と 3 つの使用例(使用例の中にはアルファベットとしてあげられた文字にない文字が 3 つ含まれているので,ランダは 30 の文字を残した)があったためである [2]

ランダが作成したマヤ文字とアルファベットの対照表 [Public Domain / 出典]

その後,19 世紀後半から 20 世紀初頭にかけて,マヤ文字の資料である『ドレスデン絵文書 Códice de Dresden/Dresden Codex,『マドリッド絵文書 Madrid Codex,『パリ絵文書 Paris Codex』の出版,碑文や石碑の写真の出版などが行われ,研究のための資料が集まり始めたことも,解読が進み始めた要因としてあげられる[3]これら絵文書については別掲 書写材料 「アマテ」を参照。

ドレスデン絵文書 5ページの複製 [Alexander von Humboldt / Public Domain / 出典]

焚書

ランダは著書の中で,当時マヤで使用されていた文字について次のように記している[4]

彼らはまた,記号とも文字ともいえるものを使用して,昔の事蹟やその学問を書物に書き記していた。そしてそれらのものや絵や絵のなかの符号を使って,物事を理解したり,理解させたり,また教えたりしていた。われわれは,このような文字を記した書物を多数発見したが,書かれていることはすべて迷信や悪魔の虚偽にすぎなかったので,すべて焼却してしまった。彼らはそれを非常に残念がって,悲しんでいた。

1562 年 7 月 12 日に,ランダはユカタンのマニで異端審問裁判をおこなったが,このとき,絵文書が燃やされたという説もあるが,同時代の史料には,マニの裁判で本が集められ焼かれたことは述べられていない。おそらくランダはべつの機会にそれを行ったのだろうといわれる[5]

文字構成

マヤ文字には,表音文字と標語(表意)がある表音文字は,音節文字である。解読の手掛かりとなったランダのアルファベットは,実は音節文字である。これを基に,現在では,マヤ語の音節として可能な 100 音節中の 80 ほどの音節に文字が割り当てられている。しかし,この中には明らかに間違っているものや証明の必要なものが多く含まれており,いまだ暫定的なものである[6]

マヤ語の音節と音節文字

マヤ音節文字表 [Wikipedia Maya script / 出典]

マヤ表意文字例

[HERVE GALLET / CC BY-SA 4.0/ 出典]
[HERVE GALLET / CC BY-SA 4.0 / 出典]
[HERVE GALLET / CC BY-SA 4.0 / 出典]

都市

Variante COPAN [Zykasaa / Public Domain / 出典]
YAXMUTAL= Tikal [Zykasaa / Public Domain / 出典]
[Zykasaa / CC BY-SA 3.0/ 出典]

マヤ文字表記例

表語文字1字で表記する場合と音節文字を組み合わせて表記する例。

表語文字と音節文字を組み合わせた表記 [Unknown / CC BY-SA 3.0 / 出典]

数字

0 から 19 までのマヤ数字 [Fruitpunchline / CC BY 3.0 / 出典]






マヤ数字の計算例 [Fruitpunchline / 3.0 / 出典]

マヤ文字資料

マヤ文字の資料には,大きく分けて,彫られたものと,描かれたものがある。彫られたものとは,石碑,祭壇,階段,リンテル(楣まぐさ)などの石や,木,骨などに彫られた文字テキストであり,描かれたものとは,絵文書や土器,壁画に描かれた文字を指す。前者のほとんどは石に石で彫り刻んだものであるのに対し,後者は,筆やペンで紙や土器壁画などに文字を描いたものである。利用される素材,使う道具が異なるところから書体が異なるが,内容も異なる。彫ったものは,主に王朝の歴史を扱うのにたいし,描かれた文字は,主に宗教儀式に関するものである[7]

石碑

ピエドラス・ネグラス 3 号石碑裏面

ピェドラス・ネグラスは,グアテマラのペテン州の北西の端,メキシコとの国境を流れるウスマシンタ川の右岸にある。図は,ピェドラス・ネグラス 3 号石碑とよばれるものである。この石碑の文字の下に 2 人の人物が刻まれていて,王妃と王女を示す。文字の読みは,1a,1b,2a,2b のように 2 列ずつを一まとめに,左から右へ上から下に読む。この石碑は,王の即位 25 周年を記念して,711 年に立てられた。当時王(鷲王)46 歳,王妃(シディー・カトウン)37 歳,王女(太陽妃)3歳 であった。従って,王は 22 歳で即位したことになる[8]

ピェドラス・ネグラス 3 号石碑裏面 [Alfred Percival Maudslay / Public Domain / 出典]
テキストの読み順 [User:Kwamikagami / Public Domain / 出典]

Tomb of Kʼinich Janaabʼ Paka

Tomb of Kʼinich Janaabʼ Pakal [Wikipedia Maya script 出典]

コパン祭壇

建造物 26 は「神聖文字の階段」とよばれ,62 段の階段を構成する 2000 個あまりのブロックのすべてにマヤ文字が刻まれている。本来ならこれは,マヤ文明で発見されている,マヤ文字による最長のテクストだが,崩壊したブロックを階段状に再構成した時代ではマヤ文字の解読が進んでおらず,語順を無視して積み上げられたためテクストの意味は失われている建造物の造られた年を長期暦と西暦で表すと "9.16.1.16.0 - A.D.753" となる。[9]

神聖文字の階段近景 [I, Elemaki / CC BY 2.5 / 出典]
コパン神殿にあるマヤ文字が刻まれた階段 [HJPD / CC BY 3.0 / 出典]

関連リンク

[最終更新 2022/01/20]