地球ことば村
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特集 2008年は国際言語年!(2) ― 人権宣言

(A) 国連総会は2007年5月に「多言語使用」決議を行って、2008年を国際言語年としようと 呼びかけました。この関係の文書はこの項の(1)にリンクを 張っておきましたのでご参照ください。この決議の2ヶ月後7月には、さらに長年の懸案であった 「先住民族の人権に関する決議」が決定されます。これは国連人権委員会とその作業部会が1980年代 から真剣な討論を重ねてついに総会決議にまでこぎ着けた歴史的文書です。この決議は長い前文に つづく42項の詳細な規定・提言からなる長文の決議で、それぞれの項目をきちんと読むことが 求められます。ここでは公的機関による日本語訳ができるまで英文で読めるように、国連文書への リンクアドレスをあげておきます。下記のリンクからA/RES/61/295を選んでください。
http://www.un.org/Depts/dhl/resguide/r61.htm  → A/RES/61/295を選択

(B) この「先住民族の人権に関する決議」をうけて日本政府は、唐突にアイヌ民族を日本の 先住民族であると認定するという考えを衆参両議院の決議という形で表明しました。それが2008年の 6月です。この決議の全文は次のとおりです。

「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議案」(第一六九回国会、決議第一号)
 昨年九月、国連において「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が、我が国も賛成する中で採択 された。これはアイヌ民族の長年の悲願を映したものであり、同時に、その趣旨を体して具体的な 行動をとることが、国連人権条約監視機関から我が国に求められている。
 我が国が近代化する過程において、多数のアイヌの人々が、法的には等しく国民でありながらも 差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を、私たちは厳粛に受け止めなければならない。
 全ての先住民族が、名誉と尊厳を保持し、その文化と誇りを次世代に継承していくことは、国際 社会の潮流であり、また、こうした国際的な価値観を共有することは、我が国が二十一世紀の国際 社会をリードしていくためにも不可欠である。
 特に、本年七月に、環境サミットとも言われるG8サミットが、自然との共生を根幹とするアイヌ 民族先住の地、北海道で開催されることは、誠に意義深い。
 政府は、これを機に次の施策を早急に講じるべきである。一 政府は、「先住民族の権利に関する 国際連合宣言」を踏まえ、アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、 宗教や文化の独自性を有する先住民族として認めること。二 政府は、「先住民族の権利に関する 国際連合宣言」が採択されたことを機に、同宣言における関連条項を参照しつつ、高いレベルで 有識者の意見を聞きながら、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組む こと。
 右決議する。
http://www.shugiin.go.jpから)

 これとともに町村官房長官の談話が発表されました。この全文は次のようです。この談話もまた 今回の国会決議の歴史的な意味を改めて明らかにしているので、これも全文引用しておきます:

「官房長官談話全文 アイヌ民族について」
 町村信孝官房長官が6日、アイヌ民族に関する国会決議を受けて発表した談話は次の通り。
 本日、国会において「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で決定された。
 アイヌの人々に関しては、これまでも1996年の「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」 報告書などを踏まえ文化振興などに関する施策を推進してきたが、本日の国会決議でも述べられている ように、わが国が近代化する過程において、法的には等しく国民でありながらも差別され、貧窮を 余儀なくされたアイヌの人々が多数に上ったという歴史的事実について、政府としてあらためて、 これを厳粛に受け止めたい。
 また政府としても、アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、 宗教や文化の独自性を有する先住民族であるとの認識の下に、「先住民族の権利に関する国連宣言」 における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り 組む所存だ。
 このため、首相官邸に有識者の意見をうかがう「有識者懇談会」を設置することを検討する。 その中で、アイヌの人々のお話を具体的にうかがいつつ、わが国の実情を踏まえながら、検討を 進めてまいりたい。
 アイヌの人々が民族としての名誉と尊厳を保持し、これを次世代へ継承していくことは、多様な 価値観が共生し、活力ある社会を形成する「共生社会」を実現することに資するとの確信のもと、 これからもアイヌ政策の推進に取り組む所存だ。 (6月6日20時16分)
(共同通信から)

(C) この国会決議は歴史的な出来事として尊重され、それに応じた然るべき結果が期待されます。 しかしこの国会決議以降も福田首相を始め責任ある立場の人々から「先住民族の定義がない」などの 発言が相次いでいます。これは今回の国連決議が30年に及ぶ国際的な論議の経過を経てその蓄積の 上になされたこと、従ってこの決議にはそれまでの人類の英知が重く蓄積されていることを知らない ための誤解と思われます。先住民族の定義はすでに1980年代に国連人権委員会内部で論議され尽く され、『先住民に関する差別の研究』と題する膨大な報告書 ― 主要著者M. コーボ(エクアドル) の名をとってコーボ報告と通称、以下そのようによびます ― にまとめられているからです。(この 経緯については国立国会図書館調査立法考査局編『外国の立法』32-2・3(184・185)平成5年12月特集 先住民族「立法紹介」(柳下み咲著)に書かれています。)

 以下に、その先住民族の定義を紹介します。

 先住民indigenous peopleあるいは先住民族indigenous peoplesとは何かについて、いわゆる 「コーボ報告」(『外国の立法』p.29)は次のように定義しています。(『先住民族に対する差別 の研究』(コーボ報告)第5巻 結論、提案及び勧告E/CN.4/Sub.2/1986/7/Add.4の部279項):

「279.先住のコミュニティ、(先住の)民族及び国民とは、自己の生活領域において発達した、 侵略前及び植民地化前の社会と歴史的連続性を有し、自己の領域又はその一部において、現在優勢で あるところの社会のなかの他の部分と自己を異なるものと見なす者である。先住住民は、現在、社会 の非支配的部分を構成し、並びに民族としての存在が連続していることを基礎として、その先祖伝来 の領域及び民族のアイデンティティを、自己自身の文化様式、社会制度及び法制度に従って、維持し、 発展させ及び将来の世代に伝えることを決意している。」

 次いでこの項の「歴史的連続性」について次のような解説が付いています。

「280.この歴史的連続性とは、次にかかげる要素のうちの1以上が、現在にいたるまでの長期にわたる 期間において連続していることにより構成することができる。
(a) 先祖伝来の土地の占拠又は少なくともその一部の占拠
(b) (a)にいう土地の始源的な占拠者との共有
(c) 一般的な意味での又は特殊な表現による文化(例えば宗教、部族制度の下での生活、 先住民コミュニティの構成員であること、衣服、生活様式など)
(d) 言語(唯一の言語として、母語として、家庭若しくは家族における習慣的コミュニケーション 手段として、又は一般的な若しくは標準的な言語として使用されているかは問わない。)
(e) 国の一定の部分または世界の一定の地域における居住
(f) その他の関連ある要素」

以下の項(381以下)は略。

 敢えて繰り返しますが、この定義は2007年の国連決議の基礎になって、30年にわたって論議が 積み重ねられてきたものです。2007年国連決議を解釈するときにこの定義を正確に理解しておくことが 必要です。尚、『外国の立法』は国会議員と関係機関に配布された文書で、市販されませんでした。 閲覧は国会図書館で可能です。またコーボ報告のオリジナル(の部分)は、Official Document System of the United Nations(ODS)より、 上記のコードでダウンロードできます。


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