ネワール文字 Newārī lipi/akṣar 英 Newari script

ネワール語は,ネワール語自体ではネワー・バェー(Newā: bhāe),またはサンスクリット的にネパール・バサ(Nepāl bhāsā)という。ネパールの首都カトマンズがあるカトマンズ盆地を故地とする民族であるネワールの人々の言葉である。ネワール語が文学の媒体として用いられるのは,16 世紀後半あたりからで,やはりサンスクリット語などの翻訳として始まり,17 世紀には成熟して,韻文,散文,戯曲などの創作もみられるようになる。18 世紀になり,シャハ王家によるカトマンズ盆地征服,今日につながるネパール王国の統一により,ネワールは,舞台の背後に押しのけられる。その後,ネワール語圧迫,20 世紀に入ってからも,出版,商用でのネワール語の使用が禁止された時期があった。 [1]
ネワール文字構成
ネワール文字は 10 世紀頃に現われ,主にマッラ王朝時代(1200~1768/9)に使用され,部分的には宗教文書などにおいて最近まで使われ続けてきた文字である。広義には,その間に用いられた 9 種類ほどの文字の総称として用いられ,狭義では,そのうち最もよく使われた 1 種類の文字(「常用ネワール文字」Prachalit)を指す。広義のネワール文字には,広く用いられた,ブジンモーラ文字(Bhujimola 「ハエの頭」,Skt. マクシムンダ Maksimunda),ランジャナ文字(Rañjanā)の他に,装飾性をもち,限られたサークルで用いられた 6 種類の文字がある。 [2]
ネワール語はシナ・チベット語族(チベット・ビルマ語系)に属するといわれるが,文字はインド系の文字(文字体系「アブギダ」)で,ブラーフミー文字,グプタ文字を経て変化したものといわれる。現在,ネワール語は,デーヴァナーガリー文字で書かれるようになっているが,これは広義のネワール文字にも含まれない(参照 ネパール語)。
狭義のネワール文字
狭義のネワール文字(Prachalit)は 10 世紀から最近まで,ある程度の変化を示しながらも,簡潔な形をもち続け,使用される度合いも多かった。ネワール語の文書を書いたものは,マッラ王朝の隆盛期(1382~95)を少々遡る頃から現れるが,サンスクリット語もやはりその時々の文字によって書かれ続けており,その使用は宗教的な面では今日に至るまで及んでいる。この頃から文字を書く材料の多様化も見られ,石碑,金板,銅版などに刻んだもののほか,貝葉,紙,木,布などに書いたものも存在する。

広義のネワール文字
ランジャナ文字
ランジャナ文字は大変に装飾性の強い文字で,その名称(「楽しい,色彩的な」文字の意)もそこから来ている。文字の形は直線と曲線がほどよく配合され,肉太な点が特徴であるが,細部では時代による差があり,古いものは古ランジャナ文字と呼ばれ,新しいものでは,文字の右下から右斜め下に引かれる長い線が印象的である。

ランジャナ文字は一部ではかなり好まれ,特に般若経を代表とする仏教関係の文書に多く使われた。また,5 字,7 字などを主に縦に1つの形に編みこんだ「組み合わせ文字(Kuṭākṣara)」 [3]は真言その他を書くのに用いられた。(例はチベット語)
ランジャナー文字で書かれたサンスクリットの八千頌般若経写本。12世紀インド → ランジャナー文字

「組み合わせ文字(Kuṭākṣara)」

ブジンモーラ文字
ブジンモーラ文字は,文字の頭に水平線がなく,代わりに右下のあいたつり針形の曲線をもつ。この文字は 11 世紀中葉に古ネワール文字から派生して現れ,他の種々の(広義)ネワール文字の基になったといわれる。また,それらの文字が出てきてからも,引き続き 17 世紀前半に至るまで使われた。表は Pandey Introducing the Bhujinmol Script による。
この文字で書かれたものには,仏教やヒンドゥー教関係の経典や,その他,マッラ時代の王の事蹟を記した貝葉などがあるが,特筆されるのは,最も古く有名な王統譜であるゴーパーララージャ・ヴァンシャーヴァリー(Gopālarāja varmśāvalī) [4]がこの文字で書かれていることである。これは 1387~90 年頃,スティティマッラの時代に書かれた貝葉文書である。


その他のネワール文字 [5]
- クウェンモーラ(Kwemol)「下向きの頭」文字は丸みを帯びる。
- ゴーラモーラ(Golamol)「丸い頭」文字も全体に丸みを帯びる。
- パーチュモーラ(Pachumol)「平らな頭」文字は角張る。
- ヒンモーラ(Hinmol)「巻いた頭」文字の丸さは中間的。
- クンモーラ(Kunmol)「カドのある頭」文字も角張る。
- リトゥモーラ(Litumol)「後ろに曲がった頭」文字はある程度丸みを帯びる。
ネワール文字表
以下に,常用ネワール文字,ランジャナ文字,および,デーヴァナーガリーによる母音字と子音字を示す
母音字 [6]

子音字

数字

Pra = Prachalit Nepāl Script
Rañ = Rañjanā Script
Dev = Devanāgarī Script
Rom = Roman Script
テキスト入力
常用ネワール文字フォント(フォント名 “RABISON2 Nepal Lipi”) [7],ランジャナ文字フォント(フォント名:“BISHOWSON2 Ranjana Lipi”)それぞれの文字テーブルを下に示す。これらのフォントは,MS Word などで利用できるが,PDFファイルへの埋め込み,およびHTML上での使用に制限がある。文字の入力方法は 多言語環境の設定 を参照。なお 2011 年に,ユニコードに追加しようとする予備提案がなされている。




なお,本格的にランジャナ文字を利用するのであれば,サイト:Lantsha, Vartu and other Indian scripts の Downloads Lantsha からフォント,および,キーボードマッピング表を入手する。このフォントは子音字と母音記号からなる合字を全て収録している。
各種文字の比較
次の表は,ネパールのリッチャヴィ朝,マッラ朝,シャハ朝時代に用いられたブラーフミー文字,ネワール文字等の A から KHA それぞれの音節を表わす文字を比較したものである。左から,Brahmi, pro-/post-Licchavi,Kirat,Ranjana,Bhujimol,Newari,Maithili,Tibetan,Nandinagari,Devanagari である。上掲 Pandey による。

関連リンク
Wikipedia Ranjana alphabet
- 中西コレクション(国立民族学博物館)ネワール文字
- Omniglot Ranjana script
- YouTube: Prachalit Lipi (Video Tutorial)
- Google newari script 画像検索
- 石井溥:多言語状況データベース ネパール
注
- ^ 石井溥(1992)「ネワール語」『世界言語編(下-1)』(言語学大辞典,第3巻,三省堂)
- ^ 石井溥(2001)「ネワール文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ 組み合わせ文字 例は Kutaksyar: Landza85.ttf フォントを使用。
- ^ Vajrācārya, Dhanavajra and Kamal P. Malla (1985) The Gopālarājavamśāvalī (Franz Steiner Verlag)
- ^ Sakya, Hemaraj (1973/4) Nepāl lipi-prakāś (Kathmandu, Nepāl Rājakīya Praj)
- ^ Shakya, Rabison (2002) Alphabet of the Nepalese script ; Nepāla lipi = Nepal script (Patan : Motirāj Śhākya : Sānunāni Śhākya)
- ^ ネワールフォント 常用ネワール文字(Prachalit Font2), ランジャナ文字(Ranjama Font)。